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33話 『フラグ』……立てるのは結構ですが、回収は自己責任ですよ?

「大分マシになってきたんじゃない?昨日と比べれば!」


「ハァ……疲れたぁ……!」


 金曜の放課後という一番疲れている時間になんで俺は小さい女の子に刃物を向けていたのだろう、と月明りを浴びながら俺はふと冷静になってしまった。

 でも、終始ボコボコにされ続けた昨日と比べれば、今日はかなり『戦い』っぽい事が出来た気がする。修行編2日目にして早速成果が実感出来ている。


「しかし、この短刀も最初は怖かったけど少し愛着が湧いてきたな……」


 手に馴染んできたのだろうか。最初は怖がったけど結局身体的な害は無いし、霧間行人オリジナルの武器……って考えると、なんか嬉しくなる。男の子だもの。


「だからって一緒に寝たりすんなよー」


「流石にしねぇよ……」


「行人クンの生命エネルギーがバカ強いから普通に握ってられるだけで、就寝中は生命エネルギーが弱まるから普通に憑りつかれるぜ」


「嘘だろ……」


「ほら、預かるよ」


 短刀を秋土の手に乗せる。同時に秋土の手が俺の顔に近づき─────視界から霊が消える。見えなくなる。幽体融合が解かれたようだ。


「……じゃ、ご飯にしよっか」


「お前が作るわけでもないのによく言えるな」


 リビングに戻り、俺は買っておいたカップ麺を取り出す。もうクタクタのヘロヘロだからこういったものに頼らざるを得ない。逆に、たまに溢れる『カップ麺を食べたい欲』のためにも、疲れた時くらいは食べてもいいか。食べるべきだ!


「あたしカレー」


「いや俺がカレー。お前はシーフードでも食ってろ」


「は?」


 ソファにふんぞり返ってる奴の事など知らん。俺は黄と青の2つのふたを開け、それぞれにお湯を流し込む。


 テーブルに箸と共に運び、箸を乗せて時計を見る。時刻は6時……53分くらいか。


「行人クンが死んだらどんな霊になるんだろなー」


「なんだ急に」


「生命エネルギーがここまで強いとさ……霊になった瞬間消えたり?そもそも霊になれなかったり?」


 …………消える、か。


「成仏って事なのか?『消える』って。消えたら何処に行くんだ?」


「子供みたいな事聞くね」


「急に気になったんだよ」


「……天国だとか地獄だとか冥府だとか黄泉だとかは、霊能力者はまだ観測できていない」


 遠くを見るような目で秋土は語り始めた。


「あると信じられてはいるけどね。霊達も分からないらしい。だからこそ人間が死を恐れるように霊は成仏したがらない。……ま、大体は霊体を維持できなくて勝手に消えるんだけど」


「…………」


「あたし個人としては、『無い』と思ってる」


「理由は?」


「そうであってほしくないから」


「…………その理由は?」


「死にたくて死んだ人もいるのに、死んだ先があるなんて救われなくない?」


 ……なんとなく納得できるような、今まで聞いたことの無い意見だった。


「ふーん……」


「行人クンの『ふーん』はそこで会話が終わるから辞めといた方が良いと思うよ」


「ふーん」


「……」


 顔をしかめた秋土は立ち上がり、冷蔵庫を開けた。中から取り出したのは……チーズ。カレーにも合うし俺もかけるか。


「もしあたしにさ」


「うん」


「行人クン以外の彼氏ができたらどうする?」


「何の話だよ」


 さっきの話題とは温度が全く異なるもので、若干の間を開けつつ脳内でその質問を咀嚼する。


「いや、でもお前俺の事好きなんだろ」


「それでもできたら……どうするっていうか、どう思う?」


「…………納得はしないな」


 俺の事好きなのに俺以外に彼氏を作るのはなんというか……うん、愛がないだろ。薄情だ。


「なんというか、秋土に俺以外の彼氏がいるっていうのが納得できない。想像しにくいし、したくもない不快感がある」


「…………」


「なんか言えよ」


「い、いや……行人クン凄い事言ってるよ。気づいてない?」


「ん?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、俺から目線を逸らしながら秋土はまたソファに座る。


