57話 植物に感謝しましょう。『酸素』……は貴重です
吸血鬼は自身の血液を自由自在に操作出来る。物体としての形を変化させることはもちろん、成分から調整することも可能。
「『八威刃』」
皮膚を爪で裂き、溢れ出た血液の鉄分を操作。凝固させ────2本の剣を生成する。
「へぇ!手品を直接目の当たりにするのは初めてだ」
ナイフを右手に持ち、渉が飛び込む。シェーラの正面に躍り出た直後、脚部の装置を駆動させ軌道を変える。シェーラの背後に回り込み、柄頭を左手で押さえてナイフを突き刺す。
「『暴五』……」
「!」
氷の障壁がシェーラと渉の間に生まれる。ナイフを包み込みように氷は侵食していくが、異星産のナイフは少し動かせば氷も容易に切り裂くことができた。
「済まないが手っ取り早く終わらせる。貴様の殺意は……吸血鬼狩りよりも気持ちが悪いのだ」
吸血鬼が振り向き、2本の剣を上空に投げる。そのまま勢いで両手を振ると、10本の指から赤い線が周囲に広がり、形を成す。
「『七絡』」
血液の線は……糸となった。
「何を……?」
ばら撒かれた糸は細く、地面に落ちているものも空中に舞っているものもある。渉では一目見たのみではその攻撃の意図が分からなかった。
(恐らくこの糸一本一本が剣に変貌したり、罠に近い攻撃でしょう)
「……了解。なら────近づいちゃおう」
糸を剣にするのなら、相手と至近距離を保ち、渉を攻撃するためには自分も被害を受けるように立ち回ればいい。そう考えた渉は氷壁を飛び越え、ブースターの火を吹かせ突進する。
「貴様は自分で気付いていないだろうが────────」
放り投げた2本の剣をキャッチしようとしたが──────なぜか、剣は帰ってこなかった。
「む……?」
それどころか剣は浮遊し、巨人の方向へと進んでいく。見覚えのある力にシェーラは舌打ちをし、腕の皮膚を爪で引き裂いて血氷の盾を形成する。
「厨二病クソガキが、邪魔しよって!気を取り直して……貴様は────狂人ではないな?」
「……どういう意味かなっ!?」
シェーラの動きは長年生きてきただけ整っており、渉の攻撃を正確に受け流し隙を突くことを忘れない。だが、対する渉は殺人のスペシャリスト。努力ではなく生まれ持った才能のみが彼を突き動かしている。死体の設計図が……斬撃をどう避け、どうナイフを振れば相手を殺せるかの道が、工程が見えている。
「そのままの意味だ。余はこの世界に生を受けてもう数百年……狂った人間はこの目が腐るほど見たのだ。故に真贋の区別は付く」
渉のナイフは少しづつだが、シェーラの皮膚を傷つけ始めていた。一方シェーラは斬撃が渉に当たることは無い上に、ばら撒いた血液の糸を操作することもしなかった。
(渉、少し怪しいです。彼女はまだ何かを隠し持っているに違いありません)
「同感。このまま死んでくれる相手にはどうも見えない!」
言いつつ、渉は至近距離を崩さない。身軽さとナイフの小回りを活かした連続攻撃を浴びせ、懐に潜り込む。渉がまたナイフを構え、シェーラの心臓を突こうとした瞬間─────目があった。
こちらを憐れむような目だった。
「やはり、か」
視界が赤に染まる。
「あ“……?」
全身から力が抜ける。正体は────ショックで意識を失ってしまいそうになるほどの、胸部の痛み。
「なん、で……」
右胸に剣が刺さっていた。シェーラが高速で刺したという説明では無理があるほどの一瞬の攻撃。
(渉、大丈夫ですか!?)
