22話 『厨二病』……が悪化してしまったようですね
樹愁高校の6限終了のチャイムが鳴る約3時間前、昼時に。
「んーっと、こんなもんでいいかねェ」
屋敷の門の前で、金髪の男はわざわざそろえてきた持ち物の確認をしていた。
「にんにく。昔に修学旅行先で買った十字架。宗教のおばちゃんから貰ったお水。ホームセンターの杭と……銀の弾丸は用意できなかったなァ」
ビニール袋に入ったそれらを見て、男は満足げな笑みを浮かべる。
「さて、行くかァ!」
遠足当日に玄関から飛び出す少年のように、意気揚々と門にダッシュしていき────────。
「『潜在せし監視者』」
屋敷内のどこに『吸血鬼』がいるか。それだけを確認し、能力の使用を止め──────。
「『躍動する幻影』!」
消える。
「よっと」
そして現れる。
暗く、わずかな灯に照らされている室内。いかにも高級そうな西洋の家具に囲まれているその空間に……黒髪の、一人の少女がいた。肌は白く、暗くともその髪の艶の美しさは分かる。白いシャツにスカートという、昔の映画に出てきそうな恰好。
「む?」
男の気配に気づき、少女は振り返る。
「……いや、急に誰なのだ貴様。こわっ」
当然の反応。知らない男が突然家の中に現れたら誰だって驚く。その異常事態を前にして悲鳴を上げないだけこの少女は落ち着いていると言える。
「これで分かるかァ?」
男はゆっくりと少女に近づいていく。そして、ビニール袋から取り出した──────にんにくチューブを勢いよく握りしめ、少女に発射した。
「…………」
「…………」
「…………は?」
「あれェ?効いてないっぽいなァ~」
少女は髪についたにんにくペーストを指で取り、舐める。
「……無礼極まりない行為に血管がブちぎれそうなのはともかく。余はにんにくは嫌いなのだ。特別嫌な味だとは思わぬ。しかし人間共が嬉しそうに余ににんにくをぶつけてくるのだ、毎回。どう反応してやったらいいか分からないのだ」
「ん~……確かにそれは困るなァ」
「だから毎回、苦しむフリをしてやっているのだが、今回は流石に急すぎたのでな。素の反応を見せてしまったのだ」
「お気になさらず!急ってのはこっちも分かってるぜ」
「……だが、貴様には別にどんな反応でも良いなと、たった今思ったのだ」
「んゥ?」
「だって貴様……争奪戦参加者だろう?」
尖った爪で、少女は指さす。
「ならば生かす必要などない。故に、演技して反応する必要もない。どうせ殺すのだからな!待ちくたびれたぞ人間!全く、早く挑んでこんか。何回か霊の視線は感じたが、ここに来たのは貴様でようやく1人目だ」
「そうは言ってもよォ、自分から行かねェと駄目だと思うぜ。何事もよ」
「ふん、この世の中心は余だ。そのスタンスを断固として譲る気はないのだ。余が上で貴様らが下。どうした、ほれ……かかってこんか?」
椅子に座り、ふんぞり返る。
にんにくを頭につけたまま。
「……なら、遠慮なく行くぜェ?」
「そうしろと言っている」
「『躍動する幻影』」
「っ!」
その椅子の後ろに、男は移動する。音もなく、時間も無く、一瞬にして。
(……今、何を使った?)
