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35話 この戦いの参加者の『死の定義』……は、それぞれの価値観によって変動します

「…………」


 奥院と書かれた表札の前に、世鶴は立つ。インターホンを押し、無言のまま返答を待つ。


(これで何も反応が無かったら、窓を割って入る)


 しかしそれは、『自分の兄が既に煉魔に殺されている』可能性が高いという事だ。煉魔が既に避難して人のいない家に入るなど、世鶴には考え難い可能性だった。 避難しようとしていた時に入ってきた煉魔に襲われてしまったと言った推測をせざるを得ない。


 数秒待ち、もう一度インターホンを押す。


「……!」


 彼女が煉器を手に歩み始めた瞬間、ドアは開いた。

 そして、あくびをしながら奥院世鶴の兄が出迎える。


「どうした世鶴。今日は帰ってこないんじゃなかったのか?」


「…………兄さん、なんで避難してないの」


「まぁ……俺にはやらなきゃいけない事があるからな」


「意味分からない」


 鼓動は加速する。冷や汗が全身を纏う。震える口で、その言葉を紡ぐ。


「──────今、家に誰かいる?」


「いや、俺一人だけど」


「…………」


 その回答は、世鶴にとって『自分の兄が既に煉魔に殺されている』事よりも想像したくない最悪の状況を表していた。


 それでも、彼女は可能性を諦めたくなかった。


「そ、その、茶色の、これくらいの本って……持ってないよね」


 夜公がしてみせたように、世鶴は指で長方形を形作る。待望していたのは否定の言葉。疑問の言葉。


「え!?なんで世鶴が知ってるんだ!?」


 しかしこの男──────『脳筋』こと奥院仙次は、世鶴が『なぜ聞いた』のか、『正直に言えばどうなるか』を全く考えずに素直に回答してしまった。


 その嫌になるほど真っ直ぐな目つきを、幼い頃から彼女は見てきた。今度は怒りで震える全身で叫んだ。


「……どうして兄さんは」


「おぉ?」


「どうして兄さんはいつもっ!奥院の名に泥を塗るの!!」


 滅多に感情を表に出さない奥院世鶴。兄である彼ですら──────この瞬間の彼女の血気迫る表情には驚きを隠せなかった。


「ちょ、どうしたんだいきなり。落ち着けって……」


「煉器は出せないくせに、良い学校にも行かないしまともな企業にも就職しない、ましてや喧嘩なんて……それでも、そんなクズでも─────家族だったのに」


「……世鶴?とりあえず中に入れよ。今言ったクズ野郎で良ければ話聞くぞ」


「…………」


 俯いたまま、彼女は顔を上げない。

 ため息の後、彼は背を向けてドアを開ける。先に暖かい飲み物でも用意しておこうと、靴を脱ごうとした瞬間────────



 矢が放たれた。



「殺気が駄々洩れだ。流石に気付く」


 奥院世鶴の煉器が放った矢は、振り向いた奥院仙次に難なく掴まれる。


「兄妹喧嘩はしてきたが……これくらい本気なのは初めてじゃないか」


「……あなたが、煉魔だから」


「はぁ?」


「兄さんが煉魔だから」


 二度目を聞いて、聞き間違いではない事が分かってしまう。実の妹に殺されかけたかと思えば、自身が煉魔であると宣告される。


(これは、力でどうにかなる状況じゃない)


 そして彼は『考え』始めた。

 ゲームと同様に、筋肉だけでは解決できない事態が発生した時のみ働かせる頭をフル回転させる。


(なぜ俺を煉魔だと言った?なぜ俺に『本』を持っているか聞いた?なぜマゼンタである世鶴が──────?)


 回答を導き出す。


(霧間が危ない)


 奥院仙次は目標を定めた。

 恐らくマゼンタに襲われてしまうであろう霧間行人を守る。そしてそのための障害である……妹を倒す。


「かかってこいよ、世鶴」


 不敵な笑みを浮かべて、筋骨隆々の男は歩み寄る。一歩一歩、踏みしめるたびに大地が揺れると錯覚してしまうほどの巨躯、肉体。


「勝てると思ってるの?煉器を持つ私に、煉魔の兄さんが」


「そうだな、半殺しで許してやるつもりだ。今、頭をかなり使っちまったから……もしかしたら加減を間違えるかもしれないから気をつけとけよ」


 奥院仙次は笑っていた。実の妹と戦わなければいけないというのに、口角は上がっていた。その事実が世鶴をさらに奮い立たせる事となる。


(秋土一鳴とは勝負が成立せず、霧間行人とはゲームで戦った。はっきり言って俺の身体が疼いている)


