40話 『先駆者の微笑み』……それはいつだって、優しさと嘲りが見え隠れします
何度も罪悪感に押しつぶされそうになった。軽いはずの秋土の身体が圧し掛かった。
俺が生を奪った死体が、重い。
そうしてやっとの事で辿り着いたんだ、家に。
霊視眼鏡と霊聴イヤホンを手に入れたらまず───────謝りたかった。秋土に庇わせてしまった事、秋土を殺すしか選択肢が無いくらい不甲斐ない事。秋土を愛する霊達に、彼女の家族に謝罪を。もちろん許してもらえるとは思っていない。でも……謝りでもしないと、俺の心はぺしゃんこになってしまうだろう。
そう、家に───────やっと来れたんだ。
「……なんで、ここに?」
「お疲れ様です」
「……薪ちゃん」
『霧間』という文字の横に寄りかかっていたのは、スーツに身を包む、この時代にはいないはずの存在…………『未来人』こと慈門薪。
一泊の沈黙を置いて、彼女は口を開いた。
「無事、秋土一鳴の殺害に成功したようですね。大変だったでしょう、まずは落ち着いて……」
「────────なんて?」
ダメだ。耳までおかしくなってきた。……それもそうか、人を殺した後なんだ。首の傷は痛むのも、俺の頭と耳に異常が発生するのも当然だ。
「あなたが殺したのでしょう?その背中の女性を」
「…………」
今は、傷よりも心臓が痛い。胸の辺りが途轍もなく不安で、締め付けられて──────ふつふつと、こみ上げてくる。
「知ってたのか?」
「何を、ですか?」
「秋土が死ぬ事を」
「えぇ、未来人ですので。『秋土一鳴が霧間行人に殺される』のはかなり不変性の高い事象であると認識しています」
淡々と言った。表情を変えず、さも当たり前かのように。
「……なんで」
「……」
「なんで教えてくれなかったんだ!!」
足首の力が消え、地面に膝をつく。
「知っていたら……そもそも、この街から避難していた。あいつが撃たれる事なんてなかった。俺なんかに殺される必要なんて──────なかっただろ……っ!!」
ご丁寧に『俺に』殺される事まで分かってるなら尚更だ。
「…………あいつだって、俺から離れたはずだ。そんな未来を知ってさえいれば────────」
「それは違います」
「……え?」
明確に、迅速に、はっきりとした声で薪ちゃんは言った。
「確かに私は『あなたには』この未来を伝えませんでした。その方が順調に物事が進行し、絶対に変えなければいけない未来を変えやすくなるからです。…………ですが、初めて秋土一鳴と遭遇した時。私は未熟さ故、我慢しきれず彼女にこの未来を伝えました」
「……は?いや、そんな訳ないだろ。だったらなんで秋土は今まで俺と一緒にいたんだ」
薪ちゃんと出会ったのは一週間くらい前のはずだ。その時間の間、アイツは自分を殺すであろう人間と一緒にいたって言うのか?何の為に?
「……私がそれを伝えた時、秋土一鳴が何を言ったと思いますか?」
「なんだよ、その質問…………どういう意味だ」
「『その方が都合が良い』と言ったのです」
「……え」
『その方が都合が良い』……だって……?
