26話 でも『ヤンキー』……って時代遅れですよ
明朝。固く閉ざされていた眼が開かれる。
慈門薪はこの時代には存在しない、先端技術を結集させて作られた医療ポッドを開け、醜い現実世界へと飛び出す。
(せめて、お兄ちゃんと過ごしていた時の夢でも見ていたかった)
そうすれば、決心が付いた。
(行人君を殺すべきか、否か。未だに迷っている)
窓を覗く。……外に出れば肌寒く、しかし新鮮で透き通った空気が吸えるのだろうと景色だけで分かった。
(そもそも、『私の知っている歴史とは違う歴史』を歩んでいる時点で、未来人である私の利点が一つ失われている。今誇れるアドバンテージは未来の兵器だけ。その状態で秋土一鳴と戦うのは無謀でしかない)
参加者から戦いの流れまで、彼女の未来の記録とは異なっていた。この世界は彼女が過ごした時とは異なり───────希望が存在した。
(あーあ……殺すって決めたはずなのに。時間が経つにつれて、悪い人には感じられなくなってしまう)
彼女は頬杖をつき、ポッドを眺める。自分が入っていたそれではない。この時代の家族と──────
慈門遠也の死体が入っている、棺桶と化したものを。
(お兄ちゃんがあの時死ななかった世界は滅んだ。でも──────この世界なら、確かな希望がある。それも僅かじゃない、大きな)
ガラスに触れる。指に伝わる冷たさが、死体である事実を告げているようだった。
(世界を救うために、私は歴史の『転換点』であるお兄ちゃんを殺した。……償いの一つとして……お兄ちゃんの友達を生かすくらいなら────許される?)
中途半端な自分に嫌気がさしていた。が──────ここで霧間行人を殺せば、もっと自分が嫌いになる気がした。
(お兄ちゃん、よく言ってたよね)
『行人はやめとけよ。あいつはみんなが思ってるほど良いやつじゃねえし……強くもねえ。ただ顔が良くて好かれやすいだけの普通の男だから。どうせなら蓮にしとけ!』
思考はどんどん楽な方へと進んでいく。残酷な判断を下した自分を裏切るかのように、殺さないという選択を助長させる。
「……考えても仕方ない。一番良いのは……この目で見て判断する事」
扉を開け、迷いを包み抱えた彼女を朝の静けさが迎えた。
『準備時間が欲しい。……二日後、水曜日に戦いませんか』
そう言うと、奥院仙次は快く了承してくれた。その日は奥院さんの住所だけ教えてもらって、解散。
……彼に勝つ方法を考えなくてはならない。奥院仙次の信頼を勝ち取る。不測の事態が起きてしまった時の武器を、手に入れる為に。
「おはよう、句川」
駆けこんだ勢いで椅子に座る。
…………結局、昨日は考えているだけで一日が終わってしまった。二日とは言わずに、三日とか四日とか言えばよかったかもしれない。明日だぞ?明日、あのごっつい筋肉熊と相対しなければならない……。
「霧間」
「ん?」
後ろを向いて、右ひじを俺の机につきながら句川が話しかけてくる。
いつもの調子とは異なる、真剣な表情で。
「放課後、少しで良い。時間あるか」
「え、まぁ……少しなら」
「屋上に来てくれ、一人でな」
「…………?」
何かしてしまったのではないか、という不安。俺の心臓をキュッと掴むようにそれが現れた。でも、昨日は授業が終わって句川と別れた後、こいつには会っていない。
(……なんだ?何……いや、本当に何?)
