18話 これ『必要なシーン』……だと思いますか?
「うん。無難に美味い」
フライドポテトをつまみながら、ハンバーガーを頬張る秋土を眺める。
「やっぱりマ●クにして正解だったでしょ」
再びポテトを口に運びながら、コーラを飲む秋土をまた眺める……ことしか出来ない。この女から話題を提供してくれるから、俺からは何も喋る必要は無いし、変につまらない事を話して空回りするのも嫌だからな。
「ん?行人クンも食べたい?この期間限定のよく分からないハワイ感のあるやつ」
「一口くれ」
秋土は身を乗り出し、名前を忘れてしまったそのハンバーガーを俺に突き出す。
「はい、あ~ん。これやってみたかったんだよねー」
「……」
今、俺はとてつもなく『それっぽい』事をしている気がする。
「もっと近くまで持ってこい。わざわざ『それ』をやるなら俺が首を1ミリも動かさないで済むようにしろ」
「すごい、ムードもクソも無ぇ!」
「むがっ」
勢いよく突っ込まれたハンバーガーをなんとか咀嚼しながら、満足げな秋土の表情を確認。
(なんだろう、このしょうもない茶番は)
カップルらしいことに憧れを持っていない訳ではない。愛し、愛されることは嫌いじゃない。だが、どうしても自分を、この状況を俯瞰して見てしまう。第三者視点のゲームのように。
とても眩しい笑顔だ。見ているだけでこっちも明るくなるような、そんな人間だ。秋土一鳴は。しかし、頭の中に『争奪戦参加者』という情報がこびり付いている。
人を殺すという覚悟を持ち、この世界の中心となろうとした人間。命を助けられたとしても信用できない。故にこの馬鹿げたデートも了承した。
秋土一鳴が霧間行人という人間を求めるならば、俺はそれに応えるのが最適解だ。
…………その理由は、いまだに分からないが。
「しょうもないなーとか思ってそうな顔」
「あ、なんで分かった?」
「顔に出てるよ。分かりやすい」
「よく見てるな。つくづくお前も俺の顔が好きなことだ」
「好きだよ。かっこいいもん」
口に着いたソースを指で取って舐める姿は、赤子を彷彿とさせるからだろうか、無邪気さに溢れていた。
「…………お前は」
「ん?」
「俺の顔が好き、っていう……それだけの理由で、俺に協力してるのか?」
「…………」
ナプキンに隠されていた顔を見せた秋土は、微笑んでいた。
「どこか……別のところで話そっか」
公園では子供達が駆け回り、大声で呼び合い、笑顔を浮かべているという日常的な風景が広がっていた。
「もう夕方。速いねぇ時間が経つのは」
ベンチに座っていると、俯瞰はさらに強まる。
元気に遊んでいる子供達。それはもう戻らない時間の象徴。『今自分は何をしているのか』という念が脳内を支配する。
「あたしはね、行人クン」
「……あぁ」
「…………」
「…………?」
「……その……」
「……」
中々喋り出さないと思ったら、秋土は顔を両手で覆い空を見上げていた。耳を真っ赤にしているように見えるのは、夕焼けのせいだろうか。
「……行人クンが好きだし、あわよくば、その、付き合っちゃいたいなとは思ってるよ」
「ふーん」
「……何だよ、その反応」
睨みながら頬を突いてくる。
「こんな短期間でよく人を好きになれるなとか思ってる?恋に落ちるのは一瞬なんだぜ、少年」
「…………え?」
「ん?」
「……ははっ!」
思いがけない言葉に、俺は吹き出してしまった。
「よりにもよってそれを俺に言うか?この顔だけで数多の女を恋に落としてきたんだぞ、俺は。恋なんてのは──────俺の知らない間に、向こう側で勝手に始まってるものだよ」
美しいものに惹かれ、それを自分の物にしたい、近づきたいという気持ちは分かる。今まで幾度となく向けられてきた感情だ。
単純な憧れも。不純な性欲も。
俺からしたら、全て同じだ───────。
「…………そっか。キミは今までそういう人生を送ってきたんだね」
「そうだよ」
「なら、あえて言うね」
「……あぁ」
その時の秋土の表情は、酷く……冷たく、無に近いものだった。笑みこそ浮かべているものの、目は虚ろで何を見ているのか分からない。
……いつもの、不気味な眼差しだ。
「あたしは行人クンの顔が好きなだけ」
「……まぁ、そうだろうな」
喜びも悲しみもしない。
至極当然の事実だ。
仮に内面が好き、とか言われても「どう考えても噓だろ」としか思えない。
『私が好きなのは霧間君の中身だから』というフレーズは一時期めっちゃくちゃ俺への告白に使われていた事があった。大方、霧間行人は内面を重視するみたいな噂が流れていたんだろう。
普通に嘘だとしか思えなかった。内面が分かるほど話していない女子ばかりだったし、何より俺の性格を好きになる理由が分からなすぎる。
…………なんか、こういう事を考えていると俺が秋土にそう言われることを期待していたみたいになるな。気持ち悪い。
「恋っていうのはよく分からないよね。性欲の延長線上にあるけど、完全に性欲に内包されている訳じゃなくて。まーでも、かっこいい男を手に入れたいってのは考えとして自然だろ?」
秋土は立ち上がり、俺の前に立った。見上げると、後ろからオレンジ色の夕日が差し込む。
「でもせっかくなら相思相愛になりてぇ。女の子だもの!つまるところ、行人クンの心が欲しいってのが協力する理由。納得してくれた?」
「…………」
それがこいつの『今』の目的か。
「だって、一世一代のチャンスでしょ。主人公争奪戦なんてものが無きゃ、あたしは行人クンと会う事もなかったし四六時中一緒に過ごす事も出来なかった」
「理屈は、通ってる……っ!?」
突如として、胸倉を掴まれる。こいつ、胸倉を掴むの好きすぎだろ!ヤンキーにでも憧れを抱いてんのか?
