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28話 私としては、未来には『無限の可能性』……があると思います

 俺の頼みを「任せろ!」の一言ですぐに了承してくれた句川と別れ、帰路につく。秋土からのメッセージはすでに見た。蓮はもうバイトに行っているし、今度こそ俺は1人で下校する羽目になる。

 それを好機と見たのか、複数人の女子達が近づき、俺と並んで歩く。


「結局どうなったの!?句川とは!」


「あー……なんか、良い感じに仲直りした」


「あの女の人は!?」


「あぁ、うん。じゃあ」


「え、ちょっと待ってよー!」


 と言いつつ、彼女達が俺を追う事は無かった。

 流石に高校生ともなると物わかりが良い。こういうそっけない、面白くない反応をすればすぐに離れてくれる。……こういう追い払い方じゃなくて、もっと素直に言ってもいい年頃だろうか。


「……」


 しかし、全く一人で下校というのは空しい。孤独でしかない。一人でしか見えない景色やら何やらがあるのは分かっているが……どうにも話し相手がいないと。


「はぁ……」


「霧間行人ともあろうものが、一人で下校ですか」


「あぁ?誰だってそういう時はあるだろ───────」


 振り向いた。


「…………え」


 一呼吸を置いて、すぐに走る。


「ッ!」


 ───────あまりにも急な来訪。それでも俺のこの対応の速さは褒めていただきたい。


「っ、待ってください!!」


「……」


 とは言っても、こんな事を言われてしまえばすぐに足を止めてしまうのが……駄目な所か?


 ──────友達の妹が、こんな辛そうな顔してるのに止まらないのはそれはそれでどうかと思うが。


「どうしたの、薪ちゃん」


「…………」


「酷い顔だ。疲れてるだろ」


「……はい」


「……何の用?」


 距離を取ったまま、俺は語り掛ける。


「まず、これを」


 そう言った薪ちゃんは──────俺の足元に、何かを投げつけた。思わず後退するが……それはやや大きめの眼鏡のような……形をしたものだった。


「霊視眼鏡です」


「……れいし?」


「付けてみてください」


「……分かった」


 言われるがままに、地面のそれを手に取る。顔に触れさせると同時に怪しげの色のレンズが景色を覆う。

 若干水色がかった視界。それを覗いた先には────────。


 薪ちゃんの首に短いカッターのようなものを当てる、少女が。


「……!?」


 柔らかい笑みを浮かべる少女の顔に、激しい既視感──────デジャヴ。


「見ての通り、私は今にも殺されそうな状況。霊視コンタクトを付けてきたので私も見えています。……それでも、あなたと話がしたい」


「…………何が目的?」


「…………協力関係を。結びたいのです」


 その時の彼女の表情を的確に言い表す言葉がある。


『滅茶苦茶悔しそう』、だ。
















「…………」


 スーツを着た薪ちゃんと、その首を掻き切らんとばかりの笑顔の少女。


「……もしかしなくても、二葉ちゃんだよな?」


 少女は嬉しげに、コクコクと頷く。…………だとしたらおかしくなるのが、彼女が高校の制服を着ている事だ。年齢的に小学校、中学校あたりだと思っていたのだが……一歳差だったのか?いや、もっと離れていた気がする。


 二葉ちゃんに気を取られていて気が付かなかったが、この眼鏡は文字通り霊が見えるようになる物のようだ。…………少し年数がたつだけで、未来にはこんなものが開発されているのか。


「その眼鏡はあなたが持っておいてください。損はしないでしょう」


「ありがたい、けど……俺に渡しちゃっていいのか?敵、だろ?」


「…………私があなたを殺そうとしていたのは、未来であなたが朝空蓮を守れなかったから」


 蓮……つまり、主人公が死んでしまえば世界は終わる。終わりに向かう。話を聞く限り未来の俺は主人公争奪戦を無効にする事に成功し──────しかし、蓮を殺されてしまった。


「しかし、気付いたんです。……今ここであなたを殺す方が朝空蓮の危険性が高まる」


「……って事は、現時点で蓮を殺そうと……世界を終わらせようとしてる奴がいるって事か?」


 だとしたら、こんな所を歩いている暇はない。奥院さんと戦っている暇もない。


「そうとは限りません。が──────この世界は私の知っている歴史とは異なる道を歩んでいます」


「異なる道?」


「はい」


 刃物を突き付けられているというのに、薪ちゃんは冷淡に、表情や声色を変えることなく喋る。


「もう、何が起きるか分からないのです。前回の参加者は全員が明確な願いを持っていたことから、今回の参加者も安易に世界を終わらせる決断に至るとは思えませんが、万が一はあります。出来ればあなたには、参加者達を刺激せずに『殺す』か『改心させる』……どちらかをしていただきたい」


