55話 包囲網内外の『謀略』……頭脳戦はカロリーが高いので控えめに
生命体が御愁繋儀に譲渡した刀は、微細な振動によってあらゆるものを切り伏せることが可能となった異星の産物。地球の日本刀という文化がなんらかの方法でその星に渡り加工されたのか、『斬る』ことを追求した結果同じ形に行き着いたのかは生命体は知らない。
一つ言えるのは、彼はその刀を優れているから持ち帰ったということ。
「はぁっ……!」
紙一重でルファスは斬撃をかわす。翼の先端の、羽が刀に触れたと思えばそれは鋭利な跡を残して二分された。
一太刀でも入れられればその部位は切断される。
(真剣を扱った経験は多くはないが、これは……恐ろしい)
握っている繋儀でさえそう思わせる魔刀が空間を裂く。
「ならば、これはどうだ」
黒翼の男は距離を取ってから身体を回転させる。────そして、広がった翼から魔力を纏った羽が大量に射出される。
「投げナイフの相手なら慣れている」
何のアニメやら漫画の影響を受けたのかは彼女は知らないが、一時期の渉は直接の攻撃ではなく刃を投擲する戦法ばかり使い繋儀をイラつかせていたことがあった。ちなみに今は逆手持ちにハマっている。
無理せずかわすことを選択し、可能なものは切り伏せる。訓練された彼女の目なら、負えない速さではなかった。
「甘い」
「っ!?」
だが、相手は人外。対人戦闘の経験に飲まれてはいけない。
ルファスは込めていた魔力を操作し、羽の軌道を一斉に変化させる。繋儀の刀をかわした羽は複雑な軌道を描き彼女へと向かう。
「くっ……」
選択肢は二つ。このまま距離を取り不規則な動きの羽を見切り続け反撃の機会を待つか、思い切って飛び込み傷つきながらでも勝利に近づくか。
後者の方が彼女は好きだった。
(私は決して善良な人間ではない。一度や二度殺しても変わらない)
自分に言い聞かせながら繋儀は前進した。刀を両手で強く握り、これから殺す相手を両目で冷徹に捉える。
だが1秒後に見えたのは1メートルほどの太さの光の線だった。
「「……!?」」
繋儀は慌てて立ち止まり、ルファスは防御魔法を展開する。────が、その光線が障壁に触れる前に感じる。
破られる、と。
すぐさま上空に飛び上がる。冷静に彼は介入してきた存在を確認。
「……痛い」
少女だった。虚ろな目をした少女が、這いつくばりながら機構の両腕を突き出している。
「痛い、熱い、苦しい─────」
義手の根本からは血が垂れ出していた。異星の産物は腕を失ったばかりの地球人に合わないのだろうか、苦悶の表情で火良多巡は涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。
「でも、まだ死んでない」
両腕の手のひらにある穴が発光し始める。
「あ、あぁああああぁあああ!!」
絶叫と共に光線は放たれた。血を抉り、宙に舞う羽を焼き尽くす両腕は少女の出血をさらに助長させる。
「っ、まずい……!」
基本的にルファスの方向へ光線は向いているが、なりふり構わず狂ってしまいそうな気配のする巡に繋儀は駆け寄る。
「……潮時か」
男は地上に降りず、そのまま撤退することを選択した。元々御愁繋儀の確保は命令されたわけではなかったため、メインの任務に支障をきたしてまで遂行する必要はないと判断した。
「『助走』を……つけなければ」
魔力を纏い、飛行姿勢をとって再び黒き翼は夜の空に溶けた。
「おいっ、落ち着け!」
光線は止む。煙をモクモクと立てる義手に肝を冷やしながら、繋儀は再び少女を背負った。
「すぐ病院に連れて行くから……耐えてくれ」
自分は善人ではない。だが、それが目の前の命を見捨てる理由にはならない。殺人を肯定してくれるマインドにはならない。
消耗した体力が底をついたとしても少女は諦めないと誓った。命を救いたいという善意というよりは、御愁繋儀の意地だった。
「ごめん……なさい」
