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60話 それは『侵入者』……か、それとも……。

 俺を穿とうとする化け物の手腕は消えた。というより、俺の方が消えたと言った方が正しい。


「……邪魔するな、超能力者」


「あ?言っただろ、オレがいる限り霧間は殺させねェ」


 俺は霙の真後ろに移動していた。恐らくは瞬間移動……どうやら彼が俺を助けてくれると言うのは本気らしい。


「分かった、二人まとめて相手してや─────ッ!?」


「およ、避けられたか」


 座っていた榊君が一瞬にして懐からナイフを取り出し、化け物に切り掛かっていた。間一髪でその攻撃を避ける事に成功していた少年は、突拍子もない行動をした榊君を目を丸くして見ている。


「おい殺人鬼ィ、お前はなんで攻撃した」


「いや、ノリで」


「ノリでェ……?」


「何事も勢いが大事だって。思春期だからね」


 ……とおちゃらけた口調で飄々とした態度を崩さない榊君だが、自然な動きで俺と化け物の少年の間に立っていた。

 さりげなく守ってくれているという事でいいのだろうか。


「ったく、霧間ァ!自己犠牲はお前の役割じゃねェからもうやるなよ。ここはオレが……傍観者気取りで観察しまくってたからな、昼咲には霧間と秋土の手に汗握る、胸キュンストーリーを語ってやるよ」


「……チッ」


 小さな舌打ちと同時に、昼咲と呼ばれた少年は変化さえていた身体を戻した。


 戻してしまった。


「……なんで俺を殺さないんだよ」


 思わず口に出してしまった俺は。

 ただ単に罰を求めていたエゴイストにすぎなかった。


「なんだ、急に。……超能力者と殺人鬼を同時に相手するのは流石に骨が折れるから。合理的判断だ」


「俺は、あんたの、友達を殺、し……たんだぞ?」


「……はぁ」


 ため息をついた少年は、気まずそうな表情で長い髪をかき分けた。


「そんな酷い顔で言われても……望んでやった訳じゃない事しか分からないよ」



























「暑いから長話は涼しいところで!」という榊君の提案に俺達は賛成だった。5月にしては高すぎる気温だ、何度ぐらいだ?日差しも強いし、ビルは廃墟だし……で、自然と近場の俺の家に向かう事になってしまった。


 想定外だったのは、あまりにも霙の話がまとまり過ぎていて、家に着く頃には俺が秋土と出会い、俺が秋土を殺すまでを語り終えてしまった事だ。


「ちょっとー、霧間さん?」


「……え、あ、何?」


「鍵!早く開けてくださいよ、暑い!」


 呆然としてしまっていた。


 霙の話を聞いて、同時に過去を振り返っていた。

 この戦いに参加し。訳もわからないまま秋土と交戦、共闘関係を結び。それから榊君や薪ちゃん、奥院さん……色々な人と出会い、戦った。


 まず言えるのは、秋土がいなければ俺は死んでいた。これは絶対的な事実。


 ……ポケットに入っていた鍵を差し込み、ドアを開ける。


「うおー熱気すげ!霧間さんエアコンつけていいよね?」


「いいよ」


「24度にしてやるぅぅ」


 音を立ててそこら中のドアを開けて行き、リビングを目指す榊君を見ていると……弟がいたらこんな感じなのだろうか、という気持ちになる。一人っ子だから少し憧れるんだよな。


