ランジ、復活
深蒼の空に無数の星が広がる夜。浮かぶ月は、不気味な赤に染まっていた。
東域の最東端には、世界最大の墓地が位置していた。黒い土には、草木がほうぼうに生えている。ここは、東域の統一に最も近かったと言われる伝説の国、ダルフォルニアの跡地。優れた指揮官たちと屈強な兵士たちで構成され、最強と謳われた国も疫病には勝てなかった。この墓地には、兵士たちの遺体が埋められていた。
立ち並ぶ墓の中で、ひときわ巨大な墓が一基、他の墓から離れた場所に建てられていた。その墓は鉄で作られており、周りには草が生えていない。赤の月光に照らされるその墓は、異質な存在感を持っていた。
ふと、一陣の冷たい風が墓地を吹き抜けた。風は異質な墓の上でつむじ風となり、そして消滅した。静寂が墓地を覆う。
しかしその静寂はすぐに破られた。巨大なその墓が突如振動を始めたのだ。地鳴りのような音が墓地中に響く。音は徐々に大きくなり、最大となった。
そして、墓が爆散した。粉々になった墓石が地面に散る。墓石のあった場所には、ぽっかりと大きな穴が開いていた。
穴から、白い何かが突き出た。人の腕の骨。片腕の骨が、地面が掴んだ。骨は、関節を繋ぐものが何もないにも関わらず、あたかも普通の腕のように動いていた。
腕が、なにかを引っ張り上げるように動いた。そして一人の体が飛び出し、宙を舞った。その体も、腕と同じく全て骨だった。
骸骨は地面に着地し、静かに立ち上がった。片手には一本の刀が握られている。黒い鞘と柄はいたって質素だが、装飾を使わないゆえの魅力がある。そして何より、大の大人くらいの長さがある。
「ここは、どこだ」
低い男の声が骸骨から発せられた。ないはずの声帯を使った声は墓地中に不自然なほどはっきりと響いた。自分の声に違和感を覚えたのか、骸骨が自分の側頭部を触る。そして、自分に耳がないことに気づいた。自分の顔を触り始める。鼻がない。目があるはずの場所に穴がある。歯がむき出しになっている。
そして、骸骨男は自分の体が骨だけでできていることを知った。胸部、肋骨の奥には心臓の代わりに青い玉が輝いている。これが今の自分の生命源なのだと、骸骨男は直感した。
「なるほどなるほど。つまり拙者はアンデッドとなったということか」
声は少し楽しげであった。鞘から刀を抜く。すらりと長い刀身が露わになった。鏡のように磨き上げられた刀身が月光を反射して淡く輝く。
骸骨男は刀をじっと見たかと思うと、おもむろに脚をたわめた。次の瞬間、骸骨の体が消えた。そして微かに金属音がなる。骸骨男は、少し離れた墓の横にいた。
「ふむ……」
骸骨男が、何かを確かめるように呟いた。同時に、傍の墓と男が現れた墓の間にある五基の墓が半分に割れた。全て、断面に一切の凹凸がない。
「速さは申し分なし。しかし威力には問題があるようだ」
また、男がふむ、と呟いた。刀身をじっと見つめる。そして、くっくっく、と小さな笑い声をもらした。笑い声は徐々に大きくなり、哄笑となった。歯がカチカチとなる。
「面白い! 面白いぞ!!! 神のいたずらかこのランジ、二度目の生を授かった。授かったからにはこの命、再び闘争のために使おうぞ!!! 強者を薙いで、最強はこのランジであると知らしめよう!!!」
ランジ・ガルトゥア・デストリア。かつてダルフォルニアで最高兵士長を務め、強者との闘いのためだけに人生を捧げた男。彼が指揮を務めた戦いを含め、一度も負けはない。彼が戦った回数は、非公式戦も含めると五百を軽く超えると言われる。人類史上最強と謳われた剣士である。