④ わたしは 企てる
わたしは全然めげていなかった。
もしも、なんで? と聞かれたら、逆にめげる理由を聞きたい。
だってわたしは推しに会いたい。推しのトラウマを払拭し、ヒロインちゃんとの恋物語を壁になって見たい。
これ以外にわたしの生きる原動力はあるだろうか? いや、ない!
わたしは推しを産む為に生きている!
だから、やっとのことで取り付けた夕食の席で、「旦那様、わたし旦那様みたいな可愛い子供が欲しいです」と言うのもおかしなことではない。
……ちなみに一緒に食事を取れるまで二ヶ月もかかった。
おかしなことではないのに、ブーッと飲んでいた白ワインを吹いたアラステアは、気管に入ったのかげほげほと咳をした後、信じられないもの見るような視線をわたしに向ける。
そこまで、驚くことかなあ?
だって「欲しいものがあるなら言え」って言われたから答えたんだよ? いきなり言ったわけじゃない。
それに、わたしの至極控えめな声色で発した『何でもいいのですか?』に対して『俺に用意できるものなら』と即答したのは彼だ。
わたしは、悪くない、絶対。
「……夫人」
「夫婦ですもの、シェリーと呼んでください」
にこ、と笑うわたしに、彼は「夫人」と少し語気を強める。
彼は頑固者だ。なぜこんなにも頑ななのか。
「はい! 何でしょう?」
「……俺は欲しいものを聞いたんだ」
はあああ、と心底面倒そうに溜め息を吐く彼に、「ええ、ええ。分かっております。わたしの誕生日プレゼントですよね?」と言って笑うわたし。
ちなみに今いる場所は食堂で、使用人達がわたし達の会話を固唾を呑んで聞いている。ごめんね、息しづらいよね? でもね、わたし、ここで負けるわけにはいかないの。
「なぜ子供なんて……」
子供なんて。聞き捨てならない言葉である。
「わたし、旦那様の子供が欲しいです。それに旦那様だってお世継ぎが欲しいはずです」
──このブランシェットの屋敷には、ブランシェットの血を引くものが彼しかいない。
彼の母は幼少の頃に病で、彼の父は先の小戦争の前の野盗との戦いで、この世を去っている。
親しい親戚もおらず、兄弟もいないアラステアには、わたしの言った通り、世継ぎが必要だ。
なのに、なのに〜〜〜〜! どうして、彼の表情はこんなにも苦々しいのか。
◇◇◇
むかっ腹立っているわたしに光明が見えたのは、わたしがアラステアに『旦那様、わたし旦那様みたいな可愛い子供が欲しいです』と言った翌日のことだ。
「奥様細っこいっすよね〜。街にいる子供だってもう少し肉肉しいっすよ? ちゃんと飯食ってます?」
そう言って、がりっと林檎を齧る年若い騎士ことチャーリーの頭を叩くのは、ブランシェットの騎士にしては線の細いマックだ。
「馬鹿チャーリー! 奥様に失礼なことを言うなっ」
「何だよ、マックだって言ってたじゃん!」
マックが「違うんです、これはその……」ともごもご言っている。
陰で奥様の体型を話していたことがバレて、気不味いんだろうなー。普通なら大目玉案件だしね。
でも、わたしは慣れてるから全然気にしてない。
それに、自分でもほんのり思っていたことだ。
「細っこいかあ……ここに来たばかりの頃よりはお肉付いたんだけど……チャーリーが言いたいことはそういうことじゃないよね? お胸とかお尻の肉が足りないってことだよね?」
「そうっす」
「チャ、チャーリ〜〜〜〜! すみません、奥様! 俺がこいつを叱っとくんで!! ほら、お前もちゃんと謝れよっ」
「うわっ、そのげんこつやめろって」
「あははっ、大丈夫だよ。わたしは全然気にしてないから」
うんうん、この二人と話すのは為になるし、とっても楽しい。
なんとわたしよりも二つも年下だった二人は、ブランシェットの騎士三年目だそうだ。
まだ十代で、しかも戦争経験者の二人は、初めて会った時からわたしに友好的だった。
何でもチャーリー曰く『俺は悪い奴に対して鼻が利くんです、奥様は悪い奴じゃありません』だそうだ。嬉しい。
わたしは、何となくだが、推しが特に懐いたという騎士の二人というのはこの二人なのではないかと思っている。
小説の中で、悩んでいる推しを励ますブランシェットの騎士が登場したのだ。
名前の記述があったかまでは覚えていないが、推しがその励ましの言葉を何度も思い出すシーンは印象的でよく覚えている。
「よーし! 頑張るぞー!」
なんだか嬉しくなって言葉に出すと、チャーリーが「よっ! 奥様、ファイトー!」と合いの手を入れる。
多分意味分かってないんだろうなあ。和む。
そんな和んでいるわたしに「あ、あの、奥様……何を頑張られるので?」と問うのはマックである。
何を頑張るかって?
「旦那様の好みに沿う女になるの!」
……待て。待つんだ、わたし。
宣言したものの、むちむちマシュマロ・ボディへの道は時間がかかるので一先ず断念しよう。
まずは、次案の『わたしが彼の役に立つことを証明する』という方が現実的であろう。
……ふわもちマシュマロ・ボディは徐々にね(小声)。
幸い、わたしには小説の知識がある。
つまり、後に産まれてくるヒロインちゃんの功績をちょっとばかし借りるということだ。
正直、狡いとは思う!
でもローガンちゃんが産まれなきゃ、功績なんて意味ないでしょう?
うん、うん、ない。
ないよね! ないったらない。
わたしは、自分に言い聞かせ、ヒロインちゃんの小説での功績やアイデアをいくつかいただくことにしたのである。
ごめん、ヒロインちゃん!