少しなら良いとは言ったが、仮にこれが喧嘩の類で俺が句川にボコボコに殴られてしまうのだとしたらそれは何としても避けなければいけない。
ただでさえ逆境だというのに、最悪のコンディションで奥院さんと戦わなければいけなくなってしまう。
「行くぞ、霧間」
いつも俺を取り巻いている女子達が口出しできないほど、句川は『近寄るな』というオーラを放っている。今日は秋土の事を散々聞かれると思っていたけど、ピリついた空気がそれを阻止している。
「……その前に、何の要件かだけは聞いていいよな?」
気まずいし話しかけにくいしでずるずる放課後まで時間が経ってしまい、肝心な理由を聞いていなかったが、そもそもの理由が誤解だったのならそれは解かなければいけない。
「身に覚えがないんだ。全く」
「……お前が昨日、連れていた女の人、いるよな」
「!」
句川は俺を真っ直ぐと睨み、ビシッと人差し指を俺に向ける。
「一鳴を賭けて、俺と勝負しろ!」
「は!?」
歓声が教室中から上がる。「キャー!」という女子の喜びなのか悲鳴なのかよく分からないモノと「ウオー!」という男子の熱い展開をさらに無理矢理盛り上げようとする声が混ざっている。
「俺が勝ったら一鳴からは手を引け。いいな?」
「お前……あいつを知ってたのか?」
思いがけない関係性が、ここにもあった。……確かに秋土の見た目は良い。だから不自然ではないが……まさか、本当に誤解だったとは。
「とにかく、行くぞ。屋上」
「待て句川。俺とあいつはそういう関係じゃない……親同士の繋がりがあるだけだ」
「それでもだ!」
……揺るぎない目をしていた。多分、何を言っても曲げないだろう。聞かないだろう。
──句川とは友達でいたい。ここは一つ、大人しく殴られて……冷静になってから誤解を解こう。
「一鳴も、誰も屋上に呼ぶなよ。いいな?」
「あ、あぁ」
やけに一対一の状態を作りたがる。……そんなにタイマン意識が強いか。それとも一体多で挑む卑怯者だと思われてるのか?
───────だが、句川がそう言うのなら俺はその気持ちを守りたい。
スマホを起動し、メッセージアプリを開く。
『今から友達と喧嘩するから、見張ってるなら屋上には来ないでくれ』
そう、秋土に送信する。
既読は一瞬でついた。
『今の状況も聞いてたから分かるよ』
『モテ女ですまん笑笑。校門で待ってるけど二葉ちゃんは置いといていいよね』
────クソ、調子に乗りやがって。聞いて欲しくない時こそ見張ってやがる。そしてつくづく妹の扱いが悪い。
……句川はなんでこいつのために真剣になってるのか。後で普通に聞いてみたい。
「……誰も連れてきてないな?」
「あぁ」
二葉ちゃんこそいるが、万が一の時以外は干渉してこないだろうし、実質2人きりと言ってもいいだろう。霊が見えない俺達からすればこの屋上はどう見ても俺たち以外に人はいないと言うのに、句川は何故か警戒し続けている。
「一鳴もだ。……ついてきてないよな?」
「見れば分かるだろ。俺達しかいない」
「……じゃあ、単刀直入に言うぜ、霧間」
───句川の雰囲気が変わった。鋭い目つきはそのままだが……異様に、何かに怯えているような、そんな……弱々しさを感じる。
「─────秋土一鳴からは手を引いた方がいい」
「……さっきも聞いたよそれは」
「そうじゃない……」
「?」
句川が近づく。若干身構えるが────句川の両手は拳を形作る事無く、俺の肩を掴んでいた。強く、とても強く。
「あいつは……あの女はヤバイんだ。人間じゃない……!」
「……え?」
「何ヶ月か前に隣町の高校生、馬鹿な集団が来たことがある。俺らの町に入ったからにはボコボコにしてやろうと思ってた。でも……そこにあったのはただの蹂躙だ。一方的な虐めだ。話を聞く限りはあいつを、秋土一鳴を集団で犯そうとして……全員返り討ちにされたらしい。見えない攻撃に何人も……十何人もだ!」
「─────句川、お前は……!」
こいつは、知っている。
『秋土一鳴』を知っている……!
