38話 抑圧された『衝動』……解放した時はさぞ楽しいでしょうが、反動にお気を付けて
(役に立ちたかった)
足が不自由なのにも関わらず、煉器を生成できるという理由のみで選ばれた。半ば強制的に入隊させられた。
(だから今回は特に気合を入れた)
車いす型の煉器──────彼女は昔から機械系の方面には強く、マゼンタの最先端の技術を用いればそれを改造することは容易かった。
だからこそこの人型煉魔殲滅作戦では、人々の平和を守るために、煉魔を駆逐する強力な兵器を携えた。
(でも、撃ったのは)
その引き金を引いた。蓮や涼花にも見てもらいたかった。足手まといで住民の避難だけを任されるのが嫌で、成長を求めた。
(私は─────)
「────何を、撃った?」
人型煉魔なのだから、人の姿をしているのは当たり前だろう。問題は、その煉魔の顔に見覚えがあった事だ。
「だって、あれは、どう見ても」
撃つ瞬間。人差し指を動かした瞬間。目が合った。
『し、師匠…………あたしが!?』
「…………」
1人の名前が頭の中に浮かぶ。
彼女が煉魔だった事は、もはやどうでもいい。問題は友好関係を築いた存在を、自らの手で殺めてしまった事。それが人であろうと煉魔であろうと関係ない。例えその煉魔が自分を騙していたとしても、殺したのは火良多巡ただ一人だ。
ゆっくりと、仮面を外す。
「おーい!火良多っ!」
「全く……許可なく先行しないで」
「あ……」
こみ上げる吐き気を抑え、再び仮面を被る。
「あれ、煉魔は……」
「すみません、逃げられちゃいました」
「あ、ほんとだ。二つの反応が一緒になって移動してる」
探知機を見ながら、蓮は呟く。
「じゃあ、引き続き追うわよ。やけに素早いから、見失わないように…………」
三人の耳元に小さな電子音。通信が入り、切迫した様子の男の声が聞こえる。
『こちら6班!至急応援願う!…………繰り返す、こちら──────』
ブツン、と音は途切れ、夜に相応しい静寂が3人を包む。
「6班っていうと……俺達と同じように煉魔2体分を任された所ですよ」
夜公の話では『十分君達なら倒せるレベル』と語られていたはずの人型煉魔に対して、優秀な成績を収めている6班が苦戦する…………夜公が連れ去られたと言い、上手く事が進んでいないのは分かっていた。
「あっ、あ、私行きます」
「え?」
「私なら…………ほら、すぐ着きます。速いんですよ?これ。改造したので……」
とにかく、今すぐそこから逃げ出したかった。自分が撃った秋土一鳴を追うなど言語道断。彼女は震えを抑えながら必死に平静を装い、バラバラな言葉をなんとか文章にする。
「その──────さっきの煉魔は私の攻撃も命中しましたし、弱ってるだろうから二人でも……大丈夫だと思いますし」
その言葉を口にした瞬間、火良多は火良多自身をこの場から消したくて仕方なくなってしまった。
一鳴を撃ったという事を言葉で肯定してしまった事に加え、今自分がした行動は『一鳴の死体の処理を一鳴の友達に頼む』と言っても全く差し支えない。
「そんなに言うなら…………」
「分かったわ」
仮面の奥から優しい声が聞こえると、涼花の手が火良多の肩に置かれる。
「私の姉…………しぶとく生き残ってるとは思うけど、頼むわね」
「あ────────」
そこで火良多は初めて理解した。
本当は涼花の方が、6班の救援へと向かいたかったはずだ。それにも関わらず、明らかに様子のおかしい火良多を気遣って、詮索することも無く肉親を任せた。
当の自分はただ逃げたかっただけだというのに。
「じゃ!気を付けろよー」
二人は遠ざかっていく。絶望へと向かって行く。
(……あの時、一緒にいた煉魔は)
────────ふと、考えなくてはいい事が脳裏によぎる。
あの時、秋土一鳴はもう一人の煉魔をかばった。シルエットや僅かに見えた姿からして、男性のように見えた。
(──────まさ、か)
都合が良すぎるほどに、都合の悪い想像をしてしまった。もしその妄想が真実ならば、もしもう一体の煉魔が霧間行人だったのなら────────火良多は殺さなければいけない存在の抹殺を、わざわざその存在の友人に押し付けたのだ。
「う、っぷ、おぇえええ…………」
