15話 『過去編』……を使ってまで落としに来ましたね
マゼンタ樹愁支部にて。
一室に樹愁支部の全隊員が集められていた。
「……あれ?涼花先輩、朝空先輩いなくないっすか?」
「えぇ。いないわね」
「流石に今日遅刻するのはヤバくないっすか?なんか重要な話しそうな雰囲気が漂ってますよ」
そう言いながら、火良多は副隊長の役職を務めている女性に視線を向ける。
「奥院副隊長、心なしかいつもより険しい顔つきっすよ」
奥院世鶴は名門と名高い御愁家をも超す煉器生成者の名家、奥院家の者であり、ほとんどの人間がマゼンタに所属している。エリートの血筋という言葉がよく合う彼女は、いつも通り無表情で隊長を待っている。艶のある長い髪が微動だにしないほどに。
「そう?いつもあんな感じで鉄仮面でしょ」
「いや、ウチには分かるっすよ。これから言わなければいけない事をウチらに伝えるのが辛い、苦しい、でもやらなきゃっていうのが…………」
「絶対思ってない。……まぁ、大方煉獄の事でしょうね。忙しくなるわよ、これから」
「うへぇ…………」
ガチャリ、と扉の開く音がしたのはその時だ。
「ごめんね、待たせてしまった」
夜公律がその場に姿を現す。それと同時に部屋中の隊員に緊張が走る。会話は途絶え、全員が口を閉じて夜公に目を向けている。
「ど、ども…………」
その後ろを追うように、気まずそうな顔をした朝空蓮が歩いていた。
「え、先輩!?」
「ちょ、うるさいわよ……!」
「では、さっさと連絡事項を伝えて解散する。今回は聞いてほしいのは3点。1つ目は、もう察している通り、煉獄の予兆が確認された。2つ目は、そのための戦力増強を図る。他の支部の隊員との合同訓練とか、色々ね。……明日が最後の休暇かもしれないから、存分に休んでおくんだよ。3つ目は──────大ニュースだ」
手に持った資料をめくりながら、彼女は隊員たちを見回す。
「──────人に化ける煉魔が現れた」
口角が上がるのを我慢しながら、彼女は言った。
ー ー ー ー ー ー ー
「は?今日の夕飯野菜炒め?」
「あぁ」
「二日連続で?」
「……なんだよ」
「飽きた!!」
キッチンに立った俺に怒号を浴びせるのはソファにふんぞり返った秋土。
「なんか……かつ丼とかラーメンとか無いの?」
「死ねよ。お前が作れ」
「くちわる……生理か?」
「疲れてんだよ。逆にお前はなんでそんな大声出せるんだ」
冷静に今日一日を振り返って見ると、走って叫んで空飛んで宇宙人と会って未来人に撃たれそうになって……。身体的にも精神的にも限界が近い。
実際に戦っていた秋土の方が疲れているはずなんだけど。
「じゃあ外食しようよ。どっか行こう」
「えぇ……いや……そうするか」
正直、野菜炒めすらだるかった。金払って美味いもん食えるならそれがいい。
「おっけ。じゃあ夜のお散歩と行きましょーか」
「やっぱす●家なんだよ」
「女の子とごはんに行くってなって牛丼かぁ……美味かったけどさ」
店を出て生ぬるい夜の空気を浴びる。もうすぐ八時になりそうな頃合いで、いくら春とはいえ暗い。
「明日はどうする?」
「んー?」
ぼんやりと歩きながら口にした。
「未来人の協力を得るのは失敗。他の参加者はどれも危険そうなやつばかり……危険を覚悟で行ってみるしかないのか」
「んー……」
「月曜からは学校がある。出来れば普段通りの生活は続けたいからこの日曜日に……」
「あー……」
「…………」
秋土の瞼が、物凄く震えていた。覚醒と睡眠の境界線を反復横跳びしている状況だ、授業中によくなる。
「お前結構疲れてるだろ」
「かなりねぇ……疲れてます。調子乗って親父出しちゃったのがなぁ」
冷ややかな目で、秋土は右腕をさする。
「……突っ込んだ方がいいのか?お前の家族に何があったんだって」
閉じかけていた秋土の目がぱちっと見開いた。
「あぁ、ごめんね。そういう風に聞こえたか」
「いや、いい。謝るくらいなら話せよ。気になるし」
「んー……分かった」
そう言いながらさり気なく手を繋ごうとした秋土を振り払い、俺は始まったその物語に耳を傾けた。
それは凄惨かつ救いようがなく、俺の住んでいる世界の出来事とは思えないものだった。
秋土の家は日本で唯一の正当な霊能力者の家系で、その血を絶やさず、より強力な霊能力者を作るために優秀な遺伝子を求める傾向があったそうだった。秋土も、秋土の妹も幼い頃から優秀だと言われて育てられてきたそうだ。
だが、秋土は普通の人間として生きたいと望んだ。学校で出来た友達と遊んだり、夜遅くまでゲームしたり……そう言ったものに憧れ、霊能力者としての修行がどんどん嫌になっていく。それを強要する父との中も悪くなっていき、妹はどんどん優秀になる。
そのまま数年がたった、ある日の事。
(お母さん……どこ……?)