繋儀のその様子が、表情が眩しかったからだろうか。人を救うという行為に対して真っ直ぐでいられる事への羨望、かつて自分もあったはずのそれを、もう二度と手に入れることはできない自覚。
秋土一鳴を殺したという事実が、蛇のように巡にまとわりついている。
「ごめんな、さい─────」
繋儀の背中を切断部から流れる血で汚しながら、薄れゆく意識が命の終わりであることを願った。
「見ました?見ましたよねあの黒い鳥男とめちゃくちゃ強い女の子とボロッボロのマゼンタ隊員」
黒く、サラサラとした髪を後ろで纏めている、どこか理知的に見える顔立ちのマゼンタ隊員は隣にいる男に小声で語りかける。
「うん」
「あれが例の人型煉魔なのでは?」
「うーん、どうかな。僕は違うと思うけど」
「……ッ、奥院隊長!いつになったら行動するんですか!さっきから発生した煉魔を倒すだけで、私達には与えられた任務があるじゃないですか!だからわざわざ樹愁に来ていたのに!あなたも隊長という役職でありながら無理を言ってここに来たのは何か理由が──────」
不敵な笑みを浮かべる男……マゼンタ本部隊長は、手負の少女とそれを背負いながら走る少女から目線を逸らした。
「落ち着きなよ、蘭木隊員。僕達は所詮人間、あの水色の包囲網の中に飛び込めば死は確実だ」
「そうは言っても、本部からの命令、『独断行動を行なった夜公律の捕縛と潜伏していた人型煉魔の排除』はどうするんですか!」
「まずは人命救助だろ?僕達二人でやるのはどう考えても無理だし、現時点で本部が求めているのは様子見だと思う。蘭木隊員はさっきの女の子を病院に連れて行ってあげて」
「へ?」
「ほら急いで!」
「……あぁもう!」
舌打ちの後、長い髪を風に靡かせながら女は走り去った。
「……人型煉魔、か。大変な生物だ。人として生きていたのに急に人間じゃないと告げられてもね……」
水色の障壁を見つめながら、奥院架響は微笑んだ。
「樹愁支部隊長に騙されていたとはいえ、まさか兄を殺すなんて真似はしないでくれよぉ、世鶴」
そしてまた、彼は平穏を乱す煉魔との戦いに身を投じる。
「まぁでも、仙次に限ってそれはあり得ないか」
「────『エクスサモン・ディフェンド』」
直前。奥院仙次の殴りが直撃するまで1秒を切った瞬間に、夜公はその魔法の発動を成功させた。召喚されたのは一つの『盾』。
「ぐぅ……がはっ!」
盾を召喚したは良いものの、構える時間が少な過ぎた。その上彼女は虚弱体質。吐血しながら夜公は勢いよく吹き飛び、コンクリートに体を打ちつける。まともに攻撃を受ければ即死級の攻撃だったため、結果としては良い方であった。
「その盾は……」
「何も、召喚できるのは生物だけではないという事さ」
仙次の煉器を通しても、有益な情報は入ってこない。材質、強度、特殊性を判断するには一つ────殴る他なかった。
「ふっ!」
素早く、重く。砲撃のように拳を正面から放つ。……が、仙次の拳は盾によって完全に防がれた。
「『イージス』という……私の所持している遺物を召喚させてもらった」
全くの嘘である。
夜公が発動したのは『盾の概念を召喚する魔法』。障壁を展開する魔法、あらゆる矛を通さない盾、攻めればどんな軍であれ返り討ちにしてしまう城砦。現在の夜公律が召喚可能な範囲で、その『効力』を取り寄せる。彼女が実際に持っている盾は概念が形になった物であり、それ自体が圧倒的防御力を誇るわけではない。しかしその小さな盾には、夜公が召喚した『39個の盾の概念』が内包されている。
(恐らく奥院仙次は煉器の『煉魔を否定する』能力を利用し、低脳というデメリットを打ち消した。なら、なりふり構わず向かってこない代わりに心理戦が通用するかもしれない─────)
仙次はその身体一つで、竜の息吹ですら溶けない氷塊や深淵にて古代から姿を劣化させない鉱石、数多の戦士達の刃と心を折ってきた魔物の鱗────それら39種を突破しなければいけないのだ。
強力な魔法である分、消費する魔力は多い。咄嗟に判断が出来たのは結果として良かったはずだった。
