47話 愛すべき人が『取られる』……あなたは好みそうにないですね
「ひとまず一番優先すべき事は繋儀ちゃんを安全な所へ連れていく事。つっても包囲網を潜り抜けさせるだけなんだよね」
巡を背負った渉が、空を見上げながら言う。
「……一人で行動するつもりか?」
「うん。いや、相棒もいるけど……繋儀ちゃんにはここは危険だし、この娘を見ててほしいからね」
「その少女もマゼンタなのだろう?その、襲われたりとかは…………」
「それについては大丈夫。って相棒……宇宙人がね、言ってたから」
「彼が、か」
マゼンタ隊員が繋儀を煉魔であると誤認したのは、渉が『殺人鬼』の本ともう一つ、『宇宙人』の本を所持していたからだ。探知機は本の位置を表示する。二つの点と、二人の人間……煉魔。そう思わない方が不自然だ。渉達が離れれば、御愁繋儀が襲われる心配はない。
「宇宙人殿はどうしている?どこへ行ってしまったのだ?」
「僕の中にいるよ。一心同体ってやつだ。……そうだ。相棒、何か手軽な武器はない?出来れば刀っぽいのが欲しい」
(分かりました)
渉が片手をおもむろに掲げると、その場所が発光し始める。そして──────光が収まったそこには、鞘に収まった一振りの刀があった。
「じゃ、この武器の権利を繋儀ちゃんに」
(繋儀さんに?分かりました)
渉は刀を繋儀に向かって投げる。あわてて彼女が受け取った瞬間、如何にも業物のオーラを漂わせる古風な物体からは想像できない機械的な音が鳴った。
「…………何のつもりだ?」
「この先一直線に進めば包囲網を抜けられるらしい。繋儀ちゃんはこの娘を連れて出て行って」
おぶさっていた渉とは対照的に、繋儀は少女の身体を引き受けると左腕一本で抱えた。
「刀さえあれば繋儀ちゃんは大丈夫でしょ」
「あぁ……よく分かっているじゃないか」
「そりゃもう!幼馴染だからね───────」
少女とはいえ、彼女は人を一人抱えていた。だというのに目にも止まらぬ速さで抜刀し、切っ先が渉の首を裂く寸前にその刀を突きつけた。
「今、貴様をここで行動不能にしてしまう事も出来るという訳だ」
「そうそう、その調子ならマゼンタに襲われても涙は流さなそうだね!」
「…………チッ」
その言葉を言われてしまえば何をしても敗北になる。そう悟った繋儀は少し顔を赤らめながら刀を収め、背を向ける。
「……何をするつもりだ?」
「別に……ただゲームに勝利するだけさ」
「そう、か」
互いに一歩を踏み出す。互いにその音が聞こえる。互いに止まった歩みを再開する。縮んだ距離は再び離れて行った。
「さて…………行こう、相棒」
(渉が望む事なら、ある程度までやります)
「なんでもじゃないのかい」
ナイフをくるくると回し、冷たい空気を肺いっぱいに吸った。
「いざ……参加者全員ぶっ殺して、主人公になろうじゃないか!」
榊渉。『殺人鬼』。
目的────────主人公になり、殺人鬼である自分が中心である世界で生きる。
会った事も見た事も無い『神』という概念に、少年は縋る。
『え?その涼花ちゃんの友達の男子?うん、あたしも仲良かったけど……え、何?嫉妬ですかぁ~?ちょ、痛い痛い……いたァ!?蹴んのは無いでしょ蹴りは!!』
知り合った経緯がどんなものか。かなり前の話だったはずだが、彼は鮮明に覚えている。
「はぁ~あ……全く女子共め、好き勝手ボクの髪をいじりやがって」
当時中学二年生、女性と間違えられる容姿を持っていた昼咲花威は、友人関係の維持に気を使っていた。女子よりモテる場合は女子に虐められる。自身は女子が好きだというのに男子から性愛感情を向けられる。
花威は『自分は女子が好き』『あくまで男』という事を周囲にアピールしながら、ほどよくからかわれる立ち回りをしていた。
そんな彼が逃げ込んだ先が図書室だった。静寂がその部屋を包み込み、乱すものは罰せられる。
(なんか面白い本ないかなぁ。暇を潰せればそれでいいんだよ)
昼休みの約20分。それを凌ぐことが目的だった。
だがしかし──────友好関係を築かなければならないという意識が根底に芽生えていたせいか、彼は近くにいたクラスメイトに話しかけてしまった。
