36話 『おかえり』……なさい!
少年は少女に刀を突き刺した。強く、気高く、飄々としていた彼女の命はそこで終わった。
(あぁー……間に合わなかったかぁ)
彼女が秋土一鳴への憑依に失敗した原因は、行人による一鳴の殺害はもちろん、霧間行人の生命エネルギーによる弱体化も大きかった。まるで霊になるために生まれたとまで言われた彼女でさえ、霧間行人に対しては若干の阻害を受けてしまう。
(ま、切り替えてこう!……で、二葉ちゃん含む秋土家の皆様方)
霧間行人と一定の距離を保ち、霊達は彼女を見つめていた。憎悪の眼差しを一直線に、死後強まる念が突き刺す。
(一鳴ちゃんの狙いは何なの?)
(……)
(一鳴ちゃんには霊体化があって、物理的な攻撃ならすり抜けさせられる。それに、身体の中に封印されてる一鳴ちゃんのママが常に障壁を張っていて万が一の事態でも致命傷は避けられるはず。だよね?)
(うん。お母さん、お姉ちゃんには甘いからね~)
(何度も乗っ取ろうとした崔利が一番分かってる、一鳴ちゃんは『意図的にそれらの防御手段を拒否した』……でも理由がさっぱり分かんない)
(……ふふ、うふふふふ。あははははははは!)
秋土一鳴の死に涙を流し、一鳴を乗っ取ろうとした彼女を睨む霊がほとんどの中。秋土二葉は堪えきれない笑いを漏らした。
(ほんとつまんないの。結局お姉ちゃんの思い通りになっちゃった。行人お義兄ちゃんもオマエもお姉ちゃんを止められなかったね。フタバ遺憾!いかんいかーん!)
(思い通り……これが?)
血まみれの死体を見ながら言った。
(まぁ……もう少し時間が経てばオマエも気付くと思うよ)
(ふぅん。じゃ、今日はこれで失礼しようかな)
徐々に高度を上げ、彼女は少年と少女を囲う霊達を見下す。
(じゃあね、崔利ちゃん。次会う時はあなたを除霊できると思うから、楽しみに待ってて)
(えぇー、やめてよ!崔利はただ……みんなとお友達になりたいだけなのに!)
『お友達になる』……彼女にとってそれは『霊になる』事を意味していた。
即ち、死。
(一鳴ちゃんの身体を使えなくなっちゃったのは残念だけど、これでやっと一鳴ちゃんと真の友達になれたってことだよね。それに───────ようやく崔利も自由に動ける)
煙のように、霞のように。雨仇崔利は樹愁町の夜に溶けるように浮かんで行った。
そして、彼女が抱える本も同様に。彼女のスタイルに合わせて物体としての性質を霊体へと変換させる。
『神の遣いですので、これくらい余裕です』
本だけが宙に浮いている状態では明らかに不自然だから、自分も霊体化するべき──────それが『幽霊』のタイトルを持つ焦げ茶色の本の言い分だ。
ー ー ー ー ー ー ー
「あ……ぁ……」
血は、肉は暖かさをどんどん失っていく。
「…………」
不思議と涙は出てこなかった。
……当たり前と言えばそうなのかもしれない。俺はただこいつを利用しただけだし、ほんの数日の付き合いだ。
「…………」
そんな捨て駒に過ぎない女の死体を、俺は抱きかかえていた。
なぜだろう。これを運びながら移動するのは時間がかかる。マゼンタが追ってくるかもしれないというのに、俺は──────何を────────?
「何、してんだろな」
蓮を救えれば、俺はそれでよかった。でも……秋土一鳴という人間が、俺の中で大きくなりすぎてしまった。
非道に成り切り自分を騙す事なんて俺には無理だったようだ。
首筋の噛まれた跡が痛む。今となってはこの傷は……形見のような存在となってしまった。
「なぁ、何処へ行けばいい」
首の傷が痛む。痛い。ようやくこの痛みにも慣れてきた所なのに。やけに痛み始めた。
──────煉魔を殺すための兵器を撃ち込まれた痛みに比べれば……なんて、考えるだけ無駄で、マイナスにしかならない廃棄物が脳を埋め尽くし、思考に霧がかかる。
「何をすればいい」
一歩踏みしめるごとに、視界が暗くなる。
人が死ぬ。思いが潰える。平穏が終わる。友情が壊れる。功績が崩れる。神が去る。今が消える。
いずれも一瞬で行われる。その工程を俺が確認することは出来ない。まるでサプライズかのように提供され、後戻りが出来ない。
あまりにも一方的かつ、どうしようもない。
その無力の上で生きていくしかない。それが前向きで、割り切れた場合の考え方。
そんな事が出来たらどれほど楽だろうか。
「生きていてほしかった。うん……そうだ」
秋土一鳴に感じた、儚さ。強大な力を持っているというのに、彼女にはいつも『今にも消えてしまいそうな気配』みたいな、そんなものが纏わりついていた。
恐らくその正体は俺が危惧していた『秋土一鳴との共闘関係の終わり』だろう。結局は俺はあいつといるのが楽しくて、戦いが終わったりといった理由であいつとの関係が無くなる事を拒みたかった。よくある……正義を成すための戦い自体に対して充実を感じてしまう、物語の定番だ。
