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45話 『記憶』……かけがえのないはずなのに、いつだって当てになりません

遅れましたが誤字報告有難いです。

「……まずいですね」


 逃亡した人型煉魔……それが霧間行人だと二人は知らない。蓮は探知機を見ながら冷や汗を垂らす。


「この煉魔の逃げている先に、もう一体の煉魔がいます。……合流する気かも知れません」


「えぇ。……ただ運ばれていた、火良多巡の攻撃を受けた煉魔は途中で絶命した様子。相手が二体なのには変わりない……急ぐわよ」


「はい!」


 行人を待ち受けていたのは慈門薪であり、結果的には狙った合流では無かった。


 死体を運びながらの行人と、訓練を受けた蓮と涼花。どちらが速いかと言えば答えは明白だ。行人の稼いだ距離はどんどん縮まっていく。いたちごっこの終焉が近い時、蓮は探知機に目を落とした。


(……もしかして、このまま俺と行人の家の近くに行くんじゃないだろうな)


 自分たちの思い出が詰まった場所が戦場になる事は避けたかった。が……一直線に、探知機の点は進んでいく。


(はぁ、巻き込まれてゲーム機とか壊れないといいんだけど)


 そんな考えが脳内に浮かび、横で走る涼花の真剣な顔を見てすぐに思考を切り替えた。もっとしっかりしなければ、と足を速めた。


 その時の蓮が『気配』に気付いたのは全くの偶然だったのだろうか、それとも何らかの人型煉魔特有の感応現象が起こったのか。

 蓮は一瞬、少しだけ、ただ振り向いた。何かがいるような気がした……そんな明確な予感は無かったが、何かを感じた。反射的に振り返ったその瞬間。


 音もなく、巨大な深紅のカマキリが出現した。


「っ、涼花さん!煉魔だッ!」


 すぐさま煉器を顕現させ、巨大かつ鋭利な鎌を受け止める。発光する剣とカマキリの腕がこすれ合い、やがて蓮は後方に大きく飛ぶ。


 身長の三倍はあるだろう、大型の煉魔。


「……煉獄の前兆なら、普通の煉魔が出てきてもおかしくないか。涼花さん、こいつをさっさと─────」


 蓮が横を向いた瞬間、涼花は既にそこを走り抜けていた。返事は風を切る音だけ。無言を貫いたまま、涼花はカマキリに跳びかかる。


「ちょ、涼花さん!?」


 涼花の持つ煉器──────大鎌が、カマキリの腕を越すほどの大きさに変形し、目の前の煉魔の命を断ち切ろうと襲い掛かる。カマキリは両腕を交差させ、弾き返す。


「いきなりどうしたんですか、連携しないで倒せるレベルの敵じゃあ……」


「…………こいつだけは」


 汗一つ垂らさず、涼花は真っ直ぐに煉魔を睨む。


「こいつだけは殺さなきゃいけない」


 真っ赤なカマキリに向かい──────紅に変色した大鎌を手に、少女は歩み寄る。


「いつか、今日という日が来るはずだった」


 蓮はその光景を見てまず──────『似ている』と思ってしまった。赤いカマキリと、赤い大鎌は不自然なほどに一致していた。そして同時に理解した。煉器はその人間の性質、内面を表すと言われている。彼女にはもう、目の前の復讐しか見えていない。


「私が今まで生きてきたのは、この瞬間のため」


 冷徹な眼差しは暗い炎を灯し、真紅の蟷螂から離れない。


 華邑涼花の煉器は、彼女が友人を失った時に発現した。友人を殺した煉魔と酷似した武器は、まさに天からの勅命。神が背中を押したのなら、止まる事や平穏な日常を暮らす事は選択肢から消えた。


 彼女の心の中には、もう既に復讐しかないのだ。



















「…………」


「ガウ?」


 少年は立ち止まる。同時にそばにいる獣型煉魔は、ここが辿り着くべき目的地なのかと考えてしまう。が、その場所自体に意味はなく、ただ路地の入口としか言いようがなかった。勘違いしてしまった理由は一つ、今まで機械的に地図でも見ているかのように止まる事無く歩んできた少年が立ち止まったから。実際、少年は脳内に響く謎の声に従い、思考することなく動いていた。


 だが少年は『それ』を見た。その光景はあまりにも残酷なものだ。自我の無い少年にとって残酷な光景とは何だろうか?その場合、意識のある状態のかつての少年にとって意味のある光景ではないだろうか?