「そんなん……付き合ってくれって言ってるようなもんじゃん……」


「…………あれ?」


 そうかもしれない。ん?いやそうじゃないんだけど…………。まずい、これじゃ俺が秋土を好きみたいじゃないか、馬鹿馬鹿しい。


「そういうわけじゃない…………。はず」


「……そ、そっすか…………」


 ───────こいつと気まずい空気になるのってこんなに辛かったのか。重すぎる。


「……食うか」


「早くね?」


「いや、これくらいが美味いんだよ…………」


 不味すぎる空気を誤魔化すために、俺は噛んだことも無い硬さの麺を口に運んだ。






















 ー ー ー ー ー ー ー






















「…………さて」


 樹愁高校の屋上に、光る緑色の球体。中から出てきた彼女は、この町を見下ろしながら時計を覗く。


「マゼンタの秘匿作戦、『人型煉魔殲滅作戦』開始の0時まであと数分」


 渦巻く葛藤の中、金網に体重を乗せる。


「…………これで良かった、はず」


 霧間行人にも。秋土一鳴にも。朝空蓮にも─────伝えず。語らず。


「ある程度の運命には従わなければならない。変えにくい運命を変える時にはまだ早い。ターニングポイントはまだ待たなければいけない」


 そう、言い聞かせる。救える命すら、それより多くの命のために捨てる。それが彼女に課せられた使命であり、彼女の信じる正義。


「……これで良かったんだよね、お兄ちゃん──────」



























「皆、準備はいいかい?」


 深夜。黒に包まれた町の中、彼らは仮面を装着する。


「各班、最終確認だ。それぞれの役割を果たすように」


 自分の煉器である刀を帯刀し、夜公律はマゼンタ隊員たちの顔を見渡す。


「先輩っ」


「……ん?……えっ」


 少し疲弊した顔つきを仮面で隠す蓮の手を、火良多は弱々しく、しかし優しく握った。


「……頑張りましょ」


「お、おう……」


 蓮のささくれた心が解けていくような、感覚。率直に言えば今回は『同族を殺す』作戦。カイと何度も戦闘訓練を繰り返してはいたが…………彼にとっては普通の煉魔を殺すのとはわけが違う。

 それでも──────守りたいものがあると、再認識した。


(俺は『人』だ。人の仲間だ。人と共に歩んでいく──────)



(……煉獄まであと少し)


 拳を握りしめる。涼花は焦りの混じった周囲の隊員たちの話し声の中、統一した精神をより研ぎ澄ませる。

 思い浮かべるのは一体の敵だけ。それまでの道に立ちふさがる敵も、ねじ伏せる。その覚悟を宿す。


「……律」


「なんだい?」


 夜公の裾を引っ張った世鶴が、顔を近づけて小さく呟く。


「無茶はしないで」


「……分かってるよ」


 呆れたように微笑み、夜公は時計を睨む。数秒経ち──────小さく、しかし隊員達の耳に届く声を出した。


「行くよ。作戦開始まで…………3、2、1────────」





 そして包囲網が降りる。


 最初に気付いたのは、空を歩行する金髪の男。


「んゥ?これはァ───────」


 普段の包囲網とは異なり、水色の障壁。近くまで瞬間移動し、触れる。


「ッ!」


 まるで存在から強く否定されているかのような、拒絶。


「ま、俺には『躍動する幻影(ファントムストライド)』があるんだけどなァ~……!」


 満面の笑みを浮かべながら、彼はその能力を行使する────────が。


「ッ!!??ぐッ……!!」


 全身に焼けるような感覚が襲い掛かる。全ての毛穴に針を突き刺され、溶岩に落とされるほどの痛み。


「……俺の『躍動する幻影(ファントムストライド)』はあくまで『移動』……俺の身体を別の物体に変換し、あらゆるものをすり抜けて思い浮かべた場所に移動する。それを瞬時に行う」


