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化想操術師の日常32




空はいつの間にか茜色に染まっていた。

たま子は(あずさ)に引きずられるまま、時折、休憩や昼食を挟みながら様々な店を見て回った。梓の買い物の付き添いだと思っていたが、梓はたま子に合わせて服や靴などを買っていた。どうやらこれは、自分の為の買い物のようだ、そうたま子が気づいた時には、両手に荷物、服も試着室で着替えたワンピース姿を梓が気に入り、そのまま支払いを済ませ着て来てしまった。


「あ、あの梓さん、これ」

「大丈夫大丈夫、ちゃんと志乃歩(しのぶ)君からお金貰うから」

「え?いえ、そうではなく、」

「だって、日用品もほとんど無いでしょ?いつも同じ格好だし、姫ちゃんのメイド服だけじゃ…」


言いかけて、梓は姫子のメイド服愛を思い出し、苦笑いの表情を焦って笑顔に切り替えた。メイド服も、それを愛してオススメする姫子(ひめこ)も悪くはない。人の趣味を否定しそうになり、それは良くないと、梓は思い直したのだろう。



梓にしてみれば、今日の買い物だって、たま子に押し付けてるようなものだと思っていた。志乃歩に宣言したように、勿論、嫌な物を押し付けないよう、たま子の表情を読み取りながら買い物をしてきたが、たま子の本心は梓にはまだ分からない事の方が多い。


梓がたま子と初めて会った時、梓は、たま子は野雪(のゆき)と同じだと思った。たま子は野雪のように無表情な訳ではない、言葉や表情でその感情は伝わるが、その根底には、頑なに見せない何かがあった。記憶が無いからだと最初は思ったが、様子を見ていく内に、そうではないと気がついた。

一緒に買い物をするくらいで何かが変えられるとは思っていないが、少しでも、たま子の事を思っている人がいる事を伝えたかった。

普通の事を、普通に。買い物も食事も仕事も遊びも、普通の人が出来る事を普通に。

たま子の化想は、デタラメの落書きにしては、どこかもの悲しさがあった。意識を乗せない、心を通わせない化想でも、その描いた絵からは、たま子の心が何かを訴えているように感じられたからだ。



梓は気を取り直すように笑顔を浮かべると、再びたま子に向き直った。


「服だって、ちょっとくらいあったって良いじゃない」

「…でも、」

「記憶がなくたって、今がない訳じゃないんだから。今回は私の独断で決めちゃったけど、そのワンピース絶対似合ってると思うし!」


たま子は、買って貰った小花柄のワンピースに視線を落とした。梓がたま子を見て、このまま着て行こうと言ってくれたから、たま子はこの服を着ている。実は、可愛いなと思っていたので、嬉しかった。ワンピースの裾に触れ、思わず頬が緩んでしまう。


「…可愛い。初めて着ます、こういうの」


その様子に、梓も表情を緩めたが、たま子はすぐ、はっとした様子で顔を上げた。


「あ、その…昔の事は分かりませんが」

「…うん、そうだね。でも、過去の事は分からなくても、今の自分が良いと思うものを選んて良いんだよ。今のたまちゃんも、たまちゃんなんだから」


ぽん、と肩を叩かれ、たま子は顔を上げた。「さて、帰ろっか」と歩き出す梓を追いかけ、そっとその横顔を見上げる。たま子は何とも言えない気持ちになり、袋を持つ手をぎゅっと握った。





店舗の外に出て、たま子は一人ベンチに腰掛けた。迎えの車を待つ間にと、梓は飲み物を買いに行ってくれている。

店舗の入り口横には、ちょっとした広場があり、その中央には噴水が設置されていて、それを囲むようにベンチが置かれていた。

夕暮れの少し冷えた風が、たま子のボブの髪を揺らす。通りを行き交う人々の楽しそうな声や、忙しそうに駆ける足音をぼんやり眺め、たま子は視線を落とした。ひら、とワンピースの生地が指に触れる。


「…さらさら」


こうしていると、自分はこの街の一部になったかのようで、それが胸の中をもやもやとさせる。嬉しさを感じながらも、その気持ちを否定する自分がいる。人は、どんな時に化想を生み出すのだろう、これくらいの悩みや葛藤を抱いたくらいでは、無意識に化想なんて出せないのだろうか。

もっと思い詰めれば、自分を追い込めたら、あの海を出した少年、大晴(たいせい)のように、自分も深い海の底で眠れるのだろうか。

それとも自分には、その資格すらないのだろうか。


「ごめんね、たまちゃん!」


声を掛けられ、たま子は顔を上げた。たま子は首を振りながら、差し出された温かなコーヒーを、礼を言って受け取った。梓は笑顔で隣に座ると、「今日は良い買い物になったよー」と、朗らかに笑う。コーヒーよりも隣の温もりが、たま子の胸の奥を温めるようだった。揺れて零れそうな心を誤魔化すように、たま子は梓に向き直った。


