13話 おや、『読み仮名』……が騒がしくなってきました
「博士、頼んでおいたデータをくれ」
「…………」
男の細い指から、夜公の手に資料の束が渡される。
「行こうか、蓮君。君もこんな所に長い時間いたら気分悪いだろう?私もそろそろ頭が痛くなってきそうだ」
「……じゃあ、最初から連れてこないでくださいよ」
顔を上げられなかった。下を向いていないと、視線は勝手に吸い寄せられる。
「そんな気にするべきじゃないよ。蓮君、この煉魔は人間の生活に溶け込んでいて、ある日煉魔である事が発覚したんだ。恐ろしい話じゃないか?平穏な日常に別の生物が紛れているのは」
「普通の人間として生きていたって事ですか?」
「あぁ。その時の名前から、我々はこの煉魔を『カイ』と呼んでいる」
「……」
新しく情報を知る度に、最悪の可能性ばかり浮かんでくる。
「自分の事を煉魔だって……認識してたんですか?分かってたんですか?」
それなら、まだ救いようがあった。それは高い知性を持ち、人間を陥れようとしていた邪悪な存在だからだ。
縋りつくような蓮の顔を見て……夜公は微笑んだ。
「さぁ?」
ー ー ー ー ー ー ー
牢獄の一部屋にて。
(行こうか、蓮君。君もこんな所に長い時間いたら気分悪いだろう?)
(……じゃあ、最初から連れてこないでくださいよ)
「おっとォ、そろそろだなァ~」
脳内に響いたその声に、冷たい床に眠る四足歩行の異形は目を覚まし──────その身体を溶かした。
肉体は綻んでいき……元の姿へと戻っていく。
「ふあ~……やっぱ堅ェとこで寝ると身体が痛くなるなァ~。それに一人ってのは寂しくて堪らないぜ」
あくびをしながら、金髪の男は姿を現す。
「さァ~てと。カイ君は助けてやりたいがァ……助けない方が面白くなりそうだ。オレはオレで動くとするぜェ」
鉄格子に向かって飛び込む。そのまま進めば顔からぶつかる勢いだったが──────そうはならない。
いつの間にか男は牢の外へと移動していた。要した時間は0秒もかかっていない。
瞬間的に、内から外へと。
「何者だ!?」
「ン~ッ?」
牢の警備員だろうか、隊服を着た男がその通路に通りかかる。
「貴様、どこかで見たような……っ!?まさか────「ほいッ」
次の瞬間、警備員の男はその空間から消失した。
「仕方ねェよなァ。燃やしても潰しても跡が残っちまうならよォ、飛ばすしかねェんだ」
他に誰が見てるわけでもないのに、強いて言うなら煉魔たちしか周りにいないというのに、金髪の男はポーズを決めながら語りだす。
「勘違いすんなよ?これは『瞬間移動』じゃあねェ。『躍動する幻影』と呼べェ……」
『……はいはい』
手に持っていた焦げ茶色の本の反応を聞くと、男はそれをパタンと閉じる。
「オウオウ、出遅れちまったが……もう既に色んな場所で色んな物語が動き出してらァ。こんなに心が躍った事は無ェよなァ~ッ!」
心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべ、踊りながら男はジャンプした。錆びついた血の匂いが充満する牢獄に相応しくない光景だが──────その直後に、男の姿は消え、収容されている煉魔達に先ほどまでの静寂が帰ってくる。
ー ー ー ー ー ー ー
「二葉ちゃん、行人クンは頼んだよ」
二発目の銃弾をかわし、秋土一鳴は指示を出す。それは霧間行人を絶対に守るという意思の表明であり、自らの最大の武器を使わないという縛りでもある。
「秋土一鳴。霊能力者」
冷静に秋土を追いかけながら、未来人……慈門薪は考察する。
「争奪戦最強の一角で、メインウェポンは妹である秋土二葉の霊」
薪は遠ざかってゆく行人に照準を向け、発砲するが──────その光線は行人に届くことなく消滅する。まるで何かに阻まれたかのように。
