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52話 『性のあり方』……増やすほど縛られるというのに、気づこうともしません

 物語を書こうという趣味が出来てしまったのはいつのことなのか。ボクがいくら思い出そうとしても脳は既に記憶を消去してしまっているのか、全く引き出せない。


『頭痛い……痛いよぉ』


 有力なのは、妹が幼い頃に体調を崩した時。家にある絵本は全て飽きたと布団の上で泣き喚く妹と、なんとかして妹に元気になってほしい両親。

 その三人が喜ぶために、ボクは適当な絵本のような、お話を作った。


『それで、少女と騎士は気球に乗って、世界中の人と触れ合うために旅に出ましたとさ……って感じなんだけど』


『……もう一回!読んで!』


 オオカミ少年が報われたバージョンみたいな、稚拙な話だったけども……妹は満足してくれた。


 それに喜びを感じてしまったボクは、懲りずに小説を書き続けていた。


『あ、へぇー……。その、サキちゃんってこういうの書く子なんだね!』


 だが小学六年生の時、ボクの自由帳を覗いた同級生の女子が言った言葉は、今だに耳の中で乱反射中だ。彼女の苦笑いは目に焼き付いている。気にしないというわけにもいかず、ずっと心にこびりついている。


「……何よ、じっと見て」


「あぁいや……」


 図書室にて、止まったシャーペンを走らせようともせず、ボクは華邑の顔を眺めてしまっていた。


「華邑、やっぱり姉と顔似てないなーって」


「悪かったわね、可愛くなくて。非モテしか読まないような恋愛のコツみたいな本借りてさっさとどっか行けば?」


「……ごめん、嘘」


 シャー芯を引っ込ませ、二回ノックしてまた顔を出させる。


「華邑はボクに、なんで『こんなん(小説)』書いてるのとか聞かないんだなって」


「元々あんたが私の邪魔をするようになったのって、私がそういう奴なんだろうなっていう理由じゃなかったっけ」


「そうだけども……ほら、ボク達がここでつるむようになって早数ヶ月じゃん?しかも夏休みまで一緒にしちゃってさ。仲も深まってきたしっていう」


 日差しは焼けるほど暑いけれども、クーラーがよく働いてくれるこの図書室はまさにオアシスだ。家のリビングは涼しいが集中しにくく、自分の部屋に篭ると電気代が親に申し訳なくなる。華邑は塾の自習室が騒がしすぎるという理由で夏休みにも関わらず、休み時間と変わらない日々を過ごしていた。


「仲、ね。気に食わないけど、一鳴以外だとあんたしかいないかも」


 心臓の高鳴りを悟られないように、シャーペンで適当に線をうねらせる。


 正直、ここまで一緒にいる男女ってもう付き合ってもいいんじゃないか?という煩悩がボクの夏を埋め尽くしていた。華邑は『可愛くない』とか言ってるけど、間違いなく可愛い。恋は盲目と言うが、こればかりはボクの目が正常である事を祈りたい。好きだから可愛いのかは分からないけど、少なくとも会った時点でもそう思っていた。時々とは言えない頻度の罵倒に関しては、自分がマゾヒストなのかどうかの自覚がはっきりしていない以上は結論を出せない。本当の問題は─────ボクもまた、『可愛い』と言われている事だ。


 ボク、昼咲花威という健全な男子中学生は女子のような見た目をしている。髪はそこまで伸ばしていないが、短めにするとなぜか妹が文句を言うから少し長めに。結べるほどはない長さ。なのだけれども……顔。どうにもならない。両親を責める気はない。とてもいい人達だからだ。責めるとすれば────不快な揶揄い方をしてくる連中。生徒だけでなく教師も、行きすぎたイジリはイジメだ。

 ……だが、ボクが心を許している華邑が『良い人』だとしても問題はあった。


 華邑はボクの事を『女友達』として見ているのではないか。最初から性愛対象に入っていないのではないか。


 それが怖い。

 下手に告白してこの関係を崩してしまうくらいなら、このままで良い。


 そう出した結論が単なる逃げなのかもしれないが、気付かないふりしか出来なかった。









 特筆すべきイベント、事件が起きたのは夏休み明けの九月だった。


「え、お前夏休みの間に彼女出来たの!?」


「まぁな〜」


 放課後の数分。意味もなく教室に残り話す時間。一刻も早く家に帰ったり、図書室に行ったりしたいところなのだが……クラス内での『居場所』を確保するためには必要な犠牲だ。特定の奴らと友達でい続けなければボクはすぐに粛清対象にロックオン、即イジメられる。


