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化想操術師の日常  作者: 茶野森かのこ


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化想操術師の日常23




「何だよこれ!」


上空で野雪が奮闘している中、ビルの下では、突然現れた巨大な針山に、姫子(ひめこ)黒兎(くろと)は驚き困惑していた。針の一つ一つは、長身な彼らよりも遥かに大きく、きっと、腕を回しても足りないくらいの太さだ。それらが幾つも立ちはだかり、更にその針の切っ先の向こうには落ちてくる人影が見え、二人は更にぎょっとした。

慌てながらも、姫子はすかさず構えていた機関銃を放って針の先端を壊していくが、文字通りの巨大な針の山々だ、切っ先が平らになっても、この上に落ちればただでは済まないだろう。

それを見て、黒兎はタブレットに手を走らせた。黒兎が出したのは、もくもくと雲の形をした、巨大なクッションだった。ふかふかとしたそれが、切っ先を削がれた針山の上にぽふっと重なると、その直後、野雪(のゆき)の燕が針山に真横から突っ込み、燕が二人の前を通り過ぎる頃には、その強固に仕上げた嘴で針を根元から全て打ち砕いていた。突然の事に、呆然とする黒兎と姫子。更に、空には羽がはらはらと舞い落ちてきた。初めは、燕の嘴か針の切っ先がクッションに穴を開け、その中の真綿が飛び散っているのかと思ったが、クッションに穴が開いた様子は見られない。クッションはその形を保ったまま、砕けた針の上に、再びぽふっと乗っかった。


「え、野雪は!?」

「もう一人もどこへ…」


今、通りすぎた燕の背中には、野雪の姿は見えなかった。

二人が焦りながら、宙に舞い続ける羽に視界を奪われながらも、きょろきょろと辺りを見渡していると、巨大なクッションが再び、ぽふっと音を立てた。見ると、野雪が女性の体をしっかりと抱きしめたまま、野雪の背中が下になる形でクッションの上に沈んでいた。





野雪は、沈むクッションの衝撃に目を閉じ掛けたが、体に痛みはない。背中を包み込むような温もり、野雪達が落ちてきたその重みと衝撃で、クッションの両端がめくり上がり、野雪の視界の端もクッションに遮られていたが、それがゆっくりと元の位置に戻れば、野雪の視界が広がっていく。

はらはらと、まるで雪のように舞う羽の中、夜空を遮るビルのてっぺんを見つめ、野雪はほっと胸を撫で下ろした。

どくどくと鳴る心臓の音、大丈夫、生きている。


「離して!邪魔しないでよ!」


だが、安堵したのも束の間、女性は野雪の腕から逃れようと、野雪の胸を叩いて腕を突っぱね身を捩る。彼女はまだ諦めていない。野雪は唇を一度引き結び、体を起こすと、彼女の両肩を掴んで顔を上げさせた。


「ダメだ!嫌でも投げ出しちゃダメなんだ!生きてればあるんだ、あるんだよ、奇跡のようなことが。だからダメだ、苦しくても、生きてなきゃ分からないんだから」


ぎゅっと彼女の肩を掴む手に力がこもる。訴えるような、自分に言い聞かせるような野雪の言葉に、彼女は戸惑いを見せ瞳を揺らした。

強ばった肩から力が抜ける。クッションの上でジタバタと動いた為か、空に舞い上がっていた羽が再び降り注ぎ、まるで街から隠すように二人を包み込んだ。




白い世界が優しく体を抱きしめて、彼女は両手で顔を覆った。


「もしかして、泣いてる?」

「え、」


からかうように転がる声に、彼女は驚いて顔を上げた。

明らかに、野雪の声ではない。彼女には聞き馴染みのある、恋しい声。

気づくと彼女の前からは野雪の姿が消え、野雪のいた場所には、微笑む妹の姿があった。

彼女は信じられない思いで目を見開き、咄嗟に妹へと手を伸ばせば、その手をぎゅっと握り返される。妹は握り返した姉の手を引き寄せると、彼女を抱きしめた。


「あ、あなたなの…?」


温かなその温もりに、恐る恐る彼女が妹の背に手を回す。


「私以外、誰がいるの」


ケラケラと笑う妹の声に、声の振動が伝わるその体に、姉の目には涙が溢れていく。しがみつくように抱きつく姉に、妹の少し小さな手が彼女の背を優しく擦った。


「ごめんね、お姉ちゃんを一人にして」

「な、なんで、私があなたを、」


姉が困惑して体を起こせば、妹は困った顔をして笑った。


「なんでよ。私はずっと幸せだったから、お姉ちゃんは悪くないんだよ」

「そ、そんな、そんな事言わないでよ!私もすぐにいくから!」

「もーバカだなー、本当にバカ!だからモテないんだよ」

「バカでも何でもいい、一緒に、」

「ダメだよ」


ぎゅっと手を握られ、頭を振って伏せた視線を上げれば、妹はまっすぐと姉を見つめていた。その揺らがない瞳に、姉は唇を震わせる。

どうして、ダメだと言うの、許してくれないの。言葉にしようとしても、声が体が震えて上手く喋れない。それでも妹にはその思いが伝わったのか、彼女は瞳を緩めて、握った手を優しく揺らした。


