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化想操術師の日常21





それから、幾日過ぎたとある夜。


ネオンが灯る夜の繁華街を、ビルの屋上から見下ろす女性がいた。様々な店舗が入った、八階建ての雑居ビルだ。

その足元では、仕事帰りか、それとも遊びに出掛けてか、沢山の人々が行き交っている。たまにしかめっ面の人もいるが、その大半は、楽しそうな表情を浮かべていた。

そんな活気に満ちたこの街に、突如悲鳴が上がった。悲鳴の中心には男性が倒れており、背中から血を流していた。その背後には、血のついたナイフを持つ女性が一人、彼女はまるで亡霊のようにその場に立ち尽くしていた。






繁華街の事件が起こる少し前、九頭見(くずみ)邸では、庭で野雪(のゆき)とシロが夜空の星を探していた。穏やかな時間が流れる中、夜空を白い影が横切るのを見て、野雪は立ち上がった。志乃歩(しのぶ)のシラコバトだ。


シラコバトがリビングの窓をつつくと、中に居た志乃歩が気付き窓を開けた。シラコバトは窓の外に出された志乃歩の腕に止まると、志乃歩を見つめる。その無言の訴えは、志乃歩の脳裏に言葉を浮かべていく。


化想(けそう)が出るぞ、準備を」


志乃歩が部屋の中へ視線を戻し、そう告げた。リビングには、野雪以外の皆が集まっていた。


「車を用意します」

「野雪は外か?」


志乃歩の指示に頷いて、黒兎(くろと)姫子(ひめこ)が慌ただしく駆けていく。志乃歩はたま子に声を掛け、二人は揃ってリビングを出た。準備を済ませ、いつものようにシロに留守を頼むと、野雪も車に乗り込み、クズミ化想社の面々は家を後にした。



黒兎の運転する車で山を下る途中、志乃歩のスマホが鳴った。見ると、壱登(いちと)からの着信だ。


「なんか良い予感がしないな」と、ポツリ漏らしながら志乃歩が電話に出ると、電話の向こうも慌ただしい物音や荒々しい声が飛び交っており、騒然とした様子が伝わってくる。


「もしもし、どうした?」

「志乃歩さん、化想が出ました!繁華街で人を襲っています!」


電話越しに聞こえる壱登の声も、いつもより緊迫して聞こえる。志乃歩は嫌な予感が当たったなと、小さく溜め息を吐き、それにしてもと眉を寄せた。

シラコバトが化想を感知して、まだ間もない。たま子の時のように化想の出る速度が速く、しかも今回は人を襲っている。

術師だろうなと、志乃歩は、ちらとバックミラー越しにたま子の様子を見ながら、壱登との会話に向き直った。


「…うちの鳩も感知して、今そっちに向かう所だよ。それにしても人を襲ったってのは穏やかじゃないな…化想の状況は?」

「俺も今、現場に向かう所なんですけど、化想は女性の姿をしているそうです。女性が通行人の男性をナイフで刺したと通報があり、駆けつけた警察官が押さえようとしたんですが、そこで人じゃないと気づいたそうで、こっちに連絡が回ってきたんですよ」

「被害者は?」

「意識を失っていますが、命はあります。それからその化想なんですが、取り囲もうとする警察官に向かってはくるんですが、何か様子がおかしいようで」

「どんな風に?」

「警察官に襲いかかって来ても、直前で躊躇って逃げていくそうです。でも、捕らえられないから延々とその繰り返しで」

「化想は消えないのか…」

「今、周囲に包囲を進めているので、一般の人は寄せつけないようにはしているんですが、」

「分かった、場所は分かってるから、すぐに向かうよ」

「よろしくお願いします!」


壱登との通話を終えると、志乃歩は今の話を皆と共有した。


「術師の仕業だよな?」

「でも、それなら目的が分かりません。術者が人を襲うなら、それこそ化想そのものを使うんじゃないですか?ナイフなど使わなくても、人を殺める事は出来ます」

「なんか理由があるんじゃねぇの?そいつに刺されたお返しとか」

「それなら、目的を果たしたので、すぐに撤退するのではないですか?」

「そんなの、犯人に聞けよ!」

「どうしてあなたはすぐ、」


「はいはい!黒兎は運転に集中!姫もすぐカッカしない」


パンパンと手を打ちながら志乃歩がいつものようにいさめれば、二人は腑に落ちない様子ではありながら、ふいと顔を背けて口を噤んだ。

志乃歩はいつもの事ながら溜め息を吐き、口を開いた。


「気になるのはスピードだね、今回もすぐに化想が現れた。もし犯人が術師じゃないなら、誰かに導かれたのかもしれない、それならシンが絡んでる可能性が高いね」


化想が出る速さに限って言えば、術師である可能性が高いが、どうにも腑に落ちない点がある。化想の扱いに慣れていないのか、それか一般人か。一般人なら、誰かの手解きを受けない限り、早々に化想は扱えない。騒動を起こすことを見据えて犯人を誘い込んだなら、それは阿木乃亥家よりもシンの関係者である可能性が高いだろう。


「最近、よく出てきますね」


シンという組織の事だ。黒兎は、溜め息と共に呟き、アクセルを踏み込んだ。


その車内、いつもの席に座っていたたま子は、皆の会話を、どこか落ち着かない様子で聞いていた。野雪は視線だけをたま子に向けていたが、何も言わずに窓の外へ目をやった。

今日は雲が多く、月も見えなかった。






夜の繁華街は人で賑わい、警察が張った規制の周囲も、何が起きているんだと、心配や興味を引かれた人々が群衆となって集まり、騒ぎになっていた。

志乃歩達は群衆の外に居た警察官の了承を得て、路肩に車を停めると、群衆を掻き分け規制の中へ入って行く。


一本の道路を挟んでビルが密集して建ち並ぶそこには、沢山の警察官達が集まり、盾を手に輪を作って何かを囲っている。

あちこちで指示が飛び交い騒つくその中、対策を練っているのか、バリケードとなっている彼らから少し離れた場所で、警察官達と話し込んでいる壱登の姿を見つけた。志乃歩が声を掛けると、振り返った彼は心底安心した様子で表情を崩した。


