20話 無能力系じゃないのかよって?いや、まだ『不明』……ですので
「んー……」
絶対に夢を見た。確信している。
倦怠感に飲まれつつも、必死に記憶を探る。
「クソ……思い出せない」
カーテンから差し込む光が無慈悲にも朝を告げていた。
夢を考察するなんてのは無駄そのものだし、割いている時間もない。俺は学生なのだから、日常の流れとして学校に行かなければならない。
例え殺し合いの最中でも、それは優先すべき事だ。
俺はこの日常を守るためにこの戦いに参加したのだから。
「おはよう」
「はよー」
いつも通り、ドアを開けた先で蓮と顔を合わせる。ここから自転車も電車も使うにはやや近いくらいの決して短くはない距離を歩いて、学校へと向かう。
「今日一限体育なのだるすぎるわ……」
「こっちは二限。その後三限に数学が待ってるのが憂鬱だよ」
「高校でも変わらず、学校ってのはだるいな。今日からバイトも忙しくなるし……」
定期代が浮くのは良いが、徒歩登校なのも中々にだるい。いや、朝の満員電車に押し潰されるよりはいいのか……?
「んで、その見るからに痛そうな首の包帯は俺のツッコミ待ちか?」
「あぁそうだよ。早く聞けって」
「……当てる。絶妙な位置に生えた髭を剃ろうとして奇跡的な手の滑りが起きて信じられないくらいの大惨事になってしまった、じゃないか!?」
「全然違う。正解は秋土に噛まれた、だ」
「は?」
蓮のメガネがうわずった声と同時にずり落ちる。
「噛ま、噛まれ……ん????」
「俺もよく分からないけど、キスマーク的なものらしい。広めるなよ」
「広めねーし誰も信じねえよ。そんな事俺が言っても」
蓮には隠す必要などない。面倒だから隠したいと他の友達やらクラスメイトには思うが、蓮なら気にしすぎない。それに、『噛まれた』という事実が正直面白い。面白い事は共有したい。至って自然な考えだ。
「そういえば秋土さんは?」
「あいつがどうした?」
「学校。確か一個上だよな。行かないの?」
「あぁ……」
(じゃ、あたしは霊体になって行人クンを遠目から見守ってるから)
と言い残し、ドアを開ける前に秋土は消えた。今も何処かから俺達を見ているのだろう。
「あいつは無職のゴミだからな。今もウチで寝っ転がってるんじゃないか」
「マジ!?なんつーかそれは……ロックだな」
蓮はまたもやずり落ちそうになったメガネをかけ直す。
「で、別に付き合ってるわけでもないんだろ?」
「あぁ」
「キスマは付けんのに?」
「噛みつきだけどな」
「……うーん、これは俺が童貞だから理解が及ばないって事なのか?多分違うだろうけどこれ以上踏み込んでも理解できそうにねぇ。どうやって知り合ったかってのは聞いて良いやつか?」
「……」
蓮には、隠し事はしたくない。だが、蓮が俺にマゼンタである事を隠しているように、俺も主人公争奪戦の周囲の事は隠しておきたい。
これ以上、蓮に負担をかけさせたくないから。
「実は、母さんが秋土の両親の知り合いらしくてな」
「へぇ、そこの繋がりか」
「昔、変なモノに取り憑かれたとかで世話になったことがあるらしい。で、秋土の実家の寺で事故があって住めるとこが無いってなって、母さんが俺に頼んだ訳だ」
「なるほどなぁ……お寺の出だったのか」
「そう見えないよな、あいつ。見た目はただの不良だ」
俺がさっきから言い続けている秋土の悪口も本人は近くで聞いているのだろう。霊体となって。後で報復を食らうかもしれないが、あいつが手出しできない状態であれこれ言うのは愉快だ。首の傷がまた増えない程度に楽しもう。
「いやでもさ、正直可愛いだろ?」
「え」
ニヤニヤしながら、蓮は中指でメガネをいじる。
「認めろよそこは。どう見たって美少女じゃんか」
「まぁ……それはそうだけど」
いや、事実なんだけども。この状況を秋土が見ているんだ。そう考えると少し気恥ずかしい。
「なーに照れてんだよ。中一の頃とかお前、モテまくるから調子乗って女子共に甘ぁ〜い言葉吐きまくっt」
「あぁ、そんな事ないけどな!」
「え?」
「やめろって、一時期流行った嘘を掘り起こすの。何年昔の話だよー懐かしい」
クソ、話の流れが危うい。これを聞いてニヤけている秋土の顔が想像できてしまう……!
「いやなに言ってんだよ……なんなら俺覚えてるぞ。確か『君の気持ちには答えられない。けどどうか悲しまないでほしい。君のその白雪のように美しい肌を涙の粒で溶かしたくはない』────」
「あああああああ!!良い天気じゃね!?今日!!なんなら雪降ってきそう!」
「流石に降らねえしそれは天気悪いだろ」
まずいまずいまずい非常にまずい!思わぬ所で黒歴史を掘り起こされてしまった、秋土の前で!しかも蓮しか知らない超特級のドス黒いヤツを!
