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ランジ、参戦

 魔窟の森を行く道中は、とても平穏だった。葉の擦れる音や水滴が落ちる音、鳥のさえずり以外は何も聞こえない。ランジは一度も獣の姿を見なかった。だが、獣たちがランジの様子を伺っているのは、はっきりと感じ取っていた。ランジは二日弱の間休むことなく、ただまっすぐと歩いた。


 そしてランジの想像以上に簡単に、森を抜けることができた。森を抜けた先は、東域と同じように家が彼方まで建ち並んでいた。東域は木造の家が多かったが、西域はレンガで造られた家が主だ。


「ふむ。どうしたものか」


 無計画に西域に来たランジは、西域の地理を知らない。だが、さまよっておけば強者の情報は勝手に入ってくると知っている。ランジはまず、身をひそめる場所を見つけることを考えた。


 現在のランジは、長刀を携えた軍服姿の骸骨男という風貌をしている。軍服はランジが殺した者から頂戴したものだが、ランジが休みなく動くために、すでに破れている部分もある。軍帽はランジの顔を目立たなくしてはいるが、近づけばアンデッドであることはすぐに分かる。


「姿を見られ騒がれたところで、別段困らぬとはいえ……。む?」


 目を付けた細い路地に入ろうとしたところで、ランジは遠くに悲鳴を聞いた。これは面白いことが起きている、と確信し、ランジは一息に跳躍した。たちまちランジの体は目前の家の屋根を飛び越える。足が屋根に触れると同時に、ランジは悲鳴の方向へ一直線に駆け出した。残像が帯のように後に残る。


 遠くに聞こえたはずの悲鳴の出どころはたちまちランジの視界に捉えられた。大勢が狼狽した様子で通りを駆け回っている。ランジは人込みの中から素早く異形の存在を見つけだした。


あやかしか!!!」


 それは、不細工な粘度の塊に十数個の口がついたような姿をしていた。底部には無数の指のようなものがついており、もぞもぞと動いている。見ていると自然と嫌悪感を抱いてしまう。人間を呪う存在、妖の一種である。


 ランジの眼下にいる妖はどうやら、すでに一人喰ったようだった。三つの口の中からだらだらと血と髪の毛を垂らしている。次の獲物を喰うために地面を這い始めた。その移動速度は意外に速い。


「こやつを刀の錆にするのはしゃくだが、民に恩を売っておくのもよかろう」


 そう言って妖を斬る理由を作り、ランジは屋根から飛び下りて妖の前に立った。妖はすでにランジの刀の間合いの中。目にも止まらぬ早業で刀を抜き放つ。


 刀は一瞬で妖の体を横に両断した。ぎゃあ、とうめき声が妖の声から漏れる。切り離されたうちの下の体はランジから逃走を始めた。ランジはそれを追うことはせずに、いまだ宙に浮いている方の妖の体をさらに斬る。ランジの刀によって妖はみじん切りにされ、ついには霧ほどの小ささにまで分けられ、死滅した。


 ランジが屋根を下りてからここまで十秒もかからなかった。ランジが刀を払い、鞘にしまう。そこで、何かを思い出したような素振りを見せた。周りを取り囲む人々の方を向く。ランジの顔を見て、誰かが息を呑んだ。


「どうも名乗るのを忘れがちでいかん。拙者はランジ。ダルフォルニアのランジ。しかと覚えておきなされ」


 そう言い残し、ランジは残りの妖を追って駆けだした。見ていた人々には、ランジが突如消えたように見えた。


 妖の逃げ足は確かに速いが、ランジから逃げ切れるはずもない。再び妖がランジの間合いの内に入った。ランジの片手が柄にかかる。ランジが一息に妖を刈ろうとした。しかし直前で、ランジは刀を抜くのを止めた。


「むむ?」


 ランジの意識は目前の妖から離れ、遠くの何者かに向けられていた。それはランジが感じたことのない威圧感を放つ、奇妙な気配。そして、妖はどうやらその何者かのいる方へ逃げているようだった。


 ふむ、と一言こぼし、ランジは妖を斬らないことに決めた。このまま妖を逃がし、気配の主の元へ連れて行ってもらおうと、そう考えたのだ。


 偶然妖の前にいた人々が驚いて飛びずさる。哀れなことに避けきれず、妖に吹っ飛ばされた者もいた。骨折は免れないだろう。


 妖と骸骨男の奇妙な鬼ごっこは十分近くかかっただろうか。気づけば二体は人のいない教会の敷地内にいた。雑草が伸び、教会は風化してところどころ崩れている。もはや使われていない教会のようだった。


 気配の正体がすぐ近くにいるのを感じ取り、ランジは立ち止まった。妖は教会の扉の方へ進んでいき、扉の前でぴょんぴょんと跳ねた。何かを待っているようだ。


 突如、爆音が鳴り響いた。教会全体が震える。触れられてもいないのに扉が全開になり、教会の中の様子が露わになった。


「ほう、これが……」


 ランジが興味深く教会の中を見た。外壁と同じく古びている礼拝堂の中で、黒く丸い靄のようなものが浮かんでいた。生物か無生物かも分からないそれが気配の正体だと、ランジははっきりと認識していた。


 黒い靄が扉の外へ出てくる。妖が靄の下で、助けを求めるようにぐるぐると回る。一瞬、靄から黒い腕が飛び出したのをランジは見た。妖のいた場所にはすでに血だまりと潰れた肉片だけがあった。


「拙者の名はランジ。貴殿に問おう。貴殿の気配は妖のそれではない。しかし生者のものとも違う。貴殿は何者か?」


 ランジが問いかけたと同時に、靄は動きを止めた。ランジが見ている前で、ぶるり、と震える。そして、靄から無数の長く黒い腕が放射状に生えた。その動作を敵対行動と捉え、ランジは刀に手をかけた。その刹那、体がぴくりとも動かなくなった。


「こやつっ」


 ランジが焦って声を上げる。そうするのも当然である。ランジは、自分の胸に隠された青い玉、すなわち心臓が鷲掴みにされているのを感じた。それは目前の靄の仕業に違いなかった。


 焦燥にかられるランジをよそに、靄から声が発せられた。それは、低くしわがれた男の声。


「ランジ・ガルトゥア・デストリア。貴様は此度の異能大戦に参加する責務を得た。御神の方々のため、死力を尽くせ」


「異能大戦!!!」


 ランジは思わず声を上げた。強者との闘いのためにはどこまでも貪欲なランジは、異能大戦の知識も備えていた。異能大戦の存在を知り、憧れ、そして自分が生きている間には参加できないことを知って無念がった。その異能大戦に、自分が参加できる。それだけで、ランジはたちまち気分を高揚させた。


 そんなランジの様子を見て満足したのか、靄は霧散し、消失した。同時に、ランジが感じていた威圧感も消える。ランジは構えを解き、虚空を見た。


「異能大戦。そうか、異能大戦……。面白い、面白いぞ!!!」


 ランジの哄笑が教会に響いた。天へと届く笑い声は、しばらく途切れることはなかった。


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