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50話 『ウルトラ』……な選択肢でございます

「んっ…………」


 目覚めた時、まず感じたのは冷たさ。路上で起床する経験を今までしたことが無かったのは、彼女が特別裕福な事は関係なく、この国では基本的に多くの人間が知りえない事だからだ。

 それによる違和感が奥院世鶴を支配していたが、目に入ってきた光景はそれよりもっと非現実的で、受け入れがたいものだった。


「兄さん、と……律…………?」


 血塗れの兄と、傷一つ無い状態で佇む友人。『なぜ?』という感情で脳内が埋まるが、思考は時間が経つにつれ冷静になっていく。

 自分の兄は煉魔だった。なら、マゼンタである夜公が兄と戦っているのはおかしなことではない。


 気にすべきなのは、夜公が彼女の煉器である刀を抜かずに攻撃を複数体の異形に任せている事と、世鶴が全く歯が立たなかった仙次が追い詰められている事と…………黒い煉魔に連れ去られていたはずの夜公がいる。この三点。


 後に彼女は疑問にもう一点、奥院仙次と夜公律の戦いの最中に現れた『巨人型煉魔の再出現』を追加するのだが……今はまだ気付けていない。不自然な度々の振動も、目の前の異常事態には敵わない。


「お!ほら、『狂戦士(奥院仙次)』よ。妹さんが起きたみたいだよ」


「…………そう、か」


 世鶴はどんな声をかけるべきか分からなかった。自らを偽り家族を裏切った煉魔に対する罵倒。傷だらけの家族に対する心配。


「兄さ──────」


「リゴス」


 夜公の声と同時に、世鶴の首元に冷たい感触が生まれる。それは夜のコンクリートの冷たさではなく、研ぎ澄まされた金属の冷徹さ。鋭利な長剣によるものだ。


「っ……!!」


 動けば死ぬ。首が飛ぶ。自分の横に立つ『騎士』のような恰好をした存在を目線だけ動かして確認し、彼女は再び夜公を見る。

 騎士の剣を動かすよう指示したのは紛れもなく彼女だ。


「律……?」


「ごめんね、世鶴。可愛らしい私の友人。私は悪い悪い『魔王』だから……少し人質になってもらいたいんだよ」


「なん、で──────」


 夜公は首を動かし、世鶴の目線を仙次へと誘導した。気難しい顔をしながら、彼は流れ出る血を手で押さえている。


「彼は、私の攻撃が意識を失っている君に向かおうとするとね、自分の身体を使って君を守っていたよ。……かなり痛めつけたのに、少ししか傷ついていないのは理解できない頑丈さだけど」


 夜公の言葉が耳に入る度───────目の前の光景がどんどん現実離れしていく。


「そこでだ、世鶴が恐怖する姿を見れば、戦意は削がれ攻撃も迂闊に出来なくなると考えた!友人の頼み……もしかしたら君の首が飛ぶかもしれないが、ちょっと協力して?」


 この瞬間まで、確かに夜公律は奥院世鶴にとって友人だった。今も彼女はそうであると信じたかったが……目の前の『魔王』から感じるのは明確な悪。純粋で濁りの無い悪。

 流れそうな涙は恐怖でかき消される。


「全部……嘘だったの?私は律のこと、ずっと友達だと────」


「だーかーら、私も友達だと思ってるって!……その様子だと、『マインド』も解けてきたみたいだね」


 夜公はこれから彼女が計画のためにマゼンタに行ってきた所業を話すのだが、冷静に考えればする必要がない。手の内をバラすのだからむしろデメリットだ。

 が、愉悦。答え合わせに顔を歪める表情こそ、悪の象徴たる『魔王』が好むものだ。


「マゼンタ樹愁支部にね、ちょっとずーつ催眠魔法をかけてたんだ。『人型煉魔は敵であり、殺害に躊躇は必要ない』……ってね。人間の倫理観に影響を及ぼすものだからかなり時間がかかったし、魔力の消費も大きかった。おかげで今日、作戦を実行するまで魔力を蓄えておかなきゃいけなかった。実は他の参加者に狙われてたら割と危なかったんだよね」


 話を進めて行くたびに、夜公は杖をコン、と地に打ちつける。


「ま、私の正体を知ってるのは『ヴァンパイア』くらいだった。あの女は中々自分から手を出さない、甘さがある。いくら強くても最後に勝つのは私だ」


 少女のような輝く笑みを浮かべ、彼女は口を抑えた。


「あはは、これ以上喋るとルファスに怒られそうだ。でもね、練り上げた計画を自慢げに語るのは悪役の特権だと思うんだ。あ、あとこのセリフも忘れちゃいけないね」


 剣を突きつけられている世鶴に向かい、わざとらしく両腕を広げた夜公は天を仰いだ。


「楽しかったぜ!?お前との友情ごっこは────ってやつ」


「…………気にすんな、世鶴。友達は仲良い奴が数人いれば良い。捨てるのも手だぞ。……何なら、その数人すらいなくたっていい」


 まさに絶望的で、救いようのない状況。騙されていた自分を責め立てると同時に、今までの日々を否定したくない思いが反抗し、葛藤が起こる。

 だが、だからこそと言うべきか、仙次の言葉は彼女に届いた。兄が煉魔であると妄信し、怒りで冷静さを失っていた世鶴には、するすると肉親の声が響いていく。彼女を脳を麻痺させる魔法はもう解けた。