離そうとするが、やけに力が強くてびくともしない。
「おい、お前力抜けよ……」
「今この瞬間、付き合ってくださいって言っても了承はされないよね。でも、無いとは思うけど……もし行人クンが他の女に取られちゃったらなんて考えるとね。こう見えてあたしは常に最善の手を打つように、よく考えて行動してるんだぜ」
「……待て、なんで近づいてきてる?」
秋土の顔はどんどんと─────俺の首筋へと距離を詰めていった。
「んっ」
首筋に、柔らかい感触。密着した髪から香る、俺の家のシャンプーの匂い。
……そういえば、ここまで生きてきたけど首筋にキスされたことはこれが初めてだn
「ぢゅるるるるるるるる」
「い”っ!?ちょ、あ”あ”あ”!!」
鼻腔を通る香りが感じ取れなくなるほど、俺の全神経が首筋に集中した。
──────数か月くらいに一回はある、小指を思いっ切りぶつけた時をはるかに上回る激痛。
「ぢゅぶぶぶぶぶぶぶぶ」
「痛い痛い痛いいだい”!!何やってんだお前!!??」
柔らかい感触が、堅い尖ったものにシフトする。
その瞬間、俺の皮膚がプチっと裂けたのが分かった。
「ぢゅぎぎぎぎぎぎぎぎ」
「おま、ふざけんなっ、いだだだだあああ!!なんで歯ぁ立ててんだよ!?」
胸の辺りまで水滴が伝う感覚。それはきっと、秋土の唾液だけではなく俺の血液も混ざったものだろう。
「ぢゅぷぷ…………ふぅ」
「あ”っ」
吹きかけられた息が、傷口を刺激する。
「その……初めてだったけど、上手く付けれたかな?キスマーク」
「いやいやいやいやいやいや」
涙をなんとか堪えながら、俺はこのクソイカレ女を睨む。
「マークどころじゃねえよ。『負傷』だよもはや。これ見ても誰も俺に女がいるなんて思わねえよ。人ならざる者に噛まれたとしか思わねえって」
争奪戦参加者に『吸血鬼』がいるらしいが、もうコイツでいいだろ。
「あ、そうそう。消さないでね、そのキスマ!せっかく付けたんだから」
「消したくても消えねえよこのキズは!クソが……動物に噛まれた時って洗い流せばいいんだっけ…………」
俺は立ち上がり、水道の蛇口へと向かおうとする。……が。
「「「「…………」」」」
周囲の子供たちが異様なモノ(実際そう)を見る目を向けていたから、そそくさと公園を出た。
ー ー ー ー ー ー ー
「「…………」」
顔を真っ赤にしながら、朝空蓮と火良多巡は立ち尽くしていた。
上がった体温で溶け切ったシェイクを飲みながら。
「な、な、な……何があったんすか、今」
「わ、分からねぇ……」
「陰キャ童貞の先輩に聞いても分かる訳なかったっすね、すいません」
「この流れでディスってくる?」
尾行を続けようとするも、自分たちもマ●クが食べたくなり急いで注文し商品を受け取り、火良多のロボットを全速力で起動しながら追いついた先の景色が、吸血キスマークだった。
「一体何者なんすか?あの女の人は」
「……数日前、突如として現れて行人の家に住んでる訳の分からない人だ」
「クッソ怪しいじゃないですか」
「……行人に限って、悪い女に騙されるなんて事はないだろうから安心してたけど、流石に俺も秋土さんの事が気になってきた」
「先輩はコロッと騙されちゃいそうですもんね」
「会話の節々に悪口入れんなって」
いくら行人が痛がっていたとしても……その光景は傍から見れば官能的だった。情熱的だった。
それ故に、蓮と火良多の間にも気まずい空気が漂い始める。
「……帰っか」
「…………そっすね」
二人はもう一度顔を見合わせ、機械と生身の拳を突き出した。
「じゃ、また職場でな」
「来る煉獄に備えて、頑張りましょ!」




