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49話 瞬間的な『つまらない決着』……どちらも難儀な性格のようです

 腹部への攻撃。自らの身体を『何か』が貫通している感覚。しかし彼誰時霙は特に焦る事も無く、ただ鬱陶しそうに瞬間移動を発動する。


「『幽玄なる幽境(ソウルターン)』」


『何者』による攻撃なのかはとっくに目星がついていた。幽体離脱の応用、霊能力者が幽体融合と呼んでいた技術に近い能力を行使し、彼は目を凝らす。


(不可視、不可侵、気配を感じにくいこの攻撃はほぼ確実に……霊によるものだァ)


 霙の想定通り、誰もいなかった視界に人影が現れる。


 白い髪の少女。当たり前のように宙に浮き、先ほど霙に突き刺した右腕をぼうっと眺めていた。


「お前が……11人目の参加者かァ」


(どうも、雨仇崔理です。ってのは置いておいて……『それ』、どういうこと?)


 崔理が指さしたのは──────傷一つない、霙の腹部。流血した形跡が服に染み付いているものの、穴どころか怪我の一つすら残っていない。


「『逆走警告(クリミナルブースト)』……オレの能力の一つだぜ」


 俗に言う、自己再生。霙の意志を問わず身体の傷を修正する能力であり、今回もそれが自動で発動した。生半可な傷では彼を殺せない、彼は死ねない。


(ふーん……嫌なチカラ持ってるんだね)


「……あ?どう考えても便利だろ」


 忌々しそうに崔理は霙を眺め、気遣ったように苦笑い。その表情は霙の神経を逆撫でる薄気味悪いモノだったが、彼は苦虫を噛み締めるどころか深く味わってしまったような嫌悪の表情で堪えた。


(だって、そんなチカラがあったら中々死ねないでしょ?死にそうになっても痛いのが嫌だから治しちゃうし、いざ自殺しようとしても我慢できなくて使っちゃう……)


「…………あぁ、なるほどなァ」


 ポンと手を叩き、ため息と共に霙は嘲笑した。


「分かったぜ。オマエ、『死は救済』とか『生は悪』とか言っちゃうタイプだろ?あるよなァそういう時期!気にすんなって、いつか治るぜ」


 絶賛中二病と闘病中の彼は自分にも突き刺さる言葉を言い放ち、浮遊しながらゆっくりと崔理に近づいていく。


「となると、題名は『霊』とかかァ?」


(惜しい、『幽霊』でした)


「実質アタリだろ───────」


 大げさに手を広げてリアクションした霙はそのままさりげなく…………右手の指を鳴らした。

 パチン、という音が空に響き、開けた空間で放たれたその音は反響し大きくなることは無く、ほどほどの音量で留まった。


 その音が空から消えた瞬間──────崔理の身体に穴が空いた。


(…………え?)


「『躍動する幻影(ファントムストライド)』の応用だァ。オレはオレ自身だけでなく、オレ以外も移動させられる」


 崔理の身体の一部分、腹部だけを瞬間移動させた。転移させる場所によっては相手を一撃で沈める事の出来る技だが、大きな二つの問題点によって霙は勝負の決め手にこの技を選択しない。


 一つは『時間がかかる』というもの。霙自身ならば移動させやすい。自分とはこの世で最も理解し、触れている物質であり、精神上では自分を分かっていなくとも移動させる『モノ』として扱うのならば関係がない。だが、他のモノとなれば理解に時間が必要となる。移動させる詳しい範囲の指定、そもそも何を移動させるのか、そしてそれを考えているうちに移動先の座標があいまいになる。さりげなく、対話をして時間を稼いでる間にしか行えない技。常に気の抜けない状況であったり、相手が絶対的な強者だったり……直近では吸血鬼など、そのようなモノに対しては扱いづらい技だ。


 二つ目は……『つまらない』からだ。最初から光線を放つ赤と白の巨人。最初から渾身のパンチを繰り出す正義のパン。最初から必殺のキックを発動する仮面のヒーロー。確かに合理的かもしれない。しかし、そうであってはならない。そこまで来ると『逆に面白い』かもしれないが、霙と大衆や子供心が求めているものではない。せっかく『力』を手に入れたのだから、彼は望む自分でありたいと思っている。画面の奥の、ページの中の主人公のような人物に。


「ちょっとした仕返しだァ……致命傷になってくれるなよ?」


(……ふふ、まさか)