 つまり少年が目撃したものは、今まで失っていた少年の自我を取り戻してしまうほどショッキングだったのだ。


「華……邑?」


 かつて交流があった……否、その程度の言葉で表すのが不適切なほど友好を築いていた少女に目を見開き、少年はふと気づく。「自分は喋った」と。直後、また理解する。今の言葉は自分が無意識に放った呟きだが、それは同時に『自分』というものを取り戻したという事。そして──────今まで自我を失っていた事も、自覚した。


「なんで、華邑がここに……何が……?」


 思考はどんどん加速する。次に理解したのは『長い間』自我を失っていた事。長くなった髪をかき分けると、彼の少女のような整った顔が晒される。


「ッ…………」


 周囲を見渡す。何か手がかりになるものはないかと闇雲に首の角度を変え続ける。


「ガウゥ……?」


 獣型煉魔の不思議そうな声と同時に、少年は諦めようとした。こんな暗い路地裏付近を探し回っても無駄であり、それに今は『優先すべき事』があるはずだったからだ。


 だが、それは必然の出来事だった。


「新聞紙……!」


 縋った藁はボロボロだったが、字が読めないほどではない。ページをめくりながら、上部に書いてあるはずの数字を──────読み取った。


「20……15年、五月」


 少年は最後の記憶を思い出した。自我を失う前の最後の…………その日はいつだっただろう?


「…………」


 ───────2014年、一月の中旬である。はっきりと覚えていたことは、幸運ではなくむしろ不運だった。


 失った時間は、『一年と四か月』。今すぐに発狂してしまいそうだった。そして事実──────身体は顕著に変化を見せる。


「…………あぁ──────」


 ひどく弱々しい声で呻く。彼の両手はもう既に異形のものと化していた。彼の精神の崩壊を代弁する体は、動物だろうか、昆虫だろうか、何を元にしているのか分からない奇形。手だけでなくこの足も、顔も、身体も、いずれ人の形を保っていられないのだろう。


「ガウ!?ガウ、ガウ……!」


 骨が音を立てて変形していく様子に、獣型煉魔は吠えた。主として付いて行っていた者が突如姿を変え始めたのだから自然と言えば自然かもしれないが、少年は自虐のほほえみをこぼした。


「お前みたいな化け物が驚くほど、ボクの姿は酷いってか……」


 ふと目線を煉魔に合わせた瞬間。別の物と目が合った。


 獣型煉魔が咥えていた焦げ茶色の本。その題名には──────こう書かれていた。


『化け物』と。


「…………何言ってるんだろうな。そうだった、思い出した。『化け物』は……ボクの方じゃないか。間違ってない、事実でしかない」


 異形と化した手で、異形と化した顔を撫でた後、彼は脳に響く声を聞いた。


(アレヲ タオセ)


「……うるさいな、感応現象如きが。分かってるよ、言われなくとも──────華邑はボクが助ける」


 狂ってしまえば楽だった。誰に向かっての虚勢だったかは、彼自身でも分かっていなかった。その瞬間、昼咲花威は『かつて自分を殺したはずの』蟷螂型煉魔目掛けて跳躍した。


 顔は昆虫を基軸とした複眼や触覚があり、獣の牙が生えていると言った人間の面影を完全に捨てた状態。身体中の筋肉は人とかけ離れた強靭さを持つ。腕には鋭い爪と、肘から突き出る尖った骨。力と速さを完全に共存させた脚。そして背中から生える鳥と蝶の羽。全てが歪で、混ざり合い、不完全だ。だがそれが──────感応現象を繰り返し、煉魔の王となれる者。