(……なんだよ、割に合わないな)
だが、夜公はため息をついた。
39の概念は─────今の仙次の攻撃で、既に一つ破壊されたのだ。
「まぁ、壊れるまで殴り続けるだけか」
「っ!?」
振りかぶり、突き出す。人間の拳の姿をしているそれは、もはや神話級の兵器としか夜公は感じられなかった。
(拳一つ、パンチ一回で『盾』の概念が破壊されている……難攻不落の要塞、鉄壁の鱗を持つ魔獣を一撃で粉砕しているのと同じだぞ)
右、左、右、左。風を切り、空を揺らし、盾を壊す。その煉魔は止まることを知らず、それどころか加速しながら殴打する。一撃一撃を、目の前の魔王の心臓を潰すつもりで上から叩き込む。
「はは……かつて倒した邪神よりも、私を殺した勇者よりも強いんじゃないか?君」
─────それが39回目だったのかは、仕様を知らない仙次は分からなかった。
盾が、消えたのだ。
「あ……」
ショートカットの女の唇から、小さな声が漏れ出た。
「待って、兄さ─────」
ドン、と爆音が鳴るわけでもなく。盾を割るような金属音が響いたわけでもなかった。
ただ、骨と肉を潰した音。鈍く、人間が聞き慣れていない音が耳に入り込んでいく。
奥院世鶴は立ち尽くしたまま、その後に聞こえてきた内臓から血が噴き出る音に両耳を塞いだ。
─────夜公律の胸部を、丸太のように太い腕が貫いた。
勢いを殺す事なく、そのまま仙次は夜公に刺さった腕を抜かずに地面に叩きつける。衝撃と共に穴は広がり肉が砕け、ぐちゃぐちゃの内臓で汚れた拳はコンクリートに亀裂を発生させていた。
「絶命、確認」
煉器のレンズには、彼が取得した情報がまとめ上げられていた。破損した肉体。0になった心拍。これでまだ死んでいないのなら、それは仙次が知らない存在で煉器が処理出来ていない場合としか考えられない。
「世鶴、討伐されたはずの巨人型煉魔があそこにいる理由は知っているか?」
「…………は?」
その一文字しか喉から出なかったのは、彼女が無口だからというわけではない。一般的な人間としての反応だった。
「……何、言ってるの」
友の裏切りと兄の豹変という異常事態が寝起きというバッドステータスと重なり、彼女が遠くに聳え立つ巨人に気づいたのは仙次が夜公を圧倒し始めた時辺りだった。そのため世鶴は仙次に対し『そんなものはいるわけないだろ』というニュアンスで返答したのではない。
「確かに、私たちを殺そうとしてきた。私だけじゃなくて、マゼンタを裏切った。でも、でも─────」
恐怖と悲しみが困惑に掻き乱され、強く拳を握り締める。
「どうして、人を殺して平然としていられるの」
『お前はおかしい』、という意味、意思を込めて彼女は言った。
「世鶴」
振り向いた仙次は、彼女の目には真っ赤に見えた。友の返り血で染まった兄が呆れたような表情をしているのを見て、世鶴はますます奥院仙次という人間が分からなくなる。
「お前は俺と違って、兄貴以外の奥院家の者にも愛されて育ってきた。父上と母上も、俺が見たことのない優しい顔をお前に見せていただろうし、俺に見せていた顔をお前は知らないだろう」
「……何が言いたいの?」
「『甘えるな』という事だ。俺は義理を果たさなければいけない。志に共鳴した仲間がいる。妹である世鶴には健やかに育ってほしいが、説教に時間を割くわけにはいかない。……この煉器もあまり長く使っていられないからな」
当然である。仙次が行っているのは自分自身を否定するという行為。それに加え無理矢理思考能力を向上させているため、脳に多大な負荷がかかる。
「……さて、まずは『あれ』の回収だ」
破壊された生命である、夜公の死体の元にしゃがみ込み、仙次は血とドロドロになった内臓で手を汚しながら彼女を漁った。
「あった」
ちぎれた隊服と血肉を落とし、焦げ茶色の本を開く。
『万年筆はこちらになります』
「あぁ」
冷めきった表情で、仙次は具現化した万年筆で小さな四角にチェックをつけた。
一仕事終えた安心感に息を吐き、パタンと本を閉じる。