 空気が真空へと向かうように、崔理の穴は塞がっていく。


(幽霊は『魂』からなるもの。魂が消えない限り私の身体は『魂のカタチ』に成ろうとするの。一鳴ちゃんはこれを利用してよく悪さしてたなぁ)


「悪さねェ……例えば?」


 霊体、つまり人に見られなくなった時にする『悪さ』なら霙は分かっていた。というか経験していた。『女湯に入る』という如何にもな悪行を嬉々として行った事を思い出しながら霙は耳を傾ける。


(無限リストカット)


「は?」


『無限リストカット』という言葉のインパクトの強さと、秋土一鳴という人間がその行為をしていた事へのイメージの合わなさに霙は気の抜けたような声を出す。


(結構最近までしてたよ。……あの男の子と会ってからはしてないみたいだけど。幽体融合だっけ?アレをして、自分の爪で自分の腕引っかいて……完全に霊体になった訳じゃ無いから痛みは感じる、でも傷はすぐに治って。一鳴ちゃんは大切な友達だけど、ちょっとシュミ悪いよね。傷つけるくらいなら首吊ればいいのに)


「まァ、そう言ってやるなって。『死人に口なし』だろ?」


「アハハ!お洒落なケンカの売り方だね。『幽霊』にそれを言うなんて」


 互いが会話の時間が終わりを迎えたのを察する。距離を離したり、近づけたりすることなく横方向にゆったりと漂う。そして──────同時に、戦いの時間が再開した事も分かっていた彼らは動き出す。


 ────────はずだった。

 実際に動けていたのは、彼誰時霙のみだった。


「『凍結の審判(サイレントワールド)』」


 彼自身が禁じ手と呼び、万が一の事態以外では使用を控えていた力を発動させた。幽霊は停止し、遠くにいるイケメンや脳筋や殺人鬼も宇宙人も未来人も吸血鬼も化け物も魔王を名乗る者でさえ、自覚できず思考と動きが止まった。地中のモグラも屋根裏のネズミも同様に。


 端的に言ってしまえばそれは、『時間停止』だ。が、その正体は指定した範囲を『疑似的な』時間停止状態に出来るというもの。本当に時間が止まった時──────光すら止まるのか、空気が止まり身動きが取れなったり呼吸ができなくなったりするのか、電流が止まり機械が動かなくなるのか。その答えを霙は知らない。この能力は『意志を持つ者』にしか作用しない。彼らの時間が止まっていようと、時計の針は進み続ける。


 今回、霙は『包囲網内』という範囲を指定し『凍結の審判(サイレントワールド)』を発動した。煉魔の攻撃の強い耐性を持っている慈門薪ですら、この力には抗えなかった。


「こんな所で使うつもりはなかったが、背に腹は代えられねェ」


 停止した崔理を眺める彼の表情は──────抑え込んだ怒り、というよりは苛立ちに染まっていた。


「聞こえてねェだろうが、オレはお前みたいな奴が大ッ嫌いだァ!自分の価値観を人に押し付ける、その上友達に大迷惑かけてるくせにそいつの陰口を垂れる。そういう女々しい『キャラ』はどうにも好きになれねェ。戦ってるうちに我慢出来ずに消しちまうだろうよ!きっと」


 そして霙は殴りかかる訳でも蹴りを入れる訳でも光線を浴びせる訳でもなく……静かに、崔理に触れた。


「『炎神の戯れ(エクスフレイム)』」


 霊を燃やす…………という感覚を霙は理解しているわけではない。が、幽体融合によって霊に干渉できるようになった今、彼は能力を行使する。崔理の身体は紫色の炎を帯び始め、霊体は焼けただれていくように見える。その度に再生を繰り返し、燃える。決して無意味ではない。いくら幽霊とはいえ、無限に再生出来るとしても、自分の身体が焼かれ続けるのは良い気分ではないだろう。


「鬼火ってやつか?知らねえけど、しばらく療養してろ。『躍動する幻影(ファントムストライド)』」


 霙は崔理に向けて瞬間移動を発動し、彼女の身体の一部分をどこかへ飛ばす。


 崔理の身体に、数センチほどの穴が空いた。


「『躍動する幻影(ファントムストライド)』、『躍動する幻影(ファントムストライド)』、『躍動する幻影(ファントムストライド)』────────」


 自分で長い名前を付けてしまった事を後悔しつつ、それでも技名を言わないと気が済まない霙は瞬間移動を何度も何度も崔理に撃つ。その度に彼女の身体は駒切に刻まれ、炎を帯びたままどこか遠くへと飛ばされていく。


