48話 『統べる者』…… 努力家で好印象ですが
「『魔王』……おう、覚えたぞ───────」
言い切る前に、再び殺気を感じる。先ほど背後から感じたものが、今度は左方向から仙次を襲おうとしていた。
「ッ!」
かわす事なら容易い。殺気、気配に敏感な仙次であれば攻撃の寸前に瞬時に行動することができる。だが、反撃の手が見つからない。攻撃自体の正体が分からず、そもそも夜公が行っている攻撃なのかも怪しかった。
夜公律からは、殺気や『力』までもが感じられない。
(攻撃のスピードはかなり高い。つまり、かわす難易度も攻撃の威力も……!?)
仙次が夜公の笑みを視界に入れた瞬間、彼は『四方向』からの殺気を検知した。右、左、後ろ、そして前。今仙次が見ている前方からの殺気。しかしそれは夜公からのものではない。先ほどまでの攻撃と同じ殺気。
そこには黒い『空洞』のようなものが空いていた。
「なるほどなァ!」
周囲を覆う豪速の攻撃。仙次がかわす為に行ったのは、跳躍。夜公の攻撃は仙次がさっきまでいた場所で互いに激突し消滅する。宙に浮いた仙次は喜びに浸らず──────次の攻撃を警戒、というより予測していた。
『上という逃げ道を用意しているのなら、そこに本命の攻撃があるはず』と考えたからだ。もちろん、頭の悪い仙次は合理的に思考してこの結論に至れない。ただの経験則、そして……勘だ。
仙次の予測通り、上空にはもう一つ黒い空洞が。他の空洞とは異なり、光のようなものを凝縮しているように見えた。仙次は彼の妹の煉器を想起しながら、拳を構える。
「ふんッ!」
強引に──────正面から受けて立った。両手を交差させて守る訳でもなく、ただ迫りくる攻撃に対して自らも攻撃を行う。無謀で賢明とは言えぬその行動だが、それを行ったのは他ならない奥院仙次だ。彼の拳は光と正面衝突し……やがて、打ち勝った。
「どうだッ、魔王!!」
ヒリヒリと焦げ付く拳をそのまま突き出し、重力を活かして仙次は夜公目掛けて突っ込む。仙次と相対してから一歩を動いていなかった彼女が、ようやくその足を地面から離す。
「うわっ!っとと……」
腰元の刀を抜く事なく、夜公はおぼつかない足取りで避ける。というより逃げる。よろめく。バランスを崩しそうになった身体をなんとか足で支え、夜公は仙次へと向きを直す。
(やっぱり、どこかがおかしい)
武術的な構えではなく、自分が勘で行っているとっさの防御と攻撃がしやすい体勢を取り、仙次は夜公を睨む。
(殺気どころか力まで感じない。じゃああの攻撃は誰が?『魔王』以外に俺達の戦いに干渉しようとしている奴がいるのか?)
「……何か、妙な事を考えていないかい?私は正々堂々戦っているつもりだよ」
「!」
夜公は明らかに自分の身体を支える用途で作られたものではないと分かる、ファンタジーチックな杖を撫でる。
「君は頭が悪そうだからね。早々に答えを教えてあげよう」
彼女は杖の先で円を描き、黒い空洞を出現させる。先ほどまでのものより二回り大きい空洞の中から……『何か』が顔を覗かせる。
貴族のような帽子。その下には──────猛禽類の顔。
「……!?」
「私の部下、バトス……の骸さ。死者への冒涜極まりないが、借りている」
生気のない瞳の猛禽類は、顔から下は人の形をしているようだった。マントを羽織り、手には攻撃の正体と思われる、古びた猟銃を携えている。
「RPGの類のゲームをした事はあるかな?それかファンタジー系の物語を嗜んだ事は。俗に言う『呪い』のようなモノを生まれつき患っているんだ、私は。名を、『反神無眼』の呪い」
部下の動物的な部分を撫でながら夜公は続ける。
「虚弱体質を強いられている。健康的な生活をすればなんとか病気は防げるが、腕力で重いものを運んだり、魔法で炎を生み出して敵を倒したり……『自分の身体を使う』事が面白いくらいにダメで、いくら鍛えても私自身じゃあ何もできない。勇者がレベル1でも負けるのさ、私は……」
「……勇者目線で言うとスライムやゴブリン的な?」
「あぁそうそう!なんだ君、頭が回るじゃないか」
「ゲームについてはな」と自嘲気味に、短く告げる事で仙次は夜公の次の言葉を催促する。
「だから私は仲間の力を借りて戦う。味方を強化したり、魔物を生み出したり……君はお気に召さないかな?」
「……いや」
丁度彼は、『そのタイプ』の人間を、霧間行人という男の強みを実感、理解してきた後だった。
「それも一つの『強さ』だ」
「ふふ、ご理解感謝。それじゃ───────」