 つまり、『すり抜ける』工程で拒絶が行われている。


「こいつァ思ったより面白い展開かもなァ~!?」


 自分の能力が真っ向から否定される状況。殻町優ですらこのような芸当はしてこなかった。今まで体験した事の無い危機───────嬉々として、それを迎え入れた。


「さァ~て。何が起こってくれるのかねェ!」























 ー ー ー ー ー ー ー
























「────るっせ!!」


 目をパッチリと開けた俺は、鳴り響く轟音に怒りの叫びをあげながらベッドから飛び起きた。


「まだ真夜中だろ?秋土の仕業か?なんだよマジで金曜の夜くらいぐっすり寝させろって」


 その『うるさい音』は、段々と輪郭がはっきりとしていく。寝起きの耳に届いたのは─────言葉。


『緊急煉獄速報』

『樹愁町を中心に小規模の煉獄が確認されました』

『速やかに包囲網の外へ避難してください』


「なっ……」


 音の主はスマホだった。……流石に耳を疑った。話が違う。煉獄は少なくとも1、2か月後みたいな話だっただろ。確かにもう避難してる人はちらほらいる。だが……クソ。


「とりあえず……家を出るか」


 簡単な上着を羽織り、俺は階段を下っていく。

 リビングの先には、既に起きていた秋土が。


「ほら、急ご」


「あぁ」


 起きてから1分もしない内に…………瞬く間に俺達はこの家を出た。


 外は予想通り少し肌寒いくらい。そして……いつもとは規模も色も違う包囲網が、四方を覆っていた。


「包囲網の中にいるのってこんな感じなんだ。あんま変わんないね」


「それにしてもデカいな……」


 町全体を覆っているのではないかと思うほどの大きさ。水色と相まって新鮮味にあふれている。だからこそ、危機感も煽られる。


「ま、煉魔が来ても大丈夫。霊能力者なんでね!」


 家から出て走っていくうちに、意外と包囲網の果ては早く訪れた。人が充満していて、壁を登って通路では無い所から脱出を試みるとにかく包囲網から出たい人たちも多い。


「あたしたちは最後の方にしよっか。襲われても撃退できるし」


「……確かに。分かった」


 変に気の利いたところもあるんだな、と感心しつつ、俺は必死に包囲網から出ようとする人々を見つめる。


「押すな!」


「子供がいるの!」


「押さないでください!並んでください!」


 マゼンタ隊員はまだ来ていない事から、この通路はまだ人が少ないのだろう。整理するべき場所はまだほかにあるという事だ。


「……大分片付いてきたんじゃない?」


「だな」


 見かけた事のある近所の人々達が次々と水色の壁を通り抜けていく。それに連なり、俺達は並んだ。


「前の煉獄の時に通り抜けた事あるんだけど、なぜか緊張するんだよな」


「えー、それ分かんないなぁ」


 別に体に害があるものではないんだろうが、なぜか不安な気持ちになってしまう。


 するすると人々はそこに吸い込まれていく。きっと幼い俺は前にいる人たちがどんどん消えていく光景が恐ろしかったのだろう。……父さんが煉魔に襲われた瞬間を見たから、それも相まって。


 俺も同様に、それを通り抜け────────


「いって!」


「え、ちょ、止まんないでよ」


「え、あ……え?」


 もう一度、包囲網に歩み寄る。今度は慎重に、ゆっくりと────────。


「……通れない」


 いくら頭を押し付けても、いくら歩みを進めても、その先には行けない。


「は?いや、こんな緊急時にそういうのいらないって」


 苦笑いしながら俺を通り越した秋土は───────俺と同じように、壁に阻まれる。


「…………は?」


 周囲の人々は俺達を訝しむようにこの包囲網の中から去っていく。


 俺達だけが、取り残されていく。


「どういう事だよ、包囲網から出られないって事は──────」


 迫りくる煉魔達と同じ閉鎖空間にいなければならないという事だ。


「とりあえずマゼンタの人に何とかしてもらおう。それで…………」


「まぁ、そうするしかないかー」


 秋土の複雑そうな表情も分かる。

『包囲網から出られない』という特徴は────────『煉魔』そのものだからだ。


 眠気が完全に消えた深い夜の中、俺達はアスファルトを蹴った。

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