「あの、今日はありがとうございました。時間を割いて頂いて。私、ちゃんとお金お返ししますから」

「いーの、いーの、志乃歩君から貰うって言ったでしょ?あいつ結構稼いでるらしいじゃない?」


なんて冗談めかして笑うので、たま子も笑ってしまった。


「志乃歩さんと仲良いんですね」

「まぁね、高校からの付き合いだから、もう十年以上か…」

「梓さんも、化想操術を使えるんですか…?」

「ううん。あ、言ってなかったね。私、恋人が化想を出しちゃった事があって、巻き込まれそうになったの」

「え、」


梓は軽やかに言うが、予想外の事に、たま子は驚いて目を丸くした。


「彼の化想に取り込まれかけたんだけど、その時助けてくれたのが、志乃歩君。志乃歩君、あの時はまだ阿木之亥(あぎのい)の家にいたから。

だけどね、他にも阿木之亥の人が来たせいで、彼の化想は壊されちゃった。あの場所に来たのが志乃歩君だけだったら、彼はあんな風に傷つかなかったかもしれないなって、たまに思うよ。阿木之亥の人達は私を助ける為とか言ってたけど、早く騒動を治める為って感じだったから。

まぁそれで、志乃歩君の仕事を知って、彼氏の治療の為にも、化想やそのケアについて学び始めたの」


それで、梓は医者になった。


「治療…その彼氏さんは症状が酷かったんですか?」

「うん。でも今は、眠ったままの状態は脱したけどね。今でも幻覚や幻聴がまだあるみたい。

彼が眠りから目覚めた後、暫くは、化想の世界に引きずり込まれるようになってた。化想は外に出てないのに、頭の中では化想の世界が広がってるんだって。そういう時、本人は倒れて眠ってる状態になるんだけど、何も出来ない自分がもどかしかったよ。眠ってる彼の頭の中に入れたらって、何度も思った。そうしたら、私が彼の手を引いて化想の後遺症から救えるのにって」

「じゃあ、今でも梓さんがケアを?」

「ううん、彼は地元の田舎に帰って、ゆっくり療養してる。農業を手伝ってるって」

「…遠距離なんですね」


それには、梓は肩を竦めて苦笑った。


「別れちゃった。私が側にいたら、また嫌な事を思い出すだろうし。再発しない為には、美味しい空気の所でのんびりした方が良いんだよ、ネット環境があれば、大体の事は出来るしね」

「…よく、割りきれましたね」


たま子の思いやる眼差しに、梓は笑い、内緒話をするように、そっと身を寄せた。


「たまちゃんだから言っちゃうけど、全然割りきれてないよ、まだ好きだもん。でも、側に居ても辛い思いさせるだけならって、頑張って別れた。はは、女々しいよー、いつか迎えに来てくれないかなーとか考えてるくらい、女々しい」


梓は、「私が出来た人間なら問題なかったんだろうけどね」と笑った。

梓が笑うのは、きっと自分を保つ為だ、客観的に自分を見る事で、本音に押し潰されず立っていられるのかもしれない。

そんな梓を見て、たま子は首を横に振った。


梓とは、志乃歩の家で初めて会った。梓はあぎのい総合病院ではなく、別の病院で働いているが、化想関連のケアも含めたその能力をかわれ、助っ人に駆り出される事も多いという。


あの時、たま子は記憶がない振りをして話していたが、もしかしたら、梓はその時から気づいていたのかもしれないと、たま子は思う。先程、ワンピースを着て「初めて」と、つい零した言葉を、梓は気づかない振りで受け流してくれていた。


きっと気づいてる、自分に記憶がある事。でも、踏み込まないでくれている。

それは、自分の気持ちにも気づいているからなのだろうか。


そこまで考えて、たま子は胸が苦しくなった。


梓は、寄り添ってくれる人だ。いつだって、この手を伸ばしさえすれば、この手を引いて連れ出してくれるのではないか。


「あ、梓さんは、出来ない人なんかじゃありません、梓さんは、優しくて、素敵な人です」


その手を取りたくなる。でも、出来ないんだと、たま子は改めてその事に気づかされた。

自分は、そちら側には行ってはいけない、だからせめて、この気持ちを伝えたかった。


勇気を出して踏み込んだ思いも、梓は気づいているだろうか。不安そうに視線を落とすたま子に、梓は僅かに目を瞪ったようだが、「そうかな~、たまちゃん分かってる~」と、おどけながらたま子の肩を抱くので、たま子は擽ったくて笑ってしまった。その優しさに、溢れそうな思いに、たま子は静かに蓋をした。






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