9話 人知れず戦う者こそ『功労者』……だと思います
「一体どのようにして飛行しているのですか!?地球にはそのような透明な機械などに到達していないはずでしたが。そしてこの大量の、死骸、死体は一体?彼らも当たり前のように浮遊しています」
(マジで、質問したいのはこっちだっつの)
秋土一鳴には理解が出来なかった。空を飛ぶボロボロ学ランの中学生が理解できないのはそうだ。だが、それは前々から覚悟していたもの。知っていたもの。
(どういうことだ、これ)
今まで見た事がなかった。数多の霊と関わってきた彼女でさえ、このケースは初めてだった。
────────全く同じ顔、同じ服装の霊が、榊渉の隣に浮遊しているのだ。
「この子機械じゃないのよ。あとキミ、榊クンで合ってるかな?」
「はい!」
榊渉を名乗る少年の後ろの霊は、依然と彼女を睨みつけていた。
「キミ双子の兄弟とかいる?」
「いません!」
(あちゃー……これはやばいかも)
ただ似ているだけの別人の霊、という唯一の希望的観測は断たれた。
「……もしかして知り合いに似てる子がいるのか?」
(幽体融合中のはずの行人クンと榊クンには見えてない、っぽいな)
彼らの様子を見ればすぐ分かった。
「いや?いないけど」
「じゃあなんでそんな質問したんだよ」
榊渉はさらに近寄ってくる。同時に、背後の霊も距離を詰めてきた。
(考えられる可能性はいくつかある)
彼女が行き着いた可能性。
一つ目は『何らかの影響により魂が分裂してしまった』という可能性。秋土から見て、榊渉のような霊は完全に霊になっているようには見えなかった。まだ半分生きているような、死にかけている時に魂が抜け、幽体離脱した場合と少し似ていた。だから中途半端な状態の幽体融合では存在を認識しきれない。今の秋土二葉もそれに似た状態にすることで、行人や渉から自分の身体が見えないようにしている。
二つ目──────『目の前の榊渉が、榊渉ではない』という可能性。
「もしかしてあなた達は『僕』の知り合いでしょうか?記憶があいまいな状態なんです」
「そうじゃないよ。ただ……キミが榊クンなら、教えてもらいたい事がある」
彼女はそう言いながら、妹の背を撫でた。
「二葉ちゃん、アイツを手で覆っておいて。逃げられないように」
(……う……ん)
姉妹なら、詳細を言わずとも意図は伝わる。二葉が覆ったのは──────霊体の榊渉の方だった。
(あ"………ぅ)
「っ!?」
直後、二葉の巨大な二つの手のひらは──────霧散した。何十という片に切り刻まれたのだ。
そして再び姿を現した霊。その手には包丁のようなものが握られていた。
(だ いじょう、ぶ)
(無理はしないでね)
小声で呟く。心配させまいという意思か、二葉は斬られた手のひらを再生させ、さらに身体から三本目、四本目……と、無数の腕を生やす。
そして、それら全てを霊に向かって突き出す。あらゆる方向から叩き潰すように。ついでに行人に近寄ろうとする榊渉本体を抑えながら。
(あ、ちょ、やりすぎじゃね……?)
三十を超える本数の巨大な手腕が、霊に襲い掛かった。最大級の怨霊と化した秋土二葉はこのように姉である秋土一鳴の助けとなっていた、のだが────────。
(……すごいね、こりゃ)
霊はその全てを捌き切った。紙一重でかわすと同時に霊体の包丁で切り込みを入れ、一気に切り捨てる。その工程を一瞬で、全ての襲い掛かる腕に行ったのだ。
恐ろしい動体視力。そして魂を操る能力。死んだばかりの人間は上手く体の形を保てず、怨念でこの世に残り続けた霊のみが魂の操り方に慣れていき、霊体を手に入れられる。秋土の家系という生前から魂の扱い方を学んでいる人間だったというのは、秋土二葉がここまで強力になった理由の一つだ。
だが───────まだ不完全で霊になり切れていないというのに、二葉の攻撃で無傷を保つ存在。榊渉とそっくりの正体不明の霊。
(恐らく生前からあった戦闘能力……もしかしたら二葉ちゃんや『あの子』と同レベルの霊かもしれない、こいつは)
彼女が後ろで喋っている行人に、危険であることを伝えようとした時だった。
「……人を殺す事に躊躇いは無いのかよ」
「え」
その言葉に、榊渉は表情と動きを固めた。
だが────────。
(……人ヲ殺ス)
「!」
反対にさっきまで無言を貫いていた榊渉の霊体が、言葉を呟いたのだ。
「人を、殺す」
(ソレハ……シタクナイ)
(……意識がある。一種の怨念にも近い強い意志が。なら───────チャンスだ)
「そうだよー。あたしが言うのもなんだけど、人は殺しちゃいけないと思うのよね。社会的立場も危うくなるし、責任も伴うし、あと……殺された人が可哀そう!」
「それが一番先に言うべきだろ」
行人のその言葉は実際の所、その通りだった。
秋土が取った作戦は、霊に感じられた意志を刺激する事。普通の霊ならばしてはいけない悪手だ。霊の行動を助長させかねない。しかし、それは普通の霊が「復讐」などの意志を抱いているから。
「殺したくない」と願うのなら、それを後押しするべきだった。
そして、秋土が最後に言った「殺された人が可哀そう」という言葉に霊は強く反応し、震え、藻掻き、苦しむような仕草を見せて───────生きている方の榊渉に吸い込まれるようにして秋土の視界から消えた。
(……ビビったなぁ)
ほっと一息つき、背後で万年筆を握る行人を覗いた。
(……キミは、あたしがいなかったらどうやってこの戦いを生き抜くつもりだったんだよ、全く)