 彼は目の前にいる者を妹というよりは、ただの実力者として見ていた。故に────────躊躇いなく、拳を振り下ろす。


























 ー ー ー ー ー ー ー























「つーか、煉魔全然いなくね?煉獄ってこんなもんだっけ」


 秋土の言う通り、人は避難して煉魔はなぜか出てこないこの町は異様に静かで、夜の暗さも相まって不気味だ。


「いや、絶対におかしい。…………クソ、人々を守るための包囲網なんじゃないのかよ。欠陥はあるしマゼンタって本当にまともな組織なのか」


「欠陥?」


「包囲網には一定の角度から穴が生まれるんだよ。そこからなら中の様子も見れる」


「……それどこ情報?」


「俺が発見した。蓮の様子を見る為に」


「キモ…………」


 深夜の空気は冷たく、吸うたびに喉が刺激される。もうすぐ夏だというのに、その近づきを感じさせない。


 住宅街となると人気の無さによる、寂しさというか、そういう感情はかなり助長される。


「お前、深夜徘徊が趣味って言ってたよな。あれ、何で?」


「んー……こうやってぶらついて、適当に悪霊を除霊してるとさ……あたしにも居場所はあるんだなって、思っちゃうのよね」


「居場所、ね」


 秋土に限って、そういう事は考えないと思っていた。


「意外だな、そんな弱々しい思春期っぽい事を」


「行人クンだって考えたりする事あるだろー?」


「……俺の居場所は、役割は『イケメン』だって分かってるよ」


 こんなに顔が良いんだ。だがそのほかの特徴はパッとしない。顔が良いだけと言ってしまえばそうで、実際にイケメンだから人生がここまで歩めた。友達にも恵まれた。イケメンじゃなければ秋土が仲間にならず、俺は蓮を救えないまま死んでいただろうし。


「でも、行人クンの良さっていうか、『能力』なのかもしれないけど、もう一つ別の物があると思うよ」


「……え?」


 なんだそれ。普通に気になるんだが。


「嘘だろ、霧間行人高校一年生。ついに特殊能力に目覚めたのか?」


「いやまぁ、勘でしかないけどね───────」


 自然と歩調が速くなる。いかんいかん、調子に乗って速く歩いて女性を置いて行くなんてイケメンらしくない。

 俺は少しだけ首の角度を秋土に向ける────────その時。



 ドン、と。音がした。同時に秋土に突き飛ばされた。



 思い浮かんだのは、未来から来た薪ちゃんと初めて対面した時の事。あの時は驚いた。ドアが開いたと思ったらいきなり薪ちゃんが銃を撃ってくるんだ。秋土が気付いてくれなかったら、俺は死んでた。そう、秋土が────────



「…………行人クン」


「……ぁ」


 赤。あまりにも不自然で、そこに在るはずの無い色。そこに在ってはいけない液体。濡れていた。秋土が、濡れて────────


「行人クン、逃げな、きゃ」


 曲がり角。右方向。


 ────────仮面を付けた集団。小さい戦車のような物。銃身。発射されたことを表す煙。血。返り血。俺の手についた、血────────。


「ほら……逃げ…………」


「ぁ…………」



 秋土が、撃たれた。



「ッ!!!!」


 俺は即座に秋土を抱きかかえ、生ぬるい赤い液体を感じながら走る。


(クソ、クソ、クソ、クソ、クソが…………!!)


 なぜ霊体化して物理攻撃を無効化出来る秋土が撃たれた?なぜ人々の味方であるはずのマゼンタが俺達に攻撃を?なぜ、なぜ────────。


 俺は秋土を見捨てて逃げない?


(狂ってる暇はない)


 俺は運動も勉強もそこそこできるイケメンだ。こんな体重の軽い不良女を運んで走るくらい余裕だ。


「おいッ!二葉ちゃん!いないのか!?」


 肝心な時に眼鏡もイヤホンも手元にない。彼女の居場所を確認できない。


「頼む……うおわっ!?」


 突如足元が揺らぐ。バランスを崩し、俺はなんとか抱えている秋土を下敷きにしないように倒れ込む──────が、背中に当たったのはアスファルトのような堅さではなく、空中を飛行する透明な霊だった。


「とりあえず、遠くに……治療できる場所……」


 そんなものはない。既にこの樹愁町からは住民は避難しているし、町の外の病院には行けない。

 包囲網を通れない。


「薪ちゃん……そうだ、薪ちゃんなら未来の技術で何とかなるかもしれない」


 秋土に負けた時はかなり傷だらけだったあの子は、数日後には完全に回復してた。そこになんらかの仕組みがあるはずだ、だから…………!


