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ザルクエル、復活

 西域をオルガス帝国が統一したのは七年前。ダッバス平野の戦いが統一の決め手となった。しかしその戦いに、オルガス帝国は十分な兵力を割けなかった。度重なる戦争で兵が摩耗していたのが一つ目の理由。南域への警戒に兵を割かなければならなかったのが二つ目の理由。だが少ない兵で戦わなければならなかった最大の理由は、北域との紛争に兵をあてがったためだ。


 北域は野蛮な地域。それは、西域と東域の共通認識だ。度々徒党を組んで街を襲い、荒らしまわっては帰っていく。やってくるのは屈強で凶悪な男たちで、追い払うのも一苦労だ。南域からは時折数体の魔物が迷い込む程度だが、北域からは高頻度で集団で敵が来る。南域よりも厄介だ。北域は東西の目の敵だった。


 その北域はいま、壊滅状態にあった。


 最初に異変が起きたのは、北域中央の都市ワルブ。北域にある家は一階建てのレンガ造りが多く、それは北域最大都市ワルブでも変わらない。北域の街はワルブから蜘蛛の巣状に広がっている。ワルブは北域の司令塔としての役割を担っている。そのワルブの端にある大岩が爆散した。


 その大岩は邪神を封じているとされていた。千年前人の身から神となり、破壊の限りを尽くし、神性を奪われ大岩の下に封印されたと。北域は破壊を象徴とする。北域の人間にとって邪神は崇拝の対象。邪神の復活が北域の悲願であった。


 だが本当に邪神が復活するなど、誰も思っていなかった。邪神の封印は千年前。邪神の存在を疑う者もいた。しかし邪神は存在し、復活した。


 赤くなって飛び散った大岩が街に降り注ぐその瞬間を、ワルブの戦士長ズズムは目の当たりにしていた。


「なんだこれは……」


 急な異常事態に、ズズムの思考が停止する。ズズムの真上に岩が降ってきた。我に変えり、前方に身を投げる。皮一枚離れたところに岩が落ちた。衝撃が膝に伝わるのをこらえながら、周囲を見る。


 爆散した大岩は、ズズムの目の届く範囲全域の家を破壊していた。さっきまでズズムがいた場所が跡形もなくなる。


 荒ぶる心を落ち着け、大岩があった場所を見る。大岩が爆散した理由としてズズムが思い当たったのは上空からの魔法攻撃。だが上空に敵影はない。


 注意深く爆心地に近づくズズム。その目が、煙の中の人影を見つけた。魔法攻撃をしかけようと腕を前に構える。そのとき、人影が上へと上昇した。妙な動きを目にして、ズズムが動きを止める。


 突如煙が晴れた。そして、人影の正体が露わになった。


「久しいな、外界の空気を吸うのは」


 それは一見人間のように見える。上裸に金のネックレスをつけ、金装飾の黒革ブーツと黒く丈の短いパンツ。腰に赤い布を巻き付けている。体と顔には赤い紋様が刻まれていて、異様な雰囲気を漂わせる。


 そして特筆すべきは腕。肩から生えた二本の腕の他に背中から上下に二本ずつ、合計四本の腕が備わっている。それだけで、この存在が明らかに人間でないことが分かる。


「何者だ、貴様!!!」


 ズズムの鋭い声が飛んだ。謎の存在がじろりとズズムを見る。その口元が少しほころんだ。途端、ズズムの体が縮み上がった。ズズムが感じている威圧感。それが、謎の存在の正体を分からしめた。


「邪神、ザルクエル……」


 ズズムの口から零れた言葉が、ザルクエルの表情を険しくした。


「邪神は気に入らんな。私のことは魔神と呼べ」


「はっ。仰せのままに」


 もはやズズムに抵抗の意思はない。ズズムの心にあるのは、突如復活したザルクエルに対する忠誠心、服従の意思、そして殺されたくないという生存本能。ズズムは人間のくくりでは強い方だが、ザルクエルにとっては赤子同然であることは今しがた感じたプレッシャーで思い知った。


「私を目覚めさせたということは、異能大戦が再び始まるということなのだろう。私がこの時を心待ちにしていたとも知らずに、なんともまあ愚かな奴らよ」


 ザルクエルが何かを呟く。ズズムはただ、気を荒立てないよう目を伏せ、膝をつく。ザルクエルの言う奴らが誰なのか、見当もつかない。


 怯えるズズム。彼の背中の毛が再び粟立った。ザルクエル並の存在感を放つ何かが、ズズムの背後にいる。ズズムは振り向けず、混乱する頭でひたすら無事でいられることを願う。


『ザルクエル、愚かな元人間よ。貴様に異能大戦の幕開けを告げに来た』


 低く、あざ笑うような声がズズムの声に直接響いた。思わず耳を塞ぐズズムだが、声は離れない。


「天使風情が生意気なことを言う。貴様を殺してやってもよいのだぞ?」


『神性を失った貴様に私は倒せぬ。貴様が生きていられるのは御神の御厚意によるものと知れ』


「下界し私の封印を解いた今、貴様も限界だろう。あまり大口を叩くものではないぞ」


 ザルクエルがその言葉を放った瞬間、ズズムの背後にいる何かの気配が急に存在感を増した。ズズムは限界まで体を小さくし、目立たなくなることに努めた。


「ほう、向かってくるか」


 ザルクエルの言葉には余裕がある。ズズムは恐る恐る、自分が崇拝する邪神の姿を盗み見た。そして、呆気に取られた。ザルクエルが体を変形させている最中だった。


 ザルクエルの腕が一つとなり、一組の大きな翼に変わる。脚は猛禽類のそれだ。胸部が大きく膨れ上がり、赤い紋様が輝き出す。その姿はまさに魔の神だ。

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