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ダイニングバー ほたるいし  作者: 鋼玉 九兵衛
3/3

カニの甲羅酒

雪がしんしんと降り積もる中、行き交う人々の中に、一際大きなシルエットがひとつ。オオカミの顔をした男が黒いコートに身を包み、うつむき気味に歩いていた。彼の名はロウという。出向でオオカミの星からやって来たエンジニアだ。


「はぁ…」


ロウは大きくため息をつくと、白い息が空に向かって舞い上がり消えた。


(正月か…。この星に来て1年近く経つのに、俺みたいな他の星の動物少ないから、行く先々で怖がられて…。 仕事でもビビられてうまくコミュニケーション取れないし…落ち込むなぁ。)


ふと、路地裏から美味しそうな香りが漂ってきて、ロウは足を止めた。香りの先には、店の看板が見える。


(お腹空いたし、何か食べて元気出そう…)


カランカランと音を立てて中に入る。店員のハルがロウに声をかけた。


「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」

「あ…1人です。 カウンターでいいですか?」

「かしこまりました! こちらへどうぞ!」


にこやかにカウンターへ案内してくれる。少しだけ小さい椅子にかけて、黒板のメニューを見る。今日は和風メニューが豊富なようだ。


「すいません。 日本酒を熱燗で。 それから…ホッケの塩焼きと、大根サラダください。」

「はーい!」


元気な返事が返ってきて、ハルは厨房に注文わ伝えに行く。 マスターが猫だったので、ロウは少し驚いた。


「お待たせしました。 熱燗です!」


温められた酒がとっくりに入れられ、おちょこと一緒に出てくる。ロウはトクトクとおちょこに酒を注ぐと、クイッと飲み込んだ。


「あぁ…」


思わず声が出る。 フルーティーさを感じる甘やかな酒が、喉を通って腹の底から温めてくれる。追加でやってきたホッケの塩焼きに醤油を垂らし、ホクホクの身を頬張りながら、ロウは考える。


(この星は本当に酒と料理がウマイんだよな。 この店は特に味がいい…。)


大根サラダで口をさっぱりさせ、ホッケと酒を交互に口に運んでいると、マスターがカウンター越しに声をかけてきた。


「お客さん、お仕事帰りですか?」

「えぇ、今日で仕事納めなんです。」

「それはそれは…1年お疲れ様でした。」

「ありがとうございます。…失礼ですが、マスターは他の星から来た方ですよね?」

「はい、この星にやって来て10年になります。」

「10年、ですか…」


ロウは目を丸くすると、少し自嘲気味に笑いながら話し始めた。


「この星にも慣れているのですね。 僕はこの星に仕事で来て1年ほど経つのですが、こんな見た目と図体ですから、怖がられてしまって…。 故郷にいた頃は、こんなに孤独を感じたことはなかったんですけどね…」

「この星の方々は、あまり他の星の方々を見慣れておりませんからね。 私も買い物をする時は視線をよく感じますよ。」


マスターもふふっと笑う。


「他の星の方と出会えたのも何かの縁です。 一杯サービスいたしますよ。」

「いいんですか? それじゃあ、何にしようかな…」

「少し変わってますが…カニの甲羅酒なんていかがですか? 新年なので、いいカニを仕入れたんです。」

「カニか! 大好物です! ぜひ甲羅酒で…」

「かしこまりました。」

「あと、カニの足を焼きにできますか?」

「もちろんですよ、お待ちくださいね。」


マスターは網の上にカニの甲羅と、殻を削いだカニの足を乗せ、火にかけた。カニの焼ける香ばしい香りが店内に広がる。


(あぁ…この香ばしい潮の香り…たまらないな。)


「お待たせしました。 カニの甲羅酒と焼きになります。」


熱い湯気の立つ甲羅酒と焼き。甲羅酒をふぅふぅと息を吹きかけながら、ズズ…とすする。カニ味噌の溶け込んだ日本酒が、香ばしさを纏って口の中を踊る。


「うまい…」


ロウは軽く目を閉じて、甲羅酒の余韻に浸る。二口目をすすっていると、ドアの方から音がした。


カランカラン


「どうもー…って、うわ! めちゃくちゃカニのいい匂いする!」

「あら、杏平さんいらっしゃーい!」

「ハルちゃん、こんばんはー。 ん? そこにいるのは…」


店に入ってきた杏平は、ロウを見つけて声を上げた。


「ロウさんじゃないですか!」

「あ、営業の御殿場くん。」

「偶然ですね! この店が気に入っててよく来るんですよ! ロウさんも?」

「いや、僕は今日初めて入ったんだ…」

「そうですか、カニ、いいですね! マスター! ビールと黒板のカニグラタンくださーい!」


会社ではほとんど話したことのなかった御殿場だが、ずいぶん気さくな男だったようだ。話がよく弾む。


(怖がられていると思い込んで、こちらから歩み寄ることはなかったが…、少し積極性を持つのもいいかもしれない…)


ロウの表情がほころぶ。彼の新年は、去年より少し明るい年になりそうだ。


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