 そんな化け物が今、戦う動機は『女の子を助ける』と言ったシンプルかつ分かりやすく悪とはかけ離れたものだった。

















「【死霊魔法で華邑涼花の因縁である蟷螂型煉魔を召喚し、彼女らを襲わせる】……成功」


 暗い路地に一人、杖を持った女……夜公律が靴の音をわざとらしく鳴らしながら歩いている。


「【『王型煉魔(昼咲花威)』を感応現象の声に従わせ、華邑涼花と合流させ正気に戻す】……成功」


 物事が順序良く、自分の思い通りに進む喜びを噛み締め、女は震えるように微笑む。


「【朝空蓮を助けるため向かってくる『催眠術師(霧間行人)』を殺害。出来たら『死霊術師(秋土一鳴)』も】……実行中。成功確率低」


 路地から顔を出し──────まるで戦車のような、走ってくる巨躯が遠くに見ると、彼女はそれに向かって歩き始める。


 その男のスピードは速い。人を一人抱えながら走っているのにも関わらず、夜公との距離は20Mを切った。


「……ん?」


 目の前に立ちそのまま動かない。マゼンタの隊服を着ているのにも関わらず、手を出してこない。

 彼の抱いた違和感の正体はそれだが、上手く脳内でまとめるのに時間がかかっていた。


 夜公は不気味に微笑み、杖に光を灯す。


「────そして、【霧間行人を助ける為に向かってくる奥院仙次を足止めする。可能なら殺害】……実行開始と行こうか」


「ん?俺の名前を知って────────ッ!」


 背後から感知した殺気。咄嗟に身体を躍動させて回避する。風を切る音が聞こえた後、振り向くが……そこには既に何もなかった。


「……なるほど。お前は俺の敵だな。よく分からんがそれだけは分かった」


 世鶴を道端に放り投げ、仙次は構えた。


「今のこの状況も、妹が俺を殺そうとしてきたのも、お前が俺を攻撃してきたのも、よく分からない。でも一番分からないのは別にある」


 仙次の背中に冷や汗が垂れる。──────夜公律の攻撃に恐怖を抱いたわけではない。だが彼女は……仙次が今まで戦ってきたどの人間とも『違う』と彼は感じた。


「……お前、なんで殺気が無いんだ?攻撃自体には殺気を感じた。でもお前自身からは何も感じない。…………何者だ?」


「……ふふっ。面白いね!面白い。なんだ、聞いていたよりずっと興味深いじゃないか、君。大分私の確信を突いてるよ。それに……得体の知れないモノ相手でも、闘志が燃え滾っているみたいだね」


 仙次は今までにない種類の恐怖を感じながら、『知らない』力の種類の相手に対して多大なる期待をしていた。どれぐらい強いのか。どんな技を使ってくるのか。自分はこの相手に勝てるのか。好奇心は恐怖など押しのけ、理性すら破壊した。熱の籠った眼差しが夜公を貫く。


「手合せ願いたいッ!俺の名前は奥院仙次!本の題名は『脳筋』……あ、題名って言っても分からないか……」


「あはは!気付いてないのかい?──────ただのマゼンタが、煉器を使わずに攻撃するなんて不自然だろう?」


 夜公は懐から小さな長方形を取り出し、見せつけるように顔の横に持っていく。焦げ茶色の本を認識した仙次は一筋の危機感を覚える。


(……マゼンタの中に参加者がいるって事は───────)


『主人公』である朝空蓮に近く、いつでも世界を終わらせられる。加えて今回の騒動……マゼンタ隊員達が参加者を煉魔だと判断し、襲って来るこの状況も彼女なら作り出せるかもしれない。実際にはその通りであり、その答えに辿り着ける可能性があって仙次だが──────生憎、彼は頭が悪かった。


「なるほどッ!なら正々堂々、思いっきり戦っても良いという事だな!?」


 一瞬で頭を使う事を放棄し、闘争心に理性は負けた。


「フフ。では改めて」


 顎に手を当て、一瞬だけ思考した夜公は満面の笑みで口を開いた。


「夜公律。……『魔王』と呼んでほしいかな」

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