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41話 『手を繋いで』……暖かさを感じましょう

「なに、これ」


 火良多巡は震える手で車椅子についたレバーを握る。

 仮面を通して彼女の目に入り込んだ景色。それはあまりにも、あまりにも──────赤かった。


「どう……して……」


 そこには人だったものが散乱していた。あたり一面血で染まり、肉片が転がり、斬り落とされた首や脚は未だに血を流していた。


「ひっ!?」


 こみ上げた吐き気に恐る恐る仮面を取った先に転がり込んできたのは……俗に言う生首。長い髪の下は虚空で、あるはずの身体がない違和感はさらに吐き気を助長させる。


 見覚えがあった顔。6班の班長と似ているようで、しかし彼女は信じなかった。違うと判断した理由を現実逃避はあまり占めていない。それほどまでにもかけ離れた姿だった。人とは言えぬ肉と骨から目を逸らす。


「────あれ、新手かな?」


「っ!」


 死体の山を踏みつける少年。血で赤黒くなった服と、派手な色と模様の刃物を握った少年の目が巡を見た。


「6班が、全滅…………して…………」


 6班は『強かった』から、人型煉魔二体を任された。その6班は今や原型をとどめておらず、それどころか敵の煉魔はただ一人。


 こう考える事も出来た。『6班は二体の煉魔を追い詰め、命がけで片方を倒し、もう一人を倒すのにあと少しの所で全滅してしまった』と。


 だが巡は本能で悟った。6班に惨殺の限りを尽くしたのはこの一人の少年であると。

 そして彼女の本能はこうも告げた。


『今すぐ逃げろ』、と。


「~っ!!!!」


 レバーを倒し、全速力で車椅子を稼働させる。マゼンタの施設や部品を存分に使い、彼女の技術力で改造した車椅子型煉器。敵を倒す兵装は全て解除、地に廃棄し、ただ重量を落として逃げる事に一点集中する。風を切りながら高速で駆ける巡を、ただナイフだけ持った少年が追いつくのは不可能と考えられるが────────


 数秒後、けたたましいジェット噴射の音が巡の耳に入った。


「え……え?」


「悔しいけどさ、やっぱり地球の技術より他の星の方が優れてるみたいなんだよね」


 目の前に立ちはだかるのは─────厳密に言えば立ってはいないが。テクニカルに足に付いた装置を駆動させ、空中に浮遊したまま榊渉はナイフの血を袖で拭きとる。


「でもその……車椅子だよね?デメリットのはずの物を活かしてオリジナリティ満載の武器にするっていうのは非常に!センスを感じる!」


 少女は何も言わなかった。言えなかった。


「仮面付けてて分からないけど、君は今恐怖していると思う。僕が君を殺そうとしているんじゃないかって。でも安心してほしい!僕がさっきまで人殺しなんて事をしていたのは、幼馴染を守るためという仕方なすぎる理由があったからなんだよ。君があの子を傷つけないのなら、僕に君を殺す理由はないよ」


「え、え……あ……」


 その言葉を聞いた巡は、プライドも責任感も全て捨て去る事を決意した。仲間達の変わり果てた骸を置いて敵前逃亡という行為。それによってマゼンタでの立場を失ったとしても、この場にとどまり続ける不快感と死への恐怖からいち早く逃れる事を優先したかった。


 ───────そう、もう一度逃げようとした。


「え?どうしたんだい、相棒」


 彼女がレバーに手を添えた瞬間、少年は不気味な笑顔を貼り付けながら、どこかわざとらしく独りでに話し始めた。


(いえ、私は何も言っていませんが)


「え!?嘘だろ……まさか……」


(どうして一人で会話しているのですか?渉)


「じゃあ相棒、君はこの子が……あの『秋土一鳴』さんを殺したって言うのか!?」


「っ!!??」


 少女の全身がビクンと跳ね上がる。

 今。この瞬間。この状況でその事がバレるとは、その名を聞くことになるとは思いもしなかったからだ。


(いえ、言ってはいません)


「な、なんで……知って…………!?」


(なるほど。渉は『私が現在見ている光景』も覗けていたというのですね)


 渉が6班をナイフで切り刻んでいる間、霊体化した生命体は上空へと登り、樹愁町一帯を眺めていた。人々を守るはずのマゼンタに襲われるという異常事態……今起きているのは本当に『煉獄』なのか。包囲網の規模を把握し、この状況を引き起こした者を突き止めるためと言った目的があったその行為。その景色は何度も生命体との対話を行い、身体の受け渡しを繰り返した榊渉の脳にも送られていたのだ。