「いや、結構やべーかも……っ」
咳き込み、それを抑えた左手に血をドバッと吐く。さっきから漂っていた鉄の匂いがさらに強くなり─────
(まさか、空気)
「空、気……?」
「気付いたか。やるなクソガキ……だが遅かった」
シェーラは氷の盾を元の血液に戻す。何もない虚空を撫でるような仕草をしながら渉に向かって歩み出した。
「『七絡』はブラフだ。本命は……『六戒風』」
黒髪の吸血鬼が殺人鬼を見下ろす。
「貴様と出会った瞬間から空気中に血液を溶け込まさせておいた。いわば薄い血の霧だ。血の糸を巻いたのは霧よりも目立つ物を配置してバレないようにするため。血液を透明にする事もできはするが……時間がかかるのでな。この方法を選ばさせてもらった」
「ははは……そりゃ参ったね」
「……肺を潰した。順当に行けば貴様は死ぬだろう、が」
シェーラの瞳は相変わらず憐憫のレンズで渉を見ていた。
「余はこの争奪戦に勝利したいわけでは無いのだ。戦いを無効にする事が目的。貴様を殺す必要はない。死ぬか生きるか、ギリギリのラインにしたのは……判断のためだ」
「……判断?」
「貴様、どうしてそんなに死に急いでいる?」
「─────」
シェーラの冷たく、白い手が渉の頬に触れる。
「貴様は狂人を装った常人だ。狂ったフリをして死にたがっている年若いガキ。だから殺さない事が本当に『救い』かどうか分からない」
「……」
「さっき目を合わせた時、余の『魅了の魔眼』を使った。が……効かなかった。つまり貴様には心に決めた相手がいるのだろう。だというのに……死んでいいのか?」
「……」
「生きる意思があれば生かしてやる。余の眷属という形でな」
渉は自覚していた。
自分は死にたがっている。耐えきれない重さとなった罪悪感から逃れるためにこの世から消えようとしている。争奪戦に勝ち、主人公となれば希望が見出せる……そのはずなのに、戦いの中で自然と自分を殺してくれる者を探していた。
(眷属とやらになれば死にはしない、けど……このお姉さんに逆らえなくなるかもしれない)
自分を救いたいという意思は間違いないようだった。しかしその代償に自分の仲間になることを要求。圧倒的な強さを持つ吸血鬼に逆らうのは現実的ではない。
(渉のやりたいようにしてください。渉の人生です)
(相棒はいつも冷静というか、能天気というか……)
痛みはもはや麻痺してきた。意識は薄れていき、呼吸は苦しくなる一方。
(……うん、確かに死に急いでた。この女の子を見た瞬間『勝てない』ってことは分かってた筈なのに)
(私も勝てる見込みは少ないと判断していましたが、何せ君が自信満々に突っ込んでいくので)
(ハハハ、ごめんごめん。……相棒はどう思う?)
(何がです?)
(繋儀ちゃんのこと。僕が死ねば繋儀ちゃんは悲しむだろうけど、将来的に見ればきっとその方が幸せに暮らせる。僕が生き続ければ繋儀ちゃんと一緒にいれるけど、殺人欲求を抑えきれなくて襲いかかったり迷惑をかけ続けることになる)
(そうですね、私は)
(うん)
(私は)
(うん?)
(上)
「……上?」
様子のおかしくなった脳内の存在に、死にかけの渉は呟く。
「何?上に何が─────」
渉の言葉を聞き、シェーラは上空を見上げる。
直後、彼女は全ての言葉を失った。
「──────ッ」
そして、一言だけ呟く。
「──────神が」
顕現する。
ー ー ー ー ー ー ー
「決まったなァ〜ッ!!」
「うおっ!?」
まるで十年来の友人かのように、スポーツのチームメンバーかのように霙は『化け物』を名乗る存在に腕を広げて突進していた。
「皆さん、ありがとうございました。おかげで────」
(いいです。そういう形だけの長いのは)
「はは……」
相変わらず阿酉さんは手厳しいが、二葉ちゃんは人間体で輝かしい笑みをくれた。
「行人!無事か?」
「あぁ。そっちは?」
「決まってるだろ」
蓮と顔を見合わせ、歯を見せて笑う。互いに傷ひとつない。またこいつの顔を見れただけで……救われたような気分になる。
「行人。実は俺って人型煉魔なんだ」
「急にどうした!!??」
蓮は『実は今日財布持ってないんだけど』くらいのテンションで少し申し訳なさそうに重大すぎる言葉を口にした。
「ちょ、朝空蓮、それは──────」
