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クゥレス、憂慮

 クゥレスは日の出とともに起きる。ハンモックの上で伸びをして、クゥレスは上体を起こした。ハンモックは枝を編み込んで作ったもので、葉がクッション代わりに敷かれている。


 ハンモックから降りようとしたところで、クゥレスは足元で眠っている狼の存在に気づいた。大の大人くらいの大きさはある。灰色の毛が日光を反射しほのかに輝く。呼吸と共に体を上下させながら、すやすやと眠っていた。


 その様子を見て、クゥレスは軽く微笑んで、ハンモックからそろりと降りた。狼を起こさないよう、気配を消して慎重に降りたつもりだった。だが、狼はクゥレスの気配を敏感に感じ取った。耳がピクリと動き、瞼がゆっくりと開かれる。狼と目が合い、クゥレスは破顔して声をかけた。


「おはよう、ルカ」


 クゥレスの挨拶に対し、ルカと呼ばれた狼は牙をむいてみせた。凶悪な顔だが、ルカはこれで笑っているつもりなのだ。それを心得ているため、クゥレスは怯えることもなくルカに近づき、頭を撫でた。


「じゃあ、僕は朝ご飯を食べるよ」


 クゥレスがそう言うと、ルカが頷いておもむろに体を起こし、どこかへ走り去っていった。ルカが森の獣を食べるのを見るのを、クゥレスは好まない。ルカはいつも、クゥレスが知らないところで食事を終えてから、クゥレスの元へ戻ってくる。


 クゥレスは、近くの草の中から食べられるものを手早く見つけ、ちぎり取った。いくつかキノコも採る。手に持ちきれないくらい抱えたところで、ハンモックに戻って草を下ろした。


 クゥレスは菜食主義者だ。魔窟の森の獣肉を食べることができない。その理由の一つには、もちろん愛する森の獣を自ら殺したくないという思いもある。だがそもそも、魔窟の獣肉が帯びる魔力は、人間が食べるには強すぎるのだ。


 この事実を理解しない人間が、森の外にはいる。魔窟の森の獣を喰えば、強大な魔力を手に入れられると信じている人間がいるのだ。それでなくとも、魔窟の獣の中には派手な毛並みを持つ種類がいる。そんな獣の毛皮を求めて森に入ってくる人間も絶えない。そして、欲深い愚かな人間にかける情けを、クゥレスは持ち合わせていなかった。


「こんなものかな」


 ハンモックいっぱいに食草が集まり、クゥレスは満足げに手を払った。そして今度は、食草をじっと見つめる。パチン、とクゥレスが指を鳴らした。途端、食草が宙に浮き、一瞬炎に包まれた後に水に揉まれた。クゥレスが使う魔法のなす業だ。


 魔窟の森は、魔力が溜まりやすい場所だ。微弱とは言え、森の草木にも魔力が宿る。子供の頃から森の草木を食べて育ってきたクゥレスの魔力量は、他に類を見ない。


 しかし、クゥレスは学校に行ったことがない。生きるために必要なことは先代の守り人から学んだ。クゥレスが使う魔法はそのほとんどが自分で編み出したものだ。クゥレスは魔力量に見合う威力を持つ魔法を使えなかった。


 処理が終わった食草をもう一度ハンモックの中に置き、クゥレスは立ったまま手づかみで食べ始めた。味付けもなく、甘みもないのでおいしいとは言えない。だがクゥレスにとってはいつもの食事だ。


 クゥレスが食事を進めていると、チュンと小さな声が聞こえてきた。クゥレスの目の前に青い小さな鳥が下り立つ。クゥレスは緊急事態だなと察した。


「どうしたんだい? またお客さんかな」


 そう言いながら、クゥレスは小鳥の頭を撫でた。小鳥と見えない神経で繋がる感覚が、クゥレスに訪れる。


「もう一度見に行ってくれるかな」


 クゥレスが促すと、小鳥はチュン、と鳴いて飛び立っていった。小鳥の姿が見えなくなったところで、クゥレスは小鳥の視覚を自分と共有させる。小鳥が見ている景色が、クゥレスにも見えた。


 どこまでも見通す小鳥の目を使い、森の近くを観察する。森の入り口付近には、誰かがいる様子もない。不審に思うクゥレスであったが、小鳥ごしに強烈な威圧感を感じ取った。威圧感の主を探す。


 そして、路地裏を歩く軍服姿の男を見つけた。気配を殺して、縫うように歩いているのが見てわかる。あいにくと軍帽で顔は隠れていた。だが、腰に下げられた、人ほどの長さのある長刀と軍服、そして感じる威圧感から、クゥレスはその正体を悟った。死にぞこないのランジの名は、クゥレスにも伝わっていた。


「嫌なやつが来たな……。いいよ、戻ってきて」


 小鳥に指示を出し、クゥレスは小鳥との繋がりを絶った。


 クゥレスが編み出した魔法のうちの一つが、テイムと呼ばれる技術だった。動物を操り、動物の得た情報を得て、さらには自分の代わりに動物に攻撃させる。それがテイムであり、テイムを利用する者をビーストテイマーと言う。


 ビーストテイマーは、それほど重宝される職でもない。諜報活動にも使えるが、動物を支配下に置ける距離には制限がある。加えて、普通は一度にテイムできる動物の数はせいぜい五体が限度。攻撃も、動物に攻撃させるよりは直接攻撃できる魔法を使った方が、威力も高い。ビーストテイマーは日の目を見なかった。


 だが、クゥレスは世間に認知されているビーストテイマーとは違った。クゥレスはやろうと思えば、広大な魔窟の森に住まう動物全てをテイムできる。テイムできる距離にも個体数にも限度がない。


そしてテイムする動物も並の動物ではない。魔窟の森の食物連鎖の中で生きる魔獣たちだ。魔法を使える個体も多い。小動物ですら、簡単に人を殺せる。クゥレスにその気があれば、魔窟の森の傍の国一つ滅ぼすこともできた。


「昼頃に来るかな。穏便に済めばいいけど」


 クゥレスは大きくため息をついた。クゥレスは、ランジですら勝てない相手ではないと考えていた。だが、ランジと闘ってどれだけの動物たちが犠牲になるか。クゥレスは闘わないで済むことを祈った。

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