ぎよう、出陣
次にぎようが目を開けた時、ぎようの周りには無数の魔物たちが集っていた。
盆地のくぼみの中心にぎようが座り、ぎようを見下ろすように魔物たちが立つ。そのほとんどは、人の形をしていない。半透明の塊であったり、頭が二つに避けた獣であったり、手が人の腕の形をした蜘蛛であったり。目があるモノもないモノもいるが、魔物たちの意識は全てぎように向けられている。
魔物たちの様子を見回し、ぎようは満足そうに頷いた。ゆっくりと立ち上がり、自分の姿を見せつける。数少ない人型であるぎようだが、膨らんだ胸筋には威厳があり、広い背中には自信が表れている。魔物たちの叩きつけるようなプレッシャーにも臆さず、ぎようは魔物たちの興奮を静かに受け止めた。
「かつて」
ぎようの、重く響く声が盆地中を駆け巡る。辺りが静まり返る。魔物たちはぴくりとも動かず、耳をそばだてている。
「かつて、我ら牛頭族は人間どものくだらない願いにより生まれた。奴隷として虐げられた我らの憎悪は、死してなお消えぬ。憎悪が我らの魂を、我らと憎悪を同じくする者の魂を変容させ、強くした。
人間どもが今、我らのことをなんと呼ぶか知っているか? 人間どもは我らのことを魔物と呼ぶ。魔の物だ。だが、魔と呼ばれるべきは、我らの憎悪を生んだ人間どもであるべきだ。我らを魔と蔑む人間どもであるべきだ。もはや我らの憎悪は頂点に達した。機は熟した。今こそ、人間どもに復讐する時!」
ぎようの叫びに呼応するように、魔物たちが咆哮を上げる。腕を叩きつけ、鼓舞するモノもいた。ぎようはしばらく魔物たちの興奮を見ていたが、静かに片手を挙げ、喧噪を収めた。
「これから我らは、人の世を終わらせる。人間どもを滅ぼし、世界を我らのものとする。我が同志たちよ、牙をむけ! 爪を立てろ! 耳で捉え、目で射すくめ、歯で噛みちぎり、人間どもを殺すのだ!!! 勝利はすでに我らにあり!!!」
ぎようが最後の一言を発した瞬間、空を覆う雲が円状に晴れた。まばゆい光が盆地を照らす。興奮が極まった魔物たちが、苛立ったように唸る。ぎようは頭上を睨みつけた。
「来たか……」
ぎようが呟いたと同時に、それは姿を現した。
黒い棺のような胴の背で、帯状の翼が数枚はためいている。遥か上空にいるにも関わらず、傍にいるように感じるほどの巨体だ。
ジジジジ、という耳障りな音がそこら中から鳴り出す。魔物たちの威嚇音だ。盆地を埋め尽くす魔物たちが一斉に威嚇を始めたのだ。
それを制するように、ぎようは腕を横に広げた。
「よせ、同志たち。我でなければ勝てぬ」
その言葉で、魔物たちが声を抑える。それでも、敵意はむき出しのままだ。
『貴様なら勝てるような言い草だな、物の怪』
あざ笑うような、性別不詳の声が頭に響く。鬱陶しげに頭を振るぎように、謎の黒い生物は話を続けた。
『私、天使イザエルが物の怪の頭ぎように告ぐ。貴様は此度の異能大戦への参加資格を得た。せいぜい頑張るがよい』
天使の言葉に対し、ぎようは何も言わず立っていた。天使は義務は果たしたとばかりに、巨大な羽を羽ばたかせ天上へと飛び去った。
「前回の大戦の時、我はまだ魔物として生まれていなかった。強者がいなくなる今こそ、人里を襲う好機。ヤタガラスよ、我がもとへ!!!」
ぎようの声に呼応して、二体の魔物がぎようの傍に降り立った。ぎようと同じく人型の魔物だが、その体は細く、骨と皮だけに思える。足が三本あり、一本はへそのあたりから体を支えるように生えている。腕の代わりに黒い羽根が生えているが、骨がむき出しになっており、関節部分は人の手の骨が羽の骨を掴むようにできていた。顔は男で、痩せこけており、目に生気はない。
「これより進軍を開始する。指揮はヤタガラスを通して行う。まずは西側からだ。作戦は伝えた通り。残念だが我は同行できぬ。だがすぐに同志たちの元へ行くことを約束しよう」
「ぎよう様はどうなさるので?」
ぎようの右側に立ったヤタガラスが尋ねた。その言葉に、ぎようが凶悪な笑顔を浮かべた。
「借りを返さねばならぬ相手がいるのでな」
「ああ、あの剣士ですか」
「そうだ。あやつは間違いなく、この大戦に参加している」
無駄話は終わりと、ぎようは片腕を挙げた。ぎようの挙動を魔物たちが見守る。ぎようは声を張り上げた。
「では同志たちよ、人間どもに恐怖を与えてやろう。いざ、出陣!!!」
「「出陣んんんッッッ!!!!!」」
二体のヤタガラスが出陣の合図を出した。途端、魔物たちが盆地から這って出ていく。人類に滅亡の危機が迫っていた。