「死んだの、か」
父さんは煉魔に襲われてあっけなく死んだ。遠也は病気によってあっけなく死んだ。
マゼンタに殺される、という死因は彼らと比べれば大層で、劇的なものだ。しかし俺にとっての秋土一鳴が『そんなこと』で死ぬとは思っていなかった。
この世界が物語で、誰かが鑑賞しているのなら、問いたい。
「つまらなくないか」
右足を踏みしめる。──────俯瞰が強まる。目に映っているのは暗い路地と腕の中の秋土。脳が認識しているのはその状況に立たされている俺の空しい背中。
俯瞰が、激しくなっていく。自分が分からなくなる。俺が俺でなくなる。俺が俺を評価する。
「…………もう、いいかな」
しゃがみ込む。引きずってきた血を座布団に。
俺以外に人はいない。誰も見ていない。今、俺の手の中には秋土がいる。あんなに強かった秋土が、血まみれの姿になって、無抵抗で、眠っている。
今なら、何だってできる。
「……気持ち悪い」
抱きかかえた秋土の頭をより強く抱擁する。俺は異性を性的対象として見ている男でこいつは女。『そういう』感情が芽生えてしまうのは仕方ない事で、同時にずっと目を背けていたものだ。
こいつの●も●も●●も何もかも好きに出来るという発想が自分の中にあった。
失望でしかない。
「大体、あいつを囲ってる霊共に見られたら祟り殺されるしな…………」
自嘲気味に自然と出たその言葉を脳内で改めて咀嚼する。
「…………待て」
俯瞰視点からでも、灯台の下は見えていなかった。
俺は秋土一鳴と出会い、『あるもの』が現実に存在する事を知った。
「秋土も……霊になってるんじゃないか?」
秋土は言った。
『この世に残りたいという意思が強い、無念がある霊のみがこの世に残り続けられる』みたいなことを。それは魂の操作の仕方がなんやらの理由だったが────────。
霊能力者である上にあんな死に方なんだ。後悔が無いはずが無いだろう。
「……取りに行ってみるか、眼鏡とイヤホン」
こういう時に限って家に置いてきてしまっているのだから、つくづくついていない。
だが、俺はすぐに立ち上がり、歩き始めた。秋土を背に乗せて早歩きで。
マゼンタに見つかれば殺されるかもしれない。どう考えても危険なこの状況で俺は…………縋りつく先を求めて、我が家へ帰るんだ。
ー ー ー ー ー ー ー
「回り込んで!」
隊員は六人。少年と少女を取り囲み、異形の怪物を滅するはずの武具が振り下ろされる。
「掴まっていてください」
「え……?」
困惑に困惑を重ねる御愁繋儀の肩をグッと抱き寄せ、生命体は足元から火を噴かせる。
「起動」
直後、彼が霧間行人達と対峙した時のように浮遊を開始。ジェット噴射によって、生命体はマゼンタ達から逃亡することを選んだ。
(この町は狭く、そして出られない。とはいえ、この速度で逃げ回る事は有効な手段なはずです)
その速度は目を見張るものがあり、このままなら逃亡は優に達成できるものとなる……はずだった。
「逃がさない……わよ」
華邑愛歌がその銃口を向け、生命体を撃墜する。
「っ!!」
「宇宙人殿!」
背後からの狙撃。障壁を展開していたとはいえ、その攻撃力は絶大なものだった。
「この距離からこの速度での判断。そして精度。見事です」
そう言いつつ、この劣勢がマゼンタ隊員達の技術力だけによるものではないと生命体は薄々気付き始めていた。───────煉魔を倒す為の武器が、自分に対して異様なほどの火力……特攻を持っていると。
「……本当にすまない。私が無理について行ったせいで、足手まといに……」
「大丈夫です、泣かないでください」
「え……?あっ、これは……っ!」
指摘されるまで、頬を伝うそれに気付かなかった。あまりにも脳のキャパシティを超過する状況。『何も悪い事をしていないのに』という理不尽さが、中学生の精神には深く突き刺さる。いくら大人びているとはいえ、少女は少女に過ぎない。
しかし、休む間を与えさせまいと体勢を立て直した生命体に近接武器を持った隊員が襲い掛かる。
「はぁっ!」
「うぉおおお!」
槍を持った隊員が真っ直ぐに男子中学生の健全な心臓を貫こうと向かってくる。同時に大剣を持った隊員が大きく振りかぶり、二人を一気に薙ぎ払わんとする。
「まずは、落ち着きましょう」
しかし、隊員二人の動きが停止する。
「「っ!?」」
生命体の、人間の脳に作用する波動。御愁繋儀にしたものとは異なり、強力であまり加減をしていないその攻撃は、常人ならば1ミリたりとも自ら動く事が出来なくなるが────────
「ぐっ……おおおおお!」
「!」
