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24話 既に貴方の『性癖』……は見抜かれていると思いますが

「漢なら、拳で勝負しよう。人気の無い、一対一に適した良い場所を知ってる。まずはそこで──────うぐっ!?」


 秋土の両手が、男の太い腕に絡みつき…………ギリギリと音を立てる。


「…………」


 ……無言で首絞めてるよ、この人。


「くっ、離れ─────っ!?なんだ、腕が消えた……っ!?」


 霊体化させたのだろう、腕を。男は藻掻きながら首を掻きむしる。しかし、その両手が秋土の腕を捕らえる事はない。霊体なのだから、触れられる訳が無い。


(────────本当にただの筋肉ダルマなら、これでもう勝ちじゃないか?)


 ヌルゲーすぎる。『脳筋』というのはあまりにも秋土と相性が悪い。例えば『宇宙人』である榊渉は驚異的な学習速度を持っているようだった。彼の事はよく知らないから一概には言えないが、その点で秋土に対する対抗ができる……と思う。本屋の店員も霊が見えていたようだし、意外と秋土が余裕で勝てる参加者というのは少ないのかもしれない。

 ……だが、脳筋なら。その言葉が表す意味そのままの能力であれば、勝負は決まった。霊に干渉できないと秋土に勝つ事なんて到底無理だろう。


 ……待てよ、なんで秋土はこの戦法を俺と出会った時にやらなかったんだ?これなら他の霊に頼らずに、一方的に俺を殺せるはず……。


「降参しろ。降参」


「ぐっ……!」


「不意打ちだとかほざくなよ。自分が争奪戦の参加者だと主張するという事は、どうぞ殺してくださいと言っているのと同じ。戦いは本を受け取った時にスタートして、今も尚続いてるんだ」


 男は膝を地面に付き、震えながら首を抑える。


「行人クン……そこのイケメンクンは、あんたがあたし達に従うのなら、殺さないでやってもいいって言ってる。あたしは今すぐこの首をねじ切ってやりたいんだけどね。アンタの考え方は母さんみたいでムカつく」


「……!」


 男の顔が上がり、俺の方へ視線が向けられた。鋭く、人というよりは獣に近いその目つきに唾を飲み、俺は言った。


「本当に協力してくれるのなら、だ。あなたは主人公になることは出来なくなるけど、俺もなることはない。…………どうだ?」


「……ははは!」


 低い笑い声の後、男は小さく頷いた。
















「世界は広い!広すぎるなあ!」


 鬼の仮面を外した奥院仙次は、その筋肉に相応するワイルドな、猛獣やら猛禽類やらを彷彿とさせる顔つきだった。


「コーラいただきまーす。ありがとねおっさん」


「気にするな!お前は俺に勝ったのだからな!!」


 こういう自販機の飲み物をおごってもらえる時、モ●エナを選ばないくらいの常識は持ち合わせてるんだな、秋土も。

 レモンティーを口に流し込みながらふとそう思った。


 奥院仙次は秋土の腕から解放された後、こんなテンションで俺達に友好的な態度を取っている。道行く人々に参加者かどうかを聞くほどの馬鹿さから考えるに、到底演技とは考えられない。


「全く、参ったとしか言いようがないっ!なあ、あれはどういう技を使ったんだ?腕が消えていたぞ」


「あーはい。あたし半分幽霊みたいになれるんすよね」


「何!?それは……凄すぎる!」


 反応がこれでもかというほど真っ直ぐな人だ。


「……落ち着いたところで、大事な事を話したいです。まず、奥院さんの事を教えてほしい」


「おう!分かった」


 厚い胸板をドンと叩き、奥院仙次は語りだす。


「俺の名前は奥院仙次。年齢は20!生まれてから筋肉と対話し続けた男だ!趣味は喧嘩!殴り合いはよくしたぞ。えーと、後……妹がいる!」


「あはは、あたしもー」


 簡潔かつ分かりやすい、余計の情報の無い自己紹介。


「……本を、見せてほしい。争奪戦に参加した時に貰ったやつ」


「ああ!」


 ピッチピッチのシャツの内側から、焦げ茶色の本が取り出される。そこにあったんか。


「『脳筋』……本当に脳筋って書いてある」


「流石の俺も、初めて見た時は笑ってしまったな!」


「あぁ、そうっすよね……」


 その豪快な笑い声が、どこか悲痛だった。気持ちが分かってしまう。題名にイケメンとだけ書かれていた時のショックがフラッシュバックする。


「あたしは秋土一鳴。年齢は16歳!若いっしょ。趣味は……深夜徘徊?かな。カワイイ妹ちゃんがいるよ」


 虚空を撫でる秋土に、奥院仙次は不思議そうな顔をしていた。


「題名は『霊能力者』。よろしくね」


 秋土から目線が送られてくる。


「霧間行人です。15歳です。趣味はゲームです」


「クラスに2人はいる陰キャの虚無自己紹介じゃん」


 ツッコミを無視し、俺は鞄から本を取り出す。


「題名は……『イケメン』。よろしくお願いします」


「イケメ……ん……?」


 ──────静寂がその場を包む。え、あんただって『脳筋』じゃん。同類じゃないの?


