54話 『作戦遂行』……物事が都合良く進んでいる時こそ、伏兵は笑うのです
「と言う訳でだ。余は少し席を外させてもらうぞ」
「え!?」
霊視メガネがずり落ちそうになるくらい過剰なリアクションを取ってしまう。いや過剰じゃないわ。なぜこのタイミングで!?
「────何ものかが見ておる。余はそっちを対処しておく……別に見捨てようというつもりではないのだ」
「え、あ、そうなんすか」
「逆に、この程度の死霊すら倒せないのではこの先危ういぞ?……では、せいぜい頑張るのだ!」
「あっ」
シェーラさんの足はすでに大地から離れ、ビルの向こうへと飛んで行った。
「行人、今の女の子は……」
「多分味方。母さんと父さんの友達らしいから、信用はしていいと思う」
俺は片方だけつけたイヤホンをグッと押し込み、無介入を貫いていた二葉ちゃん達を向く。
「二葉ちゃん、それから……零助さん、阿酉さん」
秋土零助、秋土阿酉。名前を聞いておいたのは、彼らとの関わりは今後避けられない重要なものになってくるだろうから。
俺は彼らの娘を殺した。それにどんな理由があろうと、あの場で出来る最前の行動だったとしても、俺自身気まずくて一緒にはいたくなかった。それ以上に零助さん達の方が俺を拒むだろうと思っていたけど、違った。──────秋土がまだ俺にお節介を焼こうとしてるのなら、拒否する権利は霧間行人に無い。
(……お)
「はい?」
(お義父さんと呼んでくれ)
「え」
兜から光る眼光は鋭く、有無を言わせない圧力がかかっていた。
「お、おと……」
(あなた、冗談下手なんだからやめなさいっていつも言ってるでしょ!笑えませんよ少しも!)
阿酉さんが零助さんの頭を叩くと、しっかりとゴンという鈍い音が聞こえた。
(あはは!お父さんダサ!ダサすぎてダザエモンだね)
(すまない)
「あぁ、いえ……」
本当に冗談のつもりで言ってたのか。というかダサすぎてダザエモンという二葉ちゃんの言葉があまりにも意味不明すぎて脳が麻痺していた。
いや、改めて文字にしてみると意味不明すぎる。ダザエモンって誰だよ。
「あれはかつて多くの人々の命を奪った巨人型煉魔です。ヤバすぎてヤバエモンです。俺は友達を守りたい。絶対に止めなきゃいけない……協力してくれますか?」
率直に、変に着飾る事なく言葉を伝えた。俺と彼らの関係性なら、それがいいと判断したんだ。
(いいよー!)
(無論)
(約束ですから。……従うわ)
「ありがとうございます……!」
秋土の事はまだ引きずっている。心の底では全く割り切れていない。でも、割り切らなくていいという判断ならできた。
俺はあの時……アイツに短刀を突き刺した時に心が折れてしまうほど、アイツの死を思いっきり悲しんでやれる優しい人間ではない。なら、そんな冷たい俺は優しい奴にできないことをするべきだ。
「────霧間君」
「なんです?」
華邑先輩の声が聞こえた。振り返ってから気づいたが、煉魔かもしれない俺を受け入れてくれるだろうか。煉獄で友人を失った事があると秋土から聞いた。……いや、受け入れてもらわなくても構わない。今は巨人型煉魔を倒さなきゃ───
「……その、大丈夫?」
「へ?」
心の底から心配しているような華邑先輩の表情。その原因に気づくのには1秒もあれば十分だった。
────華邑先輩達には霊は全く見えていないというのに、普通に話してしまっていた。
「あぁ、これはその、なんていうか、あれですあれ!……クソ、マジで説明が難しい」
「行人、どんなことがあっても俺はお前の友達だからな」
「や、やめろ蓮!今それを言っても哀れみにしか聞こえない!」
これじゃ俺は何もないところに話しかけ続けていた異常者じゃないか。
「楽しんでるとこ悪いがァ!!」
「うおっ!?」
爆発するほど心臓が跳ねたのは、俺の右耳の近くでいきなり叫んだ金髪の男のせいだ。……超能力者、だからだろうか。いきなり俺の背後に現れたのは。
「……また会ったな」
「意外と速い再会で嬉しいぜェ。吸血鬼が一緒に来たから尻尾巻いて逃げようと思ったんだが、席を外してくれたのは助かる」
物を浮かせたり瞬間移動したり、こいつの超能力がスプーンを曲げる程度の手品では無いことは分かっている。そんな超能力者がこうも恐れている吸血鬼と、父さんと母さんはどうやって知り合ったのか気になってくる。
「どうもよろしく。霙と呼んでくれ。ひとまずあのデカブツを倒すために協力しようやって言いたんだが」
「分かってる。空中にいるあんたをさっき見た」
正直、こいつの内面は本当に分からない。目的から心理まで全くの意味不明。でも内面はともかく────実力は薪ちゃんとの戦いを見るに、巨人を倒すのに役立つと確信できる。
「あ、それともう一人」
ドン、という音と共に地上に降り立ったのは───人型の異形。虫や獣の体の一部が人体に混ざり合い、溶け、完全に人としての原型を保っていないような状態だった。というかそうとしか思えない。悪の組織に改造された怪人みたいなテイストだ。
「……」
「何黙ってんだよォ!名前だよ名前!連携し合う時に分かってなきゃさァ!」