そのまま行人のスピードは加速していく。
「おい!お前、妹をこっちにやったら──────」
「まー安心して待ってろよ」
汗を拭い、誘うように指を動かす。
「霊能力者としての、姉としての、女としての意地。見せてやるからさぁ!」
「どうやって、ですか?」
白い銃が七色に光る。
「っ!」
人が持てる銃から放たれるとは思えないほどの極太の光線が、そこから放たれる。
「あっぶね~!」
周囲を埋め尽くしている霊の体を掴み、掴み、掴んで空中でとどまる。
「てか、こんな家がいっぱいある所でそんなデカい攻撃ぶっ放すなんて普通思わな──────」
そこまで言ってから、一鳴は気付く。
今の光線で、周囲が傷ついた様子は一切なかった。
(ただの見かけ脅し?……いや、アレには霊体化しててもダメージを受けそうな強い死の気配があった)
「未来の技術です」
銃は音を立てて形を変え─────棒状のものとなる。
「あなた達だけを殺すために作られた装備。それほどまでに恨まれているという事を自覚してください」
「うーん、犯罪はしてこなかったと思うんだけどなぁ」
棒の先端から、眩い光が溢れる。
「これからするんですよ……特大のを……!」
そして…………一鳴に向かって振りぬく。
「っ……速いって!」
紙一重の距離で避ける。
さっきまで銃だったものが、今度は圧倒的なリーチを誇る剣となった。
「相手に幽霊を見せる技術は使用しないのですか?」
「今使おうと思ってたけどっ……バレてんなら意味ないだろ!」
縦横無尽に光の刃が走る。相変わらず建造物には一切の傷はつかない。一鳴の視点から見える霊達も誰一人として斬られていない、が────────
(……試してみるか)
剣戟をよけ続けながら……一鳴は左腕に幽体融合を発動させる。そして……霊体と化した腕を切断する。
「腕が……?あぁ、部分的に霊体へと変化させたのですか」
薪からすれば、一鳴の左腕が唐突に消失したように見える。
(そんでこうして……)
切断した左腕を、光の刃が振り下ろされる位置に投げる。
一鳴の予想通り、霊体のはずの左腕は刃に触れた瞬間に豆腐のようにするっと切れる。
「霊体に干渉できる武器かぁ、そこまでメタ張られると困るぜ」
「未来人なので。それより、もう降参したらどうでしょうか?あなたは秋土二葉レベルの攻撃手段を持っていないはず」
「したとして生かしてくれるの?」
「場合によります」
一鳴は地に足を付け、光の放出を止めた薪と目線を合わせる。魂を活性化させ、左腕を再生する。そしてそれを霊体から元に戻す。
「平和的解決が望める状況であれば、あなたは見逃します。…………ですが」
「ですが?」
憎悪に満ちた眼差しが一鳴を貫く。
「────霧間行人だけは、絶対に殺します」
悲しみと怒りが入り混じった声色は、周囲の霊達をも戦慄させるものだった。
「理由を聞いても?」
「そうしなければ未来を救えないからです」
「未来、ね。申し訳ないけどあたしは今を生きてるんだ」
呼吸を整え、一鳴は右腕の袖に指をかける。
「恐らくアンタはあたしの戦い方を未来の情報から学んでる。……どういう訳か、間違った情報をね」
「っ!?」
左手によって捲くられ、露わになった秋土の右腕。その肌には大量の文字のような、印のようなものが刻まれていた。
(─────記録に無い攻撃!)
即座に剣を円盤状に変形させ、彼女の盾となる光を展開する。
だが、それは盾と呼ぶには一鳴の攻撃に対してあまりにも小さすぎた。
「ほんの一瞬だけ出番やるから、娘に良いとこ見せろよ……親父っ!」
腕の刻印が不気味な光を発した瞬間、薪の頭上に巨大な腕が出現し、手に持った10メートル程の刀を振り下ろした。