「ふ、ふはっはっはははは!いや、すまない!思わず大爆笑してしまった!」


「いえ、普通笑いますよね……」


「これに比べれば俺の『脳筋』も大分やっていけそうだ!」


 口を大きく開けるその笑い方は、こっちも釣られてしまいそうなものだった。


「……じゃあ、今度はあなたの『目的』を教えてほしい。なぜこの戦いに参加したのかを」


 この質問に対する回答によって、信用に値するかが変わる。何を叶える為に、人を殺そうと決めたのか。何のためにその力を振るおうとしたのか。


「強い奴と戦いたいからだ!!」


「……なるほど?」


 すぐに帰ってきた短い回答に、思わず中身の無い返事をしてしまう。


「主人公になる……つまり目の前に数々の強敵が立ちはだかるという事だ!この世界の中心になれば、俺はもっと多くの戦いを味わえる────────」


「…………戦闘狂、ってやつか」


 ただの筋肉男かと思っていた。それならまだ『現実的』だ。

 ……まるで物語だ。戦いを好み、戦いをするために戦う戦闘狂。一作品に一人はいるんじゃないか。


「いや、あたしに勝ってからそれ言えよ」


「え」


 驚くほどストレートに、めちゃくちゃに強いカウンターが秋土から決まった。


「た、た、た……確かに」


「じゃあ、あんたも()()()()()()()()()主人公になる意味がなくなったってわけだ。それならあたし達に協力してくれよ。無駄な殺生はしたくないだろ?」


 その言葉を聞いた奥院さんは、目をまん丸くポカンとしたような表情になった。


「無駄な殺生……?この戦いに加わった者は、人を殺すと覚悟した者だろう?それなら殺されても文句はないはずだ」


 ……正論に聞こえたが、それはこの社会において、倫理観という下地がある世界においては野蛮とされる、秩序を踏みにじる理論だ。


「さっきの俺も、殺される覚悟はしていたぞ。強者に挑み、死ぬのなら本望だ。だが……生かしてくれるというのなら生きたい。生きれるのなら。俺に生きる価値はないかもしれないが、俺自身はそう思うんだ」


 言われてみれば、自分のために人を殺そうというこの戦いに参加した者は、ほとんどがその思考なのかもしれない。

 …………だが、何事にも例外はいる。


「俺は殺されるつもりはもちろん、殺すつもりもないです」


「……どういう事だ?」


 心底疑問だという表情。

 …………やはり、クソ本。蓮を助ける手段があるという説明は俺以外にしてないな?まぁ、それを聞いて蓮を救おうとする参加者がいるとは思えないが。


「一人、死ぬ覚悟なんてしていないのに巻き込まれた奴がいる。俺はそいつを助けたい」






























 ー ー ー ー ー ー ー
























「前哨作戦?」


「らしいわ」


 マゼンタ樹愁支部司令室にて。多くの班がそこに集まっていた。


「成果を上げてる班が多く呼ばれてるっぽいのに、わざわざウチら4班が選ばれたのは……朝空先輩がいるからっすかね」


「大方、そうでしょうね。隊長は朝空蓮の事を大層気に入っているもの」


「はは……」


 蓮はただ、曖昧な苦笑いで濁す反応しか出来なかった。


「あ、涼花ぁ!」


「!」


 涼花はその聞き慣れつつも、忌々しい声に振り向く。


「4班も参加するのねぇ」


「……姉さん。6班もいるの」


 華邑愛歌(まなか)。涼花との双子で、顔のパーツはそっくりだが、内面や表情は似ても似つかない。


「朝空くんも火良多ちゃんもこんにちわぁ」


「ど、どうも」


「こんちわっす」


 蓮は彼女の顔を一瞬だけ見ると、すぐに目を逸らす。


(な~んか、苦手なんだよなぁこの人)