「私は、お姉ちゃんに生きてほしいに決まってるでしょ、それで、色々なとこに連れていって」


連れていく。その言葉に、きょとんとして姉が視線を上げれば、妹はまた楽しそうに笑った。


「言ってたじゃん、お金貯めて二人で色んな国に行こうって。お姉ちゃん行ってよ」

「…そんなの、一人じゃ意味ないよ」


そういうことかと、姉が顔を伏せようとすれば、妹はそれを遮るように手を引いてその顔を覗き込んだ。


「一人じゃないよ、思い出して私を。そうしたら、私も一緒に行けるんだから。思い出してくれたら、私はお姉ちゃんと生きていけるんだから。だから、そんなに泣かないで。お姉ちゃんは、そうでなくても考えすぎちゃうんだから」


そう姉の心を優しく包む妹に、姉は更に涙を溢しながら、「これじゃ、どっちが姉か分かんないじゃない」と、妹の手をしっかり握りしめた。笑おうとしたけれど、笑えなかった。妹の手を離したくない、このままダメな姉でいれば、この時間が続くのではないかと、そんなどうしようもない事を思い、ただそれだけを願っていた。

だって、妹がしっかり者で、優しいのを知っている。この手を離していってしまうのを、知っている。

妹は、そんな姉の気持ちを見越したように、そっと姉の頭を撫でた。


「大丈夫、お姉ちゃんは私の自慢なんだから」


大丈夫、大丈夫。そう繰り返す妹の声に、姉は握った手から力が抜けていくのを感じた。離れたくないないのに、放したくないのに、妹の言葉が魔法のように心を解してしまう。大丈夫だと、思ってしまう。背中を押されてしまう。

妹の言葉に頷くしかなくて、それでも涙だけは止まらない姉の姿に、妹は優しく表情を緩めて笑った。


「はは!ぶっさいくだなー、もう顔ぐちゃぐちゃじゃん」


ぐにぐにと両頬を揉まれたら、姉もつられるように笑ってしまった。


「もう、うるさいな!」

「ははは!」

「もう、ふふ」

「今度、私の事を思い出す時は、笑ってる時の顔にしてね。楽しい事ばっかりだったでしょ?」

「…うん」


素直に頷いた顔がまた泣き出してしまいそうで、今度は妹がつられて表情を歪めた。それでも、思うのは姉のことだけだ。


「お姉ちゃん、大好きだよ。ずっと一緒だよ、泣いちゃダメよ、笑って。泣きたくなったら、笑って、笑いながら泣いて、私に笑われた事思い出して」

「…うん」

「ありがとう、いっぱい愛してくれて」

「…あなた以外に、私の妹はいないもの」


ぎゅっと妹の体を抱きしめれば、その手が優しく背中を抱きしめ返して、その温もりはやがて彼女の心に吸い込まれるように消えていく。舞い散る羽の向こうに夜空が見え、彼女はそこで意識を手放した。





彼女がその場で倒れ込むと、すぐに黒兎と姫子がクッションの上の二人に駆け寄った。


「野雪!」


そこには、野雪と彼女が、二人並んで横たわっていた。姫子がすぐに二人の状態を確認する。


「息はあるな、気を失ってるだけだ」

「救急車を呼びます!」


姫子の言葉に黒兎は安堵した様子でその場を離れ、姫子はビルから出てきた志乃歩(しのぶ)に、安心した様子で笑みを向けた。


「志乃歩、大丈夫!野雪は無事だ!」


それを聞いた志乃歩は大きく息を吐き、それから脱力してその場で膝に手をついた。


「…良かった、」


心の底から、その思いが言葉に溢れていた。

壱登(いちと)もほっとして野雪達の元に駆け寄る中、その場に座り込んでしまった志乃歩に、たま子は戸惑い、その隣で足を止めた。


「ごめん、ほっとして」

「…良かったです、無事で」

「うん…死ぬかと思った」


それは、野雪が、それとも自分が。その安堵の大きさに、たま子は志乃歩にとっての野雪の存在の大きさを思い、志乃歩の肩に触れようとしたが、その手は志乃歩に触れることはなかった。


たま子には、それ以上触れられない、触れてはいけないと、思い知らされたような気がしたからだ。





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