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化想操術師の日常3




志乃歩(しのぶ)は、たま子を連れて廊下を歩きながら、胸ポケットからペンとメモ帳を取り出し、さらさらと絵を描いた。一筆書きで描かれたそれは、鳥のようだ。絵が完成すると、その絵は僅かに光って紙から浮き上がり、平面でしかなかったそれが徐々に立体となっていけば、それは瞬く間に、しっかりとした質量を持って羽ばたく鳥となった。


青い羽を持った手の平サイズの鳥は、まるで本物の鳥のようだ。背中や羽は色鮮やかな濃い青で、お腹は白く、愛らしい見た目をしている。十年前、イギリスの丘の上で志乃歩が出した、オオルリの雄と似ている。


くるりと天井の下を羽ばたいたオオルリは、志乃歩の指先に止まると愛らしい瞳で志乃歩を見つめた。


「仕事に行くよ、黒兎(くろと)達に伝えて」

「了解シタ」


ピッと鳴きながらオオルリが喋った。それから廊下を飛びながら、「業務連絡、業務連絡、仕事ダ、オ前ラ!」と、言葉遣いは乱暴だが、可愛らしい声で喋り、時折「ピールーリー」と鳴き声を上げて廊下の向こうへ飛んでいった。

たま子は志乃歩の絵と現れたオオルリを見比べ、また少し眉を下げた。


「どうしてこの絵から、あんな本物みたいな化想(けそう)が作れるんですか?」


尋ねるたま子は自信なさげだ。そんな彼女に、志乃歩は笑って肩を竦める。


「僕としては、君の方が不思議だけどね。化想操術(けそうそうじゅつ)としては、たまちゃんの方が特殊だよ」


廊下には、所々に絵画や観葉植物が置かれており、窓枠すらアート作品に見えてくる。年季を感じる壁や床、天井が、品格ある雰囲気を演出しているようだ。

階段の手摺も凝った彫り物が施されており、カーブする手触りも滑らかだ。


「たった一本の線で、この世界は変わる。化想操術の究極は野雪(のゆき)だろうな。たった一本の線にイメージしたもの全てを乗せて、それを現実に現せる。それも緻密にね。それが街なら建物の間取りから、動物の毛の一本一本までを、たった一本線を描いただけで現す事が出来るんだ。そこまでイメージを生み出す技術が突出してる。普通はそんなこと出来ないから、僕のように絵を描いたり、イメージを記録させた絵や記号をなぞったりして、化想を生み出すんだけどね」


言いながら、志乃歩は先程描いた鳥の絵を見せた。

一筆書きのような絵は、見ただけで鳥だと分かるが、それでも、先程現れた青い鳥と同一とは、やはり思えなかった。


「僕の場合は、形を描きながら頭の中でこの鳥の姿を思い描いてる。目の色、羽の色、嘴や爪の鋭さ、必要な能力。今のは大分簡単なイメージで作ったから、ちょっとリアリティに欠けるけどね」


志乃歩はそう言うが、たま子からしてみれば、その姿はほぼ完璧な鳥で、ちゃんとオオルリだと思えるものだった。


「だけど、街に飛ばす場合は人目に触れるから、本物と遜色ないものでないと、何だあれって騒がれちゃうからね。さっきバルコニーに来た鳩、見たでしょ?あれには、目の色だけちょっとオリジナリティ出ちゃったけど、まぁ、頭の上を飛ぶ鳩の瞳の色なんて、そこまで人は見ないだろうから」


志乃歩は苦笑い肩を竦めた。その辺は多目に見て、という事だろう。


広い玄関を出るとポーチがあり、レンガを敷き詰めた道が、外の大きな黒い門まで続いている。門の両側には塀はなく、山の木々の連なりが、その役目を果たしてくれているようだった。

レンガの道の左右は広い中庭となっており、右手には、離れと呼んでいるごく普通の二階建ての一軒家がある。左手を見れば、シロが大人しくお座りしていたが、志乃歩達に気づくとこちらに歩いてきた。百八十を超える背丈の志乃歩から見ても、シロは大きい。人懐こいシロは、志乃歩が撫でてやると、嬉しそうに尻尾を揺らした。


「この子も、野雪さんが出したんですよね」

「そう、線一つでね。このモフモフ具合は線一本じゃ再現は難しいよ。シロ、留守を頼むね」


志乃歩に声を掛けられると、シロは「ワフ」と、凛々しく頷いた。野雪のイメージから生まれた狼なので、本物のようでいて本物ではない。こんなに大きな狼はいないと頭では分かってはいるが、いざ目の前にすると本物にしか思えず、たま子はいつも不思議な気持ちになった。


中庭の奥には駐車スペースがあり、そこからやって来た黒いワゴン車が、門の前に停まった。次いで、門が開く音が聞こえてくる。

ワゴン車の運転席にいる男性は、野戸山黒兎(のとやまくろと)、二十八才。黒髪をきっちりと七三に分け、皺一つ無い黒のスーツ姿に革の手袋。ノンフレームの眼鏡を掛けた瞳は切れ長で、ハンサムだがやや冷たい印象だ。


後ろの席には野雪が既に乗り込んでいて、その隣にたま子が乗り、助手席に志乃歩が乗った。車が門をくぐると、車は一度停車する。門の外側には女性がいて、彼女は門を閉めると、たま子の隣の席に乗り込んだ。

彼女は、笹目塚姫子(ささめづかひめこ)、二十五才。黒地に白いフリルが付いたメイド服に、網のニーハイにガーターベルト、赤いパンプス。金色の長い髪はふわふわと巻かれ、勝ち気な猫目の瞳に、真っ赤な唇には棒付きのキャンディを咥えている。


「あれ?たま子、アタシがあげた服は?」

「あんなもの外で着れる訳ないでしょ」


姫子の問いかけに、たま子ではなく運転席の黒兎が答えた。


「はい、出たよ偏見!アンタに聞いてねぇんだよ!」


綺麗な顔を苛立ちに歪め、今にも黒兎に掴みかからんとする姫子に、隣のたま子は慌ててその体を押し止めた。


「落ち着いて姫子さん!あの、とても綺麗な服なので、外に着て行くには勿体なくて…」

「そお?汚したって良いんだよ、アタシが洗ってやるし、何ならまた買って、」

「その押し売りやめたら如何です?」


せっかく、たま子が姫子の意識を黒兎から引き戻せたと思ったら、また黒兎が姫子の気持ちを逆撫でる事を言うので、姫子は再び黒兎へと敵意を向けた。


「何が押し売りだよ!ただの好意だ!」

「おや、気づいてないのですか?たま子さんが嫌がってると。可哀想に…」

「はあ!?勝手な事言ってんなよ、潔癖眼鏡!」

「潔癖症も眼鏡も悪い事では無いと思いますけど!全国の潔癖症と眼鏡を掛けてる方々に謝って頂けますか!?」

「それ言うなら、アンタこそメイド服好きに謝れ!」


「はいはい、ごめんごめん!僕が代わって謝るから、君達、一度落ち着きなさい」


放っておいたらいつまでもやっていそうな口喧嘩に、さすがに志乃歩が止めにはいれば、二人は渋々ながら口を閉じた。二人が言い合いをするのは毎度の事で、これでよく同じ屋根の下で働けるなと、志乃歩は今更ながら感心と呆れに小さな溜め息を吐いた。






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