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クニタケアコツ、帰還

 異形の存在を見た子供の泣き声が、どこかから聞こえてきた。だがそれよりもソウジとニールを恐怖させたのは、この異形の目的が分からないことだ。人間に友好的ならいい。だが、敵対を目的としていた場合、太刀打ちできる気がしなかった。


「ソウジ。もし奴が攻撃しようとしたら、俺が特攻する。その間にお前は剣を取ってこい」


「特攻って、おいニール。お前も剣がないだろ」


「手で斬る」


「馬鹿言え。俺が特攻する。ニール、お前が俺の剣を使うんだ」


「無茶言うな。あんな剣、お前にしか使えねえよ」


 小声で戦う算段を決める二人。だが、異形の存在から発せられた言葉の騒々しさに、思わず耳をふさいだ。


『私は天使ミルエル。神々の言伝を告げし者』


 天使の声は、様々な性別、年齢の人間の声が入り混じっているように聞こえた。とにかく不快な声だった。


「あれが天使だと……?」


 ソウジが、思わず呟いてしまった。途端に天使ミルエルの意識がこちらに向けられたのを実感した。全身の毛が粟立つ。余計なことは口にしない方がよさそうだった。


 天使の意識がソウジから外れた。また、不快な声が天使から発せられる。


『クニタケアコツ。貴様は英雄として選出された。すなわち此度の異能大戦に参加する資格を得た。神々のため、身魂をかけて戦え』


 異能大戦ってなんだ、とソウジが訊く間もなかった。天使は、話は終わり、と言わんばかりに羽を広げ、天上へ飛び立った。その姿は瞬きのうちに見えなくなった。


「なんだったんだ……」


 ニールがぼやく。ソウジはニールに、そして自分に言い聞かせるように言った。


「とにかく、教会に行こう。神父様に訊けば何かわかるかもしれない」


 頷き合い、二人は教会へと走り出した。


 ソウジたちが住んでいるのは辺境の田舎町。しかし、他の町と同様教会が一つ立てられていた。この世界の宗教の数は少ない。そして、神話の内容に差異はあれどどの宗教も同じ神々を信仰していると言われていた。現在は敬虔な信徒は少なく、礼拝には行くが神についてはさほど信じていないという人が多いのが実情だ。


 ソウジも多分に漏れず、神を信じているわけではなかった。だがそうも言っていられなくなった。さっきの化け物は明らかに人智を超えた存在。本当に天使だとしてもおかしくない。


 そして二人は教会に到着した。扉を開くと、中は騒然としていた。怯えた人々が一気に教会に押し掛けたのだ。子どもの泣き声も聞こえる。誰かが、世界の終わりだと叫んでいた。神父たちがどうにかなだめようとしているが、鎮まる気配はない。


 ソウジとニールは人を押しのけ、どうにか神父たちの元へたどり着いた。ある男の顔を探すが、見当たらない。ソウジが一人の若い神父を捕まえ、男の行方を尋ねた。


「すまない、アルゼンテ神父はどちらかな」


 すると、若い神父の顔が少し明るくなった。


「ああ、ソウジ様! こちらから伺おうと思っていたところです。アルゼンテ神父は礼拝堂でソウジ様をお待ちです。この状況ですので私がお連れすることはできないのですが、礼拝堂の場所はご存じですか?」


「問題ない。ありがとう、すぐ行くよ」


 そう言って、ソウジはその場を離れた。ニールも後に続く。若い神父はまた人をなだめる仕事に戻っていった。


 礼拝堂は通路の一番奥の扉から入ることができた。礼拝堂の中に入ると、教壇を取り囲んで幾人かの神父が難しい顔をして話し込んでいた。その中に見知った顔を見つけ、ソウジが声を上げた。


「アルゼンテ神父!」


 すると、最も老けた見た目をしている一人が顔を上げた。


「おお、ソウジ殿。そちらからおいでくださるとはありがたい」


「さっきのあれは何なのです? 天使を自称しておりましたが」


 教壇の方に近づきながら、ソウジは言った。アルゼンテ神父が苦々しい顔をして答える。


「あのお方は紛れもなく天使様でいらっしゃいます。天使ミルエル。戦いの始まりを告げる天使様です」


「戦い?」


「ええ。異能大戦のことです。起こるとしてもまだ何年か先だろうと思っていたのですが」


「その異能大戦とは一体?」


 アルゼンテ神父の傍に立ち、ソウジが尋ねた。アルゼンテ神父は難しい顔をしていた。神父の口が、重々しく開かれる。


「異能大戦とは、言わば神々の遊びです。三千年前、退屈した神々が、人類から強者を選抜して争わせ、誰が勝つかを賭けたのです。思いのほか盛り上がったそれを、神々は千年に一度行うことにしました。それから三千年が経った。つまり四度目の異能大戦が始まった。それを天使ミルエル様が告げに来たのです」


 奇妙な話だった。信じがたい話だ。しかしソウジは、アルゼンテ神父が嘘を言っているとも思わなかった。そもそも天使ミルエルは実際に来たのだ。信じざるをえない。そう考えた上で、ソウジは一つ気になったことを訊いた。


「その異能大戦については信じましょう。ですが、選ばれた強者が戦う理由は何なのです? 選抜されたからと言って、戦わなくともよいはず」


「戦う理由があるのですよ。神々は、異能大戦を勝ち抜いた者の願いを一つ叶えることを約束しています。英雄たちは、願いを叶える権利を求めて戦ったのです」


「願い、か……」


 ありそうな話だった。人には欲望がある。神々は人の欲望を利用したのだろう。


「だが神父様」


 今度はニールが口を開いた。


「あの天使は、千人斬りのアコツが選ばれたと言った。俺はアコツが自分の欲望のために戦うとは思えねえ。願いがないなら、戦う義理もないんじゃないか」


「そうではない。そうではないのです、ニール殿」


 神父が、残念そうに首を振った。神父の憂うような目に、ソウジたちは不安になる。


「三千年前、奴隷として使える存在として牛頭族が生み出された。虐げられた牛頭族の恨みは彼らの魂を化け物へと変えた。二千年前、「異端な」思想を排除するため、人口が三分の二にまで減らされた。千年前、一人の男が神となった。その神は世界をよくする名目で気に食わない人間を殺し、天界を追放され地上に封印された。これらは全て、異能大戦を勝ち抜いた者の願いによって起きたことです」


「……」


 礼拝堂を静寂が包んだ。ソウジは、何も言うことができなかった。アルゼンテ神父の真剣な目が、ソウジを貫く。


「異能大戦は、願いを叶えるためだけに戦うのではありません。他の者の願いによって起きうる犠牲を防ぐために戦うのです。祖国を、大切な場所を守るために戦うのです」


 今、全員の視線がソウジに集まっていた。注目を一身に請け負い、ソウジは目を瞑ったまま立っていた。誰の目にも、ソウジが深い悩みの中にいるのが分かった。


 だが、その目が再び開かれた時、ソウジに迷いはなかった。吸い込まれるような深い蒼の瞳。そこに立っていたのは、もはや話好きの気のいいおじさんではなかった。


 そして、世界最強の剣士と名高い男、クニタケアコツが宣言した。


「ソウジ改めこのアコツ、祖国の安寧のため、今一度剣を取る。求むは平穏、得るは勝利! いざ戦場へ帰還せん!!!」

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