「そんな事言われても……俺はただの『イケメン』だぞ?普通に戦うだけでも難しいってのに」


 殺す。改心させる。前者は倫理的観点から俺は決断しにくいし、後者は普通に無理難題過ぎて乾いた笑いが出る。


「…………いえ、出来ます。改心という形に限らず、あなたには人を動かす力がある」


「何を根拠に言ってるんだよ」


「未来のデータです」


「……そう」


「実際、あなたを殺そうとしていた私は今、こうしてあなたに協力を求めている」


「それは……俺が改心させたってのとは違うだろ」


「それでも構いません。あればいいのは結果だけです」


 俺の腰あたりまでしか身長がなかった女の子が、言うようになったもんだ。


「過程を軽視してたら、足元掬われるぞ。……つっても、実年齢的には薪ちゃんの方が年上なんだよな」


 スーツを着た、俺と同じくらいの身長の女性に説教垂れるのはかなりの違和感がある。


「いえ…………未来を救うという成し遂げたい『結果』のための霧間行人を殺すという『過程』。それを拒んだ結果がこの中途半端な私ですので」


「!」


 ──────その言葉を聞いて、心にわだかまりとして刺さっていた棘が抜けたような嬉しさがこみ上げる。

 本当は薪ちゃんは俺の事を殺したくはなかった。その事実を薪ちゃんの口から聞けた。


「分かっていたんです。時間が経過するほど私はあなたを殺したくなくなる。秋土一鳴によって防がれたあの一撃。あれが当たらなかった時点で……もう私はあなたを殺せないでしょう。一生」


 ……どこか、違和感が残る言い方。まるでそれが確定したことのように、数式の答えのように、不変の事実かのように薪ちゃんは言う。


「自分はそういうやつだって薪ちゃんは分かってるって事か?」


「そういうやつです。私というよりはあなたが」


「え。俺の事好きって事?」


「ち、ちが……!急に何ですか、全く」


 慌てたような、焦ったような、困っているようなその顔はまるで幼い頃の薪ちゃんそのものだった。今まで疑っていた訳じゃないけど、改めて思う。この人は慈門薪だ。

 遠也に意地悪されている時のあの頃の薪ちゃんが、鮮明にフラッシュバックする。


「いや……あながち間違っていないのかもしれません」


「え?」


「はい。そうとも言えますね」


「え、え、えぇ……?」


 唐突に真顔に戻り、恥という感情を全て捨て去ってしまったかのような態度の薪ちゃんに俺は困惑せざるを得なかった。


「あぁその。というか、あなたの事を好きにならなかった女性の方が少ないでしょう」


「まぁそれはそうだな。イケメンだし」


 今まで会ってきた女性達のそのほとんどが俺の事をカッコいいと思っただろう。好きかどうかまでは知らないが。


「もし女の参加者がいたりしたら、言う事を聞くようになってくれないか試してみるよ」


「頑張ってください。ところで、私の首元で秋土二葉が暴れているようなのですが」


「え?」


 見てみると、首筋に突き付けていたカッターをブンブンと振り回しながら、二葉ちゃんは口を開いていた。開いて、閉じて、開いて……すぐに、何かを伝えようとしているのが分かった。


「待ってください。今霊聴イヤホンを付けています……どうぞ」


「どうせならそれもくれよ」


 秋土と似ているが、落ち着いていていながら無邪気な微笑み。「はい、はい」と相槌を打ちながら、薪ちゃんは数回頷いた後に俺の方を向く。


「『そろそろお姉ちゃんが様子を見に来るかもしれない』だそうです。また次の機会に」


「あー……確かにあいつに見られると面倒だな」


 説明すれば分かってくれるだろうが、いきなり攻撃を仕掛けてきたりしたら普通に薪ちゃんが死んでしまいそうで怖い。


「それと、今日私があなたに接触し、協力関係を築いた事を秋土二葉は秘密にしてくれるそうです。なのでくれぐれも、あなたがバラしてしまわないようにしてくださいね」


「……え?あ、あぁ。分かった」


「それではまた」


 そう言った薪ちゃんは俺から数歩離れ──────彼女の周りを緑色の球体で覆った。

 俺達と戦った時に使った、バリアのような、テレポート装置のようなものだ。


「霊聴イヤホンは、新しく参加者を仲間に引き入れたら渡しましょう。報酬です」


「お!ならすぐに貰う事になるな。ちょうど『脳筋』が協力してくれそうってところなんだ」


 顔を少しだけ振り向かせ、微笑んだ彼女は……まさしく、『大人の女性』らしい妖艶さを持っていた。この人は慈門薪だ。あの頃の薪ちゃんが成長した姿だ。だが、彼女は俺の知らないところで俺の知らない人生を、俺より長い時間を歩んできた。

 薪ちゃんの言ってる事は分からない事が多いし、薪ちゃんの思いも俺はきっと理解しきれない。それでも───────少しずつでいいから、俺の方から歩み寄る事が大事だ。彼女の兄の友達である俺こそが、やるべきことだ。


 そうして、薪ちゃんは姿を消した。






 ────────寂しくなった水色の視界に、少女が映る。冷たいのに向日葵のようで、柔らかいのに狂気的なその笑顔。


「さて、さっさと帰って秋土と作戦会議しなきゃな!」


 動揺を、疑りを、隠すために声を張る。『君は、なぜ君の姉に秘密を作るんだ?』とは聞けなかった。聞いてはいけないような……根拠の無い予感がした。

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