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44話 差し伸べられた『手』……躊躇いなく握る事は誰にでも出来ることではありません

 空中で何が起きているのか。俺は知る由もない。知りたくもない。どっちが勝って、どっちに付いて行くのか。その後はどうするのか……考えるべきだというのは分かっている。その気にならないだけだ。


 ただ冷たい地面に頬を触れさせて、段々と下がっていく背中の上の秋土の温度を誤魔化す事だけ。卑屈だが、俺にはそれがお似合いだ。


 ──────そして、景色に異変が起きる。


「っ!?」


 周囲の石ころやら、木やら枝やらが……宙に浮かび始めた。初めは理解出来なかったが、これは恐らくあの彼誰時霙という男の仕業だろう。何せ『超能力者』だ。念動力くらい使えてもおかしくない。


「……?なんだ、急に落ちて──────」


 空中に浮かんだ物達は突然、その力を失った。小さな物から巨大な物まで全てが重力を取り戻した。


 ──────そして、俺は頭上に影が覆っている事に気付く。月光を遮るのは大木。このまま正しい軌道で真っ直ぐ落ちれば、俺は…………あぁ、死ねる。まだ距離はあり、すぐにここから移動すれば余裕をもって避けられるとは思う。でも、この場で俺を殺せるのは俺しかいない。秋土の想う霊達の代わりを務められるのは俺だけだ。


 どうしてこんな馬鹿な事を考えるようになってしまったのか。だが…………事実、俺はこの考えを採用し、大木に押しつぶされる事を望んでいる。今だけは、今だけは──────死に対する抵抗がない。


 今しか、死ねない────────。


「……?」


 ブン、と風を切る音が聞こえた。突如として耳に響いたその音の後──────頭上を見渡した俺は、再び月光を浴びる事になる。


 綺麗に輪切りにされた大木は、一枚一枚が数センチほどの薄さになっており、斬られた衝撃もあり、人間を殺すほどの重さ、力は無かった。


「危な……っ」


 咄嗟に秋土の身体に覆いかぶさる。両腕で振ってくる木々を防御した後に残ったのは、虚しさだった。


「はは。何やってんだか、俺は…………」


 死体を守った所でどうにもならない。無意味だ。


(──────ほんとにそうかな?)


「え?」


 耳に感触。入り込むような、一気に鳥肌が埋め尽くすようなぞわっとした感覚が俺を襲う。隙を与えず直後に、その声の主は勝手に奪われていたらしい『イヤホン』に続いて『眼鏡』までを俺に強引に付けた。


(少なくとも、印象は良くなったと思うよー)


「え、あ……?」


 幼い少女が俺を見ている。面影は秋土そっくりで、髪質や目元の辺りが特に似ている。


 二葉ちゃんだ。年相応の姿は見た事が無かったが、一目見れば分かるこの既視感はやはり姉妹だからだろうか。


(ね、お父さん)


「へ?おとう…………うぉおあああ!?」


 目の前に立ちはだかっていたのは──────『武者』としか言いようがない。日本史の教科書でしか見た事の無いような重厚感のある甲冑と兜を身に纏い、鈍い光を放つ刀を鞘に納めたその武者が……鋭い眼光を俺に向けた。


(…………)


「…………」


(…………)


「……えぇ…………」


 向けるだけだった。恐らく、その……二葉ちゃんの言葉からして親父さんだとは思うのだが。そしてこれもまた推測だが、大木を斬って俺を……というか秋土をか?助けてくれたのもきっとこの霊だ。

 しかし、秋土の両親は秋土の身体に封印しているんじゃなかったのか?


(ちょっと、驚きすぎじゃない?大げさよ)


「!」


 着物を羽織った、長い髪の女性が現れる。イヤホンを付けた片耳からしか声が聞こえてこないという事から、この人が霊だというのはすぐに分かった。


(何見てるのよ。流れ的に察せるでしょ?母親です。一鳴と二葉の)


「あ、はい……」


 青白い顔だが、目つきは鋭い。……なんというか、疲れている時の秋土よりきつい態度だ。


(……娘が)


「!」


(一鳴が、迷惑をかけた)


 イヤホンが故障していないのなら、だとしたら俺の耳がおかしいのだろうか。この人は、娘を俺に殺されたはずのこの父親の霊は─────腹に響く低さの声で、俺に謝罪をした。


「どう、して」


 謝る必要などないのに。そう言おうとした矢先に、武者の霊は俺から目線を逸らした。


(…………真意は分からないが、なんにせよ俺とは話したくないはずだよな)


 とため息を吐きかけた時。彼が刀を抜いている事に気付いた。美しい刀身が再び月光を反射する。


(来る。気を付けろ)


