表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダイニングバー ほたるいし  作者: 鋼玉 九兵衛
1/3

マグロのカツ

「うー…さぶさぶ…」


粉雪が舞う夜の街中を、体を縮こめるように丸めながら歩く、1人のサラリーマン。時折、空を行き交う船を見上げながら、白い息をふぅっと吐き出す。


地球も異星間とのグローバル化が進み、いろんな星の人やモノが行き来するようになったとはいえ、地球での生活にあまり変化はない。この男ーーー御殿場(ごてんば) 杏平(きょうへい)も、中小企業の社員として代わり映えのない毎日を送っている。


「ん?」


杏平は鼻をくすぐる良い香りに思わず立ち止まった。どうやら、路地裏の方から漂ってきているようだ。


(最近働き詰めだったし、いい店があったら一杯飲んでいこうかな。)


彼の足は自然と路地裏に向かっていた。静かな路地裏を進むと、ぽつんと趣きのある看板と、木製のドアが見えてきた。


「ダイニングバー ほたるいし?」


看板に書かれた店の名前を読み上げる。急にぴゅう、と冷たい風が吹いて、体がぶるりと震えた。


「とにかく入っちゃおう。」


ドアノブを引いて、カランカランと軽い鐘の音と共に店の中に入った。









「いらっしゃいませ!」


元気な挨拶で迎えられる。店はカウンターと、テーブル席が2つ、それに大きなグランドピアノが1台。こじんまりとしているが、暖かい灯りと、木の温もりが感じられる店内を見て、(当たりだな。)と、杏平は嬉しそうな顔をして考える。


「おひとりですか? こちらのカウンターへどうぞ!」


ポニーテールの明るい女性店員が案内してくれた。名札には「春野」と書かれている。ふと店の厨房を見ると、グレーの猫の顔をした男が鍋をかき混ぜていてぎょっとした。杏平の表情に気づいたのか、猫男はこちらを見て、にこりと笑って会釈した。思わず、杏平も会釈を返す。


(異星人の店員もいるのか。 実感なかったけど、世間ではグローバル化も進んでるんだな。)


そんなことを考えながら、黒板に書かれたおすすめメニューに目を通す。


「外は寒かったでしょう? こちら、お通しのコンソメスープね!」


ポニーテールの店員がフレンドリーに小さめのカップを置く。具の入っていない、黄金色のスープだ。


(いい匂いの正体はこれだったか…)


ズズ…と一口すする。野菜と肉の旨味が溶け込んだスープが、体の芯から温めてくれる。思わず声が出た。


「うまい…」

「ありがとうございます! お飲み物は何にしましょう?」

「そうだなぁ、とりあえずビールをグラスで!」

「かしこまりました!」


店員はビールサーバーからグラスにビールを注いでくれる。きめ細かい泡がこんもりとしたビールが運ばれてきた。杏平は喉を鳴らしてビールを飲む。


「んー、小麦の香りが華やかでうまいな…。料理の注文いいですか?」

「はい!」

「おすすめの、プチトマトのピクルスと、マグロのカツください。」

「はーい、おまちくださいね!」


店員は猫男に注文を通しに行く。どうやら彼が店主のようだ。店員がカウンターに戻ってきて、グラスを洗いながら話しかけてきた。


「お客さん、お仕事帰りですか?」

「えぇ、最近働き詰めで今日も残業してたんですけど、やっと仕事がひと段落したから、せっかくだしどこかで一杯飲もうと思って。 」

「あらら、それは大変でしたね。」

「いい匂いがしたからここに入ってみたんですけど、当たりでした。はは。」

「ありがとうございます。ウチのマスターは猫の星で料理人をしていたんですよ。」

「へぇ、猫の星は魚料理がウマいって聞くし、マグロのカツ楽しみだな…」

「ふふふ…今日のマグロは猫の星で獲れた星マグロって種類で、赤身の旨味が強いんですよ。 楽しみにしていてくださいね。」


店員は嬉しそうに笑う。厨房で、店主がマグロのカツを揚げているのが見えた。


パチパチと油のはじける音。

棚に飾られた、瓶入りの蛍石。

あたたかいランプ。


「落ち着くなぁ…」


やがて、赤と黄色の鮮やかなプチトマトのピクルスと、揚げたてのマグロのカツが運ばれてきた。


「んっ、このトマトのピクルスウマイな! プチッと弾けて、甘酸っぱくていい! それにこのマグロカツ…」


辛子をちょんちょんとつけて、口にほおばる。レアなマグロの身の旨味と、それを包み込む衣のサクサクとした歯ざわり。


「ビールが進んじゃうね。」


おかわりしたビールを流し込む。先程まで冷たく疲れ切っていた身体は、いい具合に温まっていた。









「ありがとうございました〜!」

「ごちそうさまでした。 また来ます。」


カランカランと音を立てて、杏平は店を出た。相変わらず空気は冷たいが、雪はすっかりやんで星空が見えた。


(いい店見つけたな。これから仕事帰りにちょくちょく寄ろう。)


杏平は軽くなった足取りで、家路につくのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