「……下ろして。ここで」


「…………え?」


「二葉ちゃん、速く」


「お前、何言ってんだよ……!!」


 俺の言葉も空しく、視点はどんどん下へと、地へと近づいていく。

 人気の無い裏路地。やけに肌寒い空間。見えざる手は秋土をゆっくりと、そこに横たわらせた。


「ふざけるな、お前にはまだ働いてもらうんだ。お前が、お前が…………クソ」


「……違う。そうじゃないんだ、行人クン」


「え?」


「ぐ…………うっ、あ…………」


「おいっ!」


 手足が痙攣し、秋土の目から涙が一滴だけ流れた。

 …………そうだ、なんだかんだ言って、こいつはただの17歳。ただ霊能力者なだけの、俺より一年だけ早く生まれた『普通の女の子』だ。それがこんな痛みを耐えて、俺に何かを伝えようとしている。


「前に、言ったよね」


 秋土の表情は時間が経つにつれてどんどん苦しそうに変遷していく。


「秋土家の皆を殺した霊が、今も私の身体を乗っ取ろうとしてるって」


「──────ま、さか」


「うん。今この瞬間も…………意識飛びそうでヤバい。ほら、ここら辺寒いでしょ?あの子の霊気じゃないかな」


 秋土家に住んでいた人間を秋土一鳴以外皆殺しにしたという、少女の霊。……そうか、秋土が傷を負って、弱っている今だからこそ……か。

 爪の先から先まで、一瞬鳥肌が覆う。


「あ、もしかしてただ私が冷たくなってきてるだけ?」


「馬鹿言うな。……何をすればいい?俺に出来る事があるなら……」


「……これを」


「?」


 秋土が取り出したのは──────俺が使っていた短刀。受け取ると同時に秋土の血がべったりと付く。


「これで何をすればいいんだ?まさか、その霊を倒せってのは……無茶ぶりだぞ」


「これであたしを殺して」


「…………」


 もう。本当に、どうしてこんな事になってしまったのだろうかと、心の底から嘆いてしまうような、そんな言葉が聞こえた。聞き間違いには思えないほど、はっきりと。


「……もう乗っ取られてるって事か?だからそんな事を口に出したのか?」


「違うよ。乗っ取られないため。…………あたしが死ぬのが、一番手っ取り早い」


「…………」


「あたしが乗っ取られたらそれこそ終わり。きっと行人クンを殺すだろうしね。ならあたしが今死んだ方が良い。奥院さんだっているし…………」


「…………」


「ほら、は、やく。して」


 鞘を、抜く。

 あり得ないほど手が震えて、自分で自分を傷つけてしまいそうになる。


「無理だ…………分かってるだろ。俺はただ顔が良いだけの凡人で、こんな…………割り切った事なんて」


 頭では理解している。秋土の言う事が正しいと。それでも、それでも────────俺は冷静になれなかった。

 膝から崩れ落ちる。地面についた秋土の血がズボンに染みる。


 数時間前まで、普通に話していた。はずなのに…………あぁ、命は。そうだった。父さんが死んだときも突然にやってきた。

 凡庸な人生の中には、非凡な悲劇で満ち溢れている。


「行人クン」


「…………」


「こんな事を言うのは卑怯かもしれないけど」


「…………」


 青ざめた、苦しみや痛みが隠しきれていないその顔を、秋土は無理矢理笑顔にして見せた。


「行人クンがやらなかったら、あたしは二葉ちゃんに頼まなくちゃいけない」


「…………あ」


 もう数秒早く、耳を塞ぐべきだった。そうすれば、そうすれば……。



「ただでさえ守れなかった妹に……家族殺しまでさせたくはないなぁ、って────────」



 両耳に当てる為に上がった俺の両腕。その言葉を聞いた瞬間に、流れるように進行方向を変えた。


 短刀を握りしめた。



 両手に、熱が伝わった。

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