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化想操術師の日常  作者: 茶野森かのこ


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化想操術師の日常34




見えない鎖が、いつもこの首に、この手に嵌められている気がする。

今までその鎖を千切る事なんて、考えた事もなかった。振り返れば、いつも守るべきものがあったからだ。皆を守る為なら、鎖に引かれ従う方さしが簡単で安全だった。

でも、それは確実ではない。いつか自分が不要とみなされれば、この鎖は他の誰かに向かう事となる。だから、必死に心を押し込め、たま子はただ仕事をこなしてきた。


この家の天井は、どこもかしこも高く、その先の空はどこまでも果てしない。狭いアパートでは決して見えなかったものが、ここでは見えてしまう。世界は、自分が知る以上に広くて大きく、様々な感情に溢れている。

手を伸ばせば、きっと助けてくれる人がいる。

この家の人達は、きっと、助けてくれる。




野雪(のゆき)と別れた後、たま子は自室の前で立ち止まった。


思い至った考えに、どっと胸が震える。希望が心を揺らしている。涙が溢れそうなのは、初めて自分の立場を知り、辛かったのだと気づいたからだろうか。


「…、」


きゅっと唇を結び、たま子は皆の元へ駆け出そうとした。だが、足が、手が、何かに引き寄せられ、勝手に開いた自室のドアの中へと体を持っていかれた。


「痛っ、」


ドアが閉まると、開けたままだった窓も閉まり、ゆっくりと鍵が掛けられた。突然作り上げられた密室に、たま子ははっとして顔を上げた。部屋は、黒い霧で満ちていた。


「ど、どうして、」

「随分時間がかかってるな、小瓶は渡した筈だ。お前がやらないなら、他の子供を送りこむだけだ」


黒い霧の中に、子供達の姿が映る。たま子は青ざめながら目を瞪り、子供達の元へ駆け出したが、それは黒い霧となって消えてしまった。勢い込んで転び、床についた手をぎゅっと手を握りしめる。


「ま、待って!今夜、今夜やる、必ずやるから!お願いします、あの子達には…お願いします!」


必死に頭を下げるたま子に、黒い霧が徐々に濃くなり、たま子の体を包んでいく。背後から首もとに大きな手が回る気配がして、たま子はごくりと恐怖に息を呑んだ。


「もう、後がないんだ。決めたのはお前だ」


霧の中から、紙が落ちる。マークの描かれた小さな紙だ。


「今夜、合図が無ければ…わかってるな」


首もとからするすると霧が消え、たま子は詰めていた息を吐き出した。部屋を見渡すと、黒い霧は影もなく、いつも通りの部屋の姿があるだけだった。


「…分かってる」


たま子はほっとする余裕もなく、ぎゅっと手を握りしめた。

それから、黒い霧から預けられた紙を拾うと、それを机の上に置き、抽斗からノートとペンを出し、机に向かった。


だが、真っ白なノートを前に、ペンを動かす事がなかなか出来ない。

頭に浮かぶ野雪達の姿、躊躇いに揺れれば、同時に蘇る、霧の中に見た子供達。


「…私が、守らないと」


きゅっと唇を噛みしめ、たま子は大きく息を吸って、心を整えた。

何を夢見ていたのだと、自分に言い聞かせる。自分には選択肢など無い、野雪のように生きられない。許されない事なのだと。




手を動かす中で、ふと、創太(そうた)とのレッスンが頭を過った。



シロと創太が戯れている間、野雪はたま子の化想を見つめた。わざと下手な絵を描いたとはいえ、猫にはまるで見えない猫の化想は、本当に気の毒だった。


「どうして何もイメージしないんだ」

「え?」

「好きなものを思い浮かべればいい」

「…でも、それじゃ逆効果じゃないですか?」

「化想操術師なら、イメージを使いこなす事が大事だ、それなら頭の中は自由がいい」


たま子は考えてペンを止めた。

化想を描く時、頭の中はいつも空だった。好きな物を描くなんて、幼い子供の頃以来していない。自由なんて、許されなかったからだ。


「先生!」


創太の声にはっとして顔を上げると、野雪が返事をしながら創太の元へ向かっていた。共にシロと戯れ始めた野雪を見て、たま子は真っ白なスケッチブックに再び視線を落とした。

好きなものと言われても、何も頭に浮かばず、側に咲いていた白い花を頭に思い浮かべた。名前も知らない花だ。

わざと下手に、その白い花を描いてみる。すると、白く可憐な小さな花が、目の前にぽんと咲き、それがくるくると回りながらゆっくりとたま子の手のひらに落ちてくる。

絵の通りではない、イメージ通りの白い花だ。


「出来た…」


それに喜んで、喜ぶ自分がおかしいと気づいて、たま子は慌てて気を引き締めた。創太に手を引かれてシロの周りを駆ける野雪は、そんなたま子の様子には気づいていないだろう。

課せられたものを、全て忘れて思い描いた、自分の為の化想。




真っ白な紙を前に、現実に戻る。たま子は頭を振ると、紙に向かってペンを走らせた。大して物がない殺風景な机の上には、たま子を睨むように、小瓶が一つ置かれている。これは、偽物のシロが現れたという場所に向かった時、たま子がフードを被った男の化想から受け取った物だ。


「…分かってる」


自分のすべき事、自分が守らなくてはならないものは、この家にはいない。そして、もう誰かに助けを求める手も切り落とされた。彼らは、見ている。今夜、たま子が動き出す事を。




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