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ダイニングバー ほたるいし  作者: 鋼玉 九兵衛
2/3

ポトフ

金曜の夜、カランカランと音を立てて、ほたるいしのドアが開いた。今日はテーブル席も埋まり、賑やかな店内である。


「いらっしゃいませ! あ、御殿場さん!」

「ハルちゃんこんばんは。 今日も寒いな〜。」


あれ以来すっかり常連となり、名前も覚えられた杏平である。店員の春野ハルのことも愛称で呼ぶほどである。


「御殿場さん、いらっしゃい。」

「マスター、こんばんは。」


厨房から顔を覗かせたマスターにも挨拶をする。ビールとオリーブの盛り合わせを注文し、ふと店の奥を見ると、大きなグランドピアノの前に三毛猫の少女が座っているのが見えた。杏平はハルに尋ねる。


「今日はピアノ演奏があるの? マスターのお知り合い?」

「ええ、マスターの姪っ子さん。猫の星の音大に通う学生さんですって!」


少女はピアノを弾き始める。杏平の聴いたことのない曲だ。楽しげな曲調に多彩なピアノの音が乗って、店中に響き渡る。先程までテーブル席でガヤガヤしていたお客たちも、ピアノの音に耳を傾けている。演奏が終わり、少女が立ってお辞儀をすると、店内から拍手が起きた。


「あー楽しかった!」


少女は少し興奮した様子でカウンター席にすとん!と座った。杏平は少女に話しかける。


「素敵な演奏だったよ。 初めて聴いた曲だけど、なんていう曲なの?」

「今のは『マタタビ居酒屋』って曲なんだ! 猫の星ではとっても有名な曲! バーでよく流れてるの!」


少女は無邪気に笑って答えた。


「おじさん、なんかおすすめの食べ物ある? お腹すいちゃった!」

「今日はポトフがおすすめだよ。 オトが来るから仕込んでおいた。いい鶏肉も仕入れたから、野菜と一緒に煮込んだよ」

「おいしそう…じゃあポトフちょーだい! あとミルクセーキも!」

「はいよー!」


マスターは元気よく返事をすると、卵と牛乳を取り出し、ミルクセーキの準備に取りかかった。


「手作りのミルクセーキ…おいしそうだなぁ。」

「お兄さんも注文する?」

「うーん、でも冷たいし、アルコール飲みたい気分なんだよなぁ。」


杏平が悩んでいると、マスターが声をかけてくれた。


「でしたら、ミルクセーキにブランデーを足してブランデー・エッグノッグにするのはいかがです? あったかいのも作れますし。」

「おーそれは今の気分にピッタリだ。 あったかいのください! あとポトフも。」

「かしこまりましたー。」


マスターが手際良くカクテルを作り始める。オトが杏平に話しかけてきた。


「お兄さんはここのお店にはよく来るの?」

「うん、仕事帰りにちょくちょくね。 オトちゃんは?」

「私は今大学が休みだから遊びに来てるの。 私成人してるけどお酒は苦手なんだ。 でもおじさんのミルクセーキは大好きだからここに来るといつも頼むのよ。」


話していると、カクテルが目の前に置かれた。


「お待たせしました。 ミルクセーキとブランデー・エッグノッグです。」


グラスに注がれた乳白色の冷たいミルクセーキに、真っ赤なチェリーが一粒飾られている。温かいエッグノッグには、シナモンパウダーがまぶされ、香りが立っている。杏平とオトは乾杯して、カクテルを一口飲んだ。


「ん〜! ひんやり甘くておいしい! 高級なプリンみたい! そっちはどう?」

「エッグノッグもじんわり甘くて、ブランデーとシナモンの香りが効いていてウマイよ! 身体の芯からあったまるね。」


やがて、湯気の立ったポトフが運ばれてきた。ジャガイモ、ニンジン、キャベツが柔らかく煮込まれ、鶏肉も見るからにホロホロと柔らかそうだ。別皿でバゲットが添えられているのも嬉しい。


「あー、すっごく優しい味…。」

「野菜も鶏も旨味がすごいな。 いくらでも食べられそうだ。」


2人は夢中になってポトフを頬張る。マスターは嬉しそうにオトを見つめた。









「ごちそうさま、お勘定お願いします。」

「はーい!」


杏平は会計を済ませ、オトに声をかけた。


「今日のピアノ、すごく良かったよ。 また地球に遊びに来たら弾いてほしいな。」

「ありがとう! 春休みになったらまた遊びに来るね!」


杏平は片手をあげて、店を出て行った。


「もうちょっと弾こうかな。」


オトはピアノの方へ歩いて行った。ハルはマスターに話しかける。


「オトちゃんのピアノ、すごかったですね。 感動しちゃいました。」

「実は、オトは最近ピリピリしてたんだ。 コンクールも考えているようだし、練習も必死でね。 もちろんいいことなんだけど、こういったフランクな雰囲気で弾くのも気分転換になるかと思って、ウチに遊びに来てもらったんだよ。」

「そうだったんですか? でも今日はすっごく楽しそうに弾いてましたよ。」

「うん…。 御殿場さんとも楽しそうに話していたね。 いい経験になったようで、良かった。」


マスターは目を細めて微笑む。三毛猫の少女は楽しそうにピアノを弾き始めた。

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