仮面を乱暴に取り、胃液を道端に零す。目に焼き付いて離れないのだ。血飛沫と、撃たれた時の表情が。
「…………なんで……」
彼女には状況を整理する時間が必要だった。だが、『任された』という意識が彼女を急かす。
車いすを走行させ、火良多は探知機の示す場所へと向かう。
ー ー ー ー ー ー ー
『おーい』
私はそこで声を聞きました。とても聞きなれた、初めて聞く声。
『おお、あなたでしたか』
すぐに声の主が誰なのかは分かりました。
『お疲れ。今までありがとうね』
『?』
『僕の代わりに繋儀ちゃんを守ってくれて』
『あぁ、しかし私はそれを達成できませんでした』
私は失敗しました。人を殺さないという拘りを捨てればよかったのでしょうか。しかし、そうしてしまえば繋儀さんまでもが悲しむ結果になってしまったでしょう。
『あーごめん。僕が殺したくないって言ってたのにさ、悪いけど……』
『はい?』
『別に殺しちゃっても良いかなって思ったんだ。もう』
『そう、なのですか。なぜです?』
実体はなく、私達がただ精神空間上でやり取りをしているだけだというのに、彼が困ったような顔をした気がしました。
『僕が常人になるより、僕を常人として扱う世界を作る方が速いなって思っただけだよ』
『そうですか』
『うん……じゃあ、交代』
私の手を、彼が握る。
『お化けになって君を見ている間、ずっと考えてる事があったんだ』
『なんです?』
『君をどう呼べばいいのか。宇宙人殿は流石にナンセンスすぎるからね。でも君の記憶を見ても良い日本語訳が思いつかない!そこで僕は考えた』
彼が、笑ったような気がしました。
『君を────────こう呼ばせてほしい』
「え、あ、がっ……?」
少年の手は赤に染まる。刃のように形作った貫手が───────仮面の男の首を抉った。
「おい、どうした…………なっ!?」
大剣を持ったまま驚愕する隊員と、槍を落とし首を抑える隊員。二人の視線が自分から逸れた事を確認すると、少年は少女を抱きかかえ一瞬で彼らと距離を取る。
「……お、気絶してるみたいだね。良かった良かった」
一筋の涙を流しながら意識を失った繋儀を地面に横たわらせる。
そして、彼は指を鳴らして立ち上がった。
「鬼の居ぬ間に何とやら、だ。行こうか───────『相棒』!」
瞬間、隊員たちの視界から少年…………榊渉が消失する。
「クソ、どこに───────」
大剣の隊員が周囲を見渡した瞬間、すぐ隣で音が聞こえる。水が跳ねたような、そんな音が───────。
「あ”…………が、が……はっ…………」
槍の隊員は首を抑えるように手を当てていた。その手の上から、彼は刃を突き刺した。幾何学的な模様が刻み込まれた、水色に輝くナイフで手と首を一緒に突き刺した。
「良~い切れ味だね!このダサナイフ!」
(宇宙製ですから)
「そういうもんかね」
脳内に聞こえる声に相槌を打ち、彼は次の標的を捉える。
「うあああああああっ!!」
既に大ぶりの剣が横に薙ぎ払われる所だった。一秒もしない瞬間の後、渉の身体は腰を節に両断されると誰が見ても思うその状況。
そこで渉は踵をトン、と叩き───────宙へ浮かんだ。
「なっ……!?」
「使い方、これで合ってる?」
(もちろん)
見上げた頃には、渉はもうそこにはいない。空中で脚部飛行装置の角度を変え、大剣の隊員の背後めがけて飛び込むように飛行し、そして地面に向かって噴射し態勢を整える。
後はもう、断つだけだ。
「まっ、やめ───────」
「無理」
振り向いたところ──────彼の眼球にナイフを突き刺す。
水風船のように血が噴き出した。
「が、がああああああああああ!!??」
「あなた達は繋儀ちゃんに!手を出してしまったんだ。僕の前でね」
もう一方の眼球を、抉るようにナイフを入れる。
「ああああああああ!!あああああああ───────」
「うるさい」
「あ”っ」
滑り込ませたナイフをそのまま、脳へと貫通させる。
男は何も言わなくなった。何も叫ばなくなった。マゼンタに入り、死ぬのならば煉魔と戦い人々を守るために死のうと覚悟していた彼は、あろうことか───────1人の中学生に殺害されてしまった。