「……霧間さーん?」


「どした?リモコンはテレビのところにあるよ。見つからなかったらごめん、一人暮らしだから色々雑になっちゃって」


「いや、そうじゃなくて……」


 リビングのドアの近くで立ち止まる榊君の後ろに立つ。


 ─────彼が何を言わんとしているか、どうして足を止めたかはすぐに理解した。


「……なんだ、これ」


 一夜明けたばかりのはずの俺の居間は、ありえないほどに荒らされていた。




「……とりあえず座ってくれ。冷たい麦茶を用意する」


 苦笑いしながら榊君と霙はぐちゃぐちゃのカーペットと、ずらされた位置のソファに座る。

 結局のところ、仮に泥棒が家に入り込んでいたとしてもこのメンバーなら負けないんだよな。俺はまだビビってるけど、榊君達がそう言うから仕方がない。


「手伝う」


 昼咲花威……さん、と呼ぶべきと知ったのはさっき霙が彼のことを説明した時。俺より一つ年上だなんて思いもしなかった。


「ありがとう、昼咲さん」


「呼び捨てで良い。秋土にもそうしてたんでしょ。ボクは女じゃないし」


「……分かった、昼咲」


 冷蔵庫にあった麦茶のポットからコップに注ぐ。二つ入れ終えたのを昼咲が持つ。


「あんたのことは前に、秋土から聞いた事があった。煉獄で亡くなった、華邑先輩と仲がいい男子……って多分昼咲の事だろ?」


「うん。ボクが死んだって事以外は間違いない。かく言うボクも、あの時は絶対死んだと思ったけど」


 一瞬の沈黙が通り抜ける。


「……悪かった。話も聞かず、秋土に危害を加えたと勘違いした」


「昼咲は悪くない。俺がそういう言い方をしたんだ、わざと。誰かに裁かれる事で許しを得たかった」


「随分と自己分析が進んでるね」


「イケメンだからな」


「……は?????」


「……あ、ごめん。褒められたら適当にそう言う癖が付いちゃってて」


 なかなか来ないコップに文句を言う霙の声を無視し、昼咲は手に持った麦茶を口に含んだ。


「君の様子と、彼誰時の話を聞く限りはとても嘘をついてるようには見えない。でも……どうしても信じられないことがある」


「……それは?」


「秋土が誰かに恋愛感情を持った事だ」


 身構えていたが、彼の口から放たれた言葉は少し予想外のものだった。


「あいつはいつも『恋愛には興味がない』とか抜かしてた」


「……知らなかった」


「そこだけだ。腑に落ちない、というか……想像出来ない」


「なるほど。秋土、見た目は良いからもっと遊んでるのかと思ってたけど…………あ、あった」


 俺は四杯の麦茶を注ぎ終えた手で、スマートフォンの写真を漁る。

 昼咲に見せたのは秋土とのデートの写真。


「これは昼飯食った時のやつ」


「……あぁ、間違いない。これは信じるしかない」


「……どした?」


 写真を見た昼咲は両目を覆いながら天を仰いでいた。


「いや。なんというか恋愛とかそっちのけってイメージの友達が思いっきりボク達には見せないような『女の顔』してるの見るとこう……複雑な気持ちになる」


「そ、そうか」


 と言っても俺にとっての秋土はこういう秋土であり、それ以外は知らないから反応しようがなかった。


「死んだのか、あいつ」


「死んだ。あっけなく」


「知らなかったな……まさか、霊能力者とは」


「……」


「秋土の事、好きか?」


 長いまつ毛の、大きめの目で覗かれる。

 さっきまで俺を殺そうとしていたとは思えない状況だ。これも秋土の人望のおかげと思えば、俺はまたアイツに生かされたという事になる。


「分からないよ。そんなの」


 というよりは、本当は……逃げていた。俺が彼女を好いているかどうかを『考える』事自体から逃げている。


 ──────今、秋土が死んでしまった今。俺があいつの事を好きだったとして。

 それに気づいてしまったら……どうしてその気持ちを秋土に伝えてやれなかったんだと、くだらない事をまた考え始めてしまうから。


「殺し合いの最中だ。恋愛感情の事なんてどうでもいいんだよ」


 感情に蓋をするように、声を出した。


「霧間は主人公である親友を助けるために戦いに参加したんだったか」


「あぁ」


「……助けるため、か」


 昼咲が俯いたその時。後ろから榊君が顔を覗かせた。


「あ、ごめん。つい話し込んじゃって麦茶持ってくの忘れちゃってて─────」


「いや。そうじゃなくて」


「え?」


 榊君のみならず、君の悪い笑みを浮かべて立ち上がった霙。何かハッとしたような表情の昼咲も……真剣な顔をしていた。


「……今気づいた。気配が微弱すぎて遅れた……!」


「え、何、どういう……」


 訳も分からず3人の顔を交互に見る俺に、榊君はゆっくりと告げた。


「──────さっき上の階から、誰かの声がした」


「……え?」


 あり得ない。だって、そんな事は……。


「霧間さん、この家って……霧間さん以外にも誰か住んでるの?」


 ───────絶賛一人暮らし中だから、あり得ないはずなんだ。

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