表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/48

化想操術師の日常2




同じく十年と少し後、ここは東京のとある山の上。



心地よい春風を浴びながら、青い空を一羽の鳥が飛んでいく。

見たところシラコバトというキジバトの仲間だろうか、やや小型で尾が長く、全身は灰褐色で、首に黒い横線が入っているのが特徴だ。


だが、このシラコバト、鳥であり鳥ではない。


鳴き声はクックーと鳩そのものだが、瞳の色は海のように青い。

シラコバトは、とある山の上にぽっかりと空いた敷地に建つ、二階建ての大きな洋館に向かっている。そこは、白い壁に青い屋根のあるお屋敷で、塔屋には丸い窓が、二階にはバルコニーがある。

シラコバトが向かったのは、バルコニーがついた二階の角部屋だ。



少し開けていた戸にカーテンが揺れ、その部屋の中に男性の姿がある。

彼は、九頭見志乃歩(くずみしのぶ)、三十二才。茶色の緩くパーマのかかった髪をセンターで分け、たれ目がちの瞳からは穏やかさを感じられる。いつもきっちりとベストを着込んだ上質なスーツ姿で、上着を脱いでいる時は、シャツの袖を捲っている事が多い。

シラコバトがバルコニーの手摺に止まると、それに気づいた志乃歩は、手にしていたノートを閉じると、バルコニーに出て、シラコバトの頭をひと撫でした。


「そう、ご苦労様」


シラコバトは、頭を撫でる志乃歩の指先に気持ち良さそうに目を細め、労いの言葉に頷くと、再び空へと舞い戻っていった。

志乃歩はシラコバトを見送ると、バルコニーの

下、広々とした庭に目を向けた。森の木々に囲まれた庭には、寝転がっている巨大な白い狼がいる。


野雪(のゆき)、仕事だ!」


声を掛けた先、巨大な狼のふわふわした尻尾が持ち上がると、それにくるまれていたのだろう、そこから少年が顔を出して志乃歩を見上げた。

少年は、九頭見野雪(くずみのゆき)、十七才。パーカーのフードを目深に被って過ごすのは、十年経っても変わらないようだ。因みに、夏になるとフードの代わりに帽子を被っている事が多い。夏服でもフードがついた服もあるが、夏服は生地が薄いので心許ないようだ。

野雪がフードや帽子を被るのは、なるべく視界を覆いたいという理由からなのだが、それでも不安なのか、前髪も長く伸ばし、その視界を覆っていた。今はフードで見えないが、視界を隠す効果のない襟足は、短くすっきりとしている。


志乃歩の呼び掛けに顔を上げた野雪は、前髪を指で掻き分けて大きな瞳を覗かせると、小さく頷いて立ち上がった。

百七十無い背丈の細身の体に、たっぷりとしたパーカーを羽織っているので、体はより小柄に見える。野雪は、大きな狼の腹の下敷きになっていた黒いショルダーバッグを引っ張り出すと、顔を向けたその狼の鼻先を撫でてやる。


「シロ、行ってくる」


ワフ、と頷くシロの口は、野雪の体を簡単に飲み込んでしまいそうな程に大きい。恐らく世界中のどこを探しても、こんなに大きな狼はいないだろう。

そんな巨大な狼は、名残惜しむように野雪の体に頭を擦り付けている。体は大きくても、野雪の前では子犬のように甘えただ。


そんな野雪とシロの様子を眺めていた志乃歩は、そっと頬を緩めた。



野雪と志乃歩は、今から二年程前にイギリスから東京に戻ってきた。野雪の手を引いてイギリスに向かった日の事を、志乃歩は今でもよく覚えている。

あれからもう十年、その月日は長いようであっという間だった。野雪の成長を見守ってきた志乃歩には、余計にそう感じられるのかもしれない。



「相変わらず仲の良いこと」


野雪はシロの甘える仕草に耐えきれず、芝の上に押し倒されてもがいている。この庭ではよく見られる光景だ。その様子に志乃歩は微笑み、室内に戻ろうとして、同じくバルコニーから野雪の様子をじっと見つめている少女に気づき、声を掛けた。


「たまちゃんもおいで」

「は、はい」


少女ははっとして顔を上げると、焦った様子で頷いた。

彼女は、たま子。年齢は十代、野雪と同じ年の頃だろうと志乃歩は思っている。たま子という名前は仮名で、名前も年齢も分からないのは、彼女が記憶を失っているからだ。

黒いボブの髪形に、丸い瞳はいつも少しだけ困っているように見えた。背は野雪より少し低いくらいで、アイボリーのTシャツにジーンズ、飾り気も無いシンプルな出で立ちだ。


たま子が室内に戻るのを見て、志乃歩も部屋に戻った。それから、手にしていたノートに視線を落とした。

そのノートには、子供の落書きのような絵が描かれている。線が縦横無尽に駆け巡り、二つの大きな三角形がにょきっと出ているが、何の絵かはよく分からない。

志乃歩はそれに目を落とし、少し考えてデスクの上に置いた。


ここは、志乃歩の部屋だ。部屋は、白い壁にシックな色合いの家具で統一されている。ベッドにデスク、クローゼットに本棚、無駄を嫌うように整然と家具が並ぶだけの部屋は、あまり生活感を感じられなかった。壁にはひまわりの絵が飾られ、絵だけを見ればほっと気持ちを和ませてくれるようだが、彼の部屋にはどこか不釣り合いのようにも思える。

志乃歩は、コート掛けに掛けていたジャケットを手に取ると、部屋を出た。廊下に出ると、どこか緊張した面持ちで待っているたま子がいて、志乃歩はその緊張を解すように柔らかく微笑んだ。


「行こっか」


軽やかに声を掛けると、たま子は安堵した様子で頷いた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