秋土は泣き声を我慢する少女の幽霊を発見した。
本来、全ての霊は発見したら即除霊しなければいけなかったそうで、秋土も最初はその幽霊を除霊しようとしたのだが──────母を探し、一人さまようその姿を見た時、『せめて自分が死んだ事を理解して、お母さんの姿を見て成仏してほしい』と思ったと。
秋土はその霊と接触し、会話を続け……やがて友となった。遊びや恋愛や学校の行事など……家の事情で出来なかった秋土と、既に死んでしまって出来なかった幽霊の少女の共感性を高めあった。
そして、秋土はその少女に自らが霊能力者である事などを話し、少女の家族の元へ連れて行った。
(ありがとう、一鳴ちゃん)
そして少女は消えた。
もう一人の妹が出来たような、心から話したい事を語り合える友達がいたような、そんな気持ちだったらしい。
その夜、秋土の家は『赤』一色に染まっていた。
門から便所まで、全てが血と死体で溢れていた。
動揺の中、死体をまたぎながら進む。世話係や兄のように慕っていた門下生達がバラバラになったものを踏みながら気配の元へ。
(一鳴ちゃんは私の事を仲の良い友達とか思ってるのかもしれないけど、私はずっとれっとうかん?を感じてたんだよ)
はっきりと見えてしまった。
(だってずるいじゃん!私は死んじゃって家族も友達にも気づいてもらえなくなっちゃったのに。一鳴ちゃんも一回死ねば私と同じになるかなって思ったんだけど、私……それじゃ一鳴ちゃんが可哀そうだなって思ったの)
そして秋土はようやく後悔し始めた。
死んだばかりなのにはっきりと言葉を話す霊というのは、大抵ろくでもない、厄介な霊というのは父から教わっていたはずだったが、秋土は少女の除霊を後回しにした。
気付かない振りをし、こんな少女が危険なはずがないと信じ続けていた。
その結果が血の海。
(だから逆に、一鳴ちゃんの家族を全員殺しちゃえばいいんだって思ったの!私頭良くない?そうすれば一鳴ちゃんは死ななくて済むし、私と同じ独りぼっちになるの!一鳴ちゃん家、人が多すぎて誰が家族なのか分からなくて全員殺しちゃったけど……いいよね)
実際、その全員が家族のようなものだった。幼い頃から愛してくれた掛け替えのない人々。それが一瞬にして赤い液体と肉に変わった。
(そうだ!一鳴ちゃんがしてくれたように、私も妹ちゃんとかお母さんお父さんの首を持ってきてあげ─────)
そしてその時に、殺害された秋土家の人間が全て、悪霊と化した。
同時に、秋土は死を覚悟した。彼らの怨念の対象は少女を除霊しなかった自分に向くのだろうと。そしてそれを受け入れる事が償いだと考えたからだ。
だが、秋土は今も生きている。
(ちょ、ちょっと……なにっ!?)