「行人君、彼女は異常です。何を企んでいるのか一切分からない……でも、望みの為に自ら殺される精神。そして殺される事が条件である計画。その両方が異常かつ危険である事は明白でしょう」
「そんな、訳────────」
単純に信じたくなかった。薪ちゃんが嘘を言うような人ではないのと、薪ちゃんの表情からして恐らく嘘ではない。
「……じゃあ、やっぱりそうだ。アイツは霊になるために死ぬことを選んだんじゃないか?その方が強いとか、乗っ取られることもないとか、そういう理由で」
「……それは」
「だったら今すぐ確かめないといけない……どいてくれ薪ちゃん。俺はここに、君がくれたものを取りに来たんだ」
「そうだろうと思って、持ってきておいてますよ…………はい」
「あ。あぁ、そうなのか」
立ち上がり、白く無機質な眼鏡とイヤホンを片手で受け取る。……薪ちゃんの手のひらからそれを取った時、彼女の目が俺を
憐れむような目で見ていた。
「私は既に霊視コンタクトを付けています」
「…………だからなんだ」
「自らその現実を見るよりも、私から見た結果を伝えた方が精神的負担は少ないと思いますが」
「……だからなんだって言ってんだよッ!」
情けなく俺は叫び、おぼつかない片手でイヤホンをポケットにしまい、眼鏡を強引にかけた。見れさえすればいい。アイツの姿を。俺の目で、見れさえすれば────────。
「…………あ」
水色のレンズを通して視界に映ったのは魑魅魍魎。秋土の周りにずっといた霊達だ。
「あ、あぁ」
視線をぐるぐると駆け巡らせる。多すぎる骸達の間をかいくぐり、必死に探す、探す、探す。
「……」
どこにも。
どこにもアイツはいなかった。いるのは背中の上の死体だけ。それに…………遅れて気付いた。周囲の霊達は、二葉ちゃんは、皆揃って────────
俺を見ていた。
「あ、あああぁあああああ!!」
眼鏡を外し、俺は逃げ出すように走る。が───────背中の重みがそれを許さないとばかりに圧し掛かり……無様に地面に突っ伏した。
「ごめん……なさ、い」
俺が今も生きているのは、俺自身の生命エネルギーのせいだ。それが無ければ俺はとっくに彼らに殺されていただろう。
至極当然の話。秋土の話なら、秋土家の霊能力者たちは血が繋がっていない門下生とも家族同然の仲だったらしいから。
「俺が…………殺した」
刀で肉を貫き、心臓を刺した感触が蘇る。
「俺の……せいで、死んだ」
体の下のアスファルトは冷たく。上に覆いかぶさる死体もまた、冷たかった。
「……ずっと、守ってもらってたのに」
首の傷が疼く。それよりも痛むものが、実体のない、言い表せもしないそれが今この瞬間の俺にあった。
「──────オイオイ、女一人も守れねェのはちょーッと情けなくないかァ?」
聞き覚えのある声。顔を上げる気力など無く、俺は憶測から結論を導き出す。
今すぐ逃げるべきだ。恐らく相手は──────秋土が危険視した参加者。
本屋の店員の、金髪の男。
「んー……無駄な警戒だったかねェ。イケメン君には期待してたんだが」
声は近づいていき、地べたからの目線から靴が見えた。
「初めまして、未来人!いきなりだけどアンタを殺させてくれェ」
「……っ!?」
あまりに突飛な内容に、俺は奴の足を掴もうとするが──────届かなかった。彼はもう俺に目線を向けておらず、薪ちゃんへと歩み寄っている。
…………また、守れないのか?守れないだろう。きっとこれからも、俺はそういう弱者で変わらない。
「なんてッたッて『未来人』だもんなァ!怖いんだよネタバレがァ!そろそろ人を減らして展開を加速させたくもあるし『殺人鬼』も『魔王』も動き出してるしッつー訳で殺す!マゼンタ共主催のせっかくのお祭り騒ぎだ、便乗しようぜ?」
「……彼誰時霙。『超能力者』」
薪ちゃんのしっとりとした冷徹な声が響く。『超能力者』……あぁ、秋土の情報にもあった気がする。
「どうやら、あなたでも霧間行人の『権能』の正体は分からないようですね」
「……え?」
シンプルに薪ちゃんの言葉の意味が分からなかった。権能──────?
