53話 絶対的『信頼』……友情は分かりやすく物語を彩ります
「コイツの身体のどこかに『コア』がある。そこを叩けば再生もせず潔く死んでくれると思うぜェ」
突如現れた金髪の男。当たり前のように空気を足場とする彼を、花威は複眼で睨む。
今、本当にすべきことは何か。
巨人型煉魔の被害を拡大させてでも、この男を倒した方が良い……その発想が生まれてしまう。昼咲花威の願いを叶えるには、争奪戦に勝利することは必須条件だった。
「あのマゼンタの子、仲良いんだろォ?」
「……」
話したことはもちろん、会うのすら初めてのはずの男がその情報を知っているのは、争奪戦参加者だからという理由で片付いてしまう。同時に警戒は強まるが……『知っている』者が友好的に接してくれるのなら、利用しない手は無い。花威はこの戦いに出遅れている。今から追いつくには他の参加者から情報を手に入れるしか無い。
「今は、だ。協力すんのは今だけでいい。12人のうち脱落したのはまだ一人だからな。ちょっとくらい遠回りしても変わらねェぜ」
「……分かった」
渋々承諾し、ため息混じりの返答をした直後。
花威の足場が揺れた。
「っ!」
巨人が動き始めた。花威は空中に身を投げ出し、地上に視線を落とす。
(重要なのはコアを探すことだ。破壊する手段ならいくらでもある)
少し落下し、巨人の胸部ほどの高さまで落ちる。
────次の瞬間、花威の動く方向が90°転換される。
「が……っ!?」
完全にふいをつかれた攻撃だったが、両手の防御は間に合った。
巨人の腕。圧倒的質量に殴り飛ばされた事を理解した花威は翼で空気抵抗を増やしつつ、ビルに足を突き立てて静止する。
「……速い。あまりにも」
体が大きいのならば相対的に動きも鈍くなる……先入観に囚われすぎていたのだろうか。巨人型煉魔の腕のふりは予備動作もなく、人がそれを行った場合と同等の速度で圧倒的な破壊力を実現させていた。
「動き始めたか……!」
巨人の頭部を再度見やると、不敵な笑みを浮かべた霙が宙に浮かんでいた。まるで「その程度か?」と言いたげな表情に些細な苛立ちを覚えつつ、花威は霙に向かって飛行する。
一人では骨が折れる程度では済みそうにない相手。協力せざるを得ない状況が、彼の争奪戦への決意を興醒めさせた。
「もう一体、人型煉魔……!?」
探知機の反応は、突如として上空に出現した金髪の男が『そう』であると示していた。
「涼花さん、巨人型煉魔の弱点は知っていますか?」
「……朝空蓮、なんとも思わないの?」
「あの様子を見るに、金髪の人も味方なんじゃないですか?俺たちがすべき事は巨人型煉魔の討伐。任務の内容とは違うけど、優先度はこっちの方が上だ」
剣を握りしめ、再び振りかぶろうとした瞬間。不動の足が上がった。
「っ!」
まず一歩。巨人は踏み出した。巨体であるというのに人間と同じスピードで行われる動作は、一つ一つが通常の大型煉魔の攻撃と言っても過言ではない。
「身体の中にコアを隠しているはずなんです!当時はそのコアの発見が遅れて被害はさらに拡大した……!」
自分が煉魔になっていると告げられた時から、マゼンタの資料をよく読み漁るようになった。それは様々な煉魔との戦闘記録を見ることで自分の身体への理解を深める他───もし自分が手のつけられないほどの暴走をしてしまった時、どのようにして自分を止めたらいいのかを考える目的があった。
「よく知ってるじゃァねーか!」
上空から声が響く。その主が満面の笑みを浮かべた金髪の男だと確認した頃には、男はすでに次の言葉を言い始めていた。
「オレが見つけてやるッ!だからそれまで持ち堪えてろよォ〜!?」
「どうやって……!?」
両手の人差し指と親指で四角を形成し、片目で巨人を覗き込む。
その男の姿を見た蓮は、そもそも宙に浮かんでいる時点で理屈の通じない存在であると悟った。