「この事を知ってるのはマゼンタの中でも少ない。涼花さんと火良多と隊長と上層部くらいだ。広めんなよ」
「……あぁ、もちろん」
知らなかった。蓮の煉器は他のものとは少し違うと思っていたが……まさか人型煉魔、とは。
だが、今更大袈裟に驚いたりはしない。何せ俺も煉魔扱いされて襲われていたのだから。
「だとすると俺達もその『人型煉魔』ってやつなのか?」
「確証はないけど、もしそうならきっとマゼンタの殺害対象ではなくなる」
煉器を持ち上げて苦笑いしながら蓮は言った。その代償としてマゼンタとして働かされることになるだろうが────大した問題じゃない。俺はどうせ戦えないし。
「さァて、これからはどうすンだ」
金髪の男が腕を組んで語り始めた。
俺達は協力して強敵を退けた。多幸感が身を包む成功体験……こんな機会は滅多に無い。殺し合う立場の俺達が、だ。
だが皆、主人公になるという意思は潰えていないのだろう。
「当然、殺し合いに決まっているだろ」
「おォ〜怖い怖い流石は化け物。でもちょっと待ってくれよ?今の今まで共闘してたんだし、せめて霧間達は考えを整理する時間が必要なんじゃねェか?」
「なんだ急に……」
妙に肩入れしてくる超能力者が気色悪くて鳥肌が立ちそうだった。
「それに────化け物君は霧間に聞きたい事とかあるだろォ?」
「……」
「え、そうなのか?」
「……チッ」
表情は分からないが、バツの悪そうな仕草をして化け物は目線を逸らした。
「まぁとりあえず、『化け物』……どうせあんたも争奪戦参加者なんだろ?一応聞いておくけど戦いを諦める事は」
「断る」
「だよなぁ……」
ため息混じりに頭を掻いた俺に、蓮が顎に手を当てながら「争奪戦って?」と眉を曲げていた。
「あぁ、それは────後で話すよ。ほら、シェーラさんも帰ってきた事だし」
俺一人で『蓮にどこまで話すか』を決めてしまうのは危ういと考えた。あなたは主人公です。あなたが死ねば世界は終わります。神が主人公を変えたいと言ったので特殊能力を持った12人で殺し合いを行い、残った一人が新たな主人公となります。それを止められなかったらあなたは死にます。なんとも馬鹿げた話だろ。蓮はきっと俺を信じてくれるが、自分が主人公だと知った蓮がどうなるかが分からない。蓮に過剰な不安を背負わせたくはないし、知らせる事自体が蓮の死に繋がるかもしれない……年長者のシェーラさんはもちろん、未来人である薪ちゃんにも出来れば聞いておきたい。
「てか、やっぱりあの女の子凄まじく速いな!」
「あぁ、本当にあの人はやべーやつだと思って─────」
笑いながら空を見上げた俺は、迫り来る吸血鬼の顔が笑っていないのに気付く。常に余裕を纏い、吸血鬼らしく偉そうに笑っている彼女が、だ。
その上鬼気迫る表情をしている。……いや、違ったんだ。その口の形では俺は気づけなかった。
彼女の声で、その三文字を俺たちはようやく認識した。
「逃ぃ……!!げ……!!ろッ……!!」
「「「ッ!!??」」」
シェーラさんの強さはこの場にいるほとんどが蓮を救出した時に理解しているだろう。だから俺達は敵を把握することよりまず、逃亡する道を探そうとした。
だが、目に入ってしまったのだ。
シェーラさんより遥か上に浮かぶ『何か』が。
「あ、れは……なんだ……!?」
目が離せなかった。というか、捕まえられているような感覚だった。目を逸らしてはいけない。見続けなければいけないとなぜか自然に思ってしまう不気味な力があった。
それは─────包囲網の天頂から現れた巨大な物体は、眼球の形をしている。目は合わせなければいけないということだろうか。
だが一人、巨大眼球に狼狽えず……別方向を向いていた者がいた。
「……おい、お前らは早く逃げたらどうだ」
「っ、あ、あぁ。そうだな……!」
正気に戻り、唯一硬直して居なかった化け物に目線を動かした俺は感謝を述べようとして、違和感に気付いた。
「『お前らは』……?あんたは、ここに残るのか?」
「……奴の気配を感じる」
人間の顔がなくとも分かる。その時の化け物の感情は『憎悪』だ。間違いなく。
身体中が震え、しかし筋肉が強張っている。鋭い眼光が空を突き刺し、怨嗟の唸りが聞こえる。
「────夜公律の、気配がァッ!!」
直後、悲鳴にも似た雄叫びを上げた異形が、バッタのような脚で跳び────空にその手を伸ばした。