「あァ?」
「気付けなくとも仕方ないですよ。私が未来人だから知っているのです。……秋土一鳴は勘づいていたようですが」
「……あの時感じた、電波みてェなやつの事か」
金髪の男……彼誰時の鋭い目つきが俺を突き刺し、それは好奇の笑顔に変遷した。
「うッし!イケメン、オレと一緒に来い!霊能力者が死んで不安だろ?オマエに対する興味が復活したから……この戦いで最後の二人になるまで守ってやるよ。その後は殺し合いだ。負ける気は無ェが、どっちが勝つかは分からねェ。仲良くやろうぜ!?」
「は……?」
手を差し伸べてきたのだ。屈託のない笑顔で、さも自然な流れかのように。
手を────────。
「ッ!」
……が、俺が這いつくばっている地面に近づいていた彼誰時の手は、発せられた音……というより、その音を発した攻撃をかわすために離れた。
銃声音だ。
「どうしたのですか?私を殺すのでしょう」
白い銃を握る薪ちゃんが、相変わらず冷たい眼差しを彼誰時に送っていた。
「……よそ見はしないでってか?アツいねェ」
「どちらかと言えばそれは私の台詞です。……行人君、分かっていますね?その男を信用しないでください」
さっきの会話を経て、そんな言葉が出てくるのだから驚きだ。
俺はもう、薪ちゃんを純粋に信じ切る事ができない。薪ちゃんが本当の事を言っていたとしても、それは秋土に騙されていたという事だ。どっちにしろ……俺が何を信用すればいいのか分からなくなってしまった事に変わりはない。
「勝てると思ってんのか?人の文明の力で、人を超越したオレに」
「私の勝利条件はただ一つ。この世界を存続させる事です」
俺のために争わないで、なんて言うつもりはない。もう全てが馬鹿馬鹿しい。そうやって薪ちゃんと彼誰時が争って、どちらかが勝って、どちらかが負けて、死んで───────それで俺がついていくとでも思ってるのか?
顔が良いだけの俺は他人依存だ。一人じゃ蓮を救う事も、何も出来ない──────。
戦いが始まった瞬間なのは分かっていた。それでも俺は巻き込まれるであろう位置に突っ伏し続けた。ぼんやりと揺らぐ夜の情景、白い銃と十字の炎。
それを眺める俺の視線を遮るように……冷たい手が頬に触れたような気がした。
ー ー ー ー ー ー ー
「さて、魔力も十分。華邑涼花と朝空蓮が霧間行人へ向かって通らざるを得ないこの場所に待機するって訳さ」
探知機に表示された点。蓮達の位置からして、夜公がビルの窓から見下ろすこの路地が最も近い道であり、もし蓮達が他のルートを選択したとしてもビルの中で反対方向を向けばその他のルートが見える場所となっている。
「型だけ先に組んでおこうか……『サモン・ネクロ』」
呟きながら夜公は空中に光の陣を描く。彼女のその様子を見慣れているはずのルファスだったが、今回は若干首を傾げていた。
「『ネクロ』……死霊魔術ですか?華邑涼花の因縁の煉魔を呼ぶはずではなかったのですか?」
「それで合ってるよ。……実は、彼女の仇である蟷螂型巨大煉魔は既に死んでいる。別に蟷螂の煉魔なんて他にたくさんいるだろうけど……」
それを確認できているのは夜公だけ。当然マゼンタ本部には報告しておらず、今だに要注意の煉魔として登録されている。
華邑涼花も、その幻影を追い続けている。
「なるほど、煉魔を直接呼ぶ『マジス』よりも死んだ者を呼ぶ『ネクロ』の方が負担が少ない……という事ですね?」
「そうそう。腐っても煉魔は神のしもべだから……よしっ、出来た」
描き終えた魔法陣に手をかざし、彼女はそれを不可視の状態へと移行させ、宵闇に溶けさせた。
「仇が現れれば絶対に華邑涼花は立ち止まる。……それが始まりの合図さ。あらゆる因縁が交差する今夜、確実に─────神の注意を惹く」




