化想操術師の日常42
麓の街では、秀斗が化想操術師達に指示を出し、壱登が消防士に説明をしてと、普通ではない消化活動に大忙しだった。
街の人達を避難させてるとはいえ、この時代、どこに人の目があるか分からない。普通なら消防士に頼む火消しの作業も、化想は普通の水では消す事が出来ない。かといって、消防士を帰して化想操術師が魔法のように火を操って消して回れば、何事だと余計に騒ぎを起こしかねない。
なので、燃やす力のない火については、消防士に水で火を消す振りをして貰う裏で、人目に気づかれないように術師が化想を消すという作業が必要だった。
更に、山の火事は野雪達が消して回ったが、山には大がかりな目隠しが施されている。山が燃えている最中に壁を作ったので、壁には火も投影されていた。なので、実際は火事が治まっていても、目隠しにはまだ山が燃えているように見える。なので、それも消す振りをしなくてはいけなかった。
街での消火の場合は、実際に火が出ている場所もあったので消防の力を借りたが、見せているだけの山の火に、緊急時に必要な消防士達を、これ以上カモフラージュの為だけに協力して貰う事は出来なかった。なので、消防士や消防車を化想でこっそり作り上げ、それっぽく消火活動をしている風に動かしていた。
目隠しの向こうで野雪の壁の化想が消えた時は、ようやく終わったかと、秀斗は安堵の息を吐いた。
まだ街は、消火後の作業で慌ただしいが、今のところ化想関連のトラブルもないようだ。
「秀斗さん!志乃歩さんから連絡入りました!」
そこへ、壱登が大きく手を振りながら駆けてきた。
「騒ぎを起こした術師が捕まったそうです」
「そうか、じゃあ目隠しを外して、化想を撤退させましょう」
秀斗はそう言うと、森の側に近づき、パンと手を叩いた。一瞬にして目隠しは消え、本来の静かな森の姿が見える。と同時に、消防車はホースを巻き上げ、撤退していく。
「人目があるといけないので、少し走らせます」
それから、懐から取り出した紙に触れる。一筆書きのような文字からは、鳥が姿を現した。闇に紛れる黒いカラスだ。カラスは頷くと、化想の消防車を追っていった。
「カラスがついてるので、事故は起こしませんよ。人目が無い場所についたらカラスが合図をくれるので、問題なく消防車を消せますから」
はぁ、と壱登は感心し、それから勢い良く頭を下げた。
「本当に助かりました!ありがとうございました!」
「いえ、それはこちらの台詞です。全ては術師が起こした事なので。申し訳ありませんでした」
「い、いえ、そんな!」
壱登は失礼ながら、頭を下げる秀斗をまじまじと見てしまう。彼の事は、志乃歩や上司から話を聞いていた。好き勝手に化想を壊し病人を出す阿木之亥家だが、秀斗が現場に来ていた頃は、今の志乃歩達のように、化想や術者に対し丁寧に対応してくれていたと。今回、共に仕事をして、秀斗が身勝手な術師ではない事が良く分かった。
「阿木乃亥の人が、秀斗さんみたいな術師ばかりなら良いのに」
思わず漏れた一言に、壱登は言ってから失言だと気づき、慌てて「違うんです!」と取り繕ったが、秀斗は眉を下げて笑うだけだ。
「私も、そう思いますよ。こうなっては、志乃歩の生き方が羨ましいくらいです」
その、何かを諦めたような微笑みに、何故秀斗は現場に来なくなったのかと、疑問が浮かんだが、人様の事情に簡単に踏み込むべきではないと、今度ばかりは壱登も疑問を胸に押し止めた。
「それで術師は?」
「は、はい。山の中で捕らえたようなので、ひとまず志乃歩さんの家に連れていくようです。主犯とみられる術師と、利用された術師が二名、その内の一人が、志乃歩さんの家で預かっていた、たま子さんだったそうです」
「そうですか…犯人の目的は?」
「どうやら野雪君の力が欲しかったようで、野雪君を連れてシンの傘下に入るつもりだったようですよ」
それを聞いて、秀斗は溜め息を吐いた。つまり、阿木之亥に恨みのある術師という事だ。
「これから身柄を引き取りに行くんですが、警察には化想操術師対策の部屋がないので…」
「構いませんよ、こちらで用意させるので」
「いつもすみません!では、また改めて連絡しますので!」
頭を下げ去って行く壱登を見送ると、そこで、空に赤い光が点滅した。カラスの合図だ。秀斗がパンと手を叩くと、暗い夜道に紛れた消防車がひっそりと姿を消した。離れた場所からでも自由自在のようだ。
「兄さん!」
声に振り返ると、秀斗は幾分気持ちを緩めた。秀斗を兄さんと呼ぶのは、俊哉だけだ。
俊弥には、街の方を任せていた。きっと駆けずり回ってくれたのだろう、俊弥は汗だくだったが、秀斗を前に、晴れ晴れとした笑顔を見せてくれた。
「さっすが兄さんッス!兄さんが指示を出してくれていたおかげで、連携もばっちりッスよ!誰も化想なんて気づいてないッスよ!怪我人もなし!」
生き生きとした様子に、なんだか気が抜けてしまう。そんな秀斗の様子に、俊弥は首を傾げた。
「どうしたッスか?」
「いや…なんでもない。俊弥が頑張ってくれたおかげだよ」
「ま、まったまた~!」
へへへ、と嬉しそうな俊弥に、壱登ではないが、阿木之亥家の術師が、皆、俊弥のようなら良いのにと、思わずにいられなかった。
秀斗は空を見上げ、小さく息を吐いた。
やるせなかった。阿木之亥の人間として、恥ずかしかった。
阿木之亥の家は、ただ古く歴史を繋いできただけで、生み出したのは、恨みばかりだ。
見上げた月は、秀斗の心に重くのし掛かるようだった。