「……?来るって、何が──────」


 来るんだ、と言いたかった。今度は『言うべきでは無いな』と判断して俺が言わなかったのではない。『言おうとして』言えなかった───────物理的にだ。具体的に言えば直後に俺達を襲った爆風によって口を閉じる事を強制された。


「ぐ……なん、っ……!」


 顔を守っている両腕と乾燥を防ぐ瞼の間の僅かな隙間から見えたのは、人影。


 月明りで艶が一層際立つ黒髪。新雪のような肌。清純さが強調されているワンピースを着こなし───────それに似合わない、背中に生えたコウモリのような翼。


 人間に?コウモリの翼?確かにおかしい。おかしいが……驚くのは一瞬だけでいい。これは主人公争奪戦だ。よくよく考えれば、何もおかしい所はない。むしろベタなくらいだ。


「黒髪……そしてあの身長……」


 見覚えがあった。決め手はそのコウモリの翼。あぁ、きっと、夜がよく似合うタイトルだ。


「初めまして、こんばんは……『吸血鬼』」


 地上に降りてきた薪ちゃんの声が答え合わせとなる。やはりこの女が……秋土の情報にあった、『吸血鬼』か。


「寝坊したところなのだ。気遣っておはようと言え小娘!」


 落ち着いたようで、若干耳に響く声を発した後に、少女は翼をしまう。


「と、そんな敵意剝き出しの眼差しを向けるな。貴様と戦うつもりはない」


「と言いますと?」


「目的は別にあるという事なのだ」


「霧間行人、とかですか?」


「…………なんだ、小娘。貴様も超能力者か?余の心でも読んだのか?」


 ため息をついた少女は笑みを浮かべながら……俺に向かってゆっくりと歩き始めた。


「という訳でだ。来い行人。匿ってやる」


「……は?」


 立て続けに色々な事が起こっているのもあるが、そもそもこの状況単体でも理解が出来ない。……どうして俺の事を知っているような口ぶりで、何のメリットがあって俺を助ける?


「……むむ。そうかそうか、そこに霊がおるのか。安心せい、行人は守る……死者共は黙って余を信じよ」


 細く目を凝らしながら『吸血鬼』は言う。


「させませんよ……とか言いたいところですが、あまりにも分が悪いですね」


「おぉ、小娘!貴様、若いくせに弁えておるな?自らの技量をよく理解しておる」


 薪ちゃんの身体が緑の障壁に覆われる。……彼女の目線は依然俺を向いている。感情は読み取れない。怒ってるのか、失望しているのか、心配しているのか、何も思っていないのか。そう考えた一瞬の後、薪ちゃんは消えた。


 すぐさま撤退した薪ちゃん。いつの間にかいなくなっていた霙という男。ギリギリまで戦いは続いていたようだし、霙が薪ちゃんに負けて殺されたとは考えにくい。そうであれば、彼らは空中にいたから死体が降ってくるはずだ。それが無いという事はあの『超能力者』がすぐに撤退を選んだという事になる。


 ───────それほど、この『吸血鬼』はヤバい奴なのだろう。


「ほれ、余の手を握れ。霊共はどうせ勝手についてくるだろう?」


「え、あ、え……?」


(うん。他の皆は来ないけど、私とお父さんとお母さんはついてくよ)


 武者は無言で頷いた。甲冑同士がぶつかる音が響く。


「…………どうして」


 ただ呟いた。力は無く、誰かに聞かせる為に放った声ではない。心からの疑問。それが形となって空気を震わせただけだ。


(どうして?決まってるでしょ、そんなの)


 腕を組んだ着物の女性が吐き捨てるように言った。


(あんたが死ぬのを、あの子(一鳴)が望んでないからよ。全く……男なら自分の身は自分で守ったらどう?)


(お姉ちゃんが頼んできたからねー。お母さんも断れないって事)


「……そう、ですか」


 秋土が何を考えて、何の為に死んだのかは分からない。本当に不意を突かれて、乗っ取られる前に死んでしまおうと思ったのかもしれない。そうじゃなくて、何らかの計画を企んでいたのかもしれない。

 だとしても、あいつは俺を守るのか。例え鼓動が止んだとしても。


 ため息を飲み込み、俺は吸血鬼の手を握った。


「おぉ、物わかりが良いではないか。好きだぞ?そういう人間は」


 そうでもしないと殺されるかもしれないからだよ。さっきまでもう死のう……とか思ってた奴のくせにって感じだが、圧倒的な力の前だと……恐怖が増幅する。というのもあるが、なんにせよ『強い』奴が俺に協力してくれるのなら……秋土が死んだとしても、蓮を守るという俺の目的は達成できる。

 何なら────────復讐も。


(秋土を撃ったマゼンタの奴だって…………殺せる)


