11話 『故人を想う感情』……物語において重要です
元の肉体には搭載されていなかった、鳥肌と言う機能。榊渉のそれが動作し、生命体は本能で悟った。
今突き付けられているのは、死だと。
(やっと理解してきました)
人間という生命を、生命体はようやく対等な目線で捉えた。決して侮ってはいけない、それでいて愛すべき友。
「申し訳ないと思っています。渉と彼の大切な人に」
「……質問に答え────っ!」
直後、繋儀は自分の身体が動かなくなっていることに気付く。床についている膝も、足も、生命体の首と包丁を掴んでいる手も。
「こ、れは……!?」
「安心してください。あなたを傷つけるような事は絶対にしません」
凶刃を自らの首と繋儀の手から離し、テーブルの上に置く。
「ただ、人間の身体に効果的な信号を発しただけです。少し痺れるだけの」
「……そのようだな」
聞かずとも、どこも痛む所は無い上に普通に喋る事ができ、彼女は察していた。それどころか、既に痺れは収まってきている。
「騙してしまい申し訳ありません。私の名は【翻訳不可】。おっと、日本語に変換できないのですか。それでは、宇宙人とでもお呼びください」
「……宇宙人」
「はい。別の惑星からこの星にやってきた、一つの生命体です」
誰が信じるかという突拍子もない内容だが、御愁繋儀は信じざるを得なかった。幼馴染である彼女は榊渉が榊渉ではない事を確信していた上に、唐突な身体の痺れを体験していた。
もう既に、日常から非日常へと飛び込んだ後だ。
人間の理解を超えたような、広すぎる闇のような、果てしない不安を募らせるような生命体の不自然な表情が、より彼女を信じやすくしていた。
「渉は私が不時着する際に、私が殺してしまいました」
「っ!」
その発言に、思わず彼女は再び包丁を握ろうとした。だが……その手が柄に触れる事は無く、途中で止まる。
生命体が信号を送ったからではない。生命体の……榊渉の、悲しそうな表情を見てしまったからだ。
「既に死んでいる個体を着用しようというのが当初の計画だったのですが、殺してしまったのなら有効に扱うのが礼儀、責任という物だと考え、私は渉を着ました」
「…………渉の身体を借りるなら、必然的に渉を演じなければならない。そう考えたのか」
「はい。それが渉や渉の周囲の人間の為になると考えたのですが」
「バレバレだ、私には」
「そのようですね。かなり渉に似せていたつもりだったのですが」
「渉は私の事を『君』とかの呼び方をしない。『繋儀ちゃん』という呼び方を絶対に変えない。そういう男だったのだ」
「なんということでしょう!後で記憶を解析し直さなければ」
その笑顔が、偽物であると意識するたびに心臓に棘が突き刺さるような痛みが走る。
榊渉は死んだ。それは覆らないモノ。自分にそう言い聞かせながら、彼女はまっすぐと生命体を見る。
「……不時着したのは、どこだ?」
「場所、ですか」
予想外の質問に、生命体は一瞬間を開けた。
「ここから少し遠くの、森林です。とても深く大きな森でしたが」
「……やはりそこか」
「心当たりがあるのですか?私には全く分からなかったのですが」
「あぁ……ある。情けない事にな」
唇を噛み、掌に爪を立てる。
心の底から口に出したくない、認めたくない事実だったが、それは生命体に伝えなければいけないものだと繋儀は考えていた。
「あそこは自殺の名所なんだ」
「じさつ。じさつ?待ってください、言葉の意味を検索し」
「己の命を絶つ事だ。自らを殺すと書いて、自殺」
生命体は言葉を失った。
彼の故郷には、そのような行為は、概念は存在しなかったのだ。
故に、理由も動機も分からないただの愚行にしか聞こえなかった。
「渉は死ぬつもりだったんだ。だから、その、あれだ……宇宙人殿、貴方は悪くない。完全にとは言い切れないかもしれないが…………」
何もしなくても渉は死んでいた、なんて事は言葉にしたくなかった。
「なぜ、渉は『自殺』をしようとしていたのですか!?何かそうしなければいけない理由があったのですか!?」
前のめりになりながら、生命体は声を荒げた。いかなる理由があっても、その尊い命を捨てる事など馬鹿げているとしか思えない彼は、理解を放棄しない事を決めた。
榊渉の命を奪ってしまったという負い目を感じ続けていた故に、なんとしても渉が死のうとした理由を知りたいと望んだのだ。
「……渉の事はどれくらい知っている?」
質問に対しての質問だったが、それが回答に繋がるものだとすぐに理解できた。
「脳内を解析し、情報を得ていますが、一向に解析が終わりません。異星人の暮らしは難解である上に、不足している記憶もかなり多いです」
「なら、大まかに榊渉という男の一生を話すとしよう。それが一番早い」
目線を包丁に移す。つられるように生命体も包丁に目をやる。
(……渉なら、これを見た瞬間に自分自身を刺そうとするというのに。本当に……別の生き物なのだな)
顔を上げ、繋儀は話したくない暗い過去も、包み隠さず語ると決心した。
それは死者を必死に理解しようとする異星人の為か。それとも、彼女と彼の犯した罪の清算か。
間違っても、『宇宙人と名乗る幼馴染の死体に過去の出来事を聞かせて幼馴染の代わりにする』ためではない。