「霧間、お前を守るためだ。あの女は危ない……洒落にならないヤバさなんだ。神出鬼没で、急に現れるし急に消えるから、いつどこで俺達を見ているか、聞いているか分からない。その……なんて言うか……」
「……」
最初から、これを伝えるためだったんだ。そのために……秋土に悟られず俺に伝えるために、演技をした。
「まるで─────あいつを守っている、デケー守護霊でもいるみたいな……信じるわけないだろうけどさ、本当なんだよ。あいつはそういう力を使う……!」
「いや、信じるよ」
句川の腕を、出来るだけ優しく掴む。
「……本当か?信じてくれるのか?」
「あぁ。……というか、俺も知ってるよ。あいつがそういう力を使えるのを」
若干涙ぐんでいる句川の手を肩から離し……俺は句川と両目を合わせた。
「でも、あいつから離れろってのは無理だ」
「っ、どうしてだ!あいつの力が分かるなら、危険だってことくらい─────」
「それでも……俺は秋土の力が必要なんだ。あいつじゃないと……成し遂げられないことがある……!」
句川の思いは伝わった。でも……俺は秋土に狩られる人間じゃない。秋土を使って狩る人間だ……!
「霧間……」
「安心しろ。なんてったって俺はイケメンだからな。秋土の事くらい既に落としてる……自分に惚れてる女ほど扱いやすいものは無い。そうだろ?」
「……ははっ。本当に『俺はイケメンだからな』なんて言うんだな。お前が言うと少しもムカつかないわ」
句川は垂れそうになった涙を拭い、俺に背を向けた。金網の方へ向かう句川について行き、共に樹愁町の景色を眺める。
─────屋上に来たことはあまり無いが、高所から見る街並みというのは無条件で綺麗に見える。
「霧間と仲良いさ、メガネのやついるじゃん」
「あぁ、蓮か?」
「そうそう。朝空くん」
句川の口から蓮の名前が出るとは思っていなかったから、驚いて金網に指が入り込む。安全なものとはいえ、体重がかかってしまうと壊れてしまうんじゃ無いかと心配してしまう。高いところは得意じゃない。
「俺さ、頼まれてたんだよね。霧間と朝空くんを守れって」
「…え?」
句川の目線は、街並みには向いていなかった。遠い空の、どこかを見つめるような瞳。
「遠也くんに。頼まれてたんだよ」
「な──────」
遠也は言いそうだな、と真っ先に思った。そして遅れて句川と遠也に繋がりがあった事への驚きが来るが───考えてみれば、当たり前のことかもしれない。
「知ってたか?遠也くんってここら辺でヤンチャしてた馬鹿どもの間では結構有名人でさぁ。俺達のリーダー的存在だったんだけど」
「……あぁ。よく、言ってたよ」
『おい、聞けよお前ら!昨日1コ上と2コ上2人相手に俺一人で勝ったんだぜ!?』
『慈門遠也と親友だ』なんて蓮が遠也を知る人に言えば、俺と友達な事以上に信じてもらえないだろう。あいつの言葉をどこまで信じるかによるが、遠也こそが樹愁町の王者であり夜の住人なら遠也を知らない者はいないらしい。誇張だろ流石に。ただ、実際のところ遠也と歩いていると強面の学生生達から頭を下げられてたり、墨入れてるおっさん達が挨拶してきたりという事が多い。
そんな男とつるんでいたら、イケメンに対する僻みを持つ奴もその友達を馬鹿にする奴も中々近寄れない。
格闘ゲームは俺と蓮より弱いくせに、よく喧嘩自慢していた。
体育に授業は真面目にやらないくせに、よく傷を作ってきていた。
陰キャだのヲタクだの言うくせに、よく蓮を守っていた。
顔は良いけど性格は悪いとか言っていたくせに、よく俺と笑ってくれていた。
「俺がこの高校行くつもりだっていうとさ、珍しく頭下げてきて。『俺じゃ頭悪くて行けないから、お前が代わりに守ってやってくれ』って」
「……」
「……死んじまったら、勉強も喧嘩も何も無いってのに……」
「……本当だよ」
馬鹿なやつだ。全く。残した妹をグレさせたのなんかはめちゃくちゃでかい罪だ。殺されかけたぞ。
「だからさ、霧間。あの女に比べたら弱っちいかもしれないけど、なんでも頼ってくれよ!喧嘩なら特にさ」
「はは、あいにく俺は喧嘩なんてした事もないし、するつもりも─────」
ない。そう言うつもりだった。普通に人生を歩めば遠也や句川が言うような『喧嘩』は経験しないだろう。しかし……俺はまさに、その予定が初めて生まれていたのだ。
「……いや。なら────早速頼みたいことがある」




