12話 『人の変化』……それは、例え良いものであっても残酷でしかないのです
「お前、なんかやだ」
が、慈門遠也が最初に俺に伝えた日本語だ。小学一年生の拙い語彙力から絞り出した「なんかやだ」は当時の俺からすれば最大限の罵倒に聞こえた。
「なんかってなんだよ!」
「なんか……なんか!」
と、最悪の出会いではあったが、その後もクラスが同じになることが多く、関わらない方が無理だった。
そして、俺とは反対に遠也は蓮をよく気に入っていた。
「本当にモテるべきは蓮だろうと俺は思うんだけど」
が口癖だった。
そのくせして、結局は良い奴だったんだよな。俺はイケメン故、男子女子問わず嫉妬を買ったりトラブルが起きたりは日常茶飯事だった。俺としては勝手に怒ってきてお前のせいだとか言われても知らないとしか言えなかったが、彼らはそうではなかったようで、暴力という手段を取ってきたのだ。
それを上回る暴力で俺を守ってくれたのが遠也だった。
「俺が守らないと蓮がお前を守ろうとするだろ」
とか言ってたけど、照れ隠しだろう。多分。
俺が事件を持ってきて、蓮が慌てたり焦ったりして、遠也が拳で全てを解決する。これが小学生時代のテンプレ展開だった。
中学二年生の夏だったか秋だったかに遠也は死んだ。
煉魔に殺されたりだとか、車に轢かれそうな人を助けたりだとかいう死因じゃなかった。
その日は『頭が痛い』と朝から言っていたらしいが、いつも通り学校に通い、塾へ行った。
そして、その帰り道で倒れたそうだ。
それから俺は、この世界が現実なのであるとやっとのことで理解し始めていった。自分に都合の良すぎる事は起きないし、何事も上手くいくことは無いし、俺は主人公なんかじゃない。
しょうもない理由で唐突に死ぬことだっておかしくない、そういう世界に俺は住んでいるのだと。
「……ん?待て。もう一回未来人の情報を見せてくれ」
そんな事はあり得ないとは思うが。
────────遠也には、妹がいたんだ。そして、その子の名前が……。
「はいよ」
まさかね。まさかまさか。
俺は渡されたしわくちゃになりかけの紙を伸ばし、上から順に呼んでいく。
そこにはしっっっかりと未来人の名前が書きこまれていた。
・名前
マキ(苗字不明)
「…………」
「……友達の名前だったりするのかい?」
「友達では、ない。友達ではないな」
「じゃあ友達の家族だったり?」
「…………妹」
震える人差し指で、俺はインターホンを押す。
『はーい』
聞こえたのは女性の声。
「えーっと、霧間です。すみませんがま……」
『行人君!?待ってて、すぐ行く!』
甲高い女の子の声だった。
そうだ。慈門薪ちゃん。遠也とは比べ物にならないくらい常識が出来ていて、俺なんか結婚してくださいとか言われちゃったんだぞ。えーと、何歳だっけ?流石に中学生にはなっているはずだったけど。
ガチャリ、とドアの開く音が聞こえる。同時に、鼓動が加速し始めた。
気まずくて随分と会っていなかったが、久しぶりに再会するとなると少し嬉しいし、緊張する。どれぐらい成長しただろうか?忙しくなければ蓮も連れてきたい。
そう、あの頃みたいに────────
「────あ?」
直後、俺はアスファルトに手と膝をついていた。遅れて驚きと痛みがやってくる。
何だ?何が起きた?