「良いなぁ羨ましい!え、どんな子?可愛い?」


「まぁな〜」


「くっそおおマジで羨ましすぎる!!」


 その時ボクはどんな顔をしてどんな言葉を吐いていたのだろうか。中身のない会話だから、話半分に聞いていたのだろうけど。

 だから、誰が『その言葉』を言ったのか、とかは覚えていない。


「あ、サキちゃんで良くね?」


 昼咲(ひるさき)花威(かい)から取って『サキ』。小学校から続いてる伝統みたいなもので、別の小学校だったはずの奴もそう呼び始めるのは早かった。どうしてもボクを女性と解釈したい、そのノリをしたい彼ら彼女らの悪ふざけで、今更ボクが辞めさせられる規模でも無くなったため、受け入れていた。


「……いやいや、何言ってんだよ!」


 寒気がした。冗談でも受け入れたくなかった。でもその感情は噛み殺し、苦笑いと共に虚勢を吐き出した。全ては関係を維持するため。多少の苦痛は厭わない。


 だが、反応はなかった。彼らの目は野獣のように光り、ボクを見つめていた。彼女持ちのはずの奴も含め、ボク以外の全員で。舐め回すような眼差しは慣れていたはずなのに、『ヤバい』という予感が止まらなかった。空気感は既に集団によって動かされ、もうどうにもならない。


「なぁ、サキちゃんも男なら分かるだろ?ちょっとだけだって……!」


「いや、ちょ、流石に……!!」


 腕は掴まれた。足は体重を乗せられたせいで動かない。


(────え、本当に?)


 本気で暴れれば抜け出せたかもしれない。だが、『動けない』という恐怖とさっきまで友達だったはずの奴らに『やられる』という悍ましさ。それがボクの体を震わせ、硬直させ、操作不能に陥らせた。


 興奮と期待で染まった彼らが、慣れた手つきで制服を脱がしていく。抵抗はできない。


 吐きそうだった。


「ねぇ、やめた方がいいと思うけど」


「っ!!」


 もっと、吐きそうだった。

 教室のドアの奥から、華邑の姿が見えた。誰も助けに来てくれないのはおかしいと思っていた。男子同士だしじゃれあっているだけだと思われたのだろうか。それともただ単に厄介ごとに首を突っ込みたくないという思考の者が多かったのか。それは分からないが……華邑には、助けられたくなかった。


 男に襲われて。何もできず縮こまって。好きな子に助けてもらって。


 これじゃまるで────女と変わらないじゃないか。差別的だろうと、そのボクの感情は侵されてはいけない最終ラインだった。


「り、涼花!?なんだよ急に、びっくりしたぁ」


「……謝りなよ」


 強気な態度を続ける彼女もまた標的になってしまうのではないかという考えがよぎる。そうなった場合、弱者のボクは何ができるのだろうか。ただ見ているだけ?一緒に襲われる?