「あれ、華邑じゃん」
言ってから後悔した。相手は入学して二ヶ月ほどの時間で一度も話した事の無い、ただクラスが同じだけの間柄。しかも花威が女性に近しい見た目だからと言って、相手は異性。隔てる壁は高い。
「…………何?」
華邑涼花は鋭い目つきで花威を睨んだ。よく見てみれば、手には本ではなくペンが。机の上にはノートと教科書が。
「あぁ、いや、見かけたから。ごめんね、邪魔して……」
タイトルも見ずに適当な本を選び、そそくさと離れた席に座る。
「…………はぁ」
突拍子もない行動をした自分と、訳の分からない内容の本にため息をついた。
「涼花ちゃん?」
「あぁ。秋土はなぜか華邑と仲良いだろ」
「席近だったからね~」
暖かい季節だというのに長袖で腕を隠した同級生はだらしなく椅子に寄りかかりながら言った。
「なんでずっと勉強してるんだ?わざわざ図書室まで行って」
何回か図書室へ通ったが、必ず涼花が待ち受けていた。初めてあった日と同じようにノートとペンと共に。
「んー……涼花ちゃん、双子の姉がいるだろー?」
「え、そうなのか?」
「知らない?華邑愛歌ちゃん……あー、何組だったっけか」
「そいつがどうしたんだ?」
「可愛くてモテる上に運動やらなにやら色々な事を初めてすぐ理解して、上達しちゃうんだってさ。そんな姉に比較されるのが嫌だから、せめて勉強では上になりたいとさー。ま、あたしとしては気持ちは痛いほど分かるんよ」
「……なるほど」
目に焼き付いた、ノートに向かった華邑涼花の背中が浮かぶ。
「ふふん、どうしたんだい昼咲クン。恋すか?恋って奴ですか~?」
「違うっての……大体、秋土は『そういうの』苦手って自分で言ってなかったか」
「……まぁね」
冷ややかな瞳をした同級生は、目をそらして右腕をさすった。
「…………何のつもり?」
「ん?」
「他の席も空いてるのに、わざわざ私の前に座る理由」
ノートに目線を落としたまま、涼花は突き放すように言った。
「別に……ただ、ボクも作業しようと思っただけ」
「……」
顔を上げてみれば、確かに花威はノートにペンで何かを綴っているようだった。
「勉強じゃないよ。……書いてるんだ、物語を。ボクだけのモノを」
「……」
「こういう趣味はきっと、ボクの見た目をからかうような奴に馬鹿にされる。……ボクに興味がなさそうで、勉強っていう意識が向くモノがある華邑なら、話しても良いかなって思ったんだ。結構勇気出したんだぞ」
「……だからって、一緒にする意味は?」
さっきまでの言葉自体を否定しなかったことに花威は喜び、図書室に相応しい声量で言った。
「誰かと一緒の方がやる気は出るだろ?集中出来ないかもっていうマイナスより、そっちのプラスの方が大きいと思うぞ」
「……そ」
彼女は拒まなかった。
「っていうか、私の事は『華邑』じゃなくて名前で呼んでくれる?『涼花』って」
「え」
「『華邑』って呼ばれて、妹じゃなくてお姉ちゃんの方呼んでましたってのはもう飽き飽きなの。何?嫌なの?」
「……っ、あぁ。やだね」
「はぁ?そこまで堅く断る理由ある?」
「なんて言うか……」
顔を赤らめながら頭をかく動作をする花威は…………仕方のない事だが、涼花の目には少女のように見えてしまった。
「付き合う前の女の子を名前呼びってのは少し、違う……だろ」
「…………ぷふっ」
涼花の抱いた感想を真っ向から否定するような、思春期男子のくだらない意地は……彼女に笑みを咲かせた。
蓮は焦っていた。冷や汗を垂らし、ただこの状況を生き延びる事を考える。
愛歌から聞いてはいた。華邑涼花の友人の……仇。逃げようと言っても、人型煉魔を追うべきだと言っても簡単に聞いてくれる状態ではなかった。憎悪に満ちた瞳は、蟷螂型煉魔しか捕えていない。
蓮が覚悟を決め、自身の煉器を生成した時だった。
『異形』がそこに現れたのは。
「「!?」」
「────────!!」