秋土の予想は外れ、全ての悪霊は少女へと襲い掛かった。少女と悪霊達の戦いは一晩中続き、常に悪霊は一鳴のそばを守るように動いていた。
秋土は悪霊達を従え、弱まった少女の霊を除霊しようとしたが……どうやっても完全に抹消することが出来なかった。
数世紀に一度の、最悪の霊。秋土は少女を『封印』という形で無力化し、現世に関与できないようにした。
だが、今でも少女は秋土の体を乗っ取ろうとしてくるらしい。そうすることで再び現世に触れる事を可能にするために。
「ふーん……」
「何そのしょぼい反応」
「じゃあなんだ、俺に悲しかったね、大変だったねとか言わせる気か」
「そうだよ言えよ!ほんとに大変だったんだぞー」
「嫌だ。そんな安い同情はお前が求めてても俺がしたくない」
それが安いエピソードなら話は別だった。
こんな重い話には本当は慰めの言葉やらをかけるべきなんだろうが、残念ながら俺は心の底から悲しめなかった。
秋土の家族が死ななければ、今こうして秋土が俺の味方をしていることは無かったかもしれないからだ。
だから、何も言わない。そんなモヤモヤを抱えたままなら、言わない方がマシだ。
「……ほら、見てこれ」
秋土は着ているパーカーをめくり、おもむろに腹部の素肌を露出させる。
そこには、文字とも模様とも取れるモノがびっしりと刻まれていた。
「ここに、母さんがいる」
「…………」
「悪霊の中でもうちの家族は危険すぎた。二葉は天才だったからね、魂のコントロールが上手く出来てたんだけど、母さんと親父は野放しにしてたら人を襲っちゃう。だから封印した。いつでも手を貸してもらえるようにあたしの中にね」
「寂しいからだろ」
「……そうかな」
そう言いながら、秋土がパーカーを下げようとした瞬間。
俺は秋土の腹に手を滑り込ませた。
暖かく、柔らかい感触。
「うひぃっ!?」
「ふっ……なんだその声」
体勢を崩し、転びそうになる秋土は顔を真っ赤にして俺を見上げていた。
「な、な、あ、なに……!?いきなり……」
「……お前、俺に抱き着いてくる等の行動と随所の発言から見て、俺の事を狙っているんだろうが。一つ忠告しておく」
勝ち誇った顔で俺は言ってやる。恥ずかしがっているコイツを見るのはとても珍しく、気分が良い。
「その程度で俺を篭絡したつもりか?甘いと言わざるを得ないぜ、全てが」
「……分かってるなら反応ちょうだいよ」
「ちょっと触られただけでそんなんになる癖によく言えるな」
「ぐっ……!」
「ま、俺はイケメンだからな。惚れるのもしょうがない……所詮お前も有象無象の女の一人だったか」
そう言って歩き始めると、秋土は無言で着いてきた。
一分ほどの時間を空けて、口を開く。
「行人クンの言う有象無象の女も、そうじゃない女も、塩はしょっぱいって言うだろうし、砂糖は甘いって言うと思うんだよ」
「……それで?」
「だから行人クンをかっこいいって思うのも皆同じって事。……悪いか!?おい!」
「そんなにさっきの言葉が気に入らなかったかよ……」
「そりゃあ、こんな面白い女他にいないだろ?」
「いたら困る」
街頭に照らされている道を歩く。この道を夜に通るのは受験期の日常茶飯事で、塾から帰り単語帳を読みながら歩いていたのを思い出す。
ついこの間の話だ。ついこの間まで俺は学ランを着ていて、指定のバッグに教科書と憂鬱を詰め込んで変わらない日々をただ生きていた。
それが今はこれだ。この訳の分からない女と一緒に歩くだけで景色は変わって見えるような気がする。
「……明日のことなんだけどさ」
「あぁ」
俺は光に集る虫に意識と目線を向けながら返事をする。
「日曜日だし、デートしようぜ」
「あぁ……ん?」
「はい、決まりね」
「ん?ん?ちょっと待ってくれ……今なんて言った」
聞き間違いにしては、なら本来はなんて言ったのかが検討がつかない言葉だった。
「だから、デートだっつってんじゃん」
「……いや、する訳ないだろ」
「は?」
「だって俺達は今……殺し合いに参加してるんだぞ」
「殺し合いに参加してる間にデートするなんて一生に二度とないと思うけど」
「当たり前だろ。そんな馬鹿な事誰がするんだ」
「あたしたち」
横にいた秋土は駆け足で俺の前に立ち……俺の胸ぐらをつかんだ。
「息抜きは絶対必要だと思うよ。それにあたしがいるんだ、何も怖がることは無い」
「参加者の誰かが殺されれば本の所在が分からなくなるだろ」
「あたしの霊の量は見たでしょ。樹愁は常に見張ってるから大丈夫」
「でも……」
「行人クンがそこまで参加者が死ぬのを避ける理由ってなんなんだろうね」
「……え?」
薄ら笑いの秋土を見ると、冷たい汗で背筋が凍る。この時のこいつは……俺のどこを見ているのか分からない。
「本が見つけられなくなるから?あたしの言う事を聞く霊の多さを見たのにまだそれを恐れてるとは思えない。単純に参加者に死んでほしくないから?そんな『主人公』みたいな綺麗事、行人クンは考えないよね」
「…………」
「何か─────別の理由があるんじゃない?」
全てを見通すような視線。……俺の顔が好きなら黙って顔だけ見てればいいのに。この女はいつも……俺の眼球の中心を見ているかのような鋭い視線をやめない。
「……どうしてそこまでデートなんかしたいんだ」
心の底から、それが分からなかった。
秋土は俺の襟から手を離し、笑いながら言う。
「─────思い出作りだよ、今の内にね。人は、いつ死ぬか分からない儚い生き物なんだぜ?」