「いや、ただ遊んでただけだって!なぁ?」


「え、あ……」


 頷けばまた、居場所を維持出来るだろうか。きっとそんなことはない。だが、ここで反抗して何になるのか。弱っちいボクには華邑に助けを求めることしかできない。


「そ。誤魔化すのね。じゃあ、お願い出来る?」


 そう言った華邑は見えない廊下の向こう側を向いた。


 出てきたのは、ニ人の男子生徒。


「あれ、可愛い子ちゃんが襲われてるって聞いて駆けつけたんスけど、いなくね?どういう事スか行人のカノジョさん」


「違う、私はその妹」


「行人のカノジョの妹さん」


 厳つい剃り込みの少年。身長はボクより高いが、履いている上履きの色から一年生だということは分かった。


「いや、よく見てみろって、遠也。あの男子の人、女子みたいな顔してる……!男の娘ってマジで実在するんだ!」


 小声で言っているつもりなのかもしれないが、興奮で隠せていない。臆病そうなイメージのメガネの少年が臆することなく剃り込みの少年に話しかけていた。


「遠也……遠也ってまさか、慈門遠也!?」


 一人がそう驚きながらボクから手を離すと、続々と四肢の拘束が外れていく。

 慈門遠也の話はやんちゃはしないタイプのボクでも流石に聞いたことはある。入学して一ヶ月経たずしてニ、三年生の不良グループをボコボコにし、挙げ句の果てにそのリーダーになったという漫画じみた後輩。彼の髪型は目立つため、校内で見かけるたびに目で追っていた。


「悪・即・斬からの殴蹴叩打撃突砕破殺ってな!!ぶっ飛ばしてやるよっ!!」


 そこからの事はあっという間だった。ただ単に慈門君がボクを襲った奴らを襲い、ボッコボコのギッタギタにしてしまった。丁寧な言い方をすれば、歯がギリギリ折れないくらいの殴打、血液が床に垂れないよう工夫した痛めつけ方だった。分かっているのだろう。大事にならない規模で、最大限の苦痛、恐怖を与える方法を。ボクが手も足も出せなかった相手に、年下だというのに彼は勝ってしまった。

 ただそれだけ。他に説明は必要ない。『女子のような見た目をした男子が複数の男子に襲われかけた』というニュースは、『慈門遠也がまた暴れた』というゴシップにより上書きされ、良くも悪くも噂は流通しなかった。


「……とりあえず、図書室行く?」


 彼女なりに気を遣ったのだろうが、それで「今日は休んで」とか言わないあたり、華邑も一緒にいる時間を良く思ってくれている気がして逆に嬉しかった。


「ダサいよな、ボク」


 図書室の独特の空気で肺をいっぱいにし、パイプ椅子に座り、ノートを開いた瞬間。涙が溢れた。


「女子が弱くてダサいって事じゃなくて、なんていうか……何も、出来ない自分が……情けなくて……っ!」


「……これは、慰めになってるか分からないけど」


 口を開いた華邑は教科書から目を離さずに、そのまま言った。


「私も姉の力を借りただけなのが悔しい。愛歌の彼氏の顔が広くて、不良の連中とも手懐けてるっていう惚気聞いてた。そんな薄い縁で協力してくれるか分からないのに、私は一人じゃ何も出来ないから、そうするしかなかった。賭けるしかなかったの」