(それほどまでは落ちぶれていない。少なくとも今は……)
「まず、渉と私が出会った日の事から話そうか────────」
ー ー ー ー ー ー ー
「……やっぱり、そこら辺の中学生を殺して身体を乗っ取った説が濃厚じゃないか?」
「うわ確かに!それ宇宙人滅茶苦茶やりそ~!」
地上に降りた後、秋土から聞かされた話は理解に苦しむものだった。なんだよ霊見れるようになった状態でも見れない霊って。
「あ、後あれはどういう事なんだよ。榊渉が幽体融合を修得したってのは……」
「そのまんまだよ」
腕を組んで枕にしながら、秋土は話し続ける。
「信じられないくらいに学習能力が高いのかな?多分今頃幽体融合状態を解いてるだろうし、なろうと思えばなれるんじゃないかな。あの様子だと完璧にマスターしちゃってる」
「……俺はそういうの全然分からないんだが」
「才能ないんじゃない?ある人なんて一握りしかいないけど」
「じゃあ、幽体融合って最強じゃないか?」
榊渉にやっていたように遠距離からも相手を幽体融合に出来るようだし、そのままずっと解除しなければ相手は霊から戻れず対戦終了GGじゃないか。
「あー……実を言うとですね、霊体から戻れなくなる状態になるには……年かかるんだよ」
「年!?」
「年!」
じゃあただ単に……相手に幽霊を見せるだけじゃないか。しかも霊体に干渉できるようになるから秋土が若干不利になる。
「言うの遅れてごめんねー。ま、行人クンが本気で幽体融合がそんなチート能力だと信じてくれてたおかげで、榊クンとの交渉は上手くいったからね」
「幽体融合がなくともお前は十分強すぎると思うけどな」
霊を見る事が出来て気付いた。
こいつは樹愁町全域に霊を張り巡らせている。半端ない量だった。遠くの景色は霊で見えなかったくらいに埋め尽くされている。そしてその霊達は秋土の命令を忠実に遂行する。
「どういう人生歩んできたらそんな力手に入るんだよ」
「妹が死んだら」
「不幸自慢か?」
「冗談だよ。酷い返しだね!」
歩きながら、秋土はじわじわと俺に距離を寄せてくる。
「どう?こんな役に立つ武器を手に入れられて嬉しいだろ」
「やめろ。女には慣れてるんだ」
「慣れてんならいいだろ」
その距離はやがて0となり……秋土は俺の左腕に抱き着いた。
「物足りない。豊胸してから出直してこい」
「ほんとに凄い事言うね!」
「あれ?こう言うと大体離れてったんだけど」
それどころかどんどん締め付ける腕がきつくなってくる。
「あたしはそんじょそこらの女とは違うのだよ」
「当たり前だろ。霊能力者がそこらへんにいて堪るか」
そう言いながら、俺はこっそりと秋土に視線を向けた。
変わらず、俺を見ていた。
「んー?どしたの」
「…………なんでもない」
『秋土一鳴は嘘を吐いているのではないか』という疑念が頭の中に浮かび上がったのは、その時の秋土の顔を見た瞬間だ。
何の嘘を吐いてるのか、なぜ吐いてるのか、どうしてそんなことを思ったのかは分からない。
ただ───────この女がいくら霊を上手く操れなくても、妹と話せるようになっても、その程度で俺を殺す事を諦めるとは思えない。
しかし、秋土は俺が万年筆で本にチェックを入れるのを許した。『主人公になる』というこいつの目的は失われた。
何か……そう、別の目的が出来た…………?だからこうして色仕掛けのような事をして俺を手中に収めようとしている……?
「お前、なんでこの戦いに参加したんだよ」
震える唇で言葉を紡ぎきる。秋土がしがみ付いている左腕に震えが移らないように、息を止めながら。
「随分と急だねー」
「急に気になったんだよ」
「…………なんでこの戦いに、ね」
「なんで、主人公になりたいと思ったんだ」
人を殺すという覚悟をするほどの意志がそこにはあったはずなんだ。そしてそれは……簡単には無くならないだろ。
「言いたくないかなぁ」
「は?」
意図せず声が出た。
せっかく思い切って勇気を出して聞いたというのにこのザマだ。ふざけるのも大概にしてほしい。
「でも、一つ言えるのはね。行人クン」
「あ?」
さらに締め付けは強くなり、もはや痛いと感じる段階に至った。やめさせようと腕を伸ばすが……その時の秋土は、顔を逸らしていた。
それがどうにも気になって、右腕を引っ込める。
「一つ言えるのは──────あたしの望みはもう達成されちゃったって事だよ」
「……なんだそれ」
「あ、着いたよ」
気付けば、向かっていた目的地に到着していたようだ。話を逸らされた気もしなくも無いが。
「……うん、ここ違うと思うぞ」
「え?」
俺は目の前の家を見てそう言う。
「いやいや、絶対ここで合ってるって。『未来人』の居場所」
秋土は紙を俺に見せつけながら言うが……。
「霊が間違えたんだろ。だってここは──────」
「ここは?」
表札に書いてあった字は、とても懐かしいものだった。来るのはいつぶりだろうか。あいつの家族とも、微妙に気まずくて長らく会っていない。
「─────俺の友達の家なんだよ」
俺。蓮。そして……慈門遠也。変わらない、仲良し三人組だった。
遠也が死ぬまでは、だが。