目の前にある情報を整理し、俺はまず『どうして倒れ込んだのか』の結論に至った。
秋土が、俺を突き飛ばした。強張った表情の彼女が、尻もちを着いた俺の方向に手を突き出している。
では、なぜ俺を突き飛ばしたのか?それについてはすぐに理解できた。流石に…………あぁ、冷静になってきた。
「……これで死んでくれたら一番楽だったのですが」
「随分と物騒なの持ってるね~」
ドアから出てきたのは年下の少女などでは無かった。
銃だった。
「……久しぶり、薪ちゃん」
立ち上がり、髪をかき上げて俺は言った。体勢を立て直しながら視線を後ろの方へやり、薪ちゃんが撃った銃が俺の後ろの壁に風穴を開けていることを確認する。
…………どう見ても中学生には見えない。スーツを身に纏った……慈門薪の顔をした大人びたその女性。
薪ちゃんと言うより薪さんだ。
「霧間、行人っ……!」
帰ってきた反応は憎悪一色。信じられないほど鋭い目つきと、幼い頃の彼女の面影が心を抉る最適解のような組み合わせだった。
あー、やっぱお前は死ぬべきじゃなかったんだ。遠也が面倒見てやんないからこんな……お前によく似た表情をするように育っちゃったんだ。
「うーん。流石の女癖だね行人クン」
「友達の妹に手を出すのは女に困ってる奴のすることだろ」
『未来人』。その名にふさわしい近未来的な色の銃が、怪しげに発光し始めた。
それと同時に、さっき俺を突き飛ばした秋土の手が俺を押す。
「下がっていろ」と言わんばかりに。さっき疑った俺が馬鹿みたいじゃないか、そんな事をされたら。
「過去であなたを殺して……世界を救う……!!」
「人のモンに手ぇ出したんだ。無事に未来に帰れると思ってないよなァ?」
ー ー ー ー ー ー ー
朝空蓮を含むマゼンタ全隊員が緊急招集された。
どんなに平穏を過ごしていても、マゼンタに所属しているのなら絶対に早急に本部に行かなければならない。だが……彼は、一人だけ異なる場所に呼び出されていた。
「……急に何の用ですか、夜公隊長」
「そう畏まらなくていい」
「別に畏まってないですけど」
「じゃあ、君のその目つきはなんだ?」
朝空蓮が懐疑の眼差しを向けているのは、マゼンタ樹愁支部隊長、夜公律。彼女こそ年々煉魔の出現頻度が爆増している樹愁町に配属された、マゼンタの最高戦力の一人だ。
「そりゃあ、こんな所にまた連れてこられたら」
蓮は視界の隅に映る……数々の鉄格子の奥から目を背けた。
ここは、樹愁支部の地下施設である研究所。僅かな関係者のみがここに立ち入ることが許される、極秘情報や研究の結晶であり……朝空蓮にとても思いれのある場所である。
「……最近の出現頻度は異常だ」
左右の檻を見てしまわないように、蓮は下を向きながら夜公の歩みについてゆく。
「ア……ダし、て……」
「…………」
何も聞こえない。「出して」なんて言っていない。煉魔は意思を持たず言葉を喋らない。心の中で何度もそう唱えながら震える足を動かす。
「これは『煉獄』の予兆である……と上が公表した。ようやくね。老いぼれ共の判断の遅さには頭が痛くなるよ」
「……煉獄」
名の通り地獄のように煉魔が大量に出現し、人々を襲うだけならまだよかった。
煉獄というのは──────数年に一度訪れる、超強力な煉魔を複数体生み出す儀式のようなもの。大量発生する煉魔は副産物か、強力個体を生み出すのに必要なものだと考えられている。
「そこでだ。我々も煉獄に備えて戦力を結集している。そして……隊員の強化も行っている」
「で、俺ですか」
「だって君が一番成長性があるからね。そういう研究結果だっただろう?」
ショートカットを揺らしながら振り返った彼女は怪しげに笑みを浮かべていた。
「今回の目的は君の力の増強。手段は……君に自分の力の使い方を理解してもらう事」
「力の使い方?」
「そう。煉魔の力の使い方を学ぶには……煉魔から学ぶのが一番じゃないか?」
大きな扉が開き、蓮は牢獄の連続から解放される。
だが、入った部屋はそれ以上の不気味さを孕んでいた。
不自然なまでに白く、小綺麗で、清潔で、無駄がない。病院のような匂いは、幼少期の不安感を思い出させた。
「博士!いるか?」
「…………はい」
ソファの奥、蓮達から見えない角度にその白衣の男はうずくまっていた。
「来たよ。案内してくれ」
「…………」
(ひどいクマだ、この人)
顔は青白く、身体つきはやせ細っていた。長い事切っていないと一目見て分かる髪を整える事もせず、男は無言で部屋の奥を進む。
多くの機材が見えると同時に、蓮は顔を手で覆いたくなった。
(……トラウマってやつか、これが)
思い出してしまう。自分が捕らえられ、研究されていた時の光景を。研究員たちの射抜くような視線を。
だが、そんなものは序の口に過ぎなかった。
部屋の角を曲がり、三人は『それ』と対面する。
「な…………」
その瞬間、朝空蓮は全ての言葉を失った。この部屋のように頭が真っ白になった。
「ちょっと前に移送されてきたんだよ、研究所から新種の煉魔がこっちにね」
夜公の言葉を聞いて、蓮の脳はさらに迷宮の奥へと入り込む。
「煉……魔…………?」
『それ』は、真っ直ぐと両の眼で蓮を見つめていた。
「これを……煉魔だって言うんですか!?あなたはっ!!」
荒げた声が響く。
『それ』は表情一つ変えない。
「どう見たって……どう見たって……!!」
「私も最初は驚いた。でも、四肢を両断された状態で意識を保てるならもう煉魔だろう?肉体の解析結果もそうだと言っている」
水色の液体の中に、両腕と両足を無くした『それ』は浮いている。
ただ、無表情で。
それでも、蓮には助けを求めているように見えた。
「どう見ても……人間じゃないですか……っ!!」
──────自分と同じ、人間の男のように見えた。