「……化け物と呼べばいい」
昆虫のような瞳は……なぜか俺の方から離れない。普通に怖いからやめて欲しいのだけれど。
「っ、巨人が……!!」
蓮の言葉を聞き、霙は消失し化け物は歪な翼を生やした。
……巨人の足が再び上がり、俺たちを踏み潰そうと下がり始めている。
「二葉ちゃん!」
(了解〜)
零助さんと阿酉さんと共に、巨大化した二葉ちゃんに乗り込む。風圧で目が痛いくらいのスピードで月光を隠す影から脱出する。
「涼花さん、掴まっといて!」
蓮の煉器の光が青色に変化し───光というよりかは、炎のように激しく燃えたぎる。それがジェット噴射のような役割を果たし、蓮と華邑先輩もかわすことができたようだ。
(直接話し合う暇は無ェみたいだからなァ!『虚無の囁き』でオレ、直接脳内に……!?話しかけちまうぜェ)
「うおっ、なんだこれ気持ちわるっ!」
(私も聞こえるわね……どういう原理かしら)
霊の阿酉さん達にも聞こえるとは。……恐らくこれは、テレパシーという奴だろう。超能力者というのだから不思議でもない。
だが、頭の中に誰かが話しかけてくるというのはこんなに違和感のあるものなのか。
(率直に申し上げるとォ……奴の弱点である体内のコアは『移動している』」)
「……移動?」
周囲のビルを気にせず体を動かし、瓦礫を量産していく巨人の周りを旋回飛行しながら、脳内に響く声に集中する。
(胸部を攻撃すれば右腕に。右腕を攻撃すればまた胸部に。普通なら順に破壊していけばコアを追い詰められるがァ、この再生速度だ。右腕を攻撃してる間に胸は元通りになってる状況は想像できンだろ?そこでだ!)
(聞いて驚け)とためを作ってから、霙は俺たちに思念を送りつけた。
(煉器を上回る特攻能力を持つ『化け物』さんにまず、デカブツの『頭』をぶっ壊してもらうッ!)
俺は蝶や鳥の翼が混ざったような器官で飛行する『化け物』を頭上に見る。声は聞こえないが、狼狽えた様子はなさそうだし……恐らく、出来るのだろう。
(次に『両足』をマゼンタ二人!『両腕』をオレと霧間で四人同時に渾身の大技を叩き込むッ!一瞬じゃないぜ、何度もだ。再生が追いついても突き放す勢いで攻撃し続け、コアの逃げ場をなくす。飛行可能かつ戦闘能力も高いオレと霧間『達』はそのまま勢いで『胴体上部』も消し飛ばすッ!)
「っ、無茶振りが過ぎないか!?」
(うるせェ、実際に戦うのはオマエじゃねーだろ?)
「そうだけども!」
できるだけ自然に笑みを浮かべながら(多分苦笑いになってる)俺は零助さん達の顔を覗いた。
(無論、可能だ)
(出来るんじゃない?知らないけど)
(お姉ちゃんなら出来るでしょ?なら私たちにできない訳ないよね)
「そっすか……」
実際、俺に出来る事はない。だからもう、言うべき事もその資格もない。
(そしてクライマックスゥ!残る一つとなった『胴体下部』をバケモン!お前がコア諸共ぶっ飛ばす───名付けて『股間がお前のゴールだ』作戦ッ、行くぞォ!!)
ー ー ー ー ー ー ー
(……気配は二つ)
羽をはためかせ、吸血鬼は夜の冷たい空気を一身に浴びる。
(一つは隠す気のない『視線』。だが生命力を感じない。恐らくは霊や怪異の類か)
ビルの屋上。両足を振りながら、少年は黒髪の少女を迎え入れるような視線を送る。
(そしてもう一つは、これまた気づいてくれと言わんばかりの『殺意』)
少年……榊渉は立ち上がり、ナイフをくるくると回して微笑んだ。
「あれ、バレちゃった?みんなで巨大怪獣やっつけてやったー達成感!ってとこに滑り込んじゃおうと思ってたのに」
「趣味の悪いガキなのだ。……全く、どうして平和なこの国で十数年程度の時を過ごして────どうしてそこまで人から遠ざかることができるのだ」
シェーラの言葉の意味合いとしては、外見的なものではない。学ランの少年はいたって普通で、日常に溶け込める容姿を保っている。
遠慮のない純粋な殺意と人の理を超越した『もう一人』を内包している事実。榊渉の、会ったばかりのシェーラから見ることの出来たわずかな内面が、彼女にそう言わせた。
「人殺しには慣れているようだが、気をつけろよクソガキ。今から貴様が戦うのは人ではない」
腕を伝う血液が凝固し、シェーラの手に握られる剣となる。
「──────『吸血鬼』、殻町優だ」
「へぇ、吸血鬼!情報通りだね、相棒」
渉の肌が強張り、寒気が身体中を覆う。『人ならざる者』を相手にしているという圧。彼の内に住まう生命体とも異なる恐ろしさ、悍ましさが彼に降り注ぐ。
(吸血鬼、ですか。この方を殺したら渉は『殺鬼鬼』になるという事でしょうか)
(それ絶対今言うことじゃない)
緊張感の一ミリも感じられない意見が脳に繰り出される。
「……実はちょっとビビってたけど、どうやら相棒にとっては慌てるほどのことじゃないらしい」
宇宙よりもたらされたナイフを逆手に握り、渉は深く息を吸う。シェーラからは彼が嗅ぎ慣れた血の匂いが、鉄臭い安心感が漂っていた。
息を吐き─────数多の命を奪った腕を、いつものように振りかぶった。