「皆さん、良かった!俺達じゃ手に負えないんですよ!」

「あれから状況は?」

「変わりません、今警官達でバリケード張ってるんですけど、中央で踞ったまま動かなくて」

「そうか、ありがとう、もう大丈夫だよ。警官達を安全な場所まで下がらせて」


壱登は頷き、側に居た警官に指示を出した。


「規制のビルの中も人は居ないよね」

「はい。外へ退避させました」

「分かった、規制の内側には誰も入らせないでね。黒、目隠しの準備を」

「分かりました」


黒兎はタブレットを操作し、姫子は銃を取り出す。


「術者が近くに居るんだよな」

「恐らくね」


姫子に志乃歩が頷き、たま子に目を向ける。


「たまちゃん、危ないから僕達から離れないでね」

「は、はい」


たま子は緊張した面持ちで、志乃歩の言葉に頷いた。


間もなく光が地面から空へと走り抜け、規制の中は黒兎の目隠しに囲われた。志乃歩は術者を探させる為にシラコバトを飛ばし、野雪はノートとペンを取り出した。


「とりあえず足止めする」


盾を持った警官達のバリケードが解かれていくと、彼らが囲っていた化想が見えてきた。化想は報告の通り女性の姿をしており、黒色の髪は長く、真っ白の裾の長いワンピースを着て、頭を抱えて踞っている。足元を見れば足はなく、ワンピースの裾の部分も薄ら消えかけていて、その姿はまるで亡霊のようだった。


野雪がノートにペンで線を引くと、その女性を囲うように、この一角だけ世界が変わった。


夜は明るさを取り戻し、狭いビルの路地が途端に開けていく。ビル群は一瞬の内に消え、そこは一面、花畑になった。ネモフィラの花畑だ。


「わお、メルヘンチック」

「昨日テレビで見た」


姫子の言葉に、野雪が抑揚なく返す。野雪はゆっくりと化想に近づいた。


「泣いてるのか」


そう尋ねる姿は、大晴の化想の中で見た姿と重なって見える。声に抑揚はないが、優しく思いやりのある声だった。


「来るな!」


だが、化想は大声を上げて野雪に刃物を向けた。その目は血走っており、誰かを傷つける前に自分が倒れてしまいそうだ。


「俺はあなたを傷つけない」

「誰も信じない!だって帰って来ないじゃないか!」

「帰らない?誰が?」

「全て私のせいだ!こんな筈じゃなかったんだ!こんな事…!」


その刃が自らの喉に向かい、野雪は咄嗟に手を伸ばし、その刃を手のひらで受け止めた。


「野雪!」


志乃歩や姫子が叫び、たま子は悲鳴を押さえた口の中に飲み込む。野雪の手のひらからはポタポタと血が滴り、美しい花の青に赤が混ざっていく。


「死ぬな」


重い一言だった。真っ直ぐと、怒っているような瞳の中に、焦りやもどかしさが浮かんでいる。その声からは、許さないという気持ちが伝わってくるようだった。

化想は野雪の気迫に目を瞪ったが、やがて悲しそうに笑った。


「…死ぬ事も許されないの」


涙がぽたりと零れ落ち、掴んでいた手が、体が、黒い物体となった。それは突如体から外へ広がり、そのまま勢いよく野雪を包み込んでいく。


「野雪!」


駆け出す志乃歩と姫子、それから立ち尽くだけのたま子。それは一瞬の出来事だった。

黒い物体に包まれた野雪の体は、その黒ごと姿を消してしまった。同時に野雪の化想の世界は解かれ、元の街へと景色が戻っていく。


「そんな、野雪!」


存在を探そうと、姫子が地面を這うように手でなするが、いるはずもない。志乃歩は呆然としていたが、すぐに表情を引き締め、姫子の腕を取って立ち上がらせた。


「探そう、術者さえ見つければ、野雪は戻ってくる」

「でも、」


立ち上がり顔を上げた姫子は、はっとした。懸命に焦りや動揺を堪え、志乃歩はそれでも姫子を安心させようと表情を緩める。きっと大丈夫、そう自分に言い聞かせているのが、掴む手の強さから伝わってくるようだった。


「……」


姫子は真っ赤な唇を噛みしめると、気合いを入れ直すように、自分の両頬を、パチンと両手で叩いた。

今、一番不安でならないのは、志乃歩だ。主が懸命に立ち上がっているのに、自分が踞っているわけにはいかない。普段から志乃歩に対しての言葉遣いや態度は乱暴でも、志乃歩は姫子が支えるべき主だ。


「術者は近くにいるはずだ」


呟く志乃歩の元へ、シラコバトがやって来た。


「見つけた、ビルの屋上に女性がいる」


それから、端でオロオロとしていた壱登に声を掛け、ビルに入る事を告げた。


「たまちゃんも来て、姫は黒とここに残ってフォローを頼む。また化想が現れるかもしれないから」

「分かった、気をつけろよ」


動揺を押し込めて気遣う姫子に、志乃歩は姫子を安心させるように頷くと、壱登とたま子を引き連れ、術者が居るだろう雑居ビルに向かった。





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