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クニタケアコツの噂

「ソウジのおじちゃーん!!!」


 朝の慌ただしさ漂う田舎町に、子供の声が響いた。二人の男の子が、こじんまりした木の家の前に立っていた。


 家は強い風が吹けば飛んでいきそうなほど荒んでいて、ところどころ黒ずんでいた。その家の中から物音がして、男が一人出てきた。男は長い黒髪を後ろで束ねており、黒い着物で身を包んでいた。その顔にはしわが刻まれ、髭がうっすらと生えている。


「おう、お前ら。今日も来るのが早いな。親には言ったのか?」


「言ったよ! もう九時だから早くないよ」

「ね、早くお話して!」


「わかったわかった」


 そう言って、ソウジと呼ばれた男は二人を家に招き入れた。


 家の中は、極めて質素だった。必要最低限のものしか見当たらない。掃除は食卓の椅子に二人を座らせると、その対面に腰を下ろした。


「じゃあ今日は何を話そうか。四本腕の岩の巨人とか、どうだ?」


「それ前も聞いたよ。別のがいい!」


「うーん、そうか。じゃあ、二本角が生えた、牛頭の怪物は?」


「それも聞いたよ」


「うーむ……。それじゃあ――」


「ねえねえ、僕、アコツの話が聞きたいな! 千人斬りのアコツ!!!」


「僕も僕も!!!」


「いや、それはやめとこう。俺はアコツのことはよく知らないんだ」


「嘘だー。だって僕、ソウジのおじちゃんがアコツと知り合いだったって聞いたよ」


「聞いたって誰に」


「ニールおじちゃん」


「あの馬鹿、余計なこと言いやがって……」


 無血のニール。千人斬りのアコツと同じくらい知名度のある剣士である。剣の速度があまりに速いために、剣に血がつかないという逸話から、無血の二つ名がついた。兵団の千人隊長を務めていたが、ダッバス平野の戦い以後は引退し、この田舎町で商売をやっている。どうやら経営の才能があったらしく、ニールの店は客が絶えないことで有名だ。


 ソウジがニールを恨む暇もなく、子供たちはソウジに話を急かした。


「ねえ、早く話してよー」

「アコツのお話してー」


 ソウジは深くため息をついて、子供たちに応えた。


「ごめんな。アコツの話はするなって、アコツ本人から言われてるんだ。今度、話してもいいかアコツに訊いておくよ」


「えー」

「いやだー今聞きたいー」


「その代わり、今日はとっておきの物語を聞かせてやる。最強の暗殺姉妹の話だ」


「だれだれー?」

「おしえてー!!!」


「そいつらは双子の姉妹なんだ。姉は格闘技を極めていてな、敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げするわけだ。妹は天才魔導士。姉が敵の近くで戦う代わりに、妹が魔法で遠くから攻撃する。そんな風にして、絶対に敵を倒すんだ。この姉妹に殺された人間は数知れず。この国の将軍も、何人かこの姉妹に殺されたって噂だ」


「ほんとにー!!?」


「で、もっとすごいのがな――」


 アコツから話題をそらせたことに安堵しながら、ソウジは話を続けた。おとぎ話が好きな子どもたちとあって、話は盛り上がり、長時間の楽しい時間となった。


 昼食の時間となって子どもたちを見送った後、ソウジは小さく息を吐いて席に座った。子どもたちの好奇心は尽きることがない。子どものエネルギーに圧倒された後は、一息つかないと何もできなかった。


 もう少し休んでいようと思うソウジだったが、外の異変に気付いた。妙に騒がしい。さてはあいつが来たなと、ソウジはため息をついた。


 予想通り、家の戸が叩かれた。ゆっくりと立ち上がり、戸を開ける。そこには、無精ひげを蓄えた大男が立っていた。


「よう、調子はどうだソウジ」


「勘弁してくれニール、たった今子どもたちが出ていったところなんだ」


 ぼやきながらも、ソウジは無血のニールを家に招き入れた。狭い家が、大男のニールのせいでますます小さく思える。飲み物を用意し、ソウジが食卓に持っていくと、ニールはすでに我が物顔で座っていた。ソウジが向かい側に座ると、ニールが嬉々として話し出した。