少女は瞬時に椅子から離れ、跳躍して距離を取る。
「戦う前に名乗っておくぜ。オレの名は……『霙』。カワイイだろ?ミゾレちゃんとでも呼んでくれていいぜ」
「ならば余も。この町……日本では殻町優と名乗っている。互いの名が知れたところで早速だが───────」
「……!」
霙はそこで気付いた。
殻町の両手の指先10本から、血がポタポタと垂れていた。彼女の足元だけではない。あらかじめ、部屋中に──────血液が撒かれていたのだ。
「死ね」
「────ハハァッ!」
まるで瞬間移動かのように、距離を詰めてきた『死の気配』。霙は顔が綻ぶ。心躍る戦いが、ようやく幕を開けた。
「壊式……『寅覇裂三』」
部屋中から噴き出した血が、一斉に氷と化す。
深紅の氷刃は既に霙の足を掴んでいた。獣の牙が如く、まずは足に食い込む。
「なるほどォ、トラップか!」
「っ!」
だが、男の声は少女の背後から聞こえた。
(まぁ、効かないだろう。そんな力を使われては)
首をすぐに背後へと振り向かせ、霙の姿を視認。勢いよく振りぬこうとしている足を見て、殻町は腕を交差させて防御の姿勢を取る。
霙の健脚が少女に命中する───────が。
「ほう、近接戦闘はそこまで得意ではないようだな」
「あらら?」
少女はその足を掴み、引き寄せる。彼を裂こうとするもう一方の手は凍った血液に覆われている。
しかし、またもや霙は姿を消す。
「チッ、埒が明かん。正々堂々戦おうという気はないのか!」
「んゥ?」
「貴様のその瞬間移動……題名は『超能力者』辺りか?知らんが、だるすぎるのだ!」
「あァ……じゃあ、使わないようにしよう、この戦いでは」
「え」
悠々と、霙は部屋を歩く。大手企業の代表が、名言を大量発生させながらスピーチをしているかのような恍惚とした表情で。
「一番大事なのは『楽しむこと』だ。楽しめるならオレは喜んでこの力を封じよう。だが──────理解しておいてほしいのは」
「……」
「あれは瞬間移動じゃない。『躍動する幻影』だ」
「ふぁんとむすとらいど」
「そうだぜェ……」
懐から本を取り出す。焦げ茶色の一冊の本だ。
「加えてオレは、『超能力者』じゃあない」
「…………」
その本の、題名が書かれているはずの場所。
そこにはぶっきらぼうに文字の書かれた紙が貼られている。まるで、この題名は間違っているとでも言いたげな。
霙は隠しておいた方が有利なはずの、その項目を自信満々に見せつける。
「オレは!『人知を超越せし者』──────だッ!」
「あうぇいかー」
「そうだぜェ……」
満面の笑みで、霙は両手を広げる。スポットライトを浴びた時程の自尊心の高まりを、彼は極限に感じていた。
そしてその勢い。紙が空に触れる。自然な流れで──────紙がはがれる。
「あ」
「ん?」
大きく広げられた腕、その手に握られた本の題名を少女は注視した。
どう見ても、『超能力者』と書いてあった。
「……見たぞ」
「んゥゥゥゥ??お、おかしいなァ。やはり神とやらは非常に!見る目がないなァ!」
「それについては全面的に同意だが、貴様は貴様で難儀な性分のようだ。これは……そう、俗に言う」
吸血鬼らしく、尖った歯を見せつけて少女は笑う。
「厨二病!だな!?」
「…………困った話だよなァ、厨二病が特殊能力を手に入れたらそれはもはや本物で、厨二病卒業かと思ったのによォ~!」
しかし霙の顔から笑みは消えない。
この場において、戦いを楽しむ事が彼にとって最も重要で、人生の指標だからだ。
「さァさァ、試合再開と行こうぜ。オレが使えんのは『躍動する幻影』だけじゃねェ」
「!」
気付く。今度化かされたのは自分だと、少女は部屋を見渡す。
家具が、食器が、武器が──────浮かび始めていた。
「念動力じゃあねェ。『拡張せよ、人の意』……だァ!!」
ー ー ー ー ー ー ー
「あの店員が…………参加者?」