「家族!母さんも父さんもお前には優しい。兄貴は俺にも良くしてくれるけどな。家族がいりゃあ良いだろ。……何なら、今この瞬間。実感できると思うぞ」


 豪快に微笑み、男は立ち上がった。


「今!どうせビビってる世鶴!お前は家族である俺に助けられるんだからなッ!」


 流れ出る血を気にせず、仙次は再び拳を構えた。


「……うーん、分かんないな。人質だよ?助けるというか、その前に世鶴は死んじゃうと思うんだけど」


「ま、さっきまではな。世鶴はもう意識を取り戻した」


 そして彼は……赤く汚れた指で妹を指さした。


「なら、そいつ一体くらいは自力でなんとかしろよ!マゼンタなんだしな!」


「……はは」


 苦笑、呆れに近い感情だった。


「助けるって言ったくせに、それって」


 だが──────戦う意思は復活した。敵が誰なのか、そして……味方が誰なのか。自分の中ではっきり定まった。


「あはは!面白い。君は本当に面白い……けど、どうやって私に勝つつもりだい?」


 あらかじめ発動しておいた『巨人型煉魔』の死体も無事に召喚出来た。そして奥院仙次の足止めの成功。なんなら殺害も可能であると考えていた。全てが夜公の計画通りに進んでいく中──────『異分子』はその姿を見せる。


「決まってるだろ。本を持ってる奴……つまり、俺達参加者って煉魔なんだよな?」


「あぁ、まぁ隊員たちにはそう伝えてはいたし、『事実』だけど……でも、君は自分が煉魔である自覚があるのかい?いきなり煉魔だと言われて信じるだなんて、いくら馬鹿と言っても…………」


「いや、()()()()()。小さい頃からずっと知っていたぞ」


「…………何?」


 流れるように進んでいた夜公律の計画に、ほんの少しのヒビが入る。


「煉魔に勝つ手段って言ったら、一つしかないだろ…………ッ!」


 仙次の右手に……光が灯る。赤く揺らぎ夜を照らす光が周囲に広がる。


「まさか……『煉器』……?」


「で、でも、兄さんは煉器を出せないはずじゃ───────」


 妹である世鶴さえ、今起きている状況を否定した。だが、正確には仙次は煉器を生成できる。それがあまりにも『戦いに向かない形状』だっただけだ。


「煉魔に勝つなら、煉魔の力を無効化するなら、『煉器』しかない」


 光は収まり、仙次の手にはあるものが握られていた。赤く、小さなその煉器が『何の』形状をしているか、彼女達は一目で理解した。


「…………なんだ、それ」


 だというのに、夜公は質問の形で呟いた。てっきり武器が出てくると思っていた彼女達は裏切られ、反対に仙次は満足げに自身の煉器を『装着』した。


「フラウル、奴を─────」


 夜公は僅かにだが、焦ってしまった。聞いていた情報とは異なり煉器を生成した目の前の異分子。奥院仙次を排除する事を最優先で考えてしまった。その上に『本能』的に……彼女の根底にある煉魔としての意識が、潜在的に恐怖した。まず行うべきだったのは世鶴への攻撃。だが事実として、それは行われなかった。


 仙次はその瞬間にふたつの動作を同時にこなす。


 1つはフラウルと呼ばれた、炎を纏う豹の獣人による攻撃の回避。迫り来る攻撃を『正面から受け止める』事無く、攻撃を見極めて最も安全な場所に身を躱す。最短、最速の回避は異形からすれば『攻撃を予測されていた』としか見えない。


 そしてもう1つ、仙次は腕に滴る血液を手に集め────それを放った。

 世鶴に刃を突きつける、リゴスと呼ばれた騎士に。銃のように正確に、血液は兜の隙間を貫いた。


 騎士の視界が覆われたその瞬間、仙次はレンズの奥から世鶴に目線を送る。

 既に彼女は動いていた。


「ふッ……!」


 煉器の矢を甲冑の間に突き刺し、その場から素早く退避。夜公と異形達から目を離さずに、仙次に肩を預けた。


「上出来だ」


「……当然、これくらい」


 世鶴はさっきまで喧嘩していた相手への気まずさと、雰囲気が異なる兄に対しての違和感を抱えながらぎこちなく返答する。


「……なんだ。それは。君の煉器は一体────────?」


『攻撃』する形をしていない煉器など、計画の為に入念に下調べを行う夜公でさえ知りえなかった。だが、今の一連の行動によって奥院仙次の煉器は正真正銘の煉器である事が分かる。

 さっきまでの『脳筋』たる仙次ならここまで計算された動きは出来なかった。『考えて』回避することなど彼はしない。世鶴を助ける方法も、普段の仙次なら絶対に思いつかなかった。


「煉器の本質は──────『煉魔を否定する』事だ。俺の煉器は一定時間、俺自身の煉魔としての性質を打ち消す。『脳筋』という題名の効力を抑える。つまり…………」


 彼の煉器である『紅い眼鏡』をかけた仙次はいつもより少し控えめに微笑んだ。そこには普段の豪快さは無く、それどころか彼に相応しくない……『知性』があったのだ。


「───────ちょっとIQが上がる」

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