夜公が杖を振るった瞬間に、仙次は拳を握りしめる。戦いが再開する合図。先手必勝の心得を胸に、仙次は正面から飛び込もうとする────────その刹那。
彼の足は止まる。
「…………」
仙次が感じることの少ない、汗の冷たさ。それが額と背中を伝う。
「頼むよ……ラジェ、パル、レフォル、コシアス、フラウル、スキアス、リゴス──────」
八つの黒い空洞が仙次を包んでいた。殺気が筋肉を突き刺し、五感が震える。
「ごめんね、皆。残業代は転生でもしてきてくれたら喜んで払うよ」
骸達の攻撃が、一斉に現世へと解放された。
ー ー ー ー ー ー ー
「……おい行人。なんなのだあれは」
「いや俺が知る訳ないじゃないですか!なんで急にあの『巨人型煉魔』が……!?」
教科書に載ってすらいる。デカくて、不気味で、煉魔を象徴する赤黒い体表。繰り出される人間的な動作すべてが俺達人類の死に直結する化け物。
かつて煉器生成者という概念すら生まれていなかった日本では、多大な被害は避けられなかった。
「死んだはずなのにあんなデカいの、一体誰が……」
巨人は突っ立っているだけのように見えるが……何やら、小さく足踏みしているようだ。上空からでは振動こそ伝わってこないが、何をしようとしているのか────────
「…………あれは」
巨人の足元に……光。
その見覚えのある光を、巨人は抹殺しようとしているのだと俺は理解した。合理的かつ悲観的な推測だが、俺はそれを止めることは出来ない。
「行きましょう、シェーラさん。あそこで蓮が戦っています」
「む?そうであればすぐに行かねばならないが……なぜそんな事が分かる?」
「知ってるんです、あの光は蓮だ。あの……不安定な光は」
もはや本能的に理解した。あれは蓮の煉器が出した光だ。白く、時々抑えきれず青色に輝く。
蓮は煉器の出力を上げている。初期段階が無色で、霧がかかったように見える発光。第二段階が青く染まる。第三段階が─────蓮が初めて煉器を手にした冬の、赤黒い光。
「貴様がそこまで言うのなら信じるが……良いのか?」
「何がです?」
シェーラさんは顔をしかめながら、何もない空中を指さした。
「余もよく分からんが、さっきから霊共がうるさいのだ。さっさと対話をしてやれ」
「あっ、もう来てくれてたのか……!」
俺はポケットにしまってあったイヤホンを付け、襟にかけていた眼鏡を装着。すると…………シェーラさんの指先の方向に、何かがいた。
「うおっ!?」
(他人の娘を見てうおっだなんて、良い度胸してるわね)
(……やめておけ)
一言では表せない、異形。人間を縦に引き伸ばし、腕を何本も生やして、デカくしたみたいな……そんな化け物。その上に着物の女性と甲冑の武者が座っている。
「あぁ、二葉ちゃんか」
(そだよー)
不気味な血まみれの人間のような顔になんとか目を向けながら、俺は苦笑いをなんとか自然に見せる。
「俺に話したい事でもあるの?」
(そうそう。えーと……もし行人お義兄ちゃんがお友達を助けに行くんだったら、その友達に襲われちゃうんじゃない?ってこと)
自然に考えればそうなる。今、なぜか俺達はマゼンタに煉魔であると認識されている。蓮はマゼンタで、蓮を助けに行けば何らかの装置か何かの、判断基準によって俺は煉魔だと思われるだろう。
そこで対立が生まれ、友情に亀裂が走り、俺の本来の目的が失われる可能性がある事を二葉ちゃんは言っているのだろう。
「そんな事は百も承知で助けに行くんだよ」
(そうなの?なのナノマシン)
(あんたその面白くないギャグみたいな癖やめなさいっていつも言ってるでしょ……)
着物の女性は手を伸ばして二葉ちゃんの頭部をポカっと叩いた。
「あと、二葉ちゃん。流石に俺達の関係を甘く見過ぎだ」
(え?)
「────蓮なら、『絶対に』俺が煉魔じゃないって分かってくれる。『絶対に』だ」
心の底から言い切れる。これは事実だ。例えマゼンタが俺を悪であると判断しても…………蓮なら。
(うへぇ。ナノマシン、麻疹が出ちゃうよー。気持ち悪いね、友達もそこまで来ると……)
気持ち悪い……秋土にも言われたが、他人から見るとそうなのだろうか?
というよりは、今の状況───────吸血鬼と霊と飛び、巨人の下へ向かおうとするこの状況こそ、よそから見ればとんでもないものなのだろうなという感想が浮かぶ。
俺は完全に、日常から非日常へと飛び込んだ。
「ようやく、お前の近くにいられる」
今まで見ているだけだった。蓮を救う戦いに参戦出来はしたものの、秋土任せで俺は何もしていない。それでも─────遠くから双眼鏡越しに見ているよりは、ずっと良い。




