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① わたしは 思い出す

 あ、これゼミでやったところだ──みたいに瞬時に理解した。




「サファイアは今から半年ほど病に伏せる。だからお前にはあの子の代わりに、アラステア・ブランシェットに嫁いでもらう」


 ある日、仕事の途中で呼び出された『シェリー』が父から言い渡された決定事項により、『わたし』は思い出した。


 ビリビリと脳が痺れたような感覚に襲われ、目眩がしてふらついても、目の前の父はわたしにまるで汚物でも見るかのような視線を寄越している。


 そして、そんな彼に「返事もできないのか」と言われ、しっしと手で払う仕草をされたので、ぺこりと頭を下げて父の執務室を出て仕事に戻ろうとしたところで、今度は義妹のサファイアに捕まった。


「ブランシェット侯爵は、加虐趣味のある変態なんだって。加虐趣味の意味知ってる? 外国から買ってきた特殊な拷問器具で、ゆっくり時間をかけて甚振るのが好きって意味よ。高尚な趣味よねえ? そう思うでしょ? お前にぴったり。しかも、すっごい醜男なんですって。国境の守り人なんて、大層な二つ名があっても、そんな男との結婚なんて、あたくしは絶対に嫌。それに、あたくしはお前と違って美しいから、化け物にはもったいないの。分かるでしょ? だから、釣り合いが取れるお前が嫁ぐの。穀潰しのシェリー、ようやく役に立つ時が来たんだもの、嬉しいでしょう?」


 ……出発は一週間後だと父は言っていたが、出発日当日までわたしは働いているのだろう。


 サファイアの勝ち誇ったような顔を見ながら、そんなことをぼんやりと思った。






 わたしの名前は、シェリー・メルビル。

 六週間後にはシェリー・ブランシェットになる、ぴちぴちの十九歳だ。


 わたしは、メルビル伯爵家の前妻の娘として生まれ、使用人として育った。


 母親──つまり、メルビル伯爵の前妻は、生後二ヶ月のわたしを置いて、伯爵家で働いていた若い庭師と駆け落ちした。


 父は怒り狂ったそうだ。

 まあ当然だと思うし、気持ちも理解できる。


 そして、いなくなった母に当てつけるように、後妻を貰い、わたしより二つ下の義妹をこさえた。そんでもって、前妻の子(わたしだ!)を使用人として扱った。


 どうやら、わたしの顔が母に似ているのだそうで、わたしと母を重ねている家族の目は冷たい。

 いや、冷たいなんてものじゃない。極寒。特に父。

 しかも、父はわたしのことを自分との子供ではなく、庭師との子供なのではないかと今でも疑っている。


 だけどねえ、お父様? 瞳の色をよく見てくださいな。わたしの目の色、お父様と同じ色だよ? なーんて気軽に言えるわけもなく、勝手に口を開くことが許されてないわたしは「お前は私の子供ではない!」とか言われちゃう。

 そんなわたしは当然、継母にも嫌われている。

 もちろん義妹にも嫌われている。

 虐めの内容とかはたるいので省くけど、なんていうか在り来りなやつですよ。

 嫌味嫌味の嵐に当てこすりをしてからの最後に罰。

 この流れがいつものパターン。


 はい、ここで冒頭の『思い出した』について語らせていただきたい。


 そう。わたし、転生者です。


 それも、最高オブ最高な小説のヒーローの母。


 ──ヒーローはわたしの推しだ。


 つまり、わたしは推しを産む女というわけである。


 尚、推しの母は、推しにトラウマを与えし憎むべき女であり、要らない子として蔑まれて育った可哀想な女でもあり、実家で嫌われ、嫁ぎ先でも嫌われていた幸の薄い儚げな女である。


 大事なことなのでもう一度言わせていただくが、推しの母である!


 複雑な家庭環境で育った推しとヒロインちゃんの恋物語は、わたしを沼に引っ張り込み、思考をバグらせるほどにひったひたに浸してふやかした。


 推しがトラウマに苦しみ、それをヒロインちゃんが慰めるシーンは泣けた……! そして挿絵も最高に良かった……! 神絵師様ありがとうございます……!


 しかし、神よ。

 なぜわたしを『母』にポジショニングしたのですか?

 いや、確かに、『わたしが推しのママだったら超絶甘やかして最高の自己肯定感を持たせてやるのに!』とは思ってはいたけれど……いたけれど……うん、そうだね。


 そうだよね!


 悩んでいても仕方がないよね!


 推しのママになって、推しの低〜〜〜い自己肯定感をエベレスト山級にしてみせましょう。



 ◇◇◇



 そんな訳でやってきました、隣国との国境付近にあるブランシェット領。


 王都から遠路はるばる三週間と四日かけてやって来たお嫁さん(わたしだ!)に、ブランシェット家の皆様は大歓迎! なんて雰囲気ではなかった。


 だって、『歓迎します』と言っているダンディズム執事さんの顔が笑ってなかったもん。


 それに、歓迎されていない理由も分かっていた。


 三年にも及ぶ国境での小戦争もしくは、隣国との小競り合いを治めた報奨として嫁ぐ女が、美貌の次女ではなく、引きこもりと噂されている長女なのだから歓迎されるわけがない。



「……だからって六日も放置する?」



 広い世界だ。

 放置プレイで喜ぶ女はそれなりにいるかも知れないが、わたしは違う。断じて違う。

 だって、わたしがここに来たのは、まだこの世に存在していない推しを()でる為だもん!


 だけど、挨拶をさせてくださいとダンディズム執事さんに頼んでも断られ、手紙を書いても返事は来ず、食事もずーっと一人。


 わたし付きになったメイドのオリーブが意地の悪いメイドでなかったのは幸いだけれど、話しかけてもほとんど『はい』か『いいえ』の回答しか返って来ない。




「だがしかし、わたしは負けないっ!」


 わたしは絶対にこの手に、推しである愛しのローガンちゃんを抱く!

 そして、勝利した暁にはヒロインちゃんとの恋を見守るのだ!!

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