⑪ わたしは ドコドコドンドン!
どうして、こんな状況になっているんだろう。
わたしは、真っ白な天井を眺めながらそんなことを思っている。
というのも、今、隣にアラステアがいるからである。
今日から一緒に寝ようって、本当に意味が分からない。
『押してだめなら引いてみろ』を、わたしが意図せずにしちゃった結果?
それとも、追っかけられるより追っかけたいっていうメンズの狩猟本能ってやつ?
うーん、分からない。考えても、分からない。
あと、わたしは子供ではないので、とんとんして寝かし付けようとしないでほしい。
肩書だけなら、とってもセクシーな『二十歳の新妻』なのに、寝かしつけられる図になってるのが本当に謎だ。
「あの、だ、旦那様?」
そしてわたしは、緊張もしている。ど緊張だ。
だって! きらきらしい顔面が、三十センチ未満距離にあるから!
「どうした、寒いのか?」
──この男、自分の顔面偏差値を理解しているのだろうか?
ちょっと、この人やばくない? 自分の顔の良さ、絶対分かってないよ……。
そんでもって、彼が良いのは顔だけじゃない。
わたしの灰色の髪を梳く手も、とても良い。
脂肪が少なく、筋肉質の手なのに繊細な色気を感じるのだ。
スラッと長い指先に、わたしはドキドキが止まらず、もはやドコドコドンドンの域である。
もうね、ずっと胸がドッコドッコ鳴ってんだわ。やばい心拍数なのよ。
義妹はアラステアのことを『戦闘狂の醜男』と言っていたが、噂というものは本当に厄介だ。
マーガレットさん曰く、アラステアの顔の良さと剣の腕を嫉妬した男が故意に流した大嘘だそうだが……。
「い、いいえ、寒くはないです、暖かいです。……ええっと、どうして、今日から一緒に、ね、寝るんですか?」
「? シェリーの夜這いの手間を取らせない方がいいかと思ったんだが……迷惑だったか?」
「め、迷惑なんて、そんなことは、全然ないです」
笑うと大型犬みたいな可愛さを発揮するのはやめてほしい。
こんな可愛い男に、『迷惑なんだが?』とか言えない。それに、迷惑じゃない。ちょっと心臓がドコドコするだけで……。
「良かった」
ひえ、顔がいい。
ま、待って、なんで顔を近付けるの!?!?
思わず「え、あ、うっ」と、キョドりオタクみたいな声が漏れてしまう。
アラステアはわたしの灰色の髪を避けて、「シェリーの目は青紫の虹彩が入っているんだな、とても綺麗だ」と言って、お耽美な微笑みをわたしに向けてきた。
綺麗なのは、あんただーーー!
「ひっ」
驚きすぎて、しゃっくりが出た。
わたし、こんな人に『たのもー! 子作りしましょー!』って、してたの?
今更ながら恥ずかしい。死ぬ。なんたる身の程知らず。
「シェリー、顔が赤い。大丈夫か?」
「うう、大丈夫ですぅ……ひっく」
旦那様のせいです。
……なんて、言えるわけがない。
わたしは、心配する彼をよそに目をぎゅっと瞑った。
◇◇◇
一夜明け、アラステアと仲良く朝食を取った後、寝不足のわたしは昨夜のアラステアの奇行(?)をダンディズム執事さんに相談することにした。
「ダンディさん!」
「ボビーです、奥様」
「ボビーさん!」
「はい、奥様」
「聞いてくださいぃいい!」
「はい、聞いておりますよ」
「旦那様が変なんです!」と言うわたしに、ダンディズム執事さんは「ややっ」と眉を顰めて、小声で「無体を働かれましたか?」と聞いてきた。
「ま、まさか! そんなことされてません! ……でも、わたしの目を綺麗とか、わたしと一緒に、ね、寝るとか……もしかしたら、良くないものを食べたのかも知れません。……調べていただけませんか?」
わたしの昨夜寝ながら考えて行き着いた予想である。
もしかしたら、彼を貶めようとこのブランシェット家に忍び込んでいるのかもと思ったのだ。
壁が高く、まるで要塞のような城だが、もしもの可能性は無きにしも非ず。
なんせアラステアは隣国とのいざこざを収めた、『国境の守り人』だ。
彼を脅威に思っている人間はいる。
なのに、ダンディズム執事さんは、「はて、変ではないと思うのですが」とか言いやがる。
わたしは、変だよー! と叫んで、幼児のように地べたでわあわあ暴れたくなった。
「ですが、おかしなものを食べたとしても、奥様も同じものを食べてますよ? 奥様には何の問題がないことは、主様のお料理に問題がなかった証拠ではありませんか?」
「いいえ! わたしのお腹は、とっても丈夫なんです!」
黴びたパンを食べても平気だった、とは言わなくてもいいだろう。
余計なことを言って憐れまれたくないし、ブランシェットの嫁が実家で虐げられていたなんて知られたくない。
「奥様」
ふふ、と笑うダンディズム執事さんに、わたしは首を傾げた。
なんで、そんな微笑ましいものを見るような目をしているのか……。
わたしが困惑していると、彼は優しい表情で言葉を紡いだ。
「奥様の真心が、主様のお心を動かしたと考えることはできませんか?」
真心? え? ……下心じゃなくて?
「主様含め、私共使用人は最初、奥様に大変失礼な態度を取っておりました」
苦しそうに「申し訳ありません」と頭を下げるダンディズム執事さんは大袈裟だ。
わたしはブランシェットにやって来てから、衣食住が用意された環境で何不自由なく暮らさせてもらっている。
「奥様は素晴らしいお人です。ハーブルによる塗り薬、健康茶を開発し、我が領に貢献してくださっています」
「そ、それは……」
「それに使用人達にも優しい、聖母のようなお方です」
「……え?」
「私は、奥様のような方に仕えることができて幸せです。これからも末永くお側に置いてください」
「……」
誤解だー! ハーブルは本来ならヒロインちゃんの功績だし、使用人方に優しいのは、わたしが使用人として働いていたから!
自分がされて嫌だったことをしたくないだけであって、聖母ではない! 断じて違う!
しかし、否定すればするほど「謙遜なさって」「慎み深い」とか言われてしまい、アラステアの食事が調べられることはなかった……。
そして、アラステアの色気の暴力は、この先ずーーーっと続くのであった。
【色気レベル】※『わたし』調べ
夫:★★★★★★★★★★∞
妻:★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
↑見栄分