③ わたしは 突撃する
さてさて、『何も気にせず、健やかに過ごすといい』という言質の下、さっそく突撃攻撃をしかけているのはこのわたし、シェリー・ブランシェットである。
だからといって、何時間も執務室にお邪魔してるわけじゃない。
安心してください。ちゃんと、ダンディズム執事さんにスケジュールを聞いて、忙しい時間は避けて突撃してますとも。
ふふん。わたしだって空気読むんです……っていうか、空気を読めて当然な環境で育ったんだから当たり前だよねって話。
それに、わたしの旦那様、かなりのハードワーカーなようで、目が笑っていないダンディズム執事さんも「旦那様を休ませてあげてください」と言っている。
ちなみに今日は、りんごの入った籠を片手に訓練場に突撃しにきている。
「旦那様! 訓練お疲れ様です!」
「……ああ」
わーお、見事な困惑顔。
紛うことなき、誰がどう見たってTHE・困惑顔だ。
タオルを受け取ってくれたけど、差し入れの林檎には首を左右に振ることで『要らない』ということを教えてくれるアラステアは、わたしに『何も気にせず、健やかに過ごすといい』と言ってしまったことをさぞ後悔していることだろう。
是非とも嫌と言えないまま、この流れで絆されてほしい。
……というか、小説の『シェリー』はどういう経緯で、この心の距離1000マイルの彼とベッドインしたのだろう?
「旦那様、林檎はいかがですか?」
いざ、二度目のアップル・トライ!
「……」
毒なんて入ってませんってば。きちんと執事さんのアドバイスに沿ったあなたの好物ですよ……の意味を込めて微笑んだけれど、アラステアはやっぱり受け取らない。
それどころか、ふいっと顔を、いや体ごとぷいっとされた。
ふーん、そうですかそうですか。無視ですか。けっ。嫌な感じ。
顔と体と声が良いからって……くそぅ……本当にいい男だな。さすが推しのパパ様だ。まあ、二番目だけどねっ!
そっちがその気なら受けて立ちますから!
わたしは彼に負けじと、ふんっと踵を返して、ブランシェットの騎士達に林檎の入った籠を突き出して「皆様、林檎はいかがですか〜?」と、お愛想よく言ってやった。
「あ、どうも」とちらちらアラステアを見やりながら林檎を取る騎士は、おそらくわたしと同年代。
「あざっす、喉乾いてたんすよ」と言って人懐っこく犬歯を見せるのも同年代。
うんうん。同年代同士、仲良くしようね。
そして、ぽろっとアラステアの情報とか喋っちゃってね。
わたしの害のないにっこにこ笑顔に、若い騎士以外の騎士もわらわらやってきた。内心ガッツポーズだ。
「皆様とってもお強いんですね! 格好良いです! 素敵です!」
わたしの媚び媚びトークに、彼らは満更でもないお顔。
ほらほら、悪意のない新妻の純粋な褒め言葉、あなた達嫌いじゃないでしょ?
誤解しないでいただきたいのだが、わたしは彼らを馬鹿にしているわけではない。
全然そういう意図はない。むしろ尊敬しているし、褒め言葉は本心だ。
さすが『国境の守り人』と称されるだけあって、ブランシェットの騎士達は屈強だ。
アラステアが小柄に見えるほどに体が大きい騎士も少なくない。
家にずっといたわたしが王都の騎士と、ここにいる騎士達の違いなんて分かるわけないのだが、小説による知識のおかげで知っている──ブランシェットの騎士達の素晴らしさを。
彼らの情の厚さと優しさのおかげで推しが闇落ちしなかったことから、わたしは断然ブランシェットの騎士派だ。
「奥様って噂と全然違うんすねー」
この言葉は、年若い騎士のものだ。
彼は自身の発言により、「馬鹿っ」とか「お前!」など言われてげんこつを食らっている。
ここでわたしが下手な返しをした場合、彼の頭はコブだらけになることだろう。
噂とは、『メルビル伯爵家の引きこもり令嬢』というものだ。
しかも根暗で陰険で美しい義妹を虐めているという噂まである。
困ったね、真実はまったくの逆だと言うのにさ。
でもまあ、あの可憐な義妹がうるうるした瞳で『お義姉様に虐められてるの』って言ったら皆信じちゃうよね〜。やむなし。
「どんな噂かは存じ上げませんが、それでも皆様がこうしてわたしと接してくださり感謝いたします! さすが、ブランシェットの騎士様ですね! 弱きを助け強きを挫くという言葉をこうも実感できたのは初めてです!」
アラステアの背中を視界の隅に映しながら、わたしはそれはもう大きな声で言ってやった。
噂を信じてのその態度を取ってるなら、このパフォーマンスは非常に有効……なはずだ。
しかし、これはアラステアには刺さらず、ブランシェットの騎士達に刺さったようだ。
……いや、仲良くなりたかったし、いいんだけどね?
いいんだけど……うーん。
ローガンちゃん、あなたのお父様、とっても手強いわ。