「……」
その違和感の正体は、彼が煉器を使用している状態でなければ気づけなかっただろう。脳筋たる彼ならば『違う』ことに気づいても特に重要視はしなかったはずだ。
(……おかしい。夜公律の題名は、彼女が名乗っていたのは『魔王』のはず─────)
そこに書かれていたのは『魔王』などという文字ではなかった。であれば、疑問が浮かぶ。本当の題名は何なのか。なぜ嘘をついていたのか。
仙次の思考が加速し始めた瞬間、レンズに新たな情報が出現する。
『生体反応』だ。
「……そう来たか」
目の前の景色を嘘偽りだと糾弾出来るほど、今の彼は頭が悪くなかった。
「兄、さん、これ……」
「世鶴。友達は選んだ方がいいぞ。殺されたらしっかりと死ぬような奴だけにしておけ」
─────死体は、復元していく。身体に刻まれた魔法陣が夜の闇を裂き、光に包まれた血が体内へと戻っていく。
「─────見ちゃった?それ。一度死んだから偽装魔法も解けたのか」
腹に空いた穴を完全に塞いでしまった女が、血反吐を吐きながら笑う。
「嘘をついていたのか」
「別に?私は『魔王』と呼ばれていたし、自分でもそう思ってる。……題名なんて、どこか遠くで上から眺めてるだけの神が勝手に決めただけじゃないか。気に入らないんだよ……そのレッテルが」
仙次の手の中の本─────『転生者』という題名の一冊は、吸い込まれるように夜公へと向かっていった。
「なるほど、転生者……。お前が度々使っていた魔法のような力は地球の技術ではなく、前世で手に入れていたものか」
「御名答。例えば、身体に『蘇生魔法』の式を予め書いておいたりね……」
仙次は貫いたため、隊服だけ破壊されむき出しになった腹部を指さした。
「君はもう一度私を殺すのだろう。私の蘇生魔法が切れるまでね。あぁ困った、もう一度『転生』出来る保証なんて無いのに!ま、出来たとしてもこっちから願い下げだけど──────」
わざとらしく手を広げた夜公は高らかに笑い、そのまま空を見上げた。
仙次は既に拳を突き出していた。
(何かを企んでいる事だけは分かる)
ついさっき彼女の腹部を骨と肉のペーストに変化させた剛腕が容赦なく空気の壁を破る───────だが、律と仙次の間にはひとつの盾が壁となって阻んでいた。
「『エクスサモン・ディフェンド』……もう壊れたと思ったかい?」
「っ!」
夜公律の目的は『時間を稼ぐ』こと。『エクスサモン・ディフェンド』を使い続けるだけでは、仙次の攻撃をかいくぐれないと判断した。39の概念が破壊された後に蘇生したとしても、蘇生された直後に攻撃されてしまう。
だから残りの概念が残っている間に律は盾を自分から解除し壊れたように見せかけ、殺されることを選んだ。奥院仙次の煉器は見た情報を知識を元に整理し表示することは出来るが、自分が知らないものは分からないまま。死ねば警戒心は弱まる。時間は経過する。蘇生魔法は見抜かれず仙次の目の前で起動する。
そして今、絶好のタイミングで、『昼咲花威達が巨人型煉魔を倒す』瞬間に彼女は得意の召喚魔法を発動させた。
「出番だよ────ルファス!」
「御意」
魔法陣から黒翼の男が飛行姿勢で飛び出し、そのまま律を乗せて空を駆ける。
「今回は私の負け。人の形をした化け物よ、また会おう!」
「くっ……!何を、何を企んでいる……!?」
跳躍し、高速で空へと向かうルファスに蹴りを入れる。だが盾の概念は未だ残機を持っている。空気が振動し、衝撃波が走るが彼らの身体に傷はつかない。
「いくつかの条件を満たさせるために私は動いていた。『昼咲花威と華邑涼花が再会する』や『強大な敵を各勢力が協力して倒す』とか『霧間行人が朝空蓮に自らの秘密を打ち明ける』、『榊渉が意識を取り戻す』……どれも物語において重要なポイントだ。それらが一気に起こったら……愚かで傲慢な『奴』は降りてくるんだ」
届かない手を伸ばし続け、仙次は夜公の言葉を聞くことしか出来なかった。
「今、『神』が地上に姿を現す」