「包囲網からは出してないから……精々再生しろよ。この程度じゃどうせ消えないだろ?」


 最後のひとかけらを飛ばし、霙は背を向けた。


「──────今、オマエを消すのは良くねェ。オレが『凍結の審判(サイレントワールド)』を使っちまう事より面白くねェ……オレは大嫌いな奴が『自分の非を自覚する』ところを見たい。『迫りくる敗北に許しを請う』シーンが好きだ。知ってるか?作者が読者のヘイトを集めまくったキャラは、『そういう風』に散るんだぜ」


 思い浮かぶのは、一人の少年の顔。絶望に打ちひしがれながらも、果ての無い可能性を秘めていた彼。


「オマエを消すのに相応しいキャラはオレじゃなくて……どう考えても『イケメン(霧間行人)』だ。いつか、もし本当にそうなった時─────どこに居ようと『潜在せし監視者アンリミテッドフォーカス』で鑑賞してやるぜ」


 満足げに言い切った彼は、優雅に能力を解除しようとする───────が。


『ではなぜわざわざ時間停止を使ったのです?』


「……あァ?」


 霙の懐から声が聞こえる。焦げ茶色の本を取り出し、霙はバツが悪そうに笑った。


「オマエか。まァ、止まってなくても驚きはしねェが」


『どうもどうも。で、気になったので質問よろしいでしょうか?戦闘を止めるだけなら瞬間移動でよろしいはずなのに、使用を控えていた時間停止を選んだ理由はなんです?時間をかけて雨仇崔理をバラバラにしなくとも、自分から行動を起こさない彼女は追ってこないでしょうし瞬間移動で済むでしょう』


「どうしても答えなきゃいけないやつか?それ」


「強制ではありませんが……『神』が気になっているとの事なので」


「……言おう」


『神』という1単語には従わざるを得ない。冷や汗を垂らしつつ、霙は痒くも無い頭を掻いた。


「なんつーか……イライラを抑えるには、スカッとさせんのが一番だろ?『躍動する幻影(ファントムストライド)』でバラバラにしまくって大分スッキリしたけど、やっぱり声に出してバーッと言いたかったんだよ、不満を」


『それだけですか?』


「おう、そんだけだ」


『自分の本来持っている力を出し惜しみするのに我慢できず時間停止して快楽を得たかったからではなく?』


「…………いや、分かってんなら聞くなよ!あぁそうだよ、それもある。つーかその理由も含めて発散できたんだから問題ないだろ。満足かよ、神様」


 パタンと本を閉じ、霙は何気なく振り返る。幼い少女の姿は無く、しかしそれ以外は変わらない風景だった。


「仰る通り、クソみたいな能力だな」


 時間にして数分。その時間を包囲網内の意志を持つ者達から奪った霙の顔には珍しく笑みが無く、無表情のまま街を見下ろした。


(……吸血鬼、未来人に続けて幽霊。結局オレは戦ってはいるものの、参加者は殺せていない。まだ怖がっているのか。心の中で、彼誰時霙という人間が、人殺しを……いや、この状況を、この物語が終わることを拒んでいる)


 何も掴んでいない手を握りしめる。


(力を手に入れても、オレは『読者側』の精神から抜け出せていない。参加者達の戦いを見るのが楽しくなってしまって────────)


 意識せず目を瞑ろうとしたその瞬間。……どこからか届いた、光が阻んだ。


「……?」


 強い光。この時間停止空間では機械は動くものの、多くの機械は人が動かさなければ動作しない。ましてやこれほどの光を放つ機械など街中にあるのだろうか。

 結果として、そこにあったのは機械では無かった。


 遠くに見えた、巨大な魔法陣。

 ビルを中心として、その数倍もの直径を持つ光の円。現実に存在するはずの無い、ファンタジーチックなその魔法陣から飛び出たのは──────また、巨大な『腕』。


「……なるほどなァ」


潜在せし監視者アンリミテッドフォーカス』で、魔法陣の付近を確認した霙はニヤリと口角を上げた。そこに誰がいたのか、どんな状況だったのか。そして誰による魔法なのかも察しは付いている。


「いいぜェ、『魔王』!オマエが何を考えてるか分かりはしねェが、挑発に乗ってやるッ!」


 言いつつ、霙は嬉々として瞬間移動を発動した。その後すぐに時間停止も解除する。止まっている間も顕現しようとする巨人に目を輝かせながら。


『圧倒的で巨大な一つの力の前に、敵同士が一時的に共闘する』──────そのシチュエーションに、霙はこれ以上なく燃えていたのだ。

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