「攻撃は通じないけど、時間稼ぎにはなるみたいね」
大鎌が巨大な左足首を丸ごと引き裂く。すぐに再生、分たれたはずの肉体と肉体が合わさってしまうためバランスを崩させる事はできないが、再生している間は動かなかった。
「このまま攻撃を続けるわよ!」
「はいっ!」
蓮は白く輝く剣を手に、横一線に腕を振る。相も変わらず手応えはなく、空気を斬ったような感覚がする────が、この場合その表現は適切ではなくなる。
実際にその瞬間、蓮は虚空を切り裂いていたのだから。
「え……?」
『何も斬っていない』事に気づくまで1秒。
月光を遮る何かを見上げるまで2秒。
「な……っ!?」
そして、巨人の足が朝空蓮というちっぽけな存在を踏み潰そうとしているのに気付くのが3秒かかった。
(────死ぬ)
このままであれば、という意味だった。
「っ、朝空……!!」
ここに華邑涼花が来たところで助けにはならない。ともに押しつぶされるだけ。それどころか間に合うかどうかも分からない。
このまま自分が何もしなければ自分は死ぬ。
(俺が煉器の力を解放すれば、俺は助かる)
出力を上げる。青色の光が夜を照らし、増幅する。
(────足りない。これだけじゃまだ)
剣を突き立てる前に理解する。同時に、『第三形態』まで解放すれば助かるという絶対的自信が生まれた。
『次に暴走すれば君は煉魔として見なされる。殺害対象だ。忘れちゃいないだろうね?』
夜公律の言葉が蓮の体内で反復し、響く。
即座に彼は解放することを選択した。例え人の敵になろうとも目の前に敵を倒す道を選んだ。
(やるしか、ないか)
巨人型煉魔を倒し、人々を救うため。それもあるだろうが────『主人公』の真意ではなかった。
(────こんな所で終わりたくない。俺は幸せを掴み取る……!!)
朝空蓮はただ、死にたくなかったのだ。
煉器のトリガーを引く人差し指に信号が送られた瞬間。
蓮の視点は目にも止まらぬ速度で月光に照らされた。
「……え?えっ!?今、何が……」
とてつもない風圧と認識できない周囲の景色。高速で動いているという事を理解した直後、自身を運んでいた黒髪の少女は両足を地面に突き立て、翼をはためかせて停止した。
「無事か?」
「……あ、えと、まぁ」
「そうだろう無事だろう!余が助けたのだからな」
少女の美しさに一瞬見惚れるが、普段から彼女より美しい存在に慣れている蓮は巨人型煉魔に目をやり、さっきまで自分がいた場所が凹み、巨人の足が埋まっている状態を視認した。
「助けてくれてありがとうございます」
探知機を横目で確認しながら蓮は頭を下げた。目の前にいる存在は人型煉魔である。示された点を見る前に察していたことだ。コウモリのような翼を生やし、あり得ない速度での行動を可能とする存在など、自分と同様に人間ではない。
「礼なら助けるよう頼んできたこいつにも言っておけ」
「……?」
探知機の点が重なっているように見えた蓮が、少女……シェーラの指差した方向に視線を向ける。
「……え」
心臓が痛いくらいに跳ねた。
「まぁ、そういうことだ」
「なんで、ここに」
仮面を外し、目の前の光景が夢ではないかを確かめる。
「助けに来たぞ、蓮」
「────行人?」
二人の少年は爆発しそうな鼓動に知らないふりを決め込み、互いに見つめ合う。
「『煉魔』でよければ力になる」
ー ー ー ー ー ー ー
「俺がマゼンタだって事は……」
「知ってた」
「……そう、だったのか」
黙っていたのはお互い様だった。
「時間がない。長くは話してる暇ないから、これだけ聞いてくれ」
シェーラさん、そして二葉ちゃん達に見守られながら、俺は震える口を無理やり動かす。
「俺もまだよく分かっていない。煉魔扱いされてマゼンタに襲われたけどそんな心当たりはないし、今まで人間として生きてきたし。でも絶対に人間だっていう保証もない。最近は色々面倒な事に巻き込まれたし」