「あら、どうしたの朝空くん。元気なさそうな顔」


「あぁ、いや、全然大丈夫す…………」


 目を合わせずにそう言い捨てた蓮は火良多を挟んで、愛歌から出来るだけ自然に離れる。

 しゃがみ込み、火良多と顔を近づける。


「うわぉっ、先輩!?」


 心臓がドクンと跳ねた火良多だが、蓮の疲れ切ったような表情に気が付く。


「どうしたんすか?」


「…………あの人、変に俺に絡んでくるからさ。苦手なんだよ、そういうの」


「そうっすかね?」


「……よく、俺に話しかけてくる女の人はさ、行人目当ての人が多いんだ」


「あっ……」


「考え過ぎじゃないっすか?」と続けて言おうとしていた火良多は、その言葉を口の中にとどめた自分を褒めたたえたくなった。

 考えすぎるのも当たり前だ。超が付くほどのイケメンの幼馴染がいるのだから、何度も自分を介されたのだろう。


「ダメだよな、こういうの。行人にも悪い思いさせちまうし……あいつは俺達に空いた『穴』を埋めようとしてる。代わりになろうとしてるんだ……」


 華邑涼花に噛みついた、行人の発言。その様子はかつての慈門遠也そっくりだった。いつまでも守られているわけにはいかないと、マゼンタの仕事も精を出して励んでいた。

 だが──────この組織は、本当に正しいのだろうか。その考えが頭から離れない。


「……ウチは、そうじゃないっていうか、朝空先輩目当て、っていうか──────」


「え?」


「な、何でもないっす!あ、そろそろ夜公隊長来たんじゃないっすかね!?」


 誤魔化すために、とっさに火良多は自分たちが入ってきた扉を指さす。


「おや、物凄く速い反応だ。待たせちゃったのかな?」


 空いた扉の先には、夜公律と奥院世鶴の姿が。


「ってほんとに来たー!?」


「…………火良多巡。いい加減静かに過ごすという事を知ってくれるかしら」


 隊長と副隊長を思いっ切り指さしながら大声を出した部下に、涼花は真上から冷酷な眼差しを向けた。


「うふふ、まぁまぁ涼花。許してあげなさいな」


「姉さんは黙ってて」


「うふふ、その反抗期の長さはお姉ちゃん許したくないわぁ」


 夜公が前方の席に座り、モニターが映し出されると同時に────────さっきまでの喧騒が失われ、一室が静寂に包まれる。


「良い切り替えだね。そういうの好きだよ私は。なら、こちらも早速本題に入っていこう」


 画面いっぱいに、その文字列が映し出される。


「今回の作戦名は──────ズバリ!『人型煉魔殲滅作戦』だ!」


「……そのまんま」


「うるさい!だったら世鶴がもっと良いの考えてくれればいいじゃないか!」


 こほん、と一拍置き、夜公は続ける。


「でも、作戦の内容は名前の通りだ。この町に潜む、人間に化けている煉魔を殲滅する。一匹残らずね。まず、作戦開始と同時にこの町を専用の巨大な包囲網で覆う。その後は大急ぎで住民の避難だ。既に避難している人もいるとはいえ、まだまだ残っている人はいる。そういう危機感のない人々に不安を抱かせて、煉獄への避難を促進させるのも目的の一つだ。あ、事前告知は無しね。煉魔に逃げられてしまうから」


 モニターの画面が巨大なドーム状の画像に切り替わる。


「博士に頼んで作ってもらった包囲網。人型煉魔には彼らにしかない『ある特徴』があってね。それがある生物のみ、この包囲網から出られなくなる。包囲網の天井から煉魔の座標を把握して、これから配る専用のデバイスに位置を表示するよ。連携もしやすいね」


「……大分力がかかってますね」


 涼花はボソッと呟く。

 煉獄前だというのに、ここまで大規模な作戦を行うのが不思議に感じたのだ。


「このまま人型煉魔を煉獄まで生かしておいたら大変な事になるからさ」


 夜公がモニターから視線を離すと同時に、隊員たちも夜公の目を見る。


「想像してごらん。いざ煉獄ってなった時。町の中はもう隊員以外の人はいなくて、万全に備えてる時……急に人が現れるんだ。助けてくださいーって言いながらね。まんまと近づいた隊員はそこで人生が終わるんだ。その煉魔に殺されてね。簡単に内部から崩壊してしまうんだよ。人間はいないと分かっていても、人型のものを見ると一瞬ためらう。なら、前もって殺しといたほうが良い」


 唾を飲む音だけが鳴る。


「それに、人型煉魔は通常の煉魔とは異なり、煉獄で生まれる上位煉魔のような特別な力を持っているという研究結果がある。煉獄の最中じゃなくて、専用の作戦で挑まなければ普通に負けてしまうよ」


 手を組み、夜公は肘をつく。


「次は各班の細かい動きを説明していくけど、現時点で何か質問はあるかい?」


「……はい」


 2班の班長が手を上げた。


「人型煉魔にしかない、『ある特徴』というのはどのようなものですか?肉眼で視認出来るものなら、住民との区別がつくと思ったので」


「良い質問だね!しかし、残念ながらそれは無理に等しい」


 夜公はその細い指で、空中に長方形を描いた。


「だって、これくらいの大きさの茶色い本を持っているっていう、パッと見じゃ分からない特徴だからね」

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