目の前の蟷螂型煉魔に何かが落ちた。徐々にその輪郭ははっきりとしていく。人型であるはずなのに、人とはかけ離れた姿をしたその存在。言葉にならない蟷螂型煉魔の叫びと共に化け物は現れた。
「ぐっ……!」
「涼花さん!」
衝撃波に倒れそうになる涼花を支え、蓮は現れたもう一体の煉魔に目をやる。
「あの入り混じった姿……」
想起するのは、何度も訓練として戦闘をしたもう一体の『人型煉魔』。マゼンタに飼いならされた実験体。だが、蓮の記憶では彼はかろうじて人間の姿を保っていた。
目の前にいるのは、化け物だ。
「前の煉獄の時はよくやってくれたな、虫野郎」
蟷螂型煉魔の脚部を踏みつぶしながら、化け物は言う。
「──────!」
怒りに身を任せ、煉魔はその大きな鎌のような腕を振り下ろす。目の前に不遜な何かを断ち切るために。あるいは──────過去に、『自分を喰らった』宿敵を殺す為に。
「馬鹿がよ」
化け物はあえて、正面から迎え撃つ。丁寧に蟷螂の腕へと変形させ、正面から──────煉魔の腕を真っ二つにする。
「──────!!!」
「なんでお前が生き返ったのか知らないけど……これで二度目だな」
ため息をつき、化け物は跳躍する。そして両足を揃え、見上げた蟷螂の顔目掛け──────蹴りを叩き込んだ。
「虫だからな、粉々にしないとピクピク動いてキモイだろ」
腕は虎の爪へと変形させ、足は像に変形させ、子供のように憎しみを叩き込む。
「…………はい。終わり」
粉になる前ぐらいの状態で、煉魔の身体は魔法が解けたかのように消え去った。この間わずか数秒…………その化け物にとって、大型煉魔を葬ることは造作も無かった。
「…………」
目を瞑り、深呼吸をする。彼は自身の姿を人間に戻さないまま、かつての友人の方へ振り向いた。
「っ!」
二人の少年と少女は武器を握り直した。蓮は涼花の前に立ち、守るように。
「…………まぁ、そうだよな」
だが、化け物の口から漏れ出たのは小さなつぶやきだった。
「一年も待たせたんだから、そりゃそうなるか」
化け物の瞳は華邑涼花を見つめ続ける。
「…………」
「グルルル……!」
蓮達を睨みながら足元にすり寄ってきた獣型煉魔を抱きかかえる。そしてそのまま一言も発さず、昼咲花威は去ろうとした。
しかし、彼はすぐに足を止める事となる。
辺り一帯に響く…………振動に。
「……?」
化け物は振動を感じながら、『気配』のする方向を向く。
(クル アソコニ)
『感応現象』は花威に告げていた。暗く、人気の無いビルに──────不思議な光が。同時にビルは崩れていく。内部から徐々に……『抑えきれずに』決壊していくように。
「な、なに、これ……?」
涼花は二人の人型煉魔とは異なり、その感応現象が無い状態であったが、薄々勘づいてはいた。
『煉魔が来る』と。
「……なるほど。骨が折れる」
『魔法陣』から現れたのは───────ビルより高い、人。赤黒いだけの、ぼんやりとした影のような人型。
人々の記憶に残った災厄。
「あれは……そんな、なんで──────」
マゼンタでなくとも、その姿はこの国の民ならば知っている。初めて日本で、世界で起きた煉獄で生まれた巨大煉魔───────巨人型煉魔。
声は発さない。激しく動く事は無い。だが……一歩踏み出す。それだけで地面は揺らぎ、割れる。
「おい、そこの二人」
「「!」」
花威は顔の変形を解くことなく、振り返る事も無く蓮と涼花に語り掛ける。
「この状況、どう考えてもボク達は協力すべきだ……間違ってるか?」
一拍置き、固唾をのみ込んだ蓮が口を開いた。
「……いや、合ってる。協力しよう」
「っ、朝空蓮……!?この煉魔は……」
「大丈夫ですよ、涼花さん。きっと味方です」
花威は自身が昼咲花威という人間だった事を感応現象によって同じ煉魔である蓮に伝わってしまわないように、制御していた。にも関わらず、異形と化した自分に協力すると瞬時に判断した蓮を褒めたたえたくなると同時に、恨めしく思った。
(どうしてボクはお前みたいになれなかったんだろうな)
雑念を噛み締め、拳を握る。空と巨人の頭を見上げ──────化け物は背中から翼を生成した。