俺は、蓮なら絶対に味方をしてくれると信じていた。だがいざ会って、話してみると────不安で仕方がない。
この瞬間、俺たちの十数年間の友情が存続するか否かが決まる。普段から煉魔を倒してきたマゼンタの蓮は俺を信じてくれるのか。
暗闇に立たされているような果てのない不安。
……でも、話さなきゃいけない。このまま隠し続ける方が俺は辛い。
「それでも───俺は『霧間行人』だって信じてほしい。蓮とずっと過ごしてきた俺は、今ここにいる。人間か煉魔かは分からないけど、俺はお前の友達だって、信じてほしい……」
「信じてるよ」
「急に言われてよく分からないと思うけど……ん?」
平然とした顔。若干の笑みを浮かべながら……蓮は即答した。
「分かってる。今俺の前にいる行人は本物の行人。なら……人間かどうかは関係ない」
あぁ、なんて事だろう。俺の親友はもはや危うさを感じるほどに俺を信じてくれていた。分かっていたはずなのに、その事実がどうしても……嬉しかった。
「親友だろ、俺達は!」
「……だな」
突き出された蓮の拳に自分のを合わせる。
──────相手は突如現れた災厄。多くの犠牲者を出して人類の敵、巨人型煉魔。だが……負ける気はしなかった。
ー ー ー ー ー ー ー
「……なんだ、急に増えたぞ」
「ン?『イケメン』と『吸血鬼』の事かァ」
定期的に腕を振り回す巨人を瞬間移動で避けながら、霙は両の指で作った長方形を崩さない。
「アイツらも今の目的は同じ。一人で先走って殺すなよォ?あ、左肩狙え」
「分かってる。大体、ただ顔が綺麗ってだけの奴なんか、いつでも殺せるだろ……はッ!」
脚部をハチの針のように鋭く尖らせ、霙の指示通りに穿つ。煉器で攻撃した時は一切の手応えが感じられていないようだったが、花威の攻撃は巨人の身体に亀裂を生む。どちらもすぐに再生されてしまうことには変わりないため、花威はため息をつき下方を見る。
「……?」
黒髪の少女は遠くからでも分かる、『血』の匂いが漂っていた。煉魔が感応していった動物の本能が彼女を危険だと叫んでいる。すぐに少女が吸血鬼の方であると見抜けたが───もう一方、霙がイケメンと言った少年には違和感と警戒心が生まれる。
「……あぁ、霧間行人か」
中学校が同じだったため、地域ではちょっとした有名人である彼が戦いに参加している事については受け入れやすかった。常人離れしたその美しさとモテようは、ある種の特殊能力と言っても差し支えないほどだ。それに加えて主人公である朝空蓮と深い関係を持っている。
だがもう一つ。それだけではない懐かしさがあった。
「────なんで、お前の気配がするんだ」
それは動物の本能か。人間の第六感か。それとも煉魔の感応現象か。
「……秋土。どうしてお前が、霧間行人に……?」
恋愛に対する執着がカケラも無かったはずの友の残滓を宿していたのは、常に女性が周りにいるといった正反対の存在だった。
想像を駆け巡らせる。
(ボクが感じている秋土の気配のようなものは何だ?ただ単に秋土の匂いとかを嗅覚器官で感知しているだけか?)
自分で考えて、それが違う事は分かっていた。
(……違う、これは感応現象に近いものだ。本能的に秋土を感じている。だとしたらアイツは、霧間行人は……)
花威の複眼がギュルギュルと音を立てて変貌し、漆黒の瞳孔を形成する。鳥類の視力は人間の約6倍ほどあると言われている……鷹の目という呼び名は広く通っているだろう。
(霧間行人は秋土に何をした?秋土の何なんだ?)
秋土一鳴という人間を知っているからこそ、霧間行人とは絶対に親密にならないだろうという確信が生まれてしまっていた。
疑いの眼差しは──────行人の首筋を正確に捉えていた。