「悲しいなぁ……人を殺すっていうのは辛い、惨い、醜い、悲しい」
ナイフの血を肘の裏で拭き、渉は遠距離武器を持つ隊員たちに目を向けた。
「ひっ!?」
「う、撃って!撃つわよ!焦らないで……!」
仲間が惨殺されている中、彼らとて助けようと動きたかった。だが──────恐怖という物はいつだって人間の行動理念の上にいる。華邑愛歌も班長という責任の上他の隊員を指揮しようとしているが、彼女も変わらない。
彼らの感情は今、榊渉に対する恐怖で支配されていた。
「僕だって別に殺したい訳じゃない」
数々の光弾を軽々とかわし、彼は接近していく。生命体が乗り移っていた頃とは全く異なる身のこなし。彼の身体は、彼にしか使いこなせない。彼専用の──────人を殺す事に特化した身体。
「でも繋儀ちゃんを守らないとね、いけないんですよ」
装置を起動する。炎が彼の足から噴射され、榊渉の身体が宙に舞う。使用後数分にして完全に使いこなしたその技量で、全ての攻撃を避けながら彼は確実に、迅速に近づいていく。
「ひ、きゃあああああああああ!!」
どんなに撃っても撃っても攻撃が当たらない渉が恐ろしかったのだろうか、女性隊員の一人が銃口を下げて逃げ出した。
愛歌がその隊員に何かしらの言葉をかけようとした時、命令を下そうとした時。渉は彼女を見た。別に声が気に障ったとかではない。ただ──────気まぐれ。じゃあこの人にしよう…………それに特に理由はない。
そして、この時の渉に隊員達のわずかな距離の違いは関係ない。
「飛ばすぞーぅッ!」
最大出力で装置を駆動させ、渉は一番遠くにいたはずの、逃げ出した隊員の肩を後ろから掴む。
「ああ、やっ、な、なんで……!?」
「だから、繋儀ちゃんに手を出したからって言ってるでしょ」
ノータイムで、恐怖におびえる彼女の顔を崩した。左目から顎の右まで乱暴に切り伏せる。
「ぎっ……ああ、あああああああああ!!??」
「うおおおおお!喰らえ必殺御愁流奥義!『影張り』ぃ~っ!!」
渉はただナイフを振り下ろすだけでよかった。だが……それは単なる悪ふざけ。彼の幼馴染や、その家族が練習していた技……の、うろ覚えバージョンをしてみただけ。
健全な男子中学生なのだから、これも仕方ないと言えるだろう。
「ごっ…………」
心臓を一突き。肉を貫いたナイフをそのまま壁に突き刺す。骨を割る音、壁にヒビが入る音。鈍い響きが周囲の隊員たちの耳にも入った。
「……こんな技だったっけ」
(記憶を解析しましたが、絶妙に違うようです)
「だよね。もっとカッコ良かった気がする」
指を鳴らし、ナイフを引き抜く。ドロドロとした血と共に、女性隊員の身体が崩れ落ちる。
「……よくも、よくも皆を!」
震える手で華邑愛歌は銃口を向ける。今の渉の行動で、逃げるのは不可能だと判断した。ならば戦って勝つ。覚悟と共に彼女は死地へ立つ。
「……あれ、なんで僕が悪者みたいな感じになってるの」
愛歌の後を追って攻撃態勢を取った隊員達を見て、渉は不服そうに腕を組んだ。
「僕はただ繋儀ちゃんを守りたいだけ。急に煉魔だのなんだの言って攻撃してきたそっちが明らかな悪者でしょ。僕は本当は──────人殺しなんてしたくないんだ」
(…………)
「そう…………したくないんだよぉ!!本当にしたくないっ!あぁもう今すぐやめたい!」
満面の笑みは隠せていなかった。溢れ出る殺人衝動に、彼は身を委ねる事を選択した。
「だからこれは仕方なく……仕方ないんだ。仕方なく僕はあなた達を殺す」
実際、彼は普段善良な男子中学生である。殺人能力こそ高いものの自ら進んで人を殺そうとなどしないし、一般的な倫理観を持っている。
だが彼は『本を渡される』ほどの異常者。生まれつきの殺人衝動は一生治らず、彼に付きまとう。それが抑えられなくなる時というのは必ず来る。
それを消化するタイミングは、繋儀を守るという大義名分があり、相手が自分達を煉魔だと呼び襲い掛かってくる『悪』というこの状況が相応しいと考えた。それが──────『殺人鬼』の題材を与えられた榊渉の選択。
人を殺す為に生まれ、人を殺さない為に一度死んだ少年の魂の爪痕が、樹愁町に刻まれる。