 2人は完全に『同期』している。互いの思いも、過去も、あらゆる情報が共有された。


「彼女には世話になったんだ。あの人がいたから、僕はオバケの状態での体の動かし方を知れた……」


(いえ、君は最初から不完全な霊だったため自由に動けていたはずですし、彼女と話した数はほんのわずかでした)


「そんな僕の恩師とも言える存在を君は殺したって言うのか……僕は許せないよ、相棒っ!」


(そうですか)


 生命体はもはや呆れてしまった。今この瞬間、榊渉は他でもない榊渉自身に向かってわざわざ『目の前の少女を殺す』大義名分を作っているのだ。

 欲望による殺害を正当化するために。ただ自分を納得させる為に。


「あ、あれは……仕方なく、て───────」


『仕方ない』。人を殺した自分の口からそんな言葉が出てしまうのがどうしようもなく、悲しく、救いようがなかった。


「分かるよ、仕方なく人殺しちゃう時ってあるよ。多分、この世1番それを理解できるのは僕だ。でもさ!その殺された人の家族や友人はっ!!そんな言葉で満足するかって話!!」


 特大ブーメランを投げながら渉はゆっくりと浮遊し少女に近づく。


「わ、わた─────私は…………っ!!」


 殺したくなかった。そんな陳腐で何の力も持たない言葉を飲み込み、少女は車椅子を180度回転させる。そしてレバーをもう一度倒し────────


「じゃあ、悪さをしちゃうその手からやっちゃおうか」


「え」


 ──────鮮血が噴き出す。仮面越しの視界を赤が埋め尽くす。


「あ、あ……あぁああああぁあああ!!」


 彼女の脚代わりとなるはずのものが、刃をたった一振りしただけで、動かせなくなる。



『殺人鬼』たる榊渉の、常人には無い特異性は主に『二つ』ある。


 一つは彼の精神の許容を超えた『殺人衝動』。症状は至ってシンプルで、殺さなければ殺したいという欲が高まり精神が崩壊し、殺せばそれが嘘だったかのように収まる。ただそれだけの話だ。渉に用意された選択肢は、衝動を抑える為に『他人を殺す』か、苦しみから解放されるために『自分を殺す』しかなかった。終着点の無い苦痛を和らげる手段はあまりにも少ない。


 もう一つは理屈を超えた『殺人能力』。どう腕を振れば人を殺せるのか。どう力を入れれば人を殺せるのか。どう動けば人を殺せるのか。相手が攻撃を仕掛けてきたのなら、それを避け、殺すまでの道。その『解答』が榊渉の身体にはインプットされている。分かってしまうのだ、殺人の最適解が。そのため渉は無意識に自分に枷を掛けていた。明確に『殺す』という意思を持った時にしか身体が動かないように……精神的な錠を作った。生命体が渉の身体を上手く動かせなかったのはそれが理由だ。

 ────────『死体設計図(レッドプリント)』。覚めぬ情熱の病(厨二病)を患う超能力者は千里眼で見たこの能力に名前を付けた。


「君は人を殺した悪人だからね。一撃で楽にしてあげるなんて事はしないよ。亡くなった人の為にも苦しんで死ぬべきだ!」


 もう一度突き刺し──────切り裂く。

 榊渉を苛むのは『殺人』衝動。人に苦痛を与えたり、痛がる姿を楽しむと言ったものは衝動に含まれない。……故に、彼の今の行動は『好きな食べ物を最後に取っておく子供』のような、善人という言葉とはかけ離れた悪意からなるものだ。


(彼の精神はすでに壊れてしまったのでしょうか?だとしたらそれは仕方のない事ではないのでしょうか?)