 少女の背中に再びコウモリの翼が生える。


「ほれ、しっかりとしがみ付け!」


「え、あ、ちょっ」


 言われるがままに俺は吸血鬼の胴に抱き着く。足が地面から離れ始め……っていうかちょうど俺の顔の辺りにこの少女の胸が当たってしまう位置に来たのだが、俺を咎めようとする素振りは無い。


「…………あ」


 せっかくの機会だから堪能しようとか、そんな馬鹿な事を考えたのがいけなかったのだろうか。


 秋土の死体が目に入ってしまった。


「二葉ちゃん!そのっ、秋土の……秋土を頼む!俺のせいなのに家族に向かって何様だって感じだけど、ちゃんと埋めてやってほしいっていうか……」


『運んでほしい』とか吸血鬼に頼むわけにはいかない。こいつの怒りのツボが不明の内は、機嫌を損ねないように慎重に言葉を選ぶしかない。


(うん!二葉承知!墓地~!)


 イメージと合わないクソ下らない事を笑顔で言った後、二葉ちゃんは秋土の死体を




 巨大化した腕で叩き潰した。


「…………は?」


 一回。二回。三回。もうミンチとかいうレベルじゃない。液体と同化するレベルで秋土の死体は粉砕されていく。同時にその夢と疑ってしまうほどの絶望的な景色は遠ざかり、俺と吸血鬼はどんどん高度を上げていく。


(これ終わったら追いかけるよー)


「いや、何を、して……」


 意味が分からないどころじゃない。本当に……いや、やっぱり意味が分からないとしか言い表せない。どうしてだ?どうして…………まさか、二葉ちゃんは彼女の姉の事が嫌いだったのか?だからって、そんな…………。


(こうでもしないと、行人お義兄ちゃんはお姉ちゃんのお墓に通い詰めになっちゃったりしないかなぁって。だったらもうそんなものはいらない。おしまい〜)


「え……」


 声が聞こえにくくなる。腕を組んだ武者と、元のサイズに戻った幼女、依然と表情を変えない着物の女性を俺は見つめ続ける。


(お姉ちゃんはー!!もう死体(ここ)にはいないのー!!そういう訳だからーーっ!!)


 彼女の考えは俺には理解できない。…………今は。霊能力者特有の視点があるのは、秋土との会話でなんとなく分かっている。身体ではなく、魂を重視するような……そんな感じの、考え方。


 何より、あの秋土が家族に嫌われている様子を俺は想像できない。


「…………そう」


 だとしても。だとしても。だとしても。思考が渦巻く。脳は混乱し、現実に対して拒絶反応を示している。こみ上げる吐き気を抑えるのに意識を全て向けようとしても、血みどろに視線は吸い込まれる。

 実感した。なんだ?復讐って。秋土はもう『アレ』になった。原型は無い。アレが人の末だ。


「おかしいよ…………」


 二葉ちゃんに対して。二葉ちゃんの行為を止めなかった両親に対して。俺を守り続け死を選んだ秋土に対して。後は、この世界と俺自身に対してだろうか。どれにせよ、この言葉は空回りして上昇する空気の音にかき消された。


「スピードを上げる。しっかりしがみ付くのだぞ?」


「あぁ、はい」


 イヤホンを外し、眼鏡を襟にかける。俺は言われた通りにしがみ付く。──────柔らかさを通じて伝わる吸血鬼の鼓動は力強く、しかし心地の良いものだった。


 涙を流しかけているのが、バレてしまうだろうか。


「よっと!そうだそうだ、落ちないようにな」


 多分バレてないなこれ。吸血鬼は体の向きを180度回転させ、俺が上になるような姿勢を取った後……加速した。


「そうだ、すっかり忘れていた!余の事を話すとしよう、聞きたいのだろう?」


「えぇ、まぁ」


 どうしてこんなラッコみたいな姿勢で高速飛行が出来るのか不思議で気になっていなかったが、二つ返事で俺は彼女と目を合わせた。


「余の名は殻町優。日本ではそう名乗っている」


「はい、俺は霧間……」


「が!行人、綾と来人の息子である貴様には真名を教えてやろう!!」


 至近距離で、尖った歯を見せながら大声で叫ばれた。びっくりして落ちたらと思うと恐怖dいやそうじゃなくて。

 こいつ今、なんて言った…………??


「待ってください、誰と誰の息子って──────」


 俺が口を開いた瞬間には、彼女は既に嬉々とした表情で俺を見ていた。


「舞い降りし鮮血の権化!その吸血鬼の名こそ、シェーラ……!」


(シェーラ)……?」


「トーン……!」


(トーン)……?」


「ブラッドバースティルなのだッ!!」


(ブラッドバースティル)!?」


 涙の乾いた夜空に響いたのは、吸血鬼……えっと、シェーラ・トーン・ブラッドバースティルの高笑いだった。

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