マゼンタ隊員の兵装は煉魔の素材を用いて作られている。解析に解析を重ね、煉魔特有の攻撃に対する耐性がその隊服には与えられていた。
それを見た刹那、生命体は生命体自身の攻撃で動けなくなっている繋儀を連れ、再び飛行する。
が、それを逃がさない狙撃。
「っ!」
来ると分かっていれば多少の防御や受け身は取れる。しかし、回避が不可能だった。御愁繋儀を抱きかかえているという状況が大きいデメリットになっていた訳ではない。単純に華邑愛歌含む遠距離攻撃をする隊員の狙撃能力が高度だったから、という要因が大きい。
息の合った時間差攻撃。かわさざるを得ない狙撃と、回避先に置かれている別の光弾。2体の煉魔の討伐を命じられるだけの確かな実力と固いチームワークがそこにはあった。
遠距離攻撃4人、近接攻撃2人という構成が、生命体の逃亡を許さない。
「ぐっ!」
障壁は彼らの身体を守っていたが、狙撃による衝撃は吸収できなかった。やがて生命体は攻撃によって態勢を崩し、地面に叩きつけられる。
「ナイス、愛歌さん!」
「このまま畳みかけるぞっ!」
慈悲も無く、仮面の狩人は距離を縮める。
生命体が自由な飛行に失敗したのは、生命体の技術不足によるものだ。生命体はこれまでに何度か、榊渉にしたように他の生命の身体を使い、その星で生活したことがある。初めはその身体の使い方に慣れなかったが、徐々に暮らしていくうちに定着していく。場合によってはその星に行く前にサンプルとして保管してある生命の身体を使い、事前に慣れておく事もあった。
地球の場合もそれを行い、生命体は人間の身体に慣れた。
榊渉が普通の人間とは操作方法が全く異なる事に気付いたのは、初めて飛行する直前だった。
活発的な動きをしようとすると自然と身体にセーブがかかる。走る、ジャンプする、腕を振る、指を動かす。これらの行動一つ一つにパスワードがかかっていて、解かなければ上手く動かすことが出来ないような感覚。彼が事前に使った地球人の身体とは似ても似つかない、不自然すぎる構造だった。
「う、宇宙じ……」
「大丈夫です」
立ち上がり、生命体は障壁を張る。
責任がその身体を突き動かす。榊渉としての責務を果たさなければいけないと、彼は心の底から感じていた。
自ら課せた二つのタスク。
御愁繋儀を守る。
そして────────人を殺さない。
「っ、流石『煉魔』を討つ部隊。参考になります」
割られた障壁を張り直し、また張る。繋儀を連れて後退しながら防戦を続ける。
ただこの場を生き延びるだけなら生命体は一瞬でそれを可能とさせられる。殺しても良いなら、勝負は一瞬だ。それだけの戦力を生命体は持っていた。
だが、不殺。その意志は固く揺るぎない。榊渉という人間を理解することが、人間に対する理解を深めるのに一番近いと感じていた。
榊渉が殺したくないと願うのなら、生命体は殺さない。ただそれだけの簡単な誓い。
「っ、分かった!皆、後ろの女の方を狙うんだ!」
槍の隊員がそう叫ぶと同時に──────狙撃兵4人の視線が御愁繋儀に集中する。
「え……?」
生命体が繋儀を守っているという事に気付くのにそう時間はかからなかった。そして繋儀が手を出してこないため、『男の煉魔は女の煉魔を守らなければいけない理由があり、女の煉魔は攻撃してこない』という状況判断から導き出される結論がこの戦法。
外道だろうか?否、正義の味方だ。
光弾の同時攻撃により、障壁が割れる。再び生命体は張り直すが──────間髪入れず、光弾が襲う。3つの光の直線を受けきった直後──────華邑愛歌による、『曲がる』弾が発射された。
「っ!?」
生命体の背後を直撃。のけぞった僅かの隙に──────大剣と槍が向かう。
「まず、い」
迷いの無い一振りと一突き。まっすぐな瞳が彼女を見ていた。
「……どう、して────────」
まるで、一切間違ったことはしておらず、自分たちが正義だと信じて疑わないその眼の光。
御愁繋儀はそこで深く絶望し、『自分が悪いのかもしれない』という思考に陥った。あまりにも純粋な正義の心を見せつけられた上に、彼女自身に罪を犯したという意識、とある負い目が存在していた。
「っ!繋儀、さん!」
手を伸ばす。不自由極まりないその手を、かつてその手を自由自在に動かしていた持ち主が守りたかった者を守ろうと、届かない距離を掴む。
「…………あなただけでも逃げてくれ」
そこで彼女は生きる意志を失った。榊渉という存在が数日前に死んだ事もその理由の一つに入るだろう。
犯した罪の清算が出来るのなら、この終わり方でも良いと思ってしまった。
守りたかった者を守れない者。
理解を捨て死を受け入れた者。
正義の名目で使命を果たす者。
混乱極まる樹愁町の戦いの一つが終わろうとしていたその瞬間────────
『彼』は生きる意志を取り戻した。