「……」


「……それだけ」


「……今度は」


「!」


「いつか、華邑がピンチになったら────ボクが助けるよ。絶対」


「……そ」


 傷を舐め合うだけじゃない。そう確信できる温かさが助けに感じられて────この居場所が、心地良かった。






 一年後の冬、約束を守ることと引き換えに、ボクは阿鼻叫喚の煉獄の中で息絶えた大勢の中の一人となった。















「ふざけないで……!!」


 目の前の敵は強大で、放っておけば煉獄並みの被害は避けられない。理性は分かっているはずなのに────怒りという感情が華邑涼花を支配していた。


「あの煉魔に復讐することが私の全てだったの!それだけが生きる意味……だったのに」


 彼女の復讐は、通りすがりの化け物に奪われた。彼は特に声を発することなく、憐憫の目を向けていた。


「こんなのあいつに顔向け出来ない……私、あいつに酷いことしたのに、あいつは守ってくれたのに────!」


 崩れ落ち、顔を塞ぐ彼女に化け物は変質させた声帯を開く。


「感応現象というものがあるだろう」


「「!」」


 マゼンタ隊員や研究者ならば知っている、煉魔特有の『通じ合う』力。煉魔は生まれ落ちた瞬間、動物や昆虫などと感応現象を起こし、それらの生態情報を模倣し、姿を変える。

 が、一部の煉魔は異なり、『固有の』感応現象を持っている。

 争奪戦参加者で言えば、夜公律は『仲間』と感応する事に長けている……と言った具合で、上位個体の煉魔にしか見られないものだ。


「三年前の煉獄で生まれたボクの中には────あの日に灰となった、犠牲者達の声が響いている」


 昼咲花威は、自身の脳内に響く『声』の正体をそう考えていた。


「だから、君を助けた少年の感情もボクは知っている」


「……っ!?」


 泣き腫らした顔を慌てて上げた。


「死ぬ瞬間、彼は満足していた」


「……そう」


 化け物の言い分は理にかなっていた。夜公律から彼の情報の一部を聞いたことのある蓮も、彼の主張を否定しなかった。


「ボクに分かるのはそれくらいだ」


 だが、化け物は真っ赤な嘘を吐いた。その時死んだ少年は化け物自身。昼咲花威は一度死に、姿を変えて今を生きている。

 その上────彼が涼花を庇い、蟷螂型煉魔に殺害された時の感情は全くの別物だった。



 ただの、『恐怖』。



鋭い鎌が自分の心臓を貫こうとする。全身から冷たい汗が噴き出る。尿道、涙腺、全てが緩む。呼吸もままならないくせに目の前の景色はまるでスローモーションのように見える。しかしすくんだ足は動かない。


そして一瞬の痛み。


記憶と共に当時の感覚が蘇りかける。因縁の相手はもう二度殺したはずなのに、植え付けられた恐怖心は彼を離さなかった。

その葛藤、後悔、苦痛を飲み込んで口を開く。


「……では、共闘しよう」


「……あぁ」


 大きく深い呼吸を繰り返す化け物の言葉に、蓮は煉器を握りしめる。


「分かっているわ」


 大鎌を握りしめ、彼女は巨人を見上げる。

 少し足を動かすだけで、未だ大きな攻撃はしてこない。安全な状態であるが────エネルギーを貯めているとも捉えられる。


「─────行くぞ」


 瞬時に飛び上がり、飛行した先は巨人の頭部。頭頂部めがけて、蟷螂型煉魔を粉砕した踵を放つ。


「……手応えが少ないな」


 まっさらな頭頂部にヒビが入るが、少しの時間を置いてそれは修復される。


(君は煉魔の王となる存在だ。全ての煉魔を創り、壊し、統べる力さ────)


 忌々しい記憶が蘇る。


「まぁいい。あの女が言ったことなんて元から信用していない」


 自分の人生の全てを破壊し、一年半の時間を奪った元凶……夜公律という女性。常に帯刀し、気味の悪い笑みを浮かべた彼女の姿、声、所業は花威の脳に焼き付けられている。


「はぁっ!」


「ふっ!」


 光の剣と大鎌が巨人の右足を同時に切り付ける。刃は通ったが────『斬った』という感覚が感じられなかった。霞を振り払ったような感触の後、視線を戻してみれば脚部は修復されていた。


(────煉器でも無理、だったら……やるしかない)


 目を閉じ、神経を研ぎ澄ます。巨人の頭に手を置き……花威は深呼吸をする。


 化け物は巨人と感応現象を起こし、巨人の弱点を探ることを選択した。それは巨人型煉魔が踏み潰した犠牲者の怨嗟の叫びが大量に脳内に流れ込む可能性のある危険な試みだったが、多大な被害を出す前に行動すべきだと考えた花威は迷わず意識を集中させる。


「─────え?」


 分かったことは二つ。


 まず一つは『感応現象が起きなかった』こと。


「……どういうことだ」


 もう一つは……『目の前の巨人型煉魔は煉魔ではない』こと。


(マゼンタの資料で見た事がある、こいつが煉魔でなければ────)


「あー、そいつ。ただの死骸だぜ」


「っ!?」


 神経を一点に集中させていた花威は、背後に迫っていたその気配に気づけなかった。……とはいえ、集中していた状態でも、その人物の来訪を予見できたかは怪しい。


 なぜなら彼は『瞬間的に』花威の背後に現れたからだ。


「どうも、『こういう者』です」


 金髪の男は焦茶色の本を見せびらかし、貼り付けた白い紙が剥がれないように抑えていた。


「争奪戦参加者……!?」


「おっと、落ち着けよォ」


 空中散歩に洒落込む金髪の男────彼誰時霙は心から楽しそうな笑みを浮かべ、嬉々として両手を広げる。


「一時休戦、呉越同舟、共同作戦─────ッてやつだァ!!」

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