「うん。ほぼ確定。霊が見えてたっぽいし」
「……マジかよ」
俺に唐突に話しかけてきた、金髪の男。妙だとは思った、そりゃあな。でも、少しおかしいくらいの人なんてそこらへんにいくらでもいる。
「どんな題名かはまだ全く分からない。しかも、調べた時には金髪の男って見た目の参加者はいなかったから、もしかしたら…………あの時。あたしの霊を除霊した二人の『ヤバい奴』の一人かも知れない」
「一切の情報もなかった、あいつらか」
なら逆に、情報を手に入れられたのは良かったかもしれない。
「で、霊から仕入れたもう一つの情報が、『お前は参加者かと聞きまわっている筋肉ダルマが出没している』らしいよ」
「『お前は参加者かと聞きまわっている筋肉ダルマが出没している』……だって?」
「うん。このまま放置すれば不審者情報で近所の学校に連絡が行くだろうけど、その前に霊が教えてくれた。こいつが確定で『脳筋』だね」
まぁ、予想通り脳筋というのは脳まで筋肉の人、のようだ。やみくもに聞きまわるのも頭が悪いと言えるし。どうやら脳筋は居場所をよく変えているようで、住んでいる家はあるものの、この時間帯では歩き回らなければいけないようだ。
「逆立った髪。筋骨隆々。男。……まぁ、会ってみれば分かりそうだな」
秋土が描いた人物像は……誇張なのだろうか、かなり筋肉がムキムキだ。いや、題名に脳筋と書かれるのだから、イケメンたる俺同様にとてつもない筋肉をしていると見て間違いないだろう。
「こっち。……大分近づいてるみたい」
秋土は曲がり角の方を指さす。
……脳筋、か。一体どんな人柄なんだろう。民間人に被害を与えているタイプだとしたら……殺さなければいけない。どうせ協力もしてくれなさそうだしな。
とはいえ、俺じゃない誰かに手を汚させるのはどうにも気が引ける。秋土は慣れたような口調だったが、それでも血を流さずに事を進めたい。
協力者が秋土だけというのも、少し危ない。話して分かる人物が理想────────
「いでっ」
…………壁にぶつかったのか?いや、俺は確かに曲がり角を曲がったはず…………。
「…………」
男が、いた。そびえ立っていた。
「────────」
本日2度目の絶句。いやでも…………突然目の前に『節分によく見る安っぽい鬼の仮面』を被ったガタイの良すぎる男が現れたら、誰だって何の言葉も出なくなるんじゃないか?
証拠は今この状況の俺だ。本当は声を上げて叫びたいくらい驚いたが驚きすぎて掠れた息しか出なかった上に、今はもう驚きより困惑が勝っている。
「二葉ちゃん」
とだけ秋土が言うと、俺の身体は浮かび、どんどん秋土と鬼仮面との距離が離れていく。
「お前は…………参加者か?」
「そうだよ。参加者でーす」
「いや、こんな若い女の子が戦いに足を踏み入れるわけ──────ん?」
身体から想像できる通りの野太い声が、仮面から聞こえた。
「え、今そうだよって言ったのか?参加者?主人公争奪戦の」
「そうだって言ってんじゃん」
「…………」
二人の間に、暗い空気が立ち込めていくかのような感覚。殺気が溢れ、まさに一触即発───────。
「やめだ。俺は女は殴らない」
「は?」
男は秋土から目線を外し…………俺の方へと向かって行く。
「一緒にいると言う事は、お前も参加者か?」
「……まぁ、そう」
空中浮遊しながら……秋土の妹に掴まれながら、俺はぎこちない返答をする。
────────が、男は腕を組み、ため息をひとつ。
「女の子を前に立たせて、自分は後ろから見てるなんて、ダサいぞ。もっとこう……『熱』はないのか、お前には」
「…………」
俺は唖然とする事しか出来なかった。まさか、まさか争奪戦参加者にそんな事を言われるとは思わなかったし、それに────────。
男の後ろから、かつてないほどにドス黒い殺気を孕んだ秋土の姿が浮かんできたからだ。