 渉と意識を交代させ、霊体と化した生命体は終わりの無い疑問を自らに問いかける。そして少し考えた後に───────『壊れてはいない』という結論に辿り着き、血しぶきを浴びる少女を見つめた。


「いっ……ああ、あああああああ!!ああああぁ………ぐぅう……ッ!!」


 灼熱の炎で焼かれたかのような痛み。両腕を襲う刃は身体から離れたはずなのに、たった二振りでこんなにも痛覚が刺激される。

 ここが地獄では無いのなら、一体何なのだろうか。犯した罪を問われ、それ相応の罰が下る。


 まさにここが火良多巡にとっての、地獄────────。


「────────何をしている」


 低く、凛々しい声が聞こえた。空気だけ丸ごと北国と入れ替わったかのように凍てつき、少年の笑顔が固まる。


「…………やっべ、起きちゃったっぽいな」


「何をしているかと言っている」


「相棒、もっかい交代してくれない……?」


(やめた方が良いと思います)


「──────何を、している……ッ!!」


 涙の痕が付いた顔を怒りで歪ませた少女が立ち上がった。


「渉ゥッ!!!!」


「…………仕方なく。そう、これは仕方なかったんだよ繋儀ちゃん!」


 両手を広げながら渉は弱々しく苦笑いをした。


(その言葉で家族や友人が納得するのかと言ったのは君だったはずですが)


「つ、繋儀ちゃんを守るためだったんだよ!マゼンタに襲われたの、忘れちゃった?それに死の淵から這い上がってきた幼馴染への第一声がそんな怒号ってのはちょっと酷いよ」


「……」


 事実、繋儀の周りに転がる死体はどれも見覚えのある、自分達を襲ってきた隊員に見えた。そして生命体と渉の間に何があったのかは繋儀は知らないが、渉が目覚めるとしたら渉の力が必要な危機が訪れた時だというのは自然な推理として頷ける。


「とにかく、その少女から離れろ。殺す事は許さない。……私が間違っていたのだ、殺人欲を肯定するなど……!」


「んー……繋儀ちゃんが言うならいいけど、ほんとにこの子殺さなくていいの?」


「殺すなと言っているッ!その少女が私達に危害を加えてくるのならせめて気絶程度に収めれば良い話だろう!」


「いや……そういう問題じゃなくて。見てよこれ」


「……?」


 そう言った少年は笑みを我慢しながら、若干ふざけたように両手の人差し指で巡の両腕を指した。


 ────────既に切断された彼女の両腕を。


「な───────」


 繋儀は絶句し、口元を抑えた。その斬られた腕が痛々しいのはもちろん──────両腕が無くなった事に気付き始めた巡の、ただ涙を流すしかできない様子が絶望的だった。

 何が起きても救えない、絶望感。


「あ……あぁ……」


 巡はナイフで切り裂かれて少しの間、腕が切断までされていた事に気付かなかった。生命体の持ち込んだ地球外の技術によるナイフの切れ味の効果と、巡の焦りと罪悪感による判断能力の低下。

 しかし気付いたからといってどうしようもない。声を上げても無駄。腕は戻らない。


 車椅子を自分で操作する事も、誰かの手を握る事も叶わない。


「なんというか、車椅子乗ってるのにさぁ……」


「…………やめろ」


「足が不自由なのに、両腕欠損ってもう……ふふ、うーん……」


「黙れ……!その口を──────」


 本心から、純粋な気持ちで少年は言った。


「死んだ方がマシなんじゃない?」


 丁度その言葉を聞いた辺り、繋儀が渉の顔面を殴り飛ばした瞬間に、巡は意識を失った。感じていたのは後悔。『秋土一鳴を殺したからこうなってしまった』という思考が彼女の脳を埋め尽くしていた。殺人という最大の過ちの後にやってきた、榊渉という絶望。

 神による罰ではないと考える方が難しかった。


「いってて……ま、繋儀ちゃんがこれだけ言うんだから殺さないよ!殺さない。あーでも、放っておいたら出血で死んじゃうから……相棒!」


(治療ですね?)


「理解が速くて助かるよ」


(了解しました。治療キットの権限を認証しますので、少しお待ちください)



 渉が少女を治療している間、繋儀は黙ってただ見ている事しか出来なかった。『死んだほうがマシ』という言葉が頭の中を渦巻く。四肢が不自由な状況を想像してしまう。車椅子で生活していた彼女が、両腕すら奪われてしまったらどうなってしまうのか……。


(……もう、考えるのを止めたい)


 榊渉は完全に彼女の手に負えない段階まで到達してしまった。膨れ上がった殺人欲と、生まれ持った殺人技術と、手に入れてしまった地球外の技術。

 だが反対に…………多くの人々が渉によって殺されたというのに、彼の帰還を喜んでいる自分がいるという事実が、苦しかった。

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