「なあ訊いてくれよ。最近自分で装飾品を作って売ってみたんだがよ。これが意外に売れるんだ。俺ぁもしかしたら芸術の才能もあるかもしれねえ」


「そんなことより」


 話を非情に中断されたことに不服な顔を浮かべながら、ニールはソウジを見た。ソウジはソウジで、不機嫌そうに話を続ける。


「お前、子供たちに俺がアコツの知り合いだって言ったな?」


 たちまち、ニールの額に脂汗が浮かんだ。ニールが弁明を始める。


「いや、あいつらがアコツのことが聞きたいって言うからさー。アコツのことならお前が一番詳しいだろ? だからお前の名前を出しただけだよ」


「やめてくれって。話したくないことくらい知ってるだろ」


「別にいいだろ、話して減るもんじゃなし。最後の戦争からもう七年も経ってる。そろそろ、区切りをつけたっていいじゃないか」


 ニールの言葉に対し、ソウジは何も答えなかった。だがソウジの青い目は全く笑っていなかった。ソウジの表情を見て、ニールは小さなため息の後謝罪した。


「悪かったよ。魔が差した。お前がまだ戦争のこと思い出してろくに眠れていないのも知ってる。区切りつけろなんて言わないさ」


 謝罪を受けてなお表情を崩さなかったソウジだが、しばらくした後に大きく息を吐いて顔を伏せた。


「……俺だってそろそろけじめをつけなきゃいけないとは思ってるさ。別にお前が悪いわけでもない」


「だよな!!! 俺悪くないよな!!!」


「子供かお前は!!!」


 そんな会話をして、二人は昔話にふけった。楽しい時間だった。


 たっぷり話し込んで、ようやくニールが帰ろうとした時だった。ニールが、ふと思い出したように言った。


「なあソウジ。俺と二人で、道場を開かねえか? 俺とお前なら、どんなに運動音痴でもすぐ達人にできるだろ」


「はあ?」


 思わず声が出た。ソウジは全力で首を振った。


「馬鹿言うな。俺はもう剣はやめた。それに俺はもう三十五歳だぞ? 体がもたねえよ」


「そう言うなって。剣の技術は一生かけて磨き上げていくもんだ、三十五なんてまだまだ若い。大体、それを言ったら俺はもう四十近いぞ。お前の体質なら、全然問題ないだろうが」


「そうは言うが……」


 そう呟いて、ソウジは部屋の隅へと視線を滑らせた。そこには布を被った何かがあった。埃まみれの布の下には、ソウジがかつて愛用していた剣が眠っている。


「まあ、無理強いはしねえよ。また考えてみてくれ」


 ソウジの様子を見て、ニールはそう声をかけた。ソウジが頷いて、ニールを見送ろうとする。いつも通りの平穏な日常に戻ろうとした、その瞬間だった。


 何十倍にもなった重力のようなプレッシャーが、ソウジを襲った。冷や汗が背中を伝う。現役時代でも感じたことのない威圧感。二人はすぐに家を飛び出た。


 空は異常に赤くなっていた。威圧感の主を探す。


「あいつだ!」


 ニールが叫んで、指を差した。ソウジも指が示す方向を向く。そして、目を見開いた。


 異形の存在が、宙に浮いていた。巨大だ。ニールの巨躯の三倍くらいの大きさはある。一応、人の形をしてはいた。だがその胴は黒く、脚は灰色。肩が盛り上がって頭を覆っていた。何より異様なのは腕。異常に長い、二本の白い腕が、胴に巻き付いていた。腕には関節がないように思える。頭上には光の輪、背後には大きな光の羽が浮かんでいた。


「なんだ、あいつは……」


 ニールが思わず呟く。ソウジは、何も答えられなかった。

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