「行人今日どうした?俺と2人なんだし恥ずかしがる必要ないだろ」
「そうだな、それはそうなんだけど朝から若気の至りを指摘されるとほら、心が辛い」
「分かった分かった。ごめんって」
帰ってきたら秋土が姿を現して、そのニヤけた面で笑い飛ばしてくるんだろうな。見たくねぇなぁ、絶対ムカつく表情してるよな…。
朝というのはどうにも、憂鬱で仕方がない。
ー ー ー ー ー ー ー
「……」
金髪の男は小説を片手に、道行く高校生達を眺める。非現実を連ねる紙と、自分にはもう失われてしまった時間、現実を謳歌する若者。
その残酷さも、彼は文学のような対比だと喜んだ。
(霧間行人。題名は『イケメン』ねェ……)
作り物のように美しい顔。新雪のような白い肌。男である彼ですら、思わず目で追ってしまう美貌の持ち主。
(……ただ、そうであるだけなら全く問題は無い。だが────どうにも!怪しィ。疑わずにはいられないと言うモノだ人間はァ)
観察するために書店で接触した時。彼は得体のしれない『違和感』を、霧間行人との会話で抱いた。ただの思い過ごしである事を祈るほどの、気味の悪い……一種の『攻撃』のようなものを。
(何か──────正体の分からない、『脳波のような何か』が、奴からオレに送られていたような感覚がした。普通の人間では気付かないレベルの微弱な、電波のようなァ…………)
さりげなく。気づかれないように、後ろを覗く。
そこには2つの影。普通の人間には見えないはずの霊と呼ばれる存在だ。ショッピングモールから彼を追跡し続けている……霊能力者の手先。
(オレの『仮説』が正しければ霧間行人はただのイケメン君じゃあねェ。『何か』がある。下手すりゃァこの争奪戦で一番ヤバい奴の可能性すらある。証明したいところだがァ……つけられている)
「『幽玄なる幽境』……」
男は『目』だけを霊体化……正確には幽体離脱させ、その2人の霊をはっきりと捉えた。本人は決してその能力を幽体離脱とは呼ばないが。
(ご丁寧に霊能力者本人はイケメンの近くに留まってる。ここまで生きてる人間の言う事を聞く霊がいるなんてなァ……霊関連じゃあオレは敵わねェ。下手な動きは出来ない……ならァ!いっそ大胆な行動をしちまえば良い!)
立ち止まり、振り返る。小説をパタンと音を立てて閉じ……その人差し指を虚空に刺した。
「お前らァ、そんなにあのお嬢ちゃんが大事なのかィ……」
((ッ!!))
彼が『見えている』とは、思いもしなかっただろう。
「だったらよ、追うべきはオレじゃあない。お嬢ちゃんが引っ付いてるアイツ。あの男だ。お前らも気に入らねェだろ」
男は金髪の前髪をかき分け、人差し指と中指を額にくっ付けた。全くする必要のない動作だが、彼は瞬間移動能力を行使する時によく、少年漫画の真似事としてよく行う。
「あのイケメンを調べるのは霊能力者に任せる。これが一番合理的かつ……効率的クレバー選択」
(その代わり俺は……向かおうか。歯車を加速させる。この戦いが始まってから1ミリも動かず、ダンマリを決め込んでいる────)
「瞬間移動じゃあないぜ?覚えとけ、『躍動する幻影』だァ」
そして、消失。男の姿は霊達の前から、消え─────『移動』した。
(──────『吸血鬼』の元へ。訪問と行こうじゃねェか!)
ー ー ー ー ー ー ー
ギリギリで駆け込み、チャイムが鳴り終える前に着席する。
遅刻しなければ何でもいいんだよ、結局は。
「おう霧間、入学して一ヶ月でもう遅刻ギリギリキャラ定着か?……ってなんだその首!?」
「おはよう、句川。お前なら分かると思うけど男特有の聞かれたく無い傷ってやつ」
「お、おう……」
句川康博は俺の前の席に座る、蓮のいないこのクラスで今のところ仲良くしている人物だ。出席番号も隣り合っていて、席替えした後も偶然近い席だったと言う事でそれなりに仲良くなっている。
「おはよう霧間君!その傷大丈夫!?」
「もう、霧間君遅いよ」
「どうしたのそれ!句川にやられたの?」
「霧間君付き合ってー」
畳み掛けるように、周囲の女子達が俺に血走った目を向けながら話しかけてくる。
「おいおい、そんなに一気に話しかけたら霧間が困るだろ」
「うるせ、元ヤンはしゃしゃんな」
「霧間君、こんな奴と仲良くするのやめなよ。危ないよ」
「霧間君付き合ってー」
「ごめん霧間、俺結構イカつい見た目してるんだけどね。耐性ついちゃったのかなこのクラスの女子」
避難を浴びせられている句川は苦笑いしながら頭を掻いた。
坊主にピアスにピアスピアス。ガラが悪いったら悪い見た目だが、今のところ実害は無い。見ていると遠也を思い出すような絵に描いたヤンキー君だ。どう考えても校則に触れているが、教師達は注意しようともしない。怖いから仕方ないけど。
こいつは不良が蔓延る事で有名な第二中学校出身らしい。大抵の家庭は距離があろうとも三中を選ぶのだが、それでも二中を選ぶ奴というのは本物が多い。
「てかさ、こんだけ女子いるなら1人くらいくれよ?」
「は?句川サイテー」
「霧間君、早く席替えしたいね。先生に頼んでみよっか?今すぐ私の隣の席に移動するように」
「霧間君付き合ってー」
「どさくさに紛れてさっきからストレートに霧間に交際申し込んでんの誰!?」
俺と句川の席に大量の人だかりができ、朝から非常にやかましい状況となっていた時……黒板の方から弱々しい声が聞こえた。
「あの……ホームルーム……」
髪の毛の薄い数学教師こと担任が、心底疲れ